第8章9節 撃滅の賛歌
第8章56話 アニキラシオン 1. エル・アストラエア防衛戦(前編)
* * * * *
悪い想像は当たるものだ。
”やっぱり、
街中で起きている混乱はピッピを通じて知っている。
人間よりも大きな蟲たちの襲撃――そこはちょっと予想外ではあったが、不意打ちをしてくるだろうとは予想していた。
そちらに注意を惹きつけておき、別方向から攻撃を仕掛けて来る……私はそう予想していた。
で、どこから不意打ちを仕掛けて来るか、ってのが問題だったのだけど……可能性としては二つしかないと思っていた。
一つは
もう一つは空中からだ。ただ、こちらは
事実、ピッピから話を聞いたけど外敵を寄せ付けない『神樹の結界』は地上部分では特に強く、神樹の魔力が多く宿る枝葉は空中からの攻撃をかなりの確率でシャットアウトするのだという。
それに空中からだったら目で見えるので監視もしやすく、容易く迎撃できるはずだ。
というわけで私は『地下からの攻撃』が来るのではないかと警戒し、ピッピに地下の警戒をお願いしたのだ。
私の狙い通り、地下深くで『何か』が蠢き、『エル・アストラエア』に近づこうとしているのが事前にわかった。
後はいつ地上に現れるかだけが問題だったが、これもおおよそ予想通りだった。
ルールームゥたちが動き出し、こちらが警戒を始めようとするタイミングか、あるいはもっと数日掛けてこちらが『ダレる』のを待つか――その二択だと思っていた。
「……どうやら今のところ敵は、あの
召喚獣の目を通して都市のあちこちを確認していたヴィヴィアンはそう結論付ける。
”うーん、ピースと同時攻撃仕掛けて来ると思ってたけど……いや、来たら来たで対応するしかないか。
皆、とにかくまずは
後半は遠隔通話でアリスたちに向かって告げる。
今回の戦い、私たち視点では『マサクルをどう倒すか』だけの話だけど、この世界にとってはそうではない。
『バランの鍵』『ピッピの命』の両方を守り抜くことはもちろん重要だ。
そして更に、『エル・アストラエア』の住民を守ることも大切である。
なので、とにかく敵の襲撃があったら『住民の避難』を最優先にしてもらうことをピッピを通じてお願いしていた。
……街を守る、というのは残念ながら優先度は低い。建物よりも人命優先だ、当然だけど。まぁ建物なら、壊してしまってもウリエラのビルドで直せるので勘弁してもらいたい。
「にゃー……全員あらかじめ避難できてれば良かったんだけどにゃー……」
”それはまぁ仕方ないよ。いつ攻めて来るかわからないのに避難させたら、それはそれでストレスが大変なことになっちゃうしね”
避難所はあくまでも『緊急時に逃げ込む場所』だ。そこで長く生活する場所ではない。
もちろん災害とかで家が無くなってしまった場合なんかは、長期滞在することもありえるけど……。
少なくとも今回については敵が動くまで避難させるのはデメリットの方が大きいと判断した。
それに、もし都市内の様子をマサクルが知る手段があった場合に、住民が避難したと知った時に私の心配する『住民のストレス』を最大限まで高めるために長く攻めてこない、という意地の悪い――だがとても効果的な――手段を選ぶ可能性があった。
「ま、それもそうにゃー。
……ピッピ、第2、4、5、7区画の避難が完了したにゃ」
「わかったわ」
各避難所には、実は予め召喚獣、あるいはウリエラの《ゴーレム》が配置してある。
区画ごとに割り振られた住人の避難を現地の職員――この世界における公務員だろう――が確認。それを召喚獣か《ゴーレム》に報告すると、私たちに伝わるという仕組みだ。
もちろん、元からある魔法通信を使っても報告は受けているが、そちらの方は敵の攻撃で壊れたりしてしまう可能性もある。私たちの魔法ならば、魔力切れになるかリスポーン待ちになるかまではほぼ残すことが出来るので、そちらの方が確実というわけだ。
「――各区画の
ピッピがそう言う。
「……ピッピ、一体なにしてるにゃ?」
”ま、まぁまぁ、気にしないで……ほら、魔法で移動させてるんだし集中力を乱さないように、ね?”
