第8章40話 異なる世界の冒険 7. "神"国の冒険

*  *  *  *  *




 異世界生活三日目、『エル・アストラエア』への旅路は順調だった。


「うむ、この調子であれば日が暮れるよりも前に辿り着けるじゃろう」


 何事もなくいけば……だけどね。

 とは言っても朝出発してから大分日も高くなってきたけど、特にこれと言って障害はない。

 昨日とは違って山脈を越えるわけでもなく、遥か彼方に地上が見えるくらいの高度で進んでいるためか襲われる気配もない。

 仮に『ラグナ・ジン・バラン』がいたとしても、流石の人面戦車でも射程距離外なんじゃないだろうか――もちろん油断はしないけど。

 徹夜した千夏君は同じように繭に包まれて寝ているため、警戒はノワールの感覚に頼るしかない。

 ただ、昨日とは違ってアリスたちは変身していつでも動けるようにはしている。

 全員でというわけではなく交代交代で変身している。


「……ん、ラビさん」

”どうしたの、ありす?”


 さっきまで変身して《グレートロック》の周囲に《神性領域アスガルド》の改良型魔法 《神眼領域ヘイムダル》を展開していたありすだけど、今は交代して休憩中だ。


「面白いことに気付いた」

”面白いこと……?”


 ……こういう時、変なことを思いついて冷や冷やさせてくれるからなぁ……。


「あのね、変身してないと魔力の回復が早いみたい」


 と思ったら、意外と真っ当なことを言うのであった。


”へぇ? どれどれ……おや、本当だ”


 試しにありすのステータスを見てみると、確かに減っていたはずの魔力が急激に回復していっている。

 もともとゆっくりとだけど自然に魔力は回復していたけど、ほとんど気休め程度の回復量だった。

 しかし、変身を解いている今だと目に見えてぐんぐんと回復していっているのがわかる。


「んん? あーちゃん、面白いことに気付いたかにゃ?」

「ん。ハナ姉、ちょっと実験したい」

”……うん、そうだね。これは今のうちにちゃんと確認しておいた方がいいかもしれないね”


 マイルームに戻っての補給は可能だが、その分タイムロスが酷くなってしまう現状、アイテムを節約できるかもしれないならば試す価値はあるだろう。

 今ならば敵もいないし、試すには絶好のタイミングかもしれない。




 というわけで、休憩中だけどアリスとサリエラに変身。

 お互いに魔力切れになるまで魔法を使いまくってみた。

 ……こういう時、アリスの燃費の悪さは助かる。いや、まぁこれが助かる局面なんて今くらいのものだろうけど。

 サリエラの方は魔法そのものはクラッシュ以外は大した消費にはならないんだけど、ギフト【贋作者カウンターフェイター】でアリスの魔法を真似するとあっという間に魔力を使い切れる。

 ふーむ、この二人の能力の相性はいいとは言え、やっぱりサリエラにアリスの魔法を真似させると消耗が激しいな……ギリギリの戦闘では使いづらいかもしれない。

 ともあれ、二人揃って魔力切れが変身が解けた後、そのまま待機。

 すると――


”お、二人とも満タンになったね”

「ハナ姉、どのくらいだった?」

「10分ってところかにゃ。あたしもあーちゃんも回復ペースは同じみたいだにゃ~」


 どうやら魔力の回復ペースは絶対値ではなく、アイテムと同じく割合で徐々に回復するみたいだった。

 絶対値だと魔力量の高い方が遅くなる――今回の場合はアリスの方だ――はずだもんね。


”ありす、すごい発見だよ、これ”

「ん……」

「なるほどにゃ~。多分、これは救済措置、かにゃ?」

”救済措置……ああ、確かに”


 魔力が尽きただけでなく、アイテムが尽きてしまったら……そしてクエストから脱出することもできなくなってしまったら……。

 ……考えたくはないけど『なぶり殺し』されることになってしまうだろう。

 多分だけど、そういう形での『詰み』を防ぐための救済措置なんじゃないかな? 霊装が滅茶苦茶頑丈に出来ているのと同じ理由で。

 まぁ、魔力が尽きて変身できなくなった状況で、モンスター相手に10分間逃げ切るっていうのがどれだけ難しいか、っていう問題はあるけど。

 …………実際、私たちはかつて魔力が尽きた状態で危うく殺されかけた美鈴ホーリー・ベルという実例を知っている。


”とりあえず、覚えておこう。もちろん、いざという時はアイテムをケチらずに使って、本当に最後の手段として……って感じかなぁ”

