第8章53話 燃える、戸惑う、打ち払う

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビたちが心配していたマサクルたちの襲撃はその後も起きなかった。

 監視班からも『動きなし』という報告しか来てない、とピッピも言う。

 何かしらの魔法によって監視の目をごまかしている、あるいは監視班を乗っ取っているのではないかという懸念もあったが、その辺りはピッピが大丈夫だと保証している。

 ……もっとも、それでも楓たちは疑っていたが、ラビが『ピッピがそう言うなら問題ないよ』と言ったことで一応の納得はしてもらえた。

 なぜマサクルたちが動かないのか、予想するのも難しい。

 ともあれ、今攻めてこないからと言ってこれから先も来ないとは限らない――むしろ攻めてこない理由はない――ので、ラビたちは警戒しつつ先に打ち合わせた通りに『備え』を各自行うようにするしかない。




 そのまま特に何事もなく一夜が過ぎ、ラビたちの異世界生活五日目――『エル・アストラエア』滞在二日目がやってきた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「ふー姉」

「ん? どうしたの、あーちゃん?」


 本日はトッタたちもこの都市における学校――日本やありすたちの世界ほど教育システムが整っているわけではないが――に通っているため、ありすたちは思い思いに過ごしている。

 楓は昨日街の探索をしてある程度のことはわかった、ということで今日は『エル・アストラエア』や周辺の地図を見て頭に叩き込もうと、部屋に引きこもっていた。

 替わりに今日は椛が撫子の相手がてら、街へと出ている。

 ありすが尋ねてきたのはそんな時であった。


「ちょっと教えて欲しいことがある」

「私に?」

「ん。新しい魔法を作ろうとしてたけど、上手くいかない……」


 ありすはずっと神殿にいたわけではなく、他の人の迷惑にならない場所で新魔法の開発を行っていたようだ。


 ――そっか、やっぱりクリアドーラのことを考えてるのね。


 クリアドーラの戦闘力は脅威だ。

 おそらく、ラビのユニットではアリスかジュリエッタ以外では太刀打ちできないだろう――ガブリエラだとステータスで押し切れるならいいのだが、そうでない場合は逆に一方的に負ける可能性が高い。

 相手の苦手とするタイプのユニットで勝てないまでも抑えつつ、他の敵を片づけてから挑む……という戦術も今回は成り立たない。

 クリアドーラ、そしてエクレールの二人については現状アリスとジュリエッタ以外では持ち堪えること自体が難しいレベルなのだ。

 そのことをありすが自覚しているかどうかはわからないが、アビサル・レギオン戦で勝利を収めるためにはアリスが鍵となるのには間違いないのだ。勝つための新魔法を考えるというのは必要なことだろう。


「新しい魔法ね……そういうのだと、バン君の方がいいアイデアを出してくれるんじゃない?」


 これは楓の素直な気持ちだ。

 彼女は決して自分が戦闘において優れた能力を持っているとは思っていない。

 自身の持つ魔法も、特に戦闘特化の発想力を必要としないものであることに安堵しているくらいだ。

 だがありすは首を横に振って答える。


「んー、なつ兄にも聞いてみたけど、わかんないって」

「うーん……バン君がわからない……?」


 楓は首をかしげる。

 先に千夏に質問をしたようだが「わからない」と返ってきたとのことだ。

 楓の知る千夏の性格なら、わからないものであれば一緒に考えてくれたり調べたりしてくれそうなものだが……たまたま虫の居所が悪くてあしらってしまったのかもしれない、と思い直す。それはそれで余り楓の知る千夏のイメージとはかけ離れているのだが。


「……まぁいいか。わかった、私でわかることなら。

 あ、お茶飲む? メティ――巫女さんからもらった、この世界のお茶だけど美味しいよ?」

「ん、いただきます」


 昨日の道案内をきっかけに、年が近いらしい『メティ』という名の巫女と楓は仲良くなっていた。

 そんな彼女に貰ったこの世界のお茶を飲んでいたのだが、意外にも楓好みで気に入ったのだ。

 この感動を誰かと分かち合いたい――と思って、きっかけがあれば皆に勧めてみようと思っていたのだが、どうやらありすがその第一号となるようだ。


「神樹の葉っぱで作るんだって。味は紅茶に似てるかな? 砂糖はないけど、そんなに苦かったり渋かったりもしないから、あーちゃんも飲めると思う」


 『エル・アストラエア』を守護する神樹はもちろん『樹』なので葉っぱはある。

 その葉っぱは閉塞したこの都市においては貴重な資源の一つである。

 お茶に加工することも出来るし、ひと手間かけて調理すれば野菜としても食べられる。

 メティから聞いた話では、神樹の葉っぱには『魔力』が豊富に含まれていて『魔力回復薬』としても使われるのだとか。

 だとすればお茶でも魔力の回復効果は多少なりともあるかもしれない――もっとも、楓たちは変身を解いているだけで勝手に魔力が回復するので、このお茶を回復薬として使うことはないだろうが。


