第8章51話 語り、紡ぎ、離れる

*  *  *  *  *




 お昼ご飯の時間になって、出歩いていた子供たちも帰ってきた。

 ……ありすたち小学生組は一体どんな遊び方をしてきたのか、全員漏れなく泥まみれになっていた。まぁ洗濯しないでも一旦変身するなりで綺麗になるからいいけどさ……。


「ん、こっちの世界の子供もなかなかやる……」

「決着はつかなかったですね……」

「……なんで恋墨さんと桜さんは、というかうちのクラスの女子ってこんなに好戦的なんだろう……」

「きゅふぅ~……」


 ……ほんとに一体何して来たのこの子たち……?




 一方、ありすたちの引率として一緒に行ってきた千夏君は、なっちゃんを肩車しつつ帰ってきたんだけど……物凄く疲れた顔をしていた。


「……俺、今日だけで一体何人の嫁と子供が出来たんだろーなー……」

「にーたん!」


 なっちゃんは千夏君の頭にしがみついてラブラブしている。

 ……そっか、おままごとに付き合わされたんだな……お疲れ様としか言いようがない……。




 楓たち女子中学生組はというと、楓と椛は何か色々と意見を戦わせている。

 彼女たちはこの世界のことをある程度は見聞きしてきたはず。特にお墓でこの世界の人が死後に結晶化する、という事実には驚かされただろう。


「カルチャーショックって、こういうことを言うんだろうね」

「まー、現実世界じゃこんなショックはないだろうけどにゃ~」

「……つ、疲れました……」


 二人に連れられて行ったマキナは本当に疲れた顔をしている。

 元々入院患者なのに歩かせ続けて良かったのか……とも思うけど、一応『ゲーム』内のアバターなのでその辺は問題ないみたいだった。

 彼女はもうそこまで疑ってはいないけど、使い魔もいないし完全にフリーにしちゃうのは色々な意味で躊躇われるんだよね……。




「アストラエアよ、『黒晶』の在庫はあるか?」

「黒晶……? ああ、あなたの竜体の修復ね。そうね、次の修復でおそらく最後になってしまうけど――ケチっていても仕方ないわね。わかった、倉庫を開けさせるわね」

「うむ、頼むぞ」


 一人神殿に残っていたノワールだけど、こちらはあのドラゴンの身体の修復の目途が立ったようだ。

 うーん、でもあの身体は『天空遺跡』に残してきちゃったし、どうするつもりなのやら……。

 それにルージュたちも結構なダメージを受けていたけど、ちゃんと直すことが出来たのだろうか?

 『魔眼』という脅威はあるけど、彼女たちは私たちにとっては貴重な戦力だ。

 可能であれば共に戦いたいが……まぁとりあえずノワールの修復が終わってからだな。




 そんなこんなで全員が神殿に揃った。

 揃ったところで昼食を摂りつつ、これからのことについて話をする。


”――っていうわけで、私たちは『バランの鍵』と『ピッピの命』を守りつつ、できれば『神樹』も守るって感じになるかな”


 話せないことが余りに多すぎる上に大きすぎる。

 私はそれらを隠しつつ、『マサクルが何を狙ってくるのか?』『私たちの勝利条件は何か?』を中心に皆に伝えた。

 反応は様々だけど――まぁ隠していたせいもあるけど、そこまで目立った反応はない。


「ん。やることはわかった」

「ですわね……あやめお姉ちゃん……」

「きゅ……きゅーん……」


 最優先目標である『あやめの救出』はすぐには難しいと言わざるを得ない。

 あやめを助け出すためには、とにかくマサクルとアビサル・レギオンをどうにかしなければならないのだけど、どうにかする方法がまだ見いだせていない。


「ヤツらの陣地に先制攻撃、ってわけには……いかねーっすね」

「うん……ピッピも守らなければならないとなると、こちらから撃って出るのは難しいかも」

「かといって戦力を分けちゃうってのもにゃー……」


 中学生組も悩んでいるようだ。

 そうなんだよね、可能であれば先制攻撃を仕掛けてマサクルだけを速攻で仕留める、というのが理想ではあるんだよね。

 難しいのはわかってる。

 それに楓の言う通り国にあるマサクルたちの前線基地までは距離があるから、こっちが出撃している間に『エル・アストラエア』を攻められるという最悪のケースも起こりうる。

 かといって椛の言う通り、ただでさえアビサル・レギオン側の方が戦力が上なのにこちらの戦力を分散するっていうのは……。


”とにかく、午後に話をしたいんだけど……皆は大丈夫?”


 正直なところ、全員集合していなくても構わないと言えば構わない。

 対アビサル・レギオンのピースたちとの戦術的なところではありすたちが思う通りにやってくれればそれが一番いいと思うし、全体的な行動の指針を決める上では『軍師』がいてくれれば何とかなるかなって気はしている。

 ……いや、別にありすたちが頼りにならないというわけではなく。


「んー……トッタとレレイたちと約束しちゃった……」

”トッタ? レレイ?”

