第8章58話 アニキラシオン 3. "魔獣公女"ジュリエッタvs"万魔神殿"ルールームゥ(前編)

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュリエッタがルールームゥと対峙するのはこれが三度目となる。

 一度目は名もなき島にて。

 二度目は『天空遺跡』にて――ただしこの時はルールームゥは空中戦艦の姿となっていたので、本当の意味では対峙してはいない。


 ――こいつもこいつで得体が知れない……!


 強いか弱いかで言えば、名もなき島でわずかな時間戦った感じでは『よくわからない』というのが正直な感想であった。

 不意打ちを受けず、かつムスペルヘイム戦で消耗もしていなければ……あの時はプラムたちもいたし、勝てたのではないかと思う。

 そのifを想像することに然程の意味はない。

 重要なのは今の戦いだけだ。


「……オルゴール、あいつもここで倒しておく」

「ハイ」


 遠くから向かって来ているはずのルールームゥがなぜここにいるのかはわからないが――事実としているのだ、考えるだけ無駄だろうとジュリエッタは割り切る。

 おそらく、どちらかが偽物――高確率で遠方から向かって来ている方だろう――であるか、『ロボット』らしく『分離』能力があるのかもしれない。

 いずれにしても放置する理由はない。

 相手はルールームゥとボタンの二人。幸いにしてこちらもオルゴールと二人だ。

 数の上では対等。なれば、後は戦ってどちらが上かを証明するだけである。


<ピッ……ピー? ピッガッピギッピガガガガガーッ!?>

「えっ、ちょ……ルゥちゃん!?」


 どう攻めるか、いや考えずともまず攻め立てるか、ジュリエッタが悩んだのはわずか一瞬であったが……行動に移るよりも早く勝手にルールームゥの様子がおかしくなった。

 レトロなロボット風の両目が激しく明滅し、絡まったテープを再生しているかのような意味不明の――元より彼女の発する言語は意味不明なのはおいておいて――ノイズを撒き散らし、さらには体の各所からぷすんぷすんと煙が立ち上る。


<[システム:戦闘コンバットモード;起動アクティベーション]>

<[コマンド:インクルード《ゴエティア・ライブラリ》]>

<[コマンド:トランスフォーメーション《バルバトス-8》]>


 全身から煙噴き出しとけたたましいノイズを撒き散らしながらルールームゥの魔法が起動する。

 すると、彼女の全身が変わる――両腕、両足、胸、腰、更には背中に幾つもの『砲台』が出現、ルールームゥの目が凶暴な赤い光を放つように。


「……ヤバい、オルゴール隠れて!」


 以前戦った時の魔法――《マルコキアス-35》とは比較にならない数の銃口を見て、『まともに戦える状態ではない』とジュリエッタは判断。

 戸惑うオルゴールに体当たりするようにして近くの建物の陰へと避難する。


<ビギッビギギギギギギギギィィィィィィィィィィィッ!!!!!>

<[システム:標的ターゲット確認;殲滅セヨ]>

「ルゥちゃあんっ!?」


 感情のない平坦なシステム音声とボタンの悲鳴が聞こえたと思った瞬間――それを上回る轟音と共にルールームゥの全身の銃口から弾丸が発射される。

 ジュリエッタたちを狙ったものではない。

 それは周囲一帯をことごとく破壊するような制圧射撃であった。


「……これ、マズい……」

「ヤバいデスね。火力が半端ないデス」


 隠れていた建物もあっさりと吹き飛ばされてしまうほどの火力が、周囲に無差別に撒き散らされている。

 だが自分たちに狙いを付けていないことはすぐにわかったため、体勢を低くして移動して攻撃自体は回避している。

 もしも真正面からこの火力を浴びせられたら、たとえガブリエラやヴィヴィアンのような超体力であってもあっという間に削られ切ってしまうであろうことは容易に想像できた。


<[殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ殲滅セヨ]>


「……アレ、ひょっとシテ、バグってませんカ?」

「……うん、なんかバグってる」


 無差別攻撃故に流れ弾に注意していた二人だが、ルールームゥの様子が明らかにおかしいことに気が付く。

 そして更に、無差別なように見えて――実はきちんと周囲を飛び交う妖蟲を狙っていることにも。


 ――仲間割れ? いや、ルールームゥの様子がおかしいし、何か理由があるのかも……。


 理由は推測すらできないが、好都合と言えば好都合だ。

 この場に釘付けにされてしまっているのは好ましくはないが、ルールームゥの方で勝手に妖蟲を蹴散らしてくれていっている。

 上手い具合にこのまま誘導していけば、妖蟲の方は何とかできるかもしれない――そんな期待を抱くジュリエッタたちではあったが、


「……あー、もう……仕方ないなぁ……『魔眼開放』――『ルールームゥ、落ち着きなさい』」


 ――魔眼……!? お正月にドクター・フーが使ったやつと同じだ……!