「ん! おいしい」

「でしょう? ……これ、お土産に持って帰れないかな……?」


 半ば本気で楓は言っている。

 冗談なのか本気なのかわかりにくい、何を考えているのかわからない、とよく言われる楓であるが、根っこは双子の妹と同じでストレートだ。概ね、言葉通りのことを思っているとみて間違いない。


「――それで、あーちゃんは何が知りたいの? というか、まず何をやろうとしているの?」

「ん……あのね、新しい魔法を作ろうとしたんだけど、魔力の消費が激しすぎて全然使えない……」

「ふぅん?」


 アリスの魔法については楓もわかっている。

 やろうと思えばほぼ何でも出来るものの、『やりたいこと』を複数重ね掛けするごとに魔力消費量が大幅に増えて行ってしまうという性質がある。

 強力な魔法を作ろうとすると、たとえ作れてもまともに使うことが出来ない――神装以上の消費の魔法になってしまうことがあるのだ。


「それで、なつ兄に相談したら『やろうとしていることの仕組みを知ればいいんじゃないか』って言われた」

「うん」


 なるほど、同じ『やりたいこと』でも仕組みを知らずに魔力で無理矢理実現しようとすると無駄な消費が多くなってしまうのではないか、という推測か。と楓は自分なりに納得する。

 仕組みさえわかっていれば、手間はかかるとしても小さな魔法を幾つも組み合わせることで魔力消費を節約できる可能性は確かにあるだろう。

 だが――と楓はそこで思い直す。


「……? そこまでバン君と話したのに、わからないって?」

「ん。なつ兄も全然わからないって言ってた。だから、ふー姉かはな姉に聞けって」

「ふむ……?」


 楓は千夏がいわゆる『脳筋』ではないことは

 学校の成績が良いという意味でも頭はいい方だし、ああ見えてなかなかに読書家かつえり好みもしないので様々なジャンルの本を読んだりテレビ番組を見たりしているのも知っている。

 流石に専門的な知識については厳しいが、通り一遍のことであれば大体のことは知っているはずだ。


「なるほど……先に聞いておきたいんだけど、それは――クリアドーラとの戦いのため?」


 返答如何によっては教えない、なんてことは言うつもりはなかったが聞いてみた。

 個人的にありすのことが気になっているからだ――桃香的な意味ではなく。


 ――……この子は、どこか見てて不安になる……。


 具体的に『どこ』がとは楓自身にもわからないが、何か胸の奥がざわつくものがあるのだ。

 そのことはジュウベェ戦を終えてからはっきりと自覚するようになった。

 理由は二つ。


 ――雪彦も何か隠してるみたいだしね。


 本人が隠そうとしているのを尊重してあえて突っ込まなかったが、ジュウベェとの決着をつけた時のことが気になっている。

 なぜ雪彦が隠そうとしているのかまではわからないが、


 ――……雪彦のことだから、正直に話したら私やハナちゃんがうるさく言うんじゃないかって気にしているのかな。


 おおよその理由には見当がついていた。

 ……どうやら雪彦の考えは姉たち楓と椛にはお見通しだったようだ。

 それを今まで触れずにいたのは弟の意志を尊重したのもあるが、のためだ。


 ――ピッピが自分がリタイアするのを覚悟して、それでもうーちゃんを――ラビを助けようとした。そのことに意味があるはず。


 あの当時はピッピの目的の詳細について、楓が知っていたのはラビと同程度だった。

 それでも、彼女の目的を達成するためには楓たち――もっと言えば『ガブリエラの規格外の戦闘力』が必要だったのは間違いないと思っている。

 結果としてラビのユニットとして楓たちは引き継がれたので良かったが、本来ならばジュウベェ戦で楓たちはゲームオーバーになっていた可能性の方が高かったのだ。

 それだけの危険を冒してまでラビを救った理由は、おそらくラビ自身ではなくラビのユニット――具体的にはジュウベェを倒したありすに何らかの『可能性』を見出したからではないのだろうか?

