第8章57話 アニキラシオン 2. エル・アストラエア防衛戦(後編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
大ミミズの一匹をジュリエッタが倒したが、同時にピースの出現を聞きつけたウリエラたち。
「みゅー……想定はしてたけど、ちょっと早かったみゃー……」
妖蟲の数はまだまだ減らず、その状態でピースが出て来るのは少しだけ想定外ではあった。
もちろん、ハ国から向かって来ているルールームゥにピースが全員乗っている、とも思っていなかったが、それでももう少し猶予はあると思っていた。
「まぁまぁ、そういうこともありますよ♪」
「……」
事態は全く良い方向に進んではいない。
それでもガブリエラは呑気だ。
……それが余裕に思えるうちはまだ大丈夫なのかもしれない。ウリエラはそう考え直す。
「それで、どうしましょうか?」
「……わたちたちのやることに変更はなしみゃー」
ピースとの戦闘になった場合、ガブリエラの戦闘力は頼りになる。
しかし、結局のところ誰かが妖蟲への対処を行う必要は出て来るのだ。特に『本当の避難所』やラビたちのいる神殿に妖蟲が迫るのは防ぎたいし、防ぎきれないまでも侵攻を遅らせる必要はある。
それが出来る手段は数少ない。相手を倒していくだけならば誰でもできるが、それでは魔力がもたない。
ヴィヴィアンの放った召喚獣と連携しつつ、ウリエラの魔法で街を迷路へと変えてルートを制限。最終的にまとめてアリスなりの大火力で殲滅する――それが現状ベストであるとウリエラは判断する。
「わかりました♪」
幸いなのはガブリエラが素直に言うことを聞いてくれることだろう。
――りえら様も、この街を……ピッピを守りたいって思いがあるんだろうみゃ。
にこにこといつも通りの笑顔を浮かべてはいるものの、いつも通りに大型モンスターへと突進していくこともなくウリエラの言うことに従って『地味』な作業を繰り返してくれているのは、きっとそういうことなのだろうと思う。
今はラビのユニットになっていると言っても、ガブリエラにとってはピッピも大切なパートナーなのには変わりない。
そのピッピの住む街を――そして異世界の友人たちの街を守るためには、姉たちの言うことをしっかりと聞くのが一番だとわかってくれているようだ。
「んじゃー、どんどん行くみゃー。早くこっちが終われば、わたちたちも戦いに参加でき――」
言葉の途中でウリエラの声が途切れる。
「……ウリュ!?」
自分に掴まっていたはずのウリエラの姿が唐突に消える。
空中を飛ぶ妖蟲の攻撃を受けた――というわけではない。
『ウリュ、どこ!?』
『し、下に落っこちたみゃ……』
言われた通り地面を見ると、ウリエラが地面に落ちて倒れている。
特に攻撃を受けて落ちたというわけではなさそうでほっと一安心するガブリエラだったが、すぐに異変に気付く。
「……凍っている……?」
『拙いみゃ、りえら様! これは――』
「アンティ!!」
「くっ……!?」
突如響いてきたその魔法の発声には聞き覚えがあった。
声の主へと向かおうとするガブリエラだったが、背の翼が凍り付き――
「くあっ!?」
ガブリエラも地面へと落とされてしまう。
「ふ、ふひひっ!」
近くの建物の陰から現れたのは、真っ白い着物に頭巾を被った雪ん子――フブキであった。
「さ、さぁ妖蟲の皆さん! やっちゃってください!」
「くっ……飛べなくったって……!」
いかなる術を用いたのかわからないが、フブキの号令と共に周囲の妖蟲たちが一斉にガブリエラたちに襲い掛かろうとする。
ガブリエラの翼は凍らされたまま、ウリエラも氷漬けになってしまっている状態で四方八方から妖蟲が迫る。
「うぇひひっ! ぼ、ボタンちゃんやヒルダ様がいなくても、これだけ
「こ、のっ……!!」
驚異的なステータスを誇るガブリエラならば妖蟲に攻撃されても大したことはないが、ウリエラの方は違う。
ウリエラは体力が相変わらず低すぎるため、そう何度も攻撃を受けることは出来ない――あっという間にリスポーンに追い込まれてしまうだろう。