「…………まぁいいけどにゃー」
流石にサリエラは不審に思うか……。
ピッピがやっていることは単純だが、実は結構異常なことだ。
各避難所に集めた人を、まとめて
そこならば、もう本当に『エル・アストラエア』が陥落でもしない限りは安全だ。
逃げ遅れる人とかも出て来るかもしれないけど、大多数の住人の安全が確保されればアリスたちでカバーもしやすくなる。
「ピッピ様、第1、3、9区画の避難完了いたしました」
「ええ、了解よ」
”……うん、良し。避難の方は順調に進んでるね”
決して良い話ではないけど、今のところは私たちが事前に想定した通りの流れで進んでいる。
怪我人は出てはいるけど死者は今のところなし――重傷者も心配していたよりは少ない。
……治療のために《ナイチンゲール》を避難所に置いておいてあげたいけど、悪いけどそれは出来ない。ピースたちが出てきた時、アリスたちの方の回復が重要になってくるためだ。
幸い、この世界の魔法には治療用のものもあるらしい。それで何とかしてもらうしかない。
「にゃ! うーにゃん、壁の外に大型の敵出現にゃ!」
「こちらでも確認いたしました。これは――まさか……
”うぇっ!? うそっ!?”
妖蟲が出てきたということは半ば覚悟はしていたけど……『冥界』のボスが出て来るなんて……!
「し、しかも……わたくしが見るだけで三匹はいます……!」
――私の想定が甘すぎたか……!?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「みゃー……りえら様、外におっきい敵が出てきたみたいみゃー」
「あら? じゃあ私たちはそっちに行きますか?」
ガブリエラに人形のように抱き着きながら、ウリエラは共に『エル・アストラエア』中を翔けていた。
これはガブリエラのコントロールが必要だから、というだけではない。単純に移動速度とウリエラ自身の護衛を兼ねての配置となる。
「……いみゃ、わたちたちはこのまま《ゴーレム》の配置と避難のお手伝みゃー」
「そうですか? わかりました」
『おっきい敵』と聞いて楽しそうに目を輝かせるガブリエラだったが、ウリエラの言うことは素直に聞く。
――やっぱりわたちが一緒に来て正解だったみゃー。
いかに聞き分けが良く賢い子だとは言え、ガブリエラの中身は天衣無縫の三歳児様だ。
特に『ゲーム』のバトルを純粋にゲームとして楽しんでいるガブリエラを一人で放り出してしまうと、興味を持った大型モンスターに特攻をかけてしまい元々の役割を忘れてしまうかもしれない。
ウリエラ(あるいはサリエラ)のコントロールは絶対に必要なのだ。特に今回のような広範囲な戦場では。
すんなりと納得したガブリエラは、ウリエラの指示通りに街を飛び回ることに専念する。
「……大分『迷路』も完成してきたかみゃ?」
「そうですね。ふふっ、迷子の蟲さん可愛いです」
「……かわいいかみゃー……?」
ウリエラたちが行っているのは、避難の手伝いだ。
街の通路のあちこちをビルドで作った『壁』で塞ぎ、蟲が住人を追いかけられないようにしているのである。
『迷路』――確かにその通りだろう。ただし、必ずしもゴールにたどり着けるとは限らないが。
とは言えこれも一時しのぎに過ぎない。
蟲たちの中には飛べるものもいるし、無理矢理壁を壊してでも突き進もうとするものもいる。
だがそれでもいいのだ。
「あら? ヴィヴィアンの召喚獣もがんばってますねぇ~」
「……ほんと、こういう時に一番頼りになる魔法みゃ」
壁を避けたり飛んで行こうとした瞬間、空中を舞うヴィヴィアンの召喚獣たちがそれらを容赦なく蹴散らしていく。
特に動きの素早い《ペガサス》は一度も立ち止まることなく空中を駆けまわり、蟲たちを蹴散らしている。
各所に配備された騎士型召喚獣は壁に阻まれた地上を這う蟲を切り刻み、または壁の代わりに立ちふさがって住人の避難を助けている。
たった一人で一軍と同様の働きが出来る――アリスやガブリエラの戦闘力とは違う次元で、ヴィヴィアンの能力は破格なのだ。
「……みゃ? そっか、わかったみゃ。
りえら様ー、アーみゃんが外のおっきい敵をやっつけるって言ってるみゃ。わたちたちはこのまま《ゴーレム》を作りながら、あのミミズを倒して『穴』を塞いで回るみゃー」
