第8章50話 アストラエアはかく語りき 8. 神すらも知らない世界

検閲――再開


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 『嵐の支配者』グラーズヘイム。

 『テン』国の首都グラーズヘイム。

 ……この二つを結び付けるのに、そんな無理な理屈は必要ないんじゃないか、って思う。

 そしてテンに赴いた時にノワールが確認した『神樹ジン・ディ・オドの消失』――『神樹』を使って作った浮遊大陸『天空遺跡』。

 これらから導き出される結論は――すなわち、テン国の人間が神樹と共にA■■へと移動しようとした、そしてそれを察知した『ゲーム』が取り込んでしまった。

 ……そういうことなんじゃないだろうか。


「…………ラビの推測通りよ」


 私の推測を聞いたピッピは肯定する。

 そうか……やはりそういうことだったのか……。


「でも、あなたがそれを悔いる必要はないし、あーちゃんたちの心配もしなくていいわ」


 項垂れてしまった私を見て何を考えたかは予想できたのだろう、ピッピは続けて言う。


「すべての責任は私にある――テン、そしてエンの暴走を止められなかったのは、間違いなく私の責任よ……」

”でもさ、だからと言って――”

「大丈夫よ、

”え……?”

「私の■■を以て、あの子たちは全員退避させているわ――まぁすぐに復活させるわけにもいかないから、今は冷凍睡眠しているような状態なんだけど」


 ……本当かどうかはちょっと疑わしい。

 実際にオーディン、スルトと戦ったわけだし、彼女たちが目の前で消えていったのも――あれ?

 そう言えば、この世界の人間は死後に結晶化するはず……でも、彼女たちは消えていった……。


「今まで不思議に思ったことはないかしら? ファンタジーな世界で、ファンタジーなモンスターと戦うゲームなのに、ファンタジーの定番であるモンスターが出てこないってことに」

”……そういえば、確かに……”


 私自身がそこまでゲームに詳しいわけではないけど、それでも一般に『ファンタジーRPGで出て来るようなモンスター』については知っている。

 その中でも定番と言えるであろうゴブリン、オーガ、オーク、人狼ウェアウルフのような獣人、バンパイア、それにいわゆる悪魔とか魔族みたいな異界の住人……。

 のだ。

 ……まぁゴブリンとかは知能低そうな印象はあるけど。

 今まで様々なモンスターと戦ってきたけど、基本的に『人型』そのものが少ない。出て来てもせいぜいが鬼面猿アクマシラとか一つ目ゴリラサイクロプスみたいな『猿』のモンスターだった。

 『冥界への復讐者ジ・アヴェンジャー』と火炎巨人ムスッペルはちょっと例外っぽいけど。


「『M.M.』のシステムが取り込んでいる各■■において、人間のような知的生命体は出さないという方針になっているわ。

 それは倫理観とかそういう問題じゃなくて、下手に知的生命体を取り込んでしまうとS■■の存在に気付いてしまう可能性があるからという理由ね」

”……ありすたちに諸々話せないのと同じ理由か”


 しかもユニットの子たちと違ってモンスターとして取り込まれてしまったら完全な被害者でしかない。

 提供されている■■に与える影響は段違いだろう。


「そう。だからそもそも出せないし、仮に出すとして――例えば意図せず『ゲーム』の範囲に入り込んじゃった時とかね――ユニットの子と同じように命に危険がないように安全装置フェイルセーフが仕掛けられているわ。

 だから、あなたたちが戦ったテンやエンも、本体の方は無事なのよ」

”そう、なの……?”

「そうなの。具体的には、ユニットの子と同じように『魂』のコピーを使ってアバターを作り出している……って感じね。ユニットと違って『紛れ込んだ異物』に対する緊急措置だから――まぁちょっと本人たちは自覚もしてないし、実際にやられたっていうショックは受けるかもしれないけど、私から言わせれば自業自得よ」


 どうやらピッピはグラーズヘイムたちに対して結構苛ついているみたいだ。

 ……さっき自分の責任だって言ったくせに。

 あ、いや違うか。例えるなら部下が想定外のとんでもないやらかしをしでかして、その責任を取らなきゃいけない上司の気持ちなのか。


”えっと、つまり……グラーズヘイムもムスペルヘイムも生きているってこと……?”