「それか、今みたいに交代で休めて安全が確保できる時、もだにゃ」


 いずれにしてもあまり頼るわけにはいかない機能だろう。

 椛の言う通り今みたいな安全な時か、最後の手段……出来れば『最後の手段』としては使いたくない感じだけど、そういう時にしか使えない方法だ。


「……そっか、『冥界』の時はだからあんなに魔力が取られたんだ……」

”え? ……ああ、アトラクナクアのことか。確かに、ずっと魔法使ってたもんね、あいつ”


 ありすと桃香から延々と魔力を奪い続けていたアトラクナクア――あいつが魔法を連発できたのは、変身が解けたことで魔力回復量が上がったためだったのだろう。

 また一つ過去の謎が解けてしまった……。

 それに何の意味があるのか? と言われると……実は

 当時トンコツたちとも話していて概ね予想は出来ていたことだけど、やはりあのアトラクナクアはただのモンスターなんかじゃなく、『ゲーム』の仕組み――特に『魔法』と『魔力』について知っている者が作った人工的なモンスターだったと確信がもてたことだ。

 となると……ますます『冥界』の件はトンコツたちが名前を挙げた『アバター製作者』であるヘパイストスの仕業という線が濃厚になってくる。

 そうでないにしても、少なくとも『ゲーム』の製作者側であることは間違いないだろう。

 私の考えを聞いたありすと椛は共に頷く。


「ラビさん、わたしちょっと思ったんだけど……『ラグナ・ジン・バラン』と『冥界』の蟲って……似てない?」

「あたしは『冥界』の方は直接見たわけじゃにゃいけど、悪趣味度合いは似てるような気がするかにゃ?」

”む……確かに似てると言えば……”


 いっぱい出てきた蟲だけど、その中でもジュリエッタが始末した『蜂三姉妹』の薄気味悪さや、人体のパーツを滅茶苦茶に配置したようなアトラクナクア――その辺と人面戦車とかの印象は似ていると言えば似ている。

 正に『悪趣味』なのは共通していると言えるだろう。


”そうなると、『冥界』の黒幕と『ラグナ・ジン・バラン』は関係している――”

「ん。『冥界』の黒幕がヘパイストスなら、『ラグナ・ジン・バラン』もヘパイストスが作ったもの……かもしれない」

「んで、そのヘパイストスが『ゲーム』に参加しているとすれば、マサクルが一番怪しいってところだから…………もう決まりと思っていいんじゃないかにゃ?」

”うーん、まぁそうだね……”


 否定する要素は何も無い、かな?

 肯定するための材料はいっぱいあるけど、断定するための材料はまだない。


”その辺り、巫女さんが詳しければいいんだけど……”


 一番いいのはピッピと話せることなんだけどねぇ。果たして話せる機会があるのかどうか……。

 ちなみに、昨夜アイテム補充に戻った際にトンコツから返信が来てはいたが、チャットはしないでおいた。

 迂闊に現実世界で話し込んでしまうと、こっちの時間が大幅に進んでいってしまうからだ。

 だからトンコツには、時間の流れが違うこと、そのため長時間現実に戻っていられないことを伝えなおしてある。

 トンコツの方からはどうにか援軍にいけないかどうか調べてみる、と来ていたけど……『天空遺跡』へのクエストがもう消えてしまっている以上、期待は薄いかもしれない。

 いずれにしても当分の間は私たちだけで問題にあたっていくしかないのには変わりない。

 援軍を期待して負けました、じゃ済まないしね。


「! ご主人様!」

”ヴィヴィアン、どうしたの!? 敵!?”