それがわかっているガブリエラはウリエラを守ろうとするが、相手の数が多すぎてウリエラを庇うとガブリエラ本人がわずかでもダメージを受けてしまうことになる。
「よ、よーし、今回こそ勝った!」
「……みゃー……【
「…………へっ?」
唐突に、ガブリエラとウリエラの氷が消失する。
「……クローズ――全開で!!」
翼の氷が溶けると同時にガブリエラは真上へと飛び上がり、魔力を大きく込めたクローズを使用。
迫っていた蟲たちは勢いそのままにクローズに巻き込まれ――見るも悍ましい蟲団子が完成する。
「りえら様、そのまんまお願いみゃー。ビルド《カタパルト》……発射みゃー」
「ぎゃー!?」
蟲団子をカタパルトでフブキに向けて射出――フブキはそれを何とかかわすが、蟲団子はそのままウリエラの作っていた壁にぶち当たり数多くの蟲を叩き潰す。
「……ふふっ、また会いましたね♪」
「ひぃっ!?」
そして、ガブリエラはフブキへと微笑みかける。
……その笑顔の裏側にあるモノを敏感に察知し、フブキは震えあがった。
「……ま、遭ってしまったなら仕方ないみゃー。りえら様、このままこいつを倒しておくみゃー」
「ええ、もちろんですよ、ウリュ」
「ひぃぃぃ……!?」
――そう、こいつは本当に倒しておくべきみゃ……正体不明すぎる魔法使いみゃ。
魔力消費を厭わなければ妖蟲は今のようにして排除が可能だ。もちろん、本来の目的である侵攻を遅らせるために回復アイテムを使い切ってまで妖蟲を倒す必要はないのだが……。
フブキ相手にそうも言ってられないのではないか、とウリエラは冷静に考えていた。
このフブキというピース、持っている魔法が得体の知れないものだ。
『天空遺跡』ではヒルダなど他のピースがいたために目立たなかったが、あの時もガブリエラたちの動きを一人でほぼ抑えていたのだから油断など全くできない。
……ただ、幸いなのは今回はウリエラがガブリエラと一緒に戦うことだ。
彼女のギフト【消去者】ならば、フブキの謎の魔法アンティも消去することは出来る。
他にどのような魔法を持っているかはわからないが……ここで確実に倒しておかないと、都市の防衛の邪魔にもなるし他のピースとの戦いで致命的なことになりかねない。
「それじゃ、『天空遺跡』の続きをしましょうか、雪ん子さん♪」
* * * * *
拙いな、ピースがもう出てきたか……いや、最初から来る場合も一応想定してはいたけど……。
”避難状況は!?”
「ダメ、まだ終わってない区画があるわ!」
最低限住民の避難だけは終わらせないといけない。
やつらの目的が『人身売買』にあるとは言っても、だからといって無傷で済ませてくれるとは限らない。
それに幾らピッピがいると言っても――いや、これは言っても仕方ない。本当の最終手段だ。
「にゃー……アーにゃんが外、ジュリみぇったがなぜかいるルールームゥと、さっきりえら様たちがフブキと遭遇……」
”フリーで動けているのはクロエラとノワールたちか……”
心配なのはノワールたちの方だ。
ノワールの竜体の修復はまだ完了しておらず、本気で戦うことの出来ない状態だ。それに、魔眼が現れたらかなり拙い。
かといってユニットの誰かと行動させると幅が狭まってしまうために、本人たちの申し出もあって自由に動いてもらっているんだけど……そちらはもう信じるしかあるまい。ピッピも気をつけて見てくれるとのことなので任せよう。
”ヴィヴィアンの召喚獣はまだ大丈夫?”
「はい。ウリエラ様の作業が中断されてしまいましたが、妖蟲相手であれば今のところ問題はありません」
『冥界』で戦った宝石芋虫とかみたいなとんでもない相手でなければ、騎士型召喚獣は妖蟲に遅れは取らないだろう。
ウリエラたちがピースと戦うことで抜けた穴は、悪いけど召喚獣たちに頑張ってもらうしかない。
”わかった。なら召喚獣は絶対にピースに近づけないようにしつつ、このまま蟲の駆除と逃げ遅れた人の救助を優先させて”
「かしこまりました」
”クロエラ、聞こえる? そっちはどう?”
