第8章8節 世界と世界と異世界と世界の不協和音

第8章42話 神樹都市の冒険

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「なつ兄! あれ! あれ見たい!」

「にーたん! あれなーに!?」

「きゅー!」

「ちょっと千夏さん! グズグズしていると置いていきますわよ!」

「…………おめーら、ちょっとは落ち着け! ありんこ、勝手にあっちこっち行くな! チビ助はおんぶしてやるから! お嬢はむしろお前が遅れないようにしろ!」

「……兄ちゃん、大変だね……」


 『エル・アストラエア』到着翌日――

 ありす、桃香、雪彦、撫子、そしてキューらは千夏の引率で『エル・アストラエア』の散策をしていた。

 ラビがピッピと話をしている間、ピッピからの許可ももらい異世界の都市を観光しているのだ。

 既にありすたちが『ラグナ・ジン・バラン』と戦うために現れた『救世主』だということは都市の住人に向けて伝えられている。


”……あんまり大げさに言われるのもなぁ……”


 とラビはぶつくさと言っていたが、『救世主』であるということで住人達も警戒を解いてくれているので外を歩けるというメリットがある。

 神殿にひたすら閉じこもっているというのもありすたちにとっては辛かろう、というピッピの計らいではあったのだが……。




 ともあれ、異世界の都市を見て回れる、ということでありすたちは興奮を抑えられないようだ。

 引率役の千夏も同じようにワクワクとはしているものの、それ以上にパワフルな小学生+撫子、それに加えて小動物の面倒を見るのに追われてしまっている。

 いざとなれば変身さえしてしまえば撫子であっても不安はないのは確かではあるが、それは本当に最後の手段である。

 基本的には自分がしっかりと面倒を見なければならないだろう――そう責任を感じる千夏であった。


「……はぁ、ユキは手間かかんないでほんと助かるぜ」

「え、えへへ……」


 褒められて嬉しいのだろう、はにかんだように笑みを浮かべる雪彦。

 勝手にちょろちょろと動かず、ぴったりと千夏にくっついて歩いてくれているので手間がかからない。……それはそれでどうなのかと突っ込む人員はこの場にはいない。

 それに比べ、撫子を含む女子三人は無軌道に目についた珍しいものに惹かれてフラフラと歩いている。


「なつ兄なつ兄」

「なんだ、どうした?」


 やっとのことで撫子を捕まえて肩車し、桃香ははぐれないように裾を握らせ一安心したところで、ありすが千夏を手招きして呼ぶ。

 特にトラブルがあったというようには見えないが、もちろん放置しておくわけにのいかないので雪彦たちを引き連れて近くに寄ってみると……。


「……お、地元民の子供か」


 見た目はありすたちと同じくらいの年齢の、男女の子供たちがそこにいた。

 どちらも小さい角であることから、おそらく大人になるにつれて角が大きく伸びるのだろう――とそんなことを千夏は考える。


「ん。遊びたいって」

「遊ぶって……いや、まぁいいか」


 危険があるわけではなし、お互いに興味津々の様子だし遊ぶのも悪くないだろう、と思い直す。

 千夏保護者から許可が出た、ということを伝えると竜人の子供たちの顔が輝き――


「……これはまたいっぱい出てきたなぁ……」


 離れたところで様子を見守っていたのだろう、同じく竜人の子供たちがわらわらと湧き出て来る。

 上はありすたちと同じ程度、下は撫子より少し年上くらいの子供が総勢10名。


「あそぶのー? なっちゃんも!」

「こっちの世界だと、どういう遊びするんだろう……?」

「気になりますわね」


 ここまで街中を歩いてみた感じでは、現実世界のように『テレビ』『スマホ』などといったものは存在していないように思えた。下手をすると『電気』もないのではないだろうか。

 そんな世界で子供たちがどういう遊びをしているのか、というのは確かに気になるところであった。

 ……ラビ辺りがその考えを聞いたら、


”……今時の子供はそうなのかもねぇ……”


 と遠い目をして呟くかもしれない。


「オラ、チビ共! あんま遠く行くな!」


 早速意気投合したありすたち小学生組と地元民の子供たちはわーっと走り出す。


「にーたん!」

「……にぃたん……?」

「…………チビが増えた……」


 撫子とそう変わらないくらいの幼児は、撫子――とその乗り物となっている千夏の傍に集まって来てしまっていた。


「に、兄ちゃん……」

「……ユキもありんこたちと遊んできな。こっちは俺が見ておくから」

「う、うん……!」

「きゅっ、きゅー」

「……なんだ、キュー助もこっちか? いや、助かるが」


 異様に賢い謎の小動物、という評価は千夏の中で変わりはないが、ラビほどにはキューのことはもう疑っていない。

 撫子を含む子供たちはキューに群がる。


「きゅいー!?」

「オラ、ぬいぐるみじゃねーんだから優しく触ってやれ」


 キューの扱いは気にはなるが、一番無軌道な撫子がわきまえているのだ。おそらくは地元民の子も大丈夫だろうとは思う。


 ――ほんとにこいつ賢いな……何かチビ共の面倒を見るために残ったようにも思えるし……いやまさかなー。


 ある意味ではありすたちくらいの年齢の子供より扱いが難しい幼児の集団を千夏一人で見るのは無理があったが、キューという『アイドル』がいることで何とかすることが出来そうだ、と千夏は思う。