 《グレートロック》とは別に《ペガサス》を出して先導していたヴィヴィアンが声を上げる。

 敵が来たのか、と瞬時に皆が警戒態勢に入るが――


「地平線の向こうに何か見えます。

 あれは……『森』?」

「む、どうやら予想よりも大分早く到着できたようだな」


 お、ということは……。

 皆で進路の遥か先を見ると、そこには確かに『森』……のような緑が見えた。

 だが――


”い、いやこれは森じゃなくて……!?”

「ん、すごい……『樹』だ……」


 それは一本の巨大な『樹』だった。

 見た瞬間に思い浮かべたのは『東京ドーム』――だが、その大きさは比ではない。

 一本の樹だというのに、まるで森のように大きく枝が広がっている。

 幹の太さ・高さなんて、超高層ビルを何本もまとめたくらいだ。


”あれが……『神樹』……”

「そうじゃ。ふむ、流石にシン国はテン国とは異なり、留まり続けたようじゃな」


 まだまだ遠くだというのにはっきりとわかるくらいに見える。つまり、それだけの大きさというわけだ。

 ……魔法の力を使ったとはいえ、あれを丸ごと持っていくとは……テン国がどれほど本気で逃げ出したのか、その覚悟がわかる……。


「ん、周りが壁に囲まれてる?」

「ほんとだにゃー……んー、城塞都市って感じかにゃ? 拡張性ないから非現実的にゃけど……」

”『ラグナ・ジン・バラン』から身を守るためじゃないかな、多分”


 椛の言う通り、都市の周囲をぐるっと壁で囲んでしまうと『都市の拡張性』は死んでしまう。

 ファンタジーRPGとかではそういう町はよく見かけるけど、実際に住むとなると不便極まりないだろう。まぁ現実世界でも昔はそういう都市はあったんだけど。

 段々と近づいてきてわかってきたけど、巨大な神樹を中心に石造りと思しき建物がずらりと並び、さらにそれを取り囲む高い『壁』が覆っている。

 大きさは正直よくわからない。すくなくとも、ゲームに出て来るような町の規模ではなく、徒歩で一周するのに一日以上はかかりそうなくらいの大きさだと思う。

 現実世界での桃園台――ありすたちの行動範囲よりも遥かに広い大きさなのだけは間違いなさそうだ。


「おっと、このまま都市に入るわけにもいかぬな。城門前で降りようぞ」

”それもそうだね”


 高い壁も空を飛んでいたらあんまり意味はない。

 だから言って勝手に町中に降り立ったら余計な混乱を招くだろう――今までは無人の町しか見てこなかったけど、神樹の元にあった都市は明らかに『生きて』いる町だった。誰かしら住人がいるはずだ。

 ノワールの言う通り、私たちは壁の周りをまわって『城門』のある箇所へと降り立つ。


”皆、念のため変身しておいて”

「ん」


 大丈夫だとは思うけど。


「さて……まずは中に入れてもらうとするか。我に任せよ」

”うん、よろしくノワール”


 こういう時に現地人ジモティがいてくれるとありがたい。

 …………あれ? でもノワールって、別にこの都市の住人ってわけじゃないみたいだし……?

 と、今更ながらに微妙な不安を覚えた私だったが、ノワールは気にせず城門に向けて大声で呼びかけた。


「ジセル・オ・ダ・プンリ・ゴゥ! アルカトラズ・ロォド・インペラトール・アル・ニ・ミニアーント、レイダ・ジン・アストラエア・ニム・トォム!」


 堂々とした、よく通る声だ。

 ――人気は、ない。


”……もしかして、もう無人……?”

「いや、いる。隠れてこっちの様子を窺ってるみたい」


 既に『エル・アストラエア』もテンの国みたいに無人となっているのでは、といぶかる私だったけどジュリエッタがそれを否定する。

 なるほど、いつもの音響探査エコーロケーションで探っていたか。

 私たちから姿は見えずとも、『エル・アストラエア』内には誰かがいるようだ。

 ……うーん、これはこちらが近づいてくるのがわかって、警戒態勢に入っていたということになるかな?