『う、うん、数が多いけど……大丈夫。ボクは平気だよ』
よし、クロエラはまだピースに遭遇していないようだし大丈夫そうだ。
何気に今回は彼女の機動力と魔法が蟲退治には重要な役目を持っている。
……クロエラだけはピースと遭遇しても逃げ回ってもらった方がいいかもしれないな……。
「……にゃー……このままピースに誰も負けなければ、何とかなりそうかにゃー……?」
”そうだね……今のところクリアドーラやエクレールが来ていないのは幸いだけど……”
全軍を投入していないのか、それとも誰も遭っていないだけでどこかにいるのか、それはわからないが……。
うーん、でもエクレールはともかくクリアドーラはいたらわかりそうな気もするんだよなぁ。あの魔法、めちゃくちゃ派手だし。
とにかく油断せず、このまま避難完了まで持ち堪えてから各個撃破していく――しかないかなぁ。
しかし――
「おっと、こちらにも戦力を伏せておりましたか。上手くいきませんなぁ」
”!? 誰だ!?”
聞いたことのない声が聴こえてきた。
声の方向を見ると、そこには見たことのない人物の姿があった。
シルクハットに燕尾服――絵に描いたような『紳士』とも言えるし、『マジシャン』のようにも見える。
反射的にスカウターを使ってみてみるが、やはり名前以外はわからない――ピースであることは確定か!
「ふふふ、お初にお目にかかる。吾輩、ルシオラと申す者……以後お見知りおきを」
ルシオラ――そうだ、確かヨームが遭遇したピースだったか。
……見た目は確かに『マジシャン』だ……
”けけけっ、まぁアストラエアと接触したんなら、『もう一つのお宝』にも気付いてるだろうよ”
”……なんだと……!?”
そしてルシオラの後ろから現れたのは――
”マサクル!?”
”いよぉ、ミスター・イレギュラー。一週間ぶりくらいか? 元気してたか? くけけけっ!”
まさかの敵のボス・マサクルだった。
これは――流石に想定外だ。
だが……チャンスでもある。
どうやってピースたちを倒し、マサクルまで刃を届かせるかが最大の課題であったが、マサクル本人の方から姿を現してくれるとは……。
”くけけ……アストラエアぁ……会いたかったぜぇ”
「……くっ、やはり貴方――ヘパイストスなのね……!」
ねっとりとした厭らしい笑みを浮かべ、ピッピの方を見るマサクル。
その視線に何かを感じ取ったか、ピッピはマサクルのことをヘパイストスと呼ぶ。
”ああ、まぁ別に隠す必要もねぇからなぁ。いやぁ、ずいぶんと遠回りさせられたぜぇ……おめぇが『ゲーム』にこの世界を使っちまったからな、俺っちもいらねー苦労をさせられたってもんよ”
「よくもぬけぬけと……!」
”くけけけっ! でもまぁ、おかげでこっちも想定外の戦力を蓄えられたしな!
……どっちにしろ、おめぇの運命は変わらねぇよ”
「――ッ!?」
な、なんだ……マサクルの雰囲気が変わった……!?
彼自身は使い魔の身体だし、クラウザーのようないかにもな猛獣の姿をしているわけでもない、ユニットに対抗できるような戦闘力なんてないはずだ。
だというのに彼から感じる――ゾッとするような寒気と圧力……。
……直面するのは初めてだけど、おそらくこれは――罪を罪とも思わない暴虐の輩の放つ異様な雰囲気なんだろう。
私たちの『敵』は……真っ当に生きている存在じゃない。正に『犯罪者』なのだ。
「――どうやらこの場にいるのはあなたたちだけのようですね」
「なら話は簡単にゃ。ここで倒してくだらないゲームは終わりにするにゃ」
ピッピを庇うようにヴィヴィアンとサリエラは既に前に出て戦闘態勢を整えている。
一体どうやってマサクルとルシオラがこの神殿内にやって来たのかはわからないが、確かに他のピースは来ていないようだ――クリアドーラとかなら隠れずに出て来るだろうし、エクレールの巨体なら隠れようもない。
「ふっふっふ……なるほど、確かにそちらの方が有利に思えますなぁ……。
しかぁしっ! ここで宣言しよう! 吾輩の魔の手から、諸君はアストラエアを守り抜くことはできないと!」
「……ご主人様、よろしいですね?」
”う、うん! とにかくピッピを守りつつこの場で決着をつけよう!”
ルシオラの不気味な自信は一体なんなんだ……?