「ああ、あの地元民のチビか。そーいやおまえらそんな話別れ際にしてたな」


 ふむ、どうやら地元民の子供たちと午後も遊ぶ約束をしていたらしい。


”そっか。じゃあありすたちは遊びに行っちゃっていいよ”

「……いいの?」

”もちろん。折角異世界に来て友達が出来たんだし、仲良くした方がいいよ”


 ……さっきまでのピッピの話を思い出し――ありすたちにとっても、トッタたちとやらにとっても、それは大事なことなんだと私は思う。


「う……でも、わたくし……」

「トーカ、難しいことはラビさんたちに任せる。きっと何とかしてくれる」


 ……丸投げされてしまったなぁ……けど、いつものことだ。ありすたちの信頼に応えなければ。

 それに、ありすが桃香たちを遊びに連れて行くのには理由はあるだろう。

 具体的にはあやめのことで思い悩む桃香の気を紛らわせようとしている……んじゃないかな。


「それじゃー、あたしはなっちゃんのお世話してるにゃー」


 既にうつらうつらし始めているなっちゃんを抱きかかえて椛。

 なっちゃんはお昼寝の時間かー……午前中もいっぱい遊んでたみたいだし、午後は寝かせてあげた方がいいかな。


「んじゃ、俺と星見座ほしみくらで話しますか。ノワールと綾鳥先輩はどうするっすか?」

「我は竜体の修復準備があるでな。後で参加できたら加わろうぞ」

「……あ、あたしは……ごめんなさい、疲れちゃったから、部屋で大人しくしてる、ね……」


 ノワールとマキナは不参加、と。

 ……流石にここでマキナを監視したいから、という理由で無理矢理参加させるのは無理があるよね。まぁそもそももうマキナのことを疑っているわけじゃないからいいけど。


”わかった。ピッピは?”

「ごめんなさい、私も午後は仕事しなくちゃ……」


 ……そりゃそうだ。

 忘れてはならない、ピッピこそがこの都市、ひいてはシン国を代表する『巫女・アストラエア』なのだから。

 午前中は時間を取って私との話をしてくれたけど、本来やらなければならない諸々の仕事があるのは考えてみれば当たり前だった。


”いや、こっちこそ午前中は時間取ってくれてありがとう。また聞きたいことが出来たら、夜とか時間のある時にお願いしたいな”

「ええ、もちろん」


 子供だけで行動する小学生組が心配っちゃ心配だけど……午前中も大丈夫だったし、神殿からそう離れた場所にはない公園で遊ぶということなので今回は付き添いはなしだ。

 各々で午後を過ごすこととしよう。

 ……この時点で異世界生活4日目の半分が過ぎた。

 現実世界の方だと……多分22時半くらいだろうか? そっちの方のタイムリミットにはまだまだ余裕はあるが、果たしてマサクルがいつ動き出すかわからない。

 早めに決着をつけられるに越したことはないだろう。

 そのためにも、今後の方針についてしっかり固めないとなぁ。


”じゃ、私たちはどっか部屋に集まって話ししようか。

 ありすたちも暗くなる前に帰ってくるんだよ?”

「ん、わかってる。

 ――トーカ、スバル……各々方、討ち入りでござる……!」

「はい♡」

「え、なんでそのノリなの……? ていうかナチュラルに僕も含まれてるんだ……?」


 ……ほんと、どういう遊びしてんの、この子たち……?




 というわけで、午後は皆バラバラに過ごすこととなった。

 地元の子たちと遊びに行くありすたち小学生組、お昼寝のなっちゃんと椛、ノワールは自分の『竜体』の修復準備であちこち周り、マキナも部屋で休むようだ。

 ちなみにキューは小学生組と一緒である。

 私と楓、千夏君はピッピから借りた一室に集まって今後のことの相談をすることとした。

 ……んだけど……。


”やっぱり厳しいね……『エル・アストラエア』防衛に専念するしか今のところ手がないか……”

「うん……こちらからマサクルの基地に攻め入るのはリスクが大きすぎるし、やっぱり戦力分散は避けたい」


 ネックとなるのが、ハ国にあるというマサクルたちの本拠地との『距離』だ。

 地図を見ながら楓が何やら計算をしてみたところ、どうしても1~2日の移動時間が必要となってしまうらしい。

 ……途中で休憩することを考えず、《ペガサス》なりの超高速移動でぶっ飛ばしていけばもっと早く到着は出来るだろうけど、道中で『ラグナ・ジン・バラン』に襲われないとも限らないし、昨夜身をもって経験したように自覚がなくとも肉体的・精神的な疲労は思った以上に早く溜まる。

 いざ基地に辿り着いたところでヘロヘロになってちゃ何の意味もない。

 というわけで、私たちが今のところやれるのは『エル・アストラエア』にて待機してマサクルたちの出方を見る……という実に受け身なものであった。


「まぁ、消極的っちゃそうっすけど、それはそれでメリットもあるんじゃないすか?」

”たとえば?”