 となると――

 私の不安が的中しそうだなぁと思いノワールに声を掛けようとした時だった。


「アバド・ダ・ゴゥ・バラン!」


 城壁から男の声が響く。

 ちょうど門の上あたりに人影が現れ――いや、一人じゃない!? 何人もの男たちが壁の上に現れこちらを睨みつけている。


「む? ノワールと似ているな……つーか、こいつら……」


 様子を見ていたのはこちらも同じだ。

 ノワールの後ろから静観していたアリスが、現れた男たちを見て不審そうに眉を顰める。

 ヴィヴィアンもジュリエッタも、そして私も同様だったろう――いや、私はある程度予想はしていたから「やはりか」と言った感じなんだけど……。

 鎧兜で武装した男たちは全体的には私たちの想像する『人類』と同じ姿をしていた。

 違いはというと、ノワール同様に額からは角が生え、背中には翼、そして尻尾が生えていることだ。

 ――半竜半人。

 私たちはその姿にノワールたちインペラトール以外に見覚えがある。


 ……真の『嵐の支配者』オーディン、そして『炎獄の竜帝』スルト……。


 細部は違うとは言え、角や翼などの全体的な特徴はことごとく一致している。

 そしてテンの国の首都の名はグラーズヘイム――消えた神樹……。


 もしも――もしも私の想像通りなら……。


「ナシュイムル! レイダ・ラグナ・ジン・バラン・ト・ヴィント・ヴォン・ミニアーント・ゴゥ! チディ・ゴゥ・アストラエア・ト・トォム・ギミィ!」


 焦ったようにノワールが呼びかけるが……。


「ヴィンディン・ゴゥ!」


 城門上に立つ男が叫び、手を振る。

 あの合図は――攻撃合図か!?


「いかん、身を守れ!」

「あいよ。mk《ウォール》、ab《巨大化ギガント》」


 ノワールの警告と共にアリスが壁を作りだす。

 それより一拍遅れて、城壁上に立つ男たちから幾つもの光弾がこちらへと向かって降り注ぐ!


「ab《ハー》……いや、いらねぇな。ヴィヴィアン、一応使い魔殿とキューには気を配っておけ」

「はい、かしこまりました」


 作り出した《壁》を更に強化しようとしてアリスは止める。

 油断――とは全く思わない。

 事実、光弾はアリスの壁を傷一つつけることが出来ていない。

 ……いや、それ以前にこちらまで届いていないのがほとんどだ。


「……ふん、ノワールよどうする? 反撃していいのか?」

「い、いや、待ってくれ!」

「ま、そうだろうな」


 アリスも本気で言ったわけではないだろうが、流石にアリスの気性――あのルージュとほぼ同質と思っていいだろう――を理解しているノワールは慌てて制止する。

 ……なんか、あれだなー。ノワールってドラゴンの姿の時は滅茶苦茶おっかないし威厳のある竜だったんだけど、ここ三日の間人間の姿で一緒に過ごしているうちにスゴイイメージが崩れちゃったな……決して悪い意味ではないけど。


「――とはいえ、あまり長くこうしているわけにもいくまい。使い魔殿に危険が少しでも及ぶようなら容赦はせんぞ?」

「わ、わかっておる!

 ……いかんな、我がインペラトールであることを知らぬのか? い、いやまさかインペラトール――否、『封印神殿』の伝承が失われてしまったのか……!?」


 いざとなれば異世界の住人だろうが容赦しない、と雄弁に語るアリス――そして言葉にはしないが同じ気持ちだぞと無言で訴えるヴィヴィアンたちに、滅茶苦茶焦ってるノワール……。