気持ち悪いけど、ここでマサクルを倒せればそれで終わり――そのことに間違いはない。
マサクルさえ倒せれば、ピースが仮に残るとしても本来の目的は達成することは出来なくなるし、時間をかけて戦うことも出来るようになるはずだ。
「それでは――イッツ・ショータイム!! 魔術師ルシオラのマジックショー、開演といきましょう!」
芝居がかった仕草でルシオラが右手を挙げ――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「■■■■■■■」
■■■■■■■■■■■■■■■■。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■――
「【
■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■――
「■■■■■■」
* * * * *
「が、はっ……!?」
”――ピッピ!?”
突如、ピッピが血を吐き倒れる。
な、なにが起こった!?
「!? ――サモン《ヒュドラ》!!」
突然の事態に混乱する私たちだったが、ヴィヴィアンの判断は素早かった。
《ヒュドラ》を召喚すると、ピッピを包み込むようにして守らせる。
”ま、マズい……!?”
ピッピが血を吐いた原因は明確だ――彼女の胸からどくどくと血が溢れ出している。
そうとしか思えない傷だ。
そして刺された位置が拙い。心臓……は逸れているようだが、間違いなく致命傷となりうる傷だ。
ルシオラの攻撃だろうか? わからないが、何をどうしたのかすら私たちには認識できない攻撃なのは確かだ。
……正直治療を優先したいが、追撃が来たら確実にピッピは死んでしまう。
そう一瞬で判断したヴィヴィアンは、《ヒュドラ》で包んで攻撃を防ごうとしたのだ。
「おっと、そういうこともできますか。残念――マサクル殿、とどめはどうしますかな?」
”けけ、放っておいてもすぐに死ぬだろうけどなぁ……ま、きっちりとどめ刺してやるってのが礼儀っつーもんだぁな”
”何を勝手なことを……!!”
まさかこんなにあっさりと神殿にまでやってくるとも思ってなかったけど、私たちがついていながらピッピに直接攻撃を仕掛けられるとも思っていなかった。
私の考えが甘かったか?
……いや、後悔している時間さえ惜しい。
”二人とも、ピッピを守るよ!”
「もちろんですとも、ご主人様」
「わかってるにゃ! ついでにここでマサクルもぶっ飛ばして終わらせるにゃ!」
――最大の問題は、この場にはヴィヴィアンとサリエラの二人しかいないということ……。
強制移動で誰かを呼び戻すか? とも一瞬考えるけど……。
”けけけ、一対二。誰か呼び出せばそっちが確実に勝てるかもなぁ?”
”くそっ……!”
諸々向こうにはお見通しらしい。
確かに誰かを呼び出して速攻でマサクルとルシオラを倒せばそれで万事解決かもしれない。
でも、そうならなかった時の方が問題だ。
たった一人でここまで乗り込んできたルシオラの能力は未だ不明。もしかしたら生存特化の能力持ちなのかもしれないし、そうなると誰かを呼ぶと街の防衛に穴が開いてしまう。
……その穴を突いて、フリーとなった妖蟲と別のピースが一気に進軍してくるというのが最悪の事態なのだ。
「問題ございません、ここでわたくしたちが勝ちますので」
「そうにゃ! 街の方も放っておけないにゃ!」
”…………わかった。二人とも、あいつの能力がわからない。気を付けて!”
二人の後押しもあり、私は結局他のメンバーには『神殿にマサクルとピースが直接現れた』ということだけを告げて強制移動はさせなかった。
誰かの魔力が尽きた時に呼び出すことになるだろうし、そうなるまでは事前の作戦通り街の防衛に専念してもらう方がよいだろうと判断。
この場はヴィヴィアンとサリエラの二人に任せるしかない。
”けけっ、じゃあ始めようぜぇ……アストラエアの命と『バランの鍵』――ここで総取りさせてもらおうかぁっ!”
「んふっふっふ……」
手早く片付けてピッピの安全を確保してから治療を行う――それ以外にもはや道はないのだ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マサクルが神殿を急襲してきた――
その連絡を受けた時、クロエラは一瞬迷った。
――どうしよう、ボクなら今はピースとも戦っていないし、神殿まですぐ戻れるけど……。
――……いや、ダメだ。ボクの勝手な判断で作戦は崩せない……!