 暴走を続けるルールームゥに業を煮やしたボタンが、懐から小さな赤い宝石を取り出す。

 それは名もなき島でドクター・フーがジュリエッタの動きを封じたものと同じ、そして大きさこそ違うが『天空遺跡』でモンスターを操っていた『魔眼』と同じ形をしていた。


<…………ピー……>


 魔眼にボタンが命じると共に、狂乱していたルールームゥがピタリと動きを停止する。

 凶暴な赤い光が目から失われ、緑色の落ち着いた色の光を放ち始める。

 それと共に全身の砲台が全て消え失せ、元通りのルールームゥの姿へと戻った。


「本当は邪魔者に使いたかったんだけど……仕方ないかぁ。ルゥちゃん、妖蟲の本拠地に行ったことがあるって聞いたから平気だと思ったんだけどなぁ……やっぱりトラウマ再発しちゃったか」

<ピッ……>


 ――? ちょっと気になるけど……いや、今はいいか。これでルールームゥも普段通りになってしまった……やっぱりそう甘くはないか。


 ボタンの言葉は少し気にかかるが、だからと言ってそれが戦局を有利にするものではないとジュリエッタは頭の隅に追いやる。

 ルールームゥの暴走を抑えるために『魔眼』を使ったのは意外であったが、それを自分たちとの戦闘中に使われなかったことを幸運と思おう、そう切り替える。

 ともあれ、これでルールームゥによる妖蟲への無差別砲撃は止んでしまった。

 多少は数は減らせたであろうが、根本的な解決には至っていない。

 どちらにしろルールームゥとボタンをこの場で倒す、という考えには変わりない。


「オルゴール、行ける?」

「ハイ、問題ありまセン」


 無差別砲撃でのダメージはゼロ。

 二人とも万全の状態でピースとの戦いに挑む。


「まずジュリエッタが切り込む」

「ワタクシが後ろから援護しマス」

「よろしく」


 二対二ではあるが油断は全く出来ない。

 特に今見たようにルールームゥの破壊力は凄まじいものがある。広範囲への圧倒的火力という点では、エクレールを上回っていると言えるだろう。

 一撃が致命傷となりかねない体力であるジュリエッタにとっては、決して相性のいい相手とは言えない。


 ――それでも、やる。


「ライズ《アクセラレーション》!」

「! ルゥちゃん、来ますよ! プロテクション!」

<ピガッ!>


 加速からの急襲を仕掛けたジュリエッタだったが、ボタンの魔法によって阻まれる。

 《イージスの楯》のような絶対防御ではないものの、防御専門な魔法なだけはある。生半可な攻撃では防御を打ち破ることは出来ないだろう。

 だが、ジュリエッタの攻撃そのものは失敗しても構わないのだ。

 なぜならば――


「スレッドアーツ――《メガフレイル》」

「こっちも……ってぇ!?」


 ボタンらを挟んでジュリエッタの反対側から忍び寄ったオルゴールも魔法で攻撃を開始する。

 彼女の魔法は『糸』を使ったもの――そのままだと大した攻撃力は無さそうに思えるし、事実『天空遺跡』で一度戦ったボタンはオルゴールの魔法で防護魔法プロテクションは破れないと確信していた。

 ……その認識が甘かったことをすぐに思い知らされる。

 オルゴールの魔法で伸びた糸は、近くの建物の残骸を巻き取り、それを『おもり』として振り回すものだった。

 正に『重量級の槌メガフレイル』である。


<ピピッ!!>


 ジュリエッタの攻撃は一撃ではない。そのまま無理矢理押し切ろうとメタモルも使って何度もプロテクションへと攻撃を仕掛けてきている。

 同時に複数の魔法を展開することが出来ないため、オルゴールの攻撃をルールームゥが受け止める。


「……硬いデスね……」

<ピー!>


 特に魔法を使ってもいないのに、メガフレイルを素手で受け止めるルールームゥ。

 硬いのもそうだがパワーも並ではない。


「メタモル!」

「もう一ツ、スレッドアーツ《メガフレイル》」


 ジュリエッタが巨大化した腕を使い、パワーでプロテクションごとボタンへと押し込もうとし、同時にオルゴールが更にメガフレイルを使って叩きつけようとする。


「ぬぬぬ……!?」

<[コマンド:トランスフォーメーション《アロケス-52》]>


 ルールームゥの両手が巨大化、鋭い爪を生やした機械獣の手となりメガフレイルの錘をわしづかみにして止める。


「プロテクション《メガコーン》!」

「……むっ!?」


 同時にボタンもジュリエッタの行動の切れ目を狙ってプロテクションを張り直す。

 青白く輝く壁が消失、替わりに青白い光で作られた『三角錐』が現れる。


 ――こんなこともできるの!?