 彼女も板挟みで辛い立場だよなー……と同情してしまう。


「くぅ……アストラエア……アストラエアはおらぬのか!? 伝承はどうなっておる!? えぇい、なぜ我がこんなに苦労せねばならぬのじゃ!?」


 ……いや、マジで。本当に可愛そうになってきた……。




 その後も光弾の雨を浴びせられつつも、ノワールは必死に城門の兵士たちに呼びかける。

 相手も相手で、ノワールの言葉に聞く耳持たず――でも私が見る限り向こうも『必死』に見える――ひたすらに攻撃を仕掛けて来る。

 でも、決して城門から打って出ようとはせずに、離れた位置から光弾を放つだけだ。


「……やれやれ、どうしたもんだろうな、これ」

「強行突破、しちゃう?」

「はぁ……ジュリエッタ、それはおそらく状況を悪化させるだけだと思いますよ?」

「ヴィヴィみゃんの言うとおりみゃー」

「うーん……多分、もうちょっとだと思うんですけどねぇ~」

「……りえら様? 何か見えてるにゃ?」

「サリュ、リエラ様に聞いても無駄だよ、きっと……このパターン、多分本人も自覚してないヤツだから……」


 ノワールは《壁》の向こう側で必死に光弾をかわし、あるいは防御しながら呼びかけているものの、私たちは《壁》に隠れてのんびりと状況を見ている。

 ……のんびりとしている状況でないのはわかっているけど、下手に反撃するわけにもいかないし、かといってノワールの話している言葉を聞く限りこの世界の言葉でなければ向こうにはきっと伝わらないだろう。

 だからやれることもほとんどない――あえて言うなら、引き際を見極めるというのと『ラグナ・ジン・バラン』とかの攻撃があったら対応するというくらいか。


「しかしジュリエッタの言うことも一理ないか? こちらが『上』だというのを示せば良いと思うのだが」

”……アリス、それは蛮族の論理だよ……”

「時には蛮族上等で良くないか?」

”良くないよ。ほぼ間違いなく、今回に限っては悪手になると思う”


 確かに状況次第では、こちらの武力が圧倒的に上だということを知らしめて押さえつけるという手段が有効な時はあるだろう。

 でも、押さえつけた上で武力を背景に乱暴狼藉を働がなければ相手に好感を抱かれる――なんて甘すぎる幻想だ。そんなもの、断言するけどほぼすべての状況において通用しないし上手くいくわけがない。

 ……まぁは平和な世界で、実は裏で色々と黒い陰謀が渦巻いているような時に、そういった破天荒な――『アウトロー』なヒーローが活躍する、というのはあり得ない話ではないけど。


「アーちゃん、ジュリみぇったも。今回はちょっと状況が特殊みゃ」

「この世界――いにゃ、この都市はぶっちゃけ『瀬戸際』に立ってる状況にゃ。にゃから、そういうギリギリの状況で外から来たアウトローは侵略者と変わりないにゃ」

”そういうこと。時間をかけて信頼を勝ち得る……ってことは出来なくもないだろうけど、多分その時間はないし、都市の住人に余裕がないと思う”


 『天空遺跡』からここに至るまでの様々な情報を総合して考えるに、ぶっちゃけこの世界の人類は『王手チェック』を掛けられている状態だ。

 あと一手、上手に回避策を打てなければ『詰みチェックメイト』――正に存亡の瀬戸際に立たされている、というのが私やウリエラたちの見立てだ。

 事実、テンからここに来るまでの間、私たちは

 無人の都市以外目にしていない。

 それが意味するのは――もはやどうしようもないくらい、この世界は『ラグナ・ジン・バラン』に追い詰められてしまい、人類の生存圏が限られてしまっているということだろう。


”もう、ここはギリギリなんだよ。滅びに抗うのが精いっぱいで、新しいものを受け入れる余地はない……そういう状態なんだと思う”


 、あるいは寿命を迎えようとしている文明……その段階にこの世界は来てしまっている。それが偽らざる私の感想だ。

 そんな状態で『破天荒でアウトローで型破りなヒーロー』が現れたところで、住人は受け入れる器はもはやない。

 正直、『別の侵略者がやってきた』としか受け止められないだろう。

 だからこそ、私たちはそう思われてはならない。

 あくまでも『救世主』――そうまで思われずとも『味方が来た』という見方で受け入れられなければならない。

 ……そうでなければ、『ラグナ・ジン・バラン』に追い詰められ、拡張性のない城塞都市に閉じこもった人々には受け入れらないだろう。


「ふん。まぁそれはいいが――このままだとどうしようもねーんじゃねぇか?」

”う……”