 それを見越してキューが敢えて残ったようにも思えるし、単に少し大きめの子供たちに怯えて近づかなかっただけかもしれないし……。


「……とりあえず、どうでもいいから俺は上り棒じゃねーからなー?」

「うゅ!?」


 キューに群がる子供とは別に、必死に足をよじ登って来ようとする子供もいる。

 ありすたちの方にも気を配らなければならないし……。


「はぁ~、仕方ねぇか」


 諦めたように、だが満更でもない様子で千夏は苦笑するのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 一方、楓、椛、そしてマキナの女子中学生三人組はというと……。


「あ、あの、星見座さん……? どうして、私も……?」

「……暇だろうと思って」

「チビっ子のお世話はバンちゃんに任せて、今日はお姉ちゃん休業日にするにゃー」


 ――休業日になるお姉ちゃんは星見座の二人だけなんじゃないだろうか……?


 そんな当たり前なことを思いつつも二人の勢いに押されて連れ出されたマキナは反論できず、大人しく着いて行くことしかできない。

 ちなみにマキナはピッピの好意でこの世界の服を渡され、そちらに着替えているため外を出歩くのも苦ではないのだが……。


「あの~、救世主様? 本当にこんなところでよろしいのですか?」


 楓たちだけではない。もう一人同行者――道案内がいた。

 昨日ピッピと共に現れた八人の少女、そのうちの一人である。


「お、着いたかにゃ~。ありがとう、メティ」


 少女の名はメティ。年齢的には楓たちより少しだけ下であるが、体格的にはそれほど変わりはない――角と翼、尻尾を除けばだが。


「あの、ここは……?」

「「お墓」」

「ひぇっ!?」


 周囲に人気のない静かな場所だが観光地というわけではなさそうだ、とはマキナも気付いていたがよもや『墓地』に連れて来られるとは思っていなかったので変な悲鳴を上げてしまう。


「異なる文化を手っ取り早く知るには、『宗教施設』と『お墓』を見るのが一番」

「『死生観』って言えばいいのかにゃー。とりあえずそのあたりを押さえておけば、住んでる人がどういう考え方してるか大体わかるかにゃ」

「メティ、お墓に入って大丈夫? あ、これはただの礼儀の問題で」

「はい、大丈夫です! その、お墓と言ってもここは――」


 なぜ墓場に連れてこれたのかわからなかったが、楓たちにはきちんとした理由があったようだ。


 ――…………この子たちはキラキラしていて……。

 ――私よりも年下なのに、美人でスタイルも良くって、頭も良さそうで……。


「……は!? そ、そんなことになってるの……!?」

「……これは意外過ぎるにゃ……流石異世界にゃ……」


 ――蛮堂君とも仲がいいし、きっと蛮堂君もこういう子の方が……。

 ――……ああ、妬ましい……。


「……なるほど。色々と勉強になった。ありがとう、メティ」

「それじゃー次行ってみるにゃ? やっぱり神樹?」

「え、と……神樹は近くまでしか行けませんけれども、それで構いませんか?」

「うん、お願い」

「……? マキにゃん? もう行くよ?」

「綾鳥さん、付き合わせて申し訳ないですがお願いします」

「…………あ、はい」


 ――きっと、この子たちは私に差を思い知らせるために……。

 ――……ううん、そんなことないよね……私の考えすぎだよね……。

 ――…………ああ嫌だ……こんな卑屈な自分が本当に嫌になる……。


 内心に渦巻く黒い思いを表情に出さず、マキナは楓たちに着いて行く。




 ……尚、楓と椛がマキナを連れてきた主な理由はというと、


「あの女狐は放置しておけないにゃ!」

「え? ああ、まぁうん……うーちゃん一人ピッピのところに残しちゃうし、誰かが一応見ておいた方がいいかも――」

「絶対にバンちゃんと一緒にしちゃいけないにゃー!」

「え? そっち?」


 ……というものだったりするのだが、わざわざそれを本人に言うことはない。




*  *  *  *  *




 一晩明けて皆もすっかりと元気に戻った。

 朝ごはんを食べた後、皆には自由に過ごしてもらうこととした。

 ピッピとの話は私が一人で聞いて、後で皆にまとめて話す――と言っておいて、とりあえず昼ご飯までは自由時間だ。

 千夏君や楓たちは一緒に話を聞いた方がいいかもとは言っていたけど、昨夜ちょっと思った通り『聞かせられない』話も含まれているかもしれない。

 ピッピの方も『折角だから観光していらっしゃい。住人にはもう話を通してあるし、必要なら案内もつけるわ』と積極的に皆を外に出したがっていたので、きっと私の予想通りなのだろう。