 ……それが、後に楓と椛が二人で出した結論だった。

 加えてもう一つ。


 ――うーちゃんから聞いた、今までのあーちゃんの戦いっぷり……やっぱり10歳の女の子じゃないよね……仮に男の子だとしても、ちょっと異常としか思えない……。

 ――……まぁここまで一緒に行動してきて、悪い子じゃないってのはわかってるけど……。

 ――……だけど、私とハナちゃんはともかく、撫子や雪彦が危険に巻き込まれるかもしれないっていうのは……注意しないと。


 彼女の行動の指針は、あくまで『弟妹のため』である。

 ラビがありすたちの安全が最優先であるのと同様、楓たちは自身の弟妹の安全を最優先としているのだ。もちろん、だからと言ってありすたちを見殺しにすることがあるとは思えないが。

 ありすに感じる理由のわからない『不安』は、もしかしたら弟妹に危害を加えるかもしれない――そんなことはないだろうと思いつつも、それを否定することも出来ない。

 故に、少なくとも『ゲーム』中において――特に『天空遺跡』以降で変身が必要な場面では、アリスにはウリエラかサリエラのどちらかが可能な限り近くにいるようにしていた。

 監視、というほどではない。言うなれば『観察』だろうか。

 ありすの行動原理は何か? 行動の予測は可能か? 危険が及ぶことはないか?

 そうしたことを常に考えていたのだ。


 ――あーちゃんが対アビサル・レギオン用の魔法を考える、しかもそれが並ではない魔法であるなら……ちょっと注意しなければならないかもしれない。


「んー……あいつにも使うかもしれないけど、『ラグナ・ジン・バラン』用……かな……?」

「あら、そっち向けなの?」

「ん。だって、そっちも倒さないとピッピが困るみたいだし……」


 なぜか少しだけ申し訳なさそうに答えるありす。


 ――ああ、そうか……目の前の戦いじゃなくて、その『先』までもうこの子は視ているんだ……。


 ある意味でありすが一番ピッピのことを考えていたのかもしれない。

 アビサル・レギオンを倒し、マサクルを倒すだけではダメなのだ。

 ラビも後回しにして特に考えていなかったが、確かにピッピの当初の目的を達成するためには『ラグナ・ジン・バラン』の殲滅が最終的には必要になる。

 ただそこに至るまでの障害アビサル・レギオンが大きすぎて、『いずれ何とかする』という思いで知らずに半ば無視する形になってしまっていた。

 特にラビたちの一番の目的は『眠り病』の解決だ。極端な話、『眠り病』さえ何とか出来れば『ラグナ・ジン・バラン』は放置していても構わないくらいなのだ。


「……そっか。そうだね、ありがとうあーちゃん。ピッピのことも考えてくれて」


 自分の元使い魔のことが後回しになってしまっていたことを思い出し、自分を恥じつつもピッピのことも考えていたありすの頭を優しく撫でる。


「ん……ピッピにはラビさんを助けてもらったから……」


 素直に撫でられつつも、珍しく恥ずかしそうな顔でありすはそう理由を語る。

 ありすにとってピッピは自分の使い魔の命を救ってくれた恩人、そういう認識なのだろう。おそらくそれは正しいはずだ。


 ――うん、変に疑うのはやめよう。あーちゃんは見ていて不安になるけど、それは多分『何をしでかすかわからない子供だから』という理由なんでしょう。


 ここで楓は自分の意識を切り替える。

 いずれにしても、ありすの質問に答えるのには違いない。それはアビサル・レギオン戦にしろ、その先の『ラグナ・ジン・バラン』戦にしろ必ず『力』となるはずだから。


「それで、あーちゃんは何を聞きたいの?」

「ん。の作り方教えて」

「ぶふぅっ!?」


 ――様々な思いを巡らせ一つの結論を出した楓であったが、それらを全て吹っ飛ばす爆弾発言であった。




*  *  *  *  *




 その日の、午後――


”マサクルたちが攻めてきたのか!?”