「なるほど。わかりました!」
壁の外から迫る脅威にも誰かが対処しなければならない。
それに立候補したのはアリスだった。
彼女に任せておけば大概のモンスターなら問題ないだろうと判断したウリエラは、本来の作業が終わりかけていることもあり次の行動へと移る。
後回しになっていた『大ミミズ』の退治と、それらが開けた地下からの『穴』を塞ぎこれ以上の蟲たちの侵入を防ぐことだ。
――……ピースが来る前に蟲はどうにかしておきたいみゃー……。
ルールームゥが迫ってきているのは知っている。
そちらに全てのピースが残っているのであれば問題ないが、そうでない可能性は非常に高いとウリエラもラビたちも考えている。
もちろん出てこないのであればそれに越したことはない。そうならなかった時の――『最悪』の事態を常に想定して行動すべきだろう、と皆が考えている。
「それじゃ、ウリュ、行きますよ~」
「はいみゃー」
まだ見えぬ脅威にだけ備えるのは意味がない。
今はとにかく目の前の脅威に対処し、守るべきものを守る。それが一番重要だ。
ウリエラとガブリエラはとにかく住人を守るために街中を奔走する――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ジュリエッタも、ミミズ、狩る」
外へと向かうのはアリスに任せ、ジュリエッタもウリエラたち同様に大ミミズの退治と穴塞ぎに移ろうとする。
彼女の役割はいわゆる遊撃隊――危ないところを
現在のところはウリエラの造った壁が効果的に働いており、また召喚獣たちの活躍もあってそれほど危険な箇所もなく避難も順調に進んでいる。
念のためラビたちに指示を仰ぐと、やはり早めに穴を塞いでおきたいのは確かだと言われたのもあり、ジュリエッタは大ミミズへとターゲットを移す。
道中で遭遇する蟲たちを始末するのももちろん忘れない。
「大ミミズは――全部で三匹だけ……うん」
今のところ地表に現れているのは三匹だけだ。
他の蟲とは異なり、ミミズたちはその場から動かない。
もしもあれが這い出て暴れ回ったとしたらかなりの被害を及ぼすであろうが――逆に出て来てくれるなら穴だけを先に塞ぐことも可能だ。
果たしてミミズにそのような知能があるのかはわからないが、おそらくはそういう『命令』を受けているのだろう、と『冥界』の蟲たちを知るジュリエッタは考える。
――やっぱり、『冥界』の黒幕はマサクルに間違いない……。
ドクター・フーことエキドナがいることからも、もはやそれは疑いようのないことであると思える。
だとすると、この蟲たちは本能のまま暴れ回るだけでなくある程度統制が取れているであろうとも考えられる。
皮肉なことに、統制が取れているが故に、広範囲に跨っていたとしても対処しやすくなっているのだが……。
「ジュリエッタ、お供しマス」
「オルゴール。助かる」
ジュリエッタと同じく遊撃隊として動いていたオルゴールが合流してきた。
彼女の魔法はとても有用だ。そこまでの強度はなくなるとは言え、ウリエラの《ゴーレム》のように糸のトラップで蟲の侵攻を阻むことも出来る。
しかしジュリエッタはオルゴールが着いてくることを許可した。
大ミミズの巨体を封じ込めるには流石に力不足だろうが、ジュリエッタが戦っている間に他の蟲を押し留めることは可能だろう。
それに、オルゴールだけはジュリエッタたちと違ってラビたちからの指示を寄越すことが出来ない。単純に遠隔通話が使えないから、という意味である。
回復も自力で行うしかないため、誰かが傍についていた方がいいのは確かだ。
「まず、一匹――」
二人は邪魔をする蟲たちを薙ぎ払いながら突き進み、あっという間に一匹目のミミズを切り刻み沈める。
倒れ込むミミズの巨体に蟲たちが巻き込まれて潰れていくが、
「スレッドアーツ《クレーン》……ちょっと、重いですネ……」
街にまで倒れ込む前にオルゴールの糸がミミズを持ち上げる。
上空――神樹の枝に糸を引っ掛け、クレーンのようにミミズを持ち上げているのだ。
……枝が重さに耐えきれずに折れたらどうするつもりだったんだろう、と思うもののジュリエッタは突っ込む暇さえ惜しみ、すぐさま【