「ええ。だから安心してちょうだい。あなたが心配しているような、あーちゃんたちが誰かの命を奪ったなんてことはないから」


 ……そ、そっか……。

 …………まぁモンスターとは言え、今まで散々モンスター倒してきて命がどうのと気にするのもアレだけど……。

 私の内心の疑問を読み取ったか、ピッピが続けて言う。


「それに、そもそも『M.M.』に■■を提供している理由は幾つかあるんだけど、一番メジャーなのは――『害獣退治』なのよ。

 ■■している■■で手に負えないくらい増えてしまった『害獣』を駆除するのに『M.M.』を利用しているってケースね。中には害獣を一掃して新しく■■を■■直すって人もいるらしいわ……その是非はともかくとして。

 後、薄々気付いているかもしれないけど、『M.M.』の舞台には『作り物の世界』も含まれているわ。モンスターとして登場させるのは魅力的だけど、『数が少ない』とかの理由で迂闊に出せないようなのはそちらで出していたりもするわね」


 ピッピなりに私のことを安心させようとしているのはわかる。

 ……気に病みすぎても仕方ない、のかな。


”……わかった。とにかく私が心配しているようなことはないし、D■■の■■としても問題ないってことで納得しておく”

「そうしてちょうだい。

 ……というよりも、お人よしねぇ。この世界から脱出してA■■を乗っ取ろうとしていた子たちの心配をするなんて……」


 ?? A■■を乗っ取ろうとした……?

 言われて思い出した。確かムスペルヘイムからスルトが出てきた時、一緒にいたタマサブローがそんなことを言ってたっけ。


”グラーズヘイムやムスペルヘイムは、この■■から逃げてA■■に移住しようとした、ってことなのかな?”

「移住――と言えばそうだけど、ちょっと言葉が優しすぎるわね。もっとはっきりと『侵略』と言っても過言ではないわ。

 ……これも私の責任になってしまうけど、『M.M.』によって一時的にD■■とA■■が繋がっている状態になっているから、そこを無理矢理通り抜けて移動しようとしたのね……私の力で穴は塞いでいたんだけど、神樹と魔法の力は私と同質だし、力技で突破したんでしょう――私自身もA■■にいて防ぐことが出来なかったわ……。

 ただ、やはり直接A■■そのものに移動することは出来ず、『M.M.』のレイヤーに留まってしまい、モンスターとしてコピーされた……という顛末ね。

 ……ついでにだけど、この薄い繋がりを利用して私はあなたや撫子にメッセージを飛ばそうとしていたの」


 ピッピ――アストラエア自身が『ゲーム』に参加するというのは危険な賭けだったのだろう。

 『ゲーム』参加中はログアウトも出来ないみたいだし、D■■で何か問題が起きても対処することは不可能となってしまう。

 ……いや、言っちゃあれだけど、やっぱりほとんどの問題はこの駄■■様の行動にあったわけだ……。


”なんかさ、君には色々と文句とかも言いたいこといっぱいあるけど……”


 再度大きくため息を吐いて『溜め』てから、私は諸々の思いを込めて一言にまとめた。


”……ほんっと、駄■■だよね”

「…………ごめんなさい自覚はあります……」


 私の言葉にピッピはがっくりと項垂れるのであった……。




*  *  *  *  *




 とにかく今後の大方針は決まった。

 ヘパイストス――そしてその関係者であろうマサクルとアビサル・レギオンを何とかする。

 『バランの鍵』と『ピッピの命』の2つを相手に渡さずに守り切る。

 そして最後に『バランの鍵』の封印を解いて、『ラグナ・ジン・バラン』の完全殲滅。

 大きくこの3つが目標となる。

 この中で特に厳しいのが最初の一つ目なんだよね……こればかりは私とピッピだけで考えていても仕方ない。個々の戦術についての話もあるし、素直にありすたちとも相談しなければならないだろう。

 ……彼女たちに隠し事をしなければならないというのは後ろめたいが、流石に今回ばかりは全部を話すことは出来ない。上手いこと誤魔化さなければ。


”次はマサクルたちの出方を見るしかない、かなぁ……”


 私たちの考えが正しければ、放っておいてもマサクルたちは『エル・アストラエア』へと侵攻を開始するだろう。それもそう遠くない内に。

 それを迎え撃つ形にはなるだろうが、可能であればこちらから先制攻撃を仕掛けてなるべく『エル・アストラエア』に被害が及ばないようにもしたい。


「……一応、こちらでも敵の前線基地と思しき場所は把握しているわ。今のところ動きはないようだけど……」

”そうなの!? どこ?”