「わからん、とにかく急ぐぞ使い魔殿!」


 突如『エル・アストラエア』の近くの平原にて爆発音が響くと同時に地面が大きく揺れた。

 すぐさま私は変身し、マサクルたちの襲撃が唐突に始まったのかと警戒しつつも行動を開始する。

 昼寝中だったなっちゃんガブリエラはそのままサリエラ、そしてクロエラ、オルゴールと共に神殿に残して、アリス、ヴィヴィアン、ジュリエッタ、ウリエラとで爆発音があった方へと向かう。

 いかに『エル・アストラエア』が大きな都市だとはいえ、彼女たちが全力で飛べば数分で城壁の外へと辿り着く。

 そこで見たものは――


「なんだ、これは……?」

「氷の……柱、みゃ?」


 平原に、高層ビルほどもあろうかという巨大な氷柱らしきものが突き刺さっていた。

 周辺の地面がクレーター状に抉れていることから考えて、爆発音はこれがどこからか飛んできて地面に突き刺さった時のものだろうということは間違いなさそうだ。


”……レーダーに反応ないなぁ……”

「うん、ジュリエッタも見つけられない……なんだろう、これ?」


 そもそもレーダーはアビサル・レギオンには通じない。

 ジュリエッタの音響探査エコーロケーションでも氷柱以外に変わったものが引っかからないので、本当に他に何もいないようだった。

 そうなるとますますこの氷柱の存在が訳が分からなくなるのだが……。


「む、すまぬ。騒がせてしまったな」

”ノワール?”


 氷柱の正体がわからず、『とりあえず吹っ飛ばすか?』とアリスとヴィヴィアンが言い出したところで、城壁の向こうからノワールも飛んでやってきた。

 彼女は昨日からあちこちを駆けまわって色々とやっていたようであまり顔を合わせてなかったんだけど……。


”これ、ノワールの関係?”

「うむ」


 ……それはそれで安心した、かな?

 ノワールが氷柱に近づくと、陰から小さな影が飛び出してきた。


「おーさま、持って来た」

「ご苦労じゃったな」


 氷柱に隠れていたのだろう、その小さな人物は――今までに見たことのない小さな子だった。

 角に翼、尻尾があるのはこの世界の人間共通なんだけど、髪も肌も真っ白な人形のような少女である。


「るーさまとぬーさまは、やっぱりまだ動けないみたい。もう何日かかかるって」

「そうか……彼奴等もこちらに来るつもりか」

「たぶん」


 むむ? こういう話をするってことは、もしかしてこの子……。


「貴様……氷晶竜ブランか?」

「……ひさしぶりだな、きんいろ」


 ああ、やっぱりそうなのか……。

 白少女――ブランは、『天空遺跡』に私たちが行った時には会わなかったけど、ノワールの言う通りちゃんと復活はしていたみたいだ。


「さて……では早速修理を行うか。ブランよ、其方も手伝うがよい」

「……えー……ぼくかえりたい……」

「アストラエアの遣いたちよ、すまぬがこの氷柱を運ぶのを手伝ってもらえぬか? 借りれた工場が都市の中心の方なのでな……」

「わかった。ジュリエッタが運ぶ」


 どうやらこの氷柱、ノワールの竜体を持って来たもののようだ。

 うっすらと氷の向こう側に何かがあるのがわかる。


”……まぁそれはいいんだけどさ……その前にノワール、街の人にちゃんと謝っておきなよ?”

「む?」

”ほら、敵襲かと思って城壁とかに兵士が集まり出しちゃってる”

「…………いかんな」


 結果として何事もなかったから良かったけど、だからと言ってわざわざ集められた人たちが迷惑じゃないかと言ったらそんなわけない。

 私たちが来る途中でも、都市部の方で避難するかどうか、って騒ぎにもなっていたしね。


”事前に言っておけば良かったのに……”

「す、すまぬ……」


 かつて世界を救った英雄は、しょんぼりと肩を落とすのであった……。




 ともあれ、ノワールの復活が現実的になってきたのは朗報だ。

 マサクルたちの襲撃に間に合うかどうかはちょっと微妙なところだし、『魔眼』の脅威は去ってはいないけど……。


”……ウリエラ、ちょっと気になることが出来た”

「なにかみゃ?」

”あのさ――”


 それはそれとして、今回の氷柱騒ぎで私は一個気がかりなことに思い至った。

 杞憂なら全然いいんだけど、そうでない場合が困る。

 氷柱を運ぶのには参加しなかったウリエラに私はその『気がかり』を話し、意見を求めてみる――

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