 その形状を見た瞬間、ジュリエッタは自分の『誤解』に気付く。

 ボタンの魔法はただ単純に『防御壁』を張る魔法ではない。

 使用方法としてはもちろん相手の攻撃を防ぐための『壁』を作る魔法で合っているのだが、『壁』の形状は平面とは限らない――そして、攻撃を防ぐ頑丈な壁を三角錐にしたらどうなるかと言うと……。


「それっ!」

「ぐっ……!?」


 咄嗟に横に跳んでかわしたジュリエッタだったが、三角錐がわずかに脇を掠める。

 掠っただけだというのに、触れた箇所がまるで削り取られたように抉られていた。


 ――まるでミオの【遮断者シャッター】……!


 かつて『冥界』でミオ本人からではないが、【遮断者】による絶対切断を食らったことがある。

 あれに比べれば完全な『絶対』切断ではないではあろうが、殺傷力という点では大した違いはない。


<[コマンド:トランスフォーメーション《マルコキアス-35》]>

「! オルゴール、避けて!」


 巨大化したルールームゥの両手の指が更に変化、銃口――サイズ的には大砲レベルの砲口が現れ四方に弾丸をばら撒こうとする。

 どうやら彼女の魔法は『重ね掛け』ができるようだ。名もなき島では指先サイズだったものが、《アロケス-52》で巨大化した手に《マルコキアス-35》の効果が反映されてしまっている。


「メタモル!」

「ウィーヴィング《シュラウド》!」


 弾丸が発射される直前、ジュリエッタはあえて自分から前進しながらメタモルを使用――自分に向けられた砲口へと『何か』を投げる。

 同時にオルゴールも暗幕シュラウドを糸で編み上げ防御しようとする。


<ピガッ!?>


 弾丸を発射しようとしたルールームゥの片腕が弾け飛んだ。

 直前にジュリエッタが投げつけたのは、モンスターから吸収した様々な『粘液』、そして粘着質の『糸』の塊である。

 ただの『詰め物』程度では今のルールームゥの砲撃は防げないと咄嗟に判断したジュリエッタは、硬さではなく粘り気のあるもので砲口を塞いで暴発を誘ったのだ。

 一方のオルゴールの方も、『糸』で編み上げた暗幕が撃ち込まれた砲弾を包み込むようにして受け止め回避することが出来た。

 どちらも『硬さ』を用いずに上手くルールームゥの攻撃を防いでいる。


「メタモル!!」

「ルゥちゃん! プロテクション!」


 止まらずに突き進むジュリエッタはルールームゥへと肉薄、右腕を竜巻触手へと変え――


「ウィーヴィング《巨人の右篭手ガントレット》!」

<ピッ!!>


 反対側からは糸で巨大な『拳』を作り、それを叩きつけようとするオルゴール――

 左右同時の攻撃はしかし、ボタンのプロテクションによって阻まれてしまう。

 のみならず、


「――《リジェクト》!」


 プロテクションの光の壁が『爆発』した。

 本物の爆発ではない。壁そのものから強烈な爆風のようなものが発せられ、ジュリエッタとオルゴールを弾き飛ばしたのだ。

 拒絶リジェクト――その名の通り、触れるものを拒む性質を壁に与える、プロテクションの二語魔法である。


「……くそっ……!」

「……ガードが硬いデスネ……」


 弾き飛ばされた二人は仕切り直し、とばかりに合流。

 ボタンはともかく、片腕を暴発で吹き飛ばされたルールームゥのダメージは小さくなく、すぐに追撃はしてこない。

 ……そもそも、ボタンの能力の性質からして、攻撃に転用することはできたとしても積極的に自分から撃って出るようなことはしないであろう。


 ――こんなところで時間を使ってる場合じゃないのに……!