 口だけだとわかりづらいから、とピッピが用意してくれた北大陸の地図を見ながら話し合う。


「この辺り――元『』国の外れにある都市ね」

……ってことは……?”


 私の想像は当たっているようだ。ピッピは首を横に振る。


「……既に滅亡してしまった国よ……」

”そっか……”


 九大国のうち、ハは滅亡、テンとエンは実質滅亡……そして今いるシンはそもそも九大国の中では権威はあっても弱小国家……。


”他の九大国の状況を知りたい。念のためね”


 ノワールもテンが無くなっていたことは知らなかったし、現在の情勢はわかっていないだろう。

 流石に戦力としては期待できないのはわかっているが、何かの役に立つかもしれない。

 ……いや、私たちが戦うのは『眠り病』解決という目的があるから全然構わないんだけど、だからと言ってD世界の人が何もしないってものそれはそれでどうなの? って思いもなくはないし。


「今いるシンについては――まぁ不要よね?」

”そうだね。時間があればちょっとこの『エル・アストラエア』をチェックしておきたいけど、とりあえず状況は大体わかってるからいいよ”


 ただの観光というわけではない。

 最悪この都市自体が戦場になる可能性があるのだ。自分の目で色々と見ておく必要はあるだろう。


「テンとエンは……さっき話した通り、実質壊滅しているわ。

 そして、困ったことに『』『メイ』『ハ』はテンとかと同様に、神樹ごと消えてしまっていたわ……」

”ん? ハもそうなの!?”


 さっき滅亡したとは言っていたけど、その理由はテンとかと同じだったってことか……。


”それじゃ、その三国も『ゲーム』に出て来る――あるいはもう出てきたのかな……?”


 少なくとも私には見た記憶はないけど……。


「この三国については――テンとエンのように『ゲーム』に取り込まれる前に何者かに滅ぼされた、ということだけはわかったわ。……おそらく、ヘパイストスの手によるものでしょうね」

”むぅ……”

「残りの国のうち、『』、そして南大陸の『テイ』は最初の『ラグナ・ジン・バラン』襲撃時に壊滅させられ……神樹も残っていないわ」

”うげ、それじゃこの世界ってシンと後もう一つの国しか残ってないってこと!?”


 ……拙い、本格的に滅ぶ一歩手前じゃないか、それ……。

 九大国がなくなってもそれに所属する小国は残ったりはしているんだろうけど……正直九大国がなくなったらこの世界は滅ぶと思う。


「ええ、南大陸の『セイ』ね……距離が離れすぎていてシンとは交流のない国だけど……」

”それでもピッピなら状況わかるんでしょ?”

「まぁ、ね……南大陸に残っていた『ラグナ・ジン・バラン』を何とか退けたみたいだけど、完全に南大陸に引きこもっていてこちらの救援には駆けつけてくれないと思うわ」


 むぅ……けど人間ってそんなものかもしれない。


”となると――この世界に残っている戦力はごくわずか。しかも魔法の源である神樹も『天空遺跡』を除けば二本しか残ってないって状況か……”

「神樹に関しては魔法の源というのもそうなんだけど、神樹の周囲に外敵を寄せ付けない『結界』のようなものを張っている方が重要ね」

”なるほど。だから『エル・アストラエア』はまだ持ち堪えられているってわけか……”


 裏を返すと神樹の近くにない都市や集落は――いや、そこは私が考えるべきことじゃない。割り切ろう。


”ちなみにだけど、神樹が全部なくなっちゃったらどうなるの?”