迷いつつもクロエラは自分の判断よりも事前の作戦の遂行を決心する。
考えた上で、当初の作戦通りの方が良い――と判断を下したラビたちを信じることにしたのだ。
ラビだけでなく、おそらくこの世で一番信頼できる
ある意味で思考を放棄しているとも言えるが、放棄するに足る彼女なりの根拠を持っているのだ。本当に何も考えていないのではない。
「よし……エキゾースト《インセクティサイド》!」
既に
使ったのは
敵が
誰にも追い付けないスピードで空中を駆けまわりながら殺虫剤を撒き散らし、ひたすらに妖蟲を駆除してゆく。
本物の殺虫剤であれば、もし逃げ遅れた人間がいた場合に悪影響を及ぼしかねないが『蟲を殺す』ことだけに特化した『魔法』の煙であれば、人体はおろか蟲以外の生物には一切の影響を与えることはない。
クロエラが担当しているのは街の内側、比較的神殿に近いエリアである。
そんなところまで妖蟲が侵攻していること自体は問題ではあるが、街の外周を回る他のメンバーたちに比べれば移動範囲はやや狭まるし、その上チームで随一のスピードを誇るクロエラだ。
瞬く間に防衛線を抜けてきた蟲を殺虫剤で駆除してゆき、逃げ遅れた者の避難を助ける。
この戦いでクロエラの活躍は大きい。
特にエキゾーストによる殺虫剤散布が果たす役割が大きい。
ウリエラのゴーレム壁や召喚獣の妨害を抜けやすい蜂などの飛行型妖蟲を確実、かつ簡単に倒せるのはクロエラの魔法以外にないだろう。
――よし、大分片付いてきたかな……?
ピースと遭遇したメンバーは妖蟲の駆除ペースは落ちている、あるいはゼロになってしまっている。
そのため街の中心まで迫る蟲の数は増えているのだが、それ以上にクロエラの殺虫剤散布のペースが早く致命的な侵攻は防げているという状況だ。
決して楽観できる状況ではないものの、この調子で妖蟲の駆除を続けていければ、後はピースと戦っている各地の援護や神殿への救援に向かえるだろう。そうクロエラは考えていた。
しかし――
「!?」
クロエラの乗っていたバイクの前輪が突如
近くに蟲はいたが、それらが霊装であるバイクをどうにかできるものとは思えない。
「うわぁっ!?」
そして、空中を
魔法のややこしいところではあるが、前輪がなくなったらバイクはまともに走れない――なぜかそういうところだけは現実を再現している『ゲーム』は、クロエラが走行不能になったと判定。バランスを崩したクロエラはそのまま地上へと落下してしまう。
「いてて……」
ただ、逃げ遅れた者の救援も行う都合上、そこまで高所を飛んでいたわけではなかったのが幸いした。
落下ダメージもほぼなく、クロエラ自身も空中で体勢を整えたために着地自体は成功した。
「い、一体なにが……?」
霊装の修復はラビに頼まないとダメだが、神殿内でも敵に襲われているようだし望みにくい。
しかし
「あら? あらあら~?」
「! …………そ、その、声は……」
クロエラの背後に
からんころんと下駄の音を響かせながら、ゆっくりと
「マサクルのやることに興味はありませんでしたが、叩き落させてもらいましたとも、えぇえぇ……」
丁寧なようで相手をバカにしているかのような慇懃無礼な、特徴的な言葉遣い――
クロエラは振り向けなかった。
振り向かないと間違いなく『死ぬ』――それがわかっていても、
「な、なん、で……おまえがここにいる……?」
「あら? まぁまぁ……あたくしをご存じですかぁ? えぇ、えぇえぇ……でも申し訳ありませんが、あたくし、貴女のことは存じ上げませんわぁ」
――なぜ
『アビサル・レギオンの
であるならば、
「ところで――いつまであたくしに背を向けているおつもりで? えぇえぇ、そのまま首を落としてもらいたいというのであれば……くふふっ、あたくしは構いませんがぁ?」
「お、おまえ、は……」
姉妹を斬られ、ようやく勝てはしたものの、そのほとんどは
『振り向くな』と全力で叫ぶ本能を理性が抑え込み、震えながらもクロエラは声の方へと向く。
――そこにいたのは、間違いなくクロエラの知る
顔を鬼の面で覆った和装の剣士――
「えぇ……えぇえぇ、そうでなくてはいけませんとも。貴女が『戦士』であるならば」
「ジュ、ジュウベェ……!!」
最悪を超えた猛悪、殺戮の剣士ジュウベェ――紛れもない本人が、にこやかな笑みを浮かべて立っていたのだった……。
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