 神殿のラビたちの救援に向かう、あるいは他のメンバーの救援に向かう。

 どちらも急ぎたい気持ちがジュリエッタにはある。

 急ぎたいが、それをルールームゥたちは許さない。

 仮にここでルールームゥたちを放置して他に迎えたとしても――それはルールームゥとボタンをという脅威をみすみす放ってしまうということに他ならない。

 出会ってしまった以上、戦って倒す。それ以外に選択肢はありえなかった。

 故に――


「……オルゴール、お願い」

「? ハイ」

「ボタンを何とかして。ルールームゥと引き離して欲しい」

「! ソレは……シカシ……」


 即答は出来なかった。

 確かにボタンのプロテクションがあるおかげで、ただでさえ硬いルールームゥの守りが更に鉄壁になってしまっている。

 このままジュリエッタとオルゴールが攻撃を仕掛けても、なかなかダメージを与えることは出来ないだろう――先程のように隙をついて暴発を誘うのも、何度も通じるとは思えない。


「お願い、ルールームゥ一人に、させて」


 一方でジュリエッタはオルゴールと同じ理解はしていても、別のことを考えていた。

 邪魔さえ入らなければルールームゥは硬いだけであって何とかできるはず――もちろん、《バルバトス-8》のような超火力はジュリエッタにとっては脅威ではあるが、そんなの火力は今まで何度も相手にしてきた。

 特にプロテクションによる防御特化とも言えるボタンは邪魔者以外の何物でもない。

 ボタンによる妨害抜きで真正面からの殴り合いで勝つ――それが、いずれ戦うであろうエクレール戦での役に立つはず。そう考えていたのだ。


「…………わかりマシタ。ボタンの方はお任せくだサイ」

「任せた」


 ルールームゥたちから一切視線を切らさないジュリエッタの横顔を見てその決意の程を知ったオルゴールは承諾するしかなかった。

 二人を引きはがして一対一の状況を作るにしても、ルールームゥの相手をするのはジュリエッタの方が向いている。

 オルゴールは自分の能力はよくわかっている。故に、自分ではルールームゥに勝てないということは悟っていたのだ。

 かといってこのまま二対二で戦っていても突破口は開けない。

 ならば、ジュリエッタの言う通りにした方が最終的な勝率は高い――そう判断した。




「ふ、ふふっ……」


 ――そろそろこっちを分断することを検討しているころでしょうかねぇ?


 ボタンもまたジュリエッタたちが考えているのと同じことを考えていた。

 だから絶対にルールームゥから離れることはしない。

 プロテクションを応用すれば一人でも戦うことは出来る。実際、プロテクションを攻撃に転用すれば(命中すればだが)ジュリエッタでさえも一撃で屠れる必殺の威力を出すことはできる。

 しかしそれでもボタンは、自分が『誰かと組んで戦う』のが最善にして最強だということを自覚していた。

 それは『誰かを守る時に力を発揮する』というヒーローめいた能力などが理由ではない。

 しっかりとした根拠がある。


 【守護者セーバー】――それがボタンの持つギフトだ。


 効果は『自分以外に対して使う魔法の効果をアップする』という、いかにも補助・防御役に相応しいものである。

 つまり、単にプロテクションを使うにしても『ルールームゥを守る』というつもりで使うだけでスペック以上の効果を発揮できる――しかも魔力消費は変わらず――のだ。となれば誰かと組まない理由は何もない。


 ――さぁ、来ましたねぇ!? でも、あたしは意地でもルゥちゃんから離れませんよぉっ!!