 マサクルの狙いがノワールの予想とは違って神樹ではないみたいだけど、神樹は神樹で無くなったら困るものだとは思うんだ。


「……まず魔法が一切使えなくなるわ。それだけで生き残りの人類の生存は厳しくなってしまうわね……。

 一応神樹の苗木自体は残っているから新しく育てることは出来るんだけど……」

”時間がかかる?”

「そういうこと。苗木が成長するまで待っていたら、おそらくこの世界の人類は壊滅するわ。……私の■■で成長を早めるとしてもかなりの時間がかかってしまうでしょうね」

”それじゃあ、神樹も守ること、を目標に一応加えておいた方が良さそうだね”


 積極的に向こうが狙ってくるかは未知数だし、流れ弾くらいなら多少は当たっても大丈夫なくらい大きいけど。


「……そうね、お願いしたいわ。

 …………せめて失われた神樹たちの種さえ残っていれば何とかなったかもしれないのに……」

”苗木よりも種の方が重要なんだ?”

「ええ、神樹は普通の植物ではないからね。神樹の持つ魔力が凝縮されている種の方が重要なの。苗木も育てば同じように魔力を循環させられるけど――それには長い年月が必要になってしまうわ。そう言う意味だと、種というより神樹の『核』と言う表現の方が正しいわね」


 ままならないなぁ……。

 ともあれ守るべき目標がまた増えた。

 この世界に残る神樹は三本――うち一本は南大陸と遠い場所にあり、もう一本は『天空遺跡』。残りはここ『エル・アストラエア』にある。

 ……南大陸の神樹だけはちょっとどうにもならないかな……そちらへとマサクルたちが襲撃を掛けないことを祈るしかない。


”それで、ハ国に今マサクルたちがいるってことでいいんだよね?”

「ええ。斥候が確認しているわ」


 どうやらこの都市の外にも兵士がいるらしい。

 子供ばかり……と思ってたけど、ちゃんと大人の兵士もいて、主に都市の外での防衛や偵察、それにわずかに残っている農地等からの食料調達を行っているようだ。

 食料に関しては特に厳しい。ピッピが最悪何とか出来るらしいけど、それはやはり最終手段であるという。

 まぁヘパイストスを何とかした後のことも考えたら、何でもかんでも不思議な力で解決させてちゃ拙いもんね……。


”……マサクルたちの監視は?”

「今も継続しているわ。動きがあればすぐにこちらに魔法で通信が来るようになっている」

”ふむ……”


 少々危険だけど監視は続けてもらった方がいいだろうな。

 ただ監視に頼り切りになるのは危険だ。

 なにせ相手は何でもありの魔法を使えるのだ、監視の目をごまかして進軍してくることだって出来るだろう。


”こちらから攻めるのは――うーん、ちょっと難しいかもなぁ……”


 地図上なら大した距離には見えないけど、実際には相当離れているだろう。

 『天空遺跡』のあった『禁域』~『エル・アストラエア』間の距離よりは少し短いくらいに見えるし、私たちの速度で進むと2日くらいかかってしまうと予想できる。

 最悪なのはハ国へ向かっている最中に『エル・アストラエア』を攻められることだ。

 幾らなんでもピッピを連れてはいけないしね……神樹を動かすとなると『エル・アストラエア』の住人全員を戦場に連れて行くことになってしまう。

 まぁ向こうがこちらに攻めてきた場合、都市そのものが戦場になるのには変わりないけど……。


”とりあえず、情報は他にも色々あれば教えて欲しいな。で、午後になったら楓たちを交えて今後のことを考えよう”

「そうね。そろそろお昼になるし、皆も一度戻ってくるんじゃないかしら?」


 おっと、結構長い時間話しこんでしまったか。

 長くなるとは予想していたけどね――正直私の中でまだ全然整理もできていないし、ありすたちにどこまで話すかも早めに決めておかないと。


”マサクルたちが攻めて来るまでどれだけ時間の猶予があるかもわからない。急いで考えないとな……”


 急ぎすぎて中途半端なまとまりになってしまうのも避けたいけど、のんびりしていられるような状況でもない。

 私とピッピは一旦会話を打ち切り、部屋の外へと出て行った……。


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検閲――終了

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