「ノワールの修復をこっちで始めるっつってましたし、それが間に合えば戦力が増えますよね」


 なるほど、確かに。

 『魔眼』という天敵はあるものの、それさえ除けばノワールの戦闘力は実に頼もしい。


「……後は、『天空遺跡』での戦いをじっくりと振り返って、対アビサル・レギオンの戦術を練る時間が取れる、かな?」

”それもあるね。後はノワールの手が空くか次第だけど、千夏君みたいに組手してみるとか新しい魔法を考えてみるとかも出来るね”

「他にも、この都市に基本閉じこもって戦うなら、あちこち見てどこを守るかとか考えた方がいいっすね。避難場所とかは……ピッピに聞けばわかるでしょうし」


 ふむ……消極的な案しか実行できないのは歯がゆいけど、それならそれでやれること・やるべきことは結構あるな。

 特に『エル・アストラエア』に立てこもるということは住人ごと都市自体も守らなければならないのだ。

 千夏君が最後に言ったように、この都市のことを良く知る必要はあるだろう。


”……一番の問題は、マサクルたちがいつ来るかわからないってところだけど……”

「そればっかりは私たちが考えても仕方ないかな……」

「っすね。お行儀よく宣戦布告してから攻撃してくるっつーんならいいっすけど、まー……不意打ちで来るでしょうね、あいつらなら」


 マサクルへの負の方向での信頼は皆篤いなぁ……いや私も同感だけど。

 ピッピ曰く監視はしていて動きがあればすぐに連絡が来るという話だが、そこまで頼りには出来ない。

 魔法で誤魔化されたら対処のしようがないし、何より連絡をする前に斥候が倒される……という可能性だってありうるのだ。


”とにかくいつマサクルが襲ってきても大丈夫なように心構えだけはしておこう。

 と言っても、緊張しっぱなしってのも辛いからね。町の構造を頭に入れておいて、緊急事態にどう動くかは早めに――出来れば今日中に皆で意識合わせしておきたいかな”


 最低限のところさえ抑えておけば、後は自由にしてもらってもいいかなと私は思っている。

 ……もちろん『エル・アストラエア』のことがどうでもいいというわけではない。

 ある程度の緊張と心の余裕の釣り合いが取れてさえいれば、それで十分だと思うのだ。四六時中敵の襲撃を警戒しっぱなしでは、身も心も持たないだろう。


「わかった。ここでの話はもう終わり? だったら私はこれから街に出て重要そうなポイントを自分の目で確認しに行く」

”あ、じゃあ私も一緒に行くよ。千夏君はどうする?”

「うーん……俺は――こっちに残っておきます。星見座、アニキのことは頼む」

「りょ。バン君の方も……多分大丈夫だとは思うけど、念のため気を付けて」


 …………この二人も、なんだかんだでマキナにはまだ気を許していない感じだなぁ……。

 少なくともマサクルのユニットではないのは確かなんだけど、だからと言ってマサクルの協力者じゃないとも言い切れないしね……。

 何となく無害な気はしていると何度も言ってはいるものの、完全に『白』である証拠は何もないのだ。

 特にさっきマサクルの狙いが『ピッピの命』にあると伝えたためか、明言せずとも誰かしら神殿に残ってピッピの警戒をしようとしている節がある。

 まぁなっちゃんは普通にお昼寝の時間だからアレだけど。


「うーちゃん、地図持ってる?」

”街のは持ってないなぁ……ピッピ――は仕事だろうから、婆やさんか巫女さんたちに聞いてみようか”


 その辺りも果たして捕まるかどうかは怪しいところだけど。


「さて……んじゃ、俺はノワールでも探しに行くかな。神殿のどこかにはいるはずですし」


 千夏君も神殿内をぶらついてノワールと合流するつもりのようだ。


「バン君、ついでに神殿の内部もどういう造りになっているか見ておいて欲しいかな」

「おう、入口出口非常口、それと何階あってどういう繋がりしてるかくらいわかればいいんだよな?」

”……君たち、ほんと頼りになるね……”


 こちらが言わずとも中学生軍師組はあれやこれややるべきことを見出してくれている。

 ……ひょっとして、ありすたちも外で遊びながら街の構造とか――特に子供たちが移動に使うような小道とかまで――網羅しているのかもしれない。

 流石に『エル・アストラエア』全域は広いので見れるのはほんの一部だけだろうけど……。


「地図を借りれたら……ついでに足も借りたいかな……」

”そうだね。まぁ最悪楓は変身して、町の人を驚かせない程度の《ゴーレム》作ってそれで移動しちゃおう”


 一応、私たちのことは町の人にも伝わっているということだし、この世界には普通に魔法が存在しているのでそこまで大きな問題にはならないだろう。

 移動手段が借りれたら気にする必要のない問題だけど。


”じゃあ千夏君、また夕方くらいに。何かあったら遠隔通話で”

「っす。アニキたちも何かあったら遠慮なく強制移動で呼び出して構わないっす!」


 ――こうして、私と楓は街に。千夏君はそのまま神殿内に留まり、それぞれのやるべきことを果たそうとするのであった。

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