 ジュリエッタとオルゴールが何やら合流して話していたのはわかっている。

 何を話していたかまではわからないが、おおよそボタンの予測通り『分断』を考えていることだろう。

 攻撃にも転用できるが、その本領は防御――相手のやることのことごとくを『防ぐ』ことに特化した魔法を駆使して潰してみせる。

 ……その自信がボタンにはあった。


「ルゥちゃん! あたしがしっかり守るから攻撃は任せたよ!」

<ピッポー!>


 ルールームゥの言葉はボタンにはわからないが、その逆は違う。

 ボタンの能力をルールームゥは理解しているし、本人が頑丈な肉体を持っているとは言っても無敵ではない。ボタンの防御魔法は頼りになることはわかってくれている。

 そうであればルールームゥの方もボタンを守るように行動してくれるであろう……そうボタンは期待していた。

 事実、ルールームゥもボタンの能力を理解しており、彼女を傍から離さないように行動しようとする。

 ――一人であってもジュリエッタたち二人を相手にすることは可能だと心の底で思っていたとしても……。


「ライズ《アクセラレーション》!」


 ジュリエッタとオルゴールが向かってきた。

 分断を狙ってくる、とボタンは予測しているがそうでない場合もありうる。

 油断せずにボタンは魔法を使って二人をシャットアウトしようとする。

 彼女の持つ魔法はほぼ万能の防御魔法だ。『無敵』ではないものの、相手の攻撃に合わせさえすればほぼ同義の能力となりえる。

 だからこそ――




 だからこそ、


「えっ……!?」


 ボタンは自分の身に何が起こったか理解できずに戸惑った声を上げる。


<ピピッ!?>

「ライズ《ストレングス》、メタモル!!」


 防御壁を張ってジュリエッタの加速からの攻撃をしようとしたボタンが


 ――い、!? いつの間に……!?


 ボタンの足首に、目を凝らさなければわからないほどの細い糸が巻き付いていた。

 もちろんオルゴールが出していた糸だ。

 しかし、距離がオルゴール本体よりかなり離れている。


 ――うそっ!? あんな距離から、もう仕込みをしていた!?


 オルゴールの『糸』は本体から距離が離れるほどに強度を失う――そのこと自体をボタンが知っていたわけではないが、そういうものだと予測はつく。

 それゆえに距離が離れていた時点での警戒はしていなかったのだが、それが仇となった。

 距離が離れていたら脆い、それはに言えば距離が近ければ強度がある、ということだ。

 オルゴールは離れた距離から糸を放ち、気付かれないようにボタンの足へと巻き付けておいていた。

 そして近づいたところで一気に糸を巻き上げてボタンを投げたのだった。


「し、しまっ――!?」

「ハァッ!!」


 ボタンが気付いた時にはもう遅い。

 目に見えぬくらいに細い糸は完全にボタンを片足を捉え、プロテクションの防御も意味をなさないうちに投げ飛ばされてしまう。


「――デハ、ご武運ヲ」

「ありがと、オルゴール。こっちは任せて」


 もちろんオルゴールを投げ飛ばしてルールームゥと距離を取っただけで終わりではない。

 彼女が戻ってこれないように、オルゴールはボタンへとすぐに向かう。

 オルゴールとルールームゥを再度合流させない――そこまで果たして、初めてオルゴールは自分の役目を果たしたと言えるのだ。




「…………おまえとは、白黒つける必要があると思っていた」

<ピー……>


 オルゴール、そしてボタンもこの場にはいない。

 妖蟲は相変わらず周囲を這いまわっていたが、そのほとんどはルールームゥの狂乱によって薙ぎ払われ邪魔になるような数はいない。


「エクレールと――ヒルダの前に、おまえとの決着をここでつける。時間はかけない」

<ピ? ピピッ……ピポッ>


 ボタンと離れてしまったものの、ルールームゥに動揺した様子は見られない。

 そもそも何を考えているのかが全くわからないのだが。

 構わずジュリエッタはルールームゥへと攻撃を開始する。


「くっ……やっぱり硬い……!」


 しかし、ライズ抜きのメタモルで殴り掛かっているだけとはいえ、ルールームゥは全く揺らぎもしない。

 プロテクションの壁を殴りつけているのと変わらない感触だ。


 ――ありえない……ユニットだったら、魔法も使わないでこんな防御力なんて……。


 『防御力』というステータスは存在しているが、それは攻撃を受けた時に『ダメージを減少させる』という役割しか持っていない。

 実際の身体の硬さが変わるわけではないのだ。

 だというのにルールームゥの身体は異様に硬い。

 これでは結局ボタンがいなくてもルールームゥにダメージを与えられないのではないか――そう絶望してしまうことだろう。


 ――だったら、ぶっ壊れるまで殴り続ける!


 ……大変残念なことに、ジュリエッタは既に狂戦士主義アリスイズムに自覚なしに染まってしまっている。

 ただ殴っても通じない相手はムスペルヘイムも同様だった。

 そんな相手だからと言って怯んだり諦めたりすることは絶対にありえないのだ。


<ピピピ……ピー!>

<[コマンド:トランスフォーメーション《アモン-7》]>


 再度ルールームゥが全身変形の魔法を使う。

 全身が一回り大きくなりレトロなロボット風だった姿が鋭角的に、より攻撃的な形へと変わる。

 明らかな近接格闘用の形態だ。


「ジュリエッタ……おまえには負けない」


 オルゴールが作ってくれたチャンスを絶対に逃すわけにはいかない。

 ジュリエッタも構え、ルールームゥを倒すべく立ち向かう……。

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