 ちなみにノワールはと言うと、子供たちみたいに外を歩き回るつもりはないらしく、


「念のため、我は神殿に残ろう」


 と留守番役――というかいざという時に備えての警護役をかってでてくれた。

 まぁ都市を通り越していきなり神殿が襲撃されるなんてそうそうないだろうし、どちらかと言えば神殿内で自分自身の補給やメンテナンスをするのがメインなんだろう。

 『封印神殿』でのドラゴンの身体の修復の様子についても確認するみたいだ。

 ……連絡とかどうやって取るんだろうか? とかここから連絡取れるなら、事前に『天空遺跡』を出る前にピッピと話せたんじゃないかとか色々突っ込みたいところはあるけど……。


「お待たせ、ラビ」


 それよりも今はピッピとの話だ。

 私はピッピ――巫女・アストラエアの私室へと招かれてやってきていた。

 部屋にやって来るなり、何やらピッピが部屋をうろうろとしながら何かをブツブツ呟いていたんだけど……。


「大丈夫のはずだけど、万が一にも話を聞かれないように、ね」

”ああ、盗聴防止の魔法か何か?”

「そんなところね」


 ふむ……随分な念の入れようだ。

 現実世界でもチャットだと盗聴されるかもという話は以前からあったけど、直接会って話す分には聞き耳を立てられない限りは問題なかったけど……と思ったところで、今いるは私たちにとってはまだ『ゲーム』内であることを思い出す。

 ということは、マサクルたちも当然魔法を使えるわけだから盗聴するための魔法とかを使われる可能性もあるわけだ。

 ……それに、もう半ば無害とは思い始めて入るが、オルゴールマキナとキューのこともある。念には念を、ということだろう。


「もし……万が一婆やたちに聞かれると物凄く困るのよ……」

”え、そっち?”


 てっきりマサクル対策だとばっかり思ってたけど、まさかの婆やさんたちの方が理由だったことに驚く。

 まさか婆やさんたちに限らず、既に『エル・アストラエア』内にマサクル――あるいは『ラグナ・ジン・バラン』が紛れ込んでいてそれを警戒しているのか?


「ラビ」


 私が驚き戸惑っているのはわかっているだろうけど、ピッピは真剣な表情で私と向きあい言う。


「婆やだけではないわ。ノワールにも、そして……撫子たちにも、誰にも聞かれたくないのよ」

”…………”


 冗談ではないだろう。

 しかし、ノワールにも、そしてありすたちにもというのは――いや、半ば予想はしていたことか。こっちの世界の住人にも聞かれたくない、というのがちょっと意外だったけど。


「話を始める前にお願いがあるの」

”……何?”


 何かもうピッピには恩もあるけどお願いもされっぱなしな気はするが、まぁもう今更だ。

 ピッピのお願いを叶えること=私たちの目的達成であろうことは半ば確信しているし、あと一つや二つ増えたところでどうってことはないだろう。

 やけくそ気味に覚悟を決めた私だったが、ピッピの『お願い』は意外なものだった。


「…………これから話す内容は、きっとあなたにとって到底信じられない荒唐無稽なものになるでしょう。

 でも、私はあなたを騙そうとか誤魔化そうとしているわけではない……嘘偽りなく私の知る全てをあなたに語ると誓うわ。

 ……だから、どうか私のことを信じて……」


 ……ピッピに限らずだけど、正直他の使い魔って皆『裏』がありそうな感じで胡散臭いんだけど――相手からしてみたら私もそう見ているのかもしれないね――わざわざ予防線を張ってから『信じて欲しい』と言ってくるとは……。

 ピッピが口でそう言いつつ実は私を騙そうとしているとかでもない限り、本当に信じがたいような内容を話そうとしているということなんだろう。


”…………内容によるから約束は出来ないけど、わかった。まぁここでピッピが私を騙す理由なんてないだろうしね”


 騙すつもりなら予防線を張ってまで『信じられないような荒唐無稽な話』をするのではなく、もっと耳障りのいい話をすればそれで済むはずだし。

 それに、まぁピッピが私を騙してなっちゃんたちを危険に晒すようなことはしないとも思うしね。


「ありがとう、ラビ」


 それにしても一体、どんな『荒唐無稽』な話になるんだろうか……むしろそっちの方が怖いんだけど……。

 何にしろ、ようやく――私たちをとりまく様々なことについて『真実』を知ることが出来る。そういう期待はあった。


「じゃあ――」


 お互いに覚悟が決まった。

 ピッピはゆっくりと口を開き、そして――




「ラビ、あなたは?」


 …………荒唐無稽の方向性が私の予想とは大分違っている!?




■  ■  ■  ■  ■




 これより先、常人の閲覧を禁ず――

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