――うん、妖蟲でもやっぱり吸収しても大丈夫そう。
以前の『冥界』でも試していたのでわかってはいたが、特に妖蟲を吸収してもジュリエッタ自身に変化はない。
内部から『洗脳』を仕掛けてきたり『毒』を与えてきたりを心配していたのだが、どうやらギフト【捕食者】によって吸収する場合には単純に『肉』としてしか扱われないようだ。
この辺りはおそらく『ゲーム』の仕組みがどうにかしているのだろう。気持ち悪いことは気持ち悪いが、深く考えることにそこまで意味はないだろうとジュリエッタはすぐに頭の隅においやる。
「……スゴイギフトですネ」
「まぁ、死体にしか使えないけど」
生きているモンスター相手に使えたら反則もいいところだろう。
一応、《
「よし、次」
「ハイ」
穴をふさぐ上手い手段が思いつかなかったので、適当に地面ごと爆破して崩してしまうことで対処。
穴掘りが得意な蟲がいたら無駄ではあるが、とにかくまずはミミズを対処することが先と判断してすぐに二匹目へと向かおうとする。
しかし――
「……む、誰かいる」
「あ、気付かれちゃったかぁ……うーん、この子と相性悪いなぁ……」
建物の陰に何者かが隠れているのを、ジュリエッタの
相手も見つかったことを察知し、諦めて建物の陰から姿を現す。
「おまえは――ボタン」
「ああ、もう本当に相性悪いなぁ」
和傘を持った着物姿の少女――ボタンは自分とジュリエッタとの相性の悪さを嘆く。
『天空遺跡』でもジュリエッタに隠れていることを見破られ、今回も全く同じであった。ジュリエッタが来なければそのまま気付かれることもなかったのだろうが……。
――やっぱり、もうピースも来ている……!
すぐさまジュリエッタは遠隔通話で全員にピースの出現を報せ、自身はボタンと対峙する。
ここでピースを逃すという手はない。
妖蟲の殲滅も大事だが、それ以上の脅威となるピースを放置しておくことは絶対に出来ない、という判断だ。
そしてそれは戦闘前にラビが『もしもピースが現れたら』というケースで皆に話していたことでもある。
積極的にピースを探す必要はないが、もし見つけたら可能な限りピースと戦って足止めをする。
それがラビの
勝てるのならばもちろん良いが、相手も一人で来るわけでもない。
特にクリアドーラやエクレールと言った規格外の相手は出来れば戦いたくない――最終的には倒さなければならないだろうが、都市防衛を行うべき『今』ではないだろう――ので、勝つのが無理そうな相手であれば足止め、それすら難しそうならば他の仲間と合流を優先し相手を入れ替えて戦う、もしくは協力して戦うこと。
そう事前に指示してある。
――ボタンに長々と時間をかけたくもない……けど、こいつをここで倒しておければ後が楽になる。
万能の防御魔法プロテクションを駆使するボタンは中々に脅威だ。
他のピースと組まれると攻撃を阻まれてしまう――もしもクリアドーラらと組まれたら、勝つのはほぼ不可能となってしまうくらいだ、とジュリエッタは考える。
ならば、ここでボタンを倒しておけば後の戦いが楽になるはず。
「……オルゴール、ここであいつを倒す。援護を」
「わかりマシタ」
「ひぇっ……!? やっぱりやる気ですか……そうなりますよねぇ……」
怖がっているようには確かに見える。
しかし、どこか余裕のある――おどけた雰囲気なのは隠せない。
いざ戦闘となっても勝てる自信があるのか、それとも向こうにも援軍がいるのか?
エコーロケーションでは近くには妖蟲の反応があるだけでピースらしき姿は確認できないが……。
「うーん、逃げてもいいんですけど……逃げ切れないっぽいしぃ……。
となるとここは――」
にこっと笑顔を浮かべると、ボタンは大声で叫ぶ。
「きゃー! このままじゃやられちゃうー! たすけてー用心棒の先生ー!」
<ピピ―ッ!!>
「!? 何……!?」
ボタンの(白々しい)悲鳴に応じ、
――絶対にこの場にいるはずのないピース……。
「なんで、おまえがここにいる……ルールームゥ!?」
<ピッ? ピッピィー……ピガガガガガガ>
レトロな風貌の人型ロボット――
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