 正直、アリスにとってはのだろう。私の言葉に納得したようなそうでもないような、そんな感じでノワールの方に視線を向ける。

 光弾は止むことなく降り注ぎ、ノワールは変わらず呼びかけ続ける。

 攻撃そのものはノワールにとっては大したものではないのだろう。一応かわしてはいるものの、時々直撃しているものがあっても全く揺らいでいない。

 それは城壁の兵士たちもわかっているであろうけど、だからと言って攻撃を緩めることはなく延々と続けている。

 しかも、途中で兵士は交代して新しい兵士が元気いっぱいに光弾を撃つというやる気っぷりだ。

 ……どうやら向こうもアリスたち同様に『魔力切れ』があるみたいで、それゆえの交代なのだろう。

 …………もっとも、それがわかったところで状況は何の好転しないけど……。


「ご主人様、確かにわたくしも彼らに対して攻撃を仕掛けるのは反対でございますが、このままここで時間を浪費するわけにもいかないのではないかと」

”む、むぅ……そうなんだけど……”


 『エル・アストラエア』の城門で足止めを食らってから一時間くらいだろうか。

 まだ日が落ちるまでには余裕はあるけど、結構無駄な時間を過ぎているというのはわかっている。


「ラビサン。いっそ、こっそりと潜入シテ、アストラエアとやらのところに向かうというノハ?」

”む……! そ、それは……”


 オルゴールの意見は結構魅力的に聞こえてきた。

 私たちの目的はとりあえず『アストラエア』に会うことだ。

 だったら、別に正々堂々城門を潜って『エル・アストラエア』に入る必要はなく、住人に気付かれないようにこっそりと入って巫女・アストラエアにだけコンタクトを取れればそれでいいのではないだろうか?

 ……あれ? 考えてみたらこれ、結構魅力的な提案じゃないか?


”…………アリかもしれない”

「ああ。ここで無駄に時間を過ごすよりは良さそうだな」

「むー、潜入だけならジュリエッタが出来るけど……最低限殿様とノワールは一緒に連れていないといけないから……」

「であれば、何かわたくしが新しい召喚獣を考えてみましょう。ご主人様だけでなく、皆様の姿を隠せるもので良いのですね?」


 あ、他の皆も結構乗り気になってるみたい。




 ……というわけで、私たちは『客』として城門を真っ当に潜る方法ではなく、裏からこっそりと潜ってアストラエアの元までたどり着く、という方法を取る方向に傾き始めた。

 参謀のウリエラ・サリエラも反対しないしね。二人もこのままは時間の無駄だとわかっているみたいだし。

 ヴィヴィアンの召喚獣で姿を隠しつつ、いざという時はジュリエッタの変装魔法ディスガイズをメインにして私とノワールをアストラエアの元に連れて行く……そんな感じの作戦を練っている時だった。


「……む?」

”おや、攻撃が止んだね”


 ノワールに対しても、その後ろにデンと控えたアリスの《壁》にしても、攻撃を仕掛けても無駄だとわかって一時攻撃を中断したか? それにしては結構長い時間しつこく食い下がってたけど……。


「ふむ……?

 ……アストラエアの遣いたちよ、どうやら誤解は解けたようだぞ」

”えー……? 私たち、何もしてないけど……”


 自分の説得が功を奏したのだろうと晴れやかな笑顔を浮かべるノワールだったけど、多分攻撃が止んだ理由は違うんじゃないかな……?


「お。使い魔殿、門が開くぞ」


 アリスの言葉通り、『エル・アストラエア』を取り囲む城壁――そこにある巨大な城門がゆっくりと開く。

 ……ただし、人間が通れる程度の幅だけ……。


「みゅー、警戒されてるのには変わりなさそうみゃ」

「にゃー、むしろこれは隙間から『ラグナ・ジン・バラン』が入り込まないか警戒しているせいかもにゃー」


 ふむ、どっちだろうな? どっちの理由もありそうだけど……どちらかといえばサリエラの方が比重が大きそうな気はする。


”ま、何にしても都市の中に入れるなら今しかないしね。門を開けっぱなしにするわけにもいかないし、急いで入っちゃおう”


 向こうの意図も完全には読めないけど、このチャンスを逃す理由は全くない。

 私たちはありがたく城門を潜り、ようやく目的地である『エル・アストラエア』内に踏み入ったのだった。

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