第8章39話 Alice in the ...

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 何もない、荒れ果てた大地――

 空に太陽も星もなく、闇と静寂に包まれた荒野――

 そこにありすは一人立ち尽くしていた。


「……ん」


 ちょっとだけ首をかしげて考え、やがて、


「……そっか、夢……」


 そう納得する。

 納得したならば、ありすの頭の切り替えは早い。


「……」


 目を閉じ、しっかりとイメージする。

 ――彼女が倒すべき『敵』の姿を。


「――わたしが、必ず勝つ」


 イメージの完了と共に目を開く。

 すると、ありすの目の前に学ラン姿の小柄な少女――の姿をした『猛獣』クリアドーラが現れた。


「■■■■■!!」


 クリアドーラが何かを叫びながらありすへと襲い掛かってくる。

 言葉の内容まではイメージする必要はない。

 襲い来るクリアドーラに対し、ありすは変身することもなく対峙し迎え撃とうとする――




 当然、変身もしていないありすではクリアドーラに手も足も出るわけがない。

 クリアドーラの使う魔法に抗うことも出来ず、叩き潰されてしまう。


「……まだ」


 しかしは『夢』の中だ。

 潰されるたびにありすは自分自身を再生させ、何度もクリアドーラに立ち向かう。

 ……そう、夢と理解しているとはいえ、ありすは繰り返し自分自身の『死』を経験しているのだ。

 夢ゆえに本物の苦痛を味わうわけではない。

 だが、逆に夢の中だけでの苦痛は味わい続けている。


「……まだ、まだ……」


 その苦痛に耐えながらも、それでもありすは立ち上がり続ける。

 10歳の子供とは思えない胆力と忍耐力、そして精神力である。

 ラビがかつて『ありすは異常だ』と感じたことがあったが、今のありすは正に『異常』であると言える。




 100を超えるであろう『死』を経て、ようやくありすはクリアドーラの拳を回避することに成功した。

 ……しかし、たった一撃かわしただけだ。

 返す刀でクリアドーラの一撃を食らい、あえなく『死』んでしまう。


「おいおい、そろそろ潮時じゃねぇか?」

「……ん」


 復活したありすの後ろから別の声が届く。

 その言葉に同意したのか、クリアドーラの姿がふっと消え失せる。

 振り返ったありすの前にいたのは――


「確かに、

「全く……動きを掴むためなら、別に生身でやる必要はねーだろ、オレありす


 そこにいたのはアリス――変身したありすの姿であった。

 ありすのしていることの意味はわかっているのだろう、呆れたような表情だ。


「いつものこと……わたしアリスもわかってるはず……」

「ま、そうなんだけどな」


 ――そう、これはいつものことだ。

 ありすは決して才能だけで戦っているわけではない。

 常に戦いの中でも『考え続け』ることで今まで勝利を収めてきた。

 そして、それだけではなく、いつもこのようにして『考え続け』ていたのだ。

 ヴィヴィアンの時も、ジュリエッタの時も、ジュウベェの時も――こうして『夢』の中で相手と対峙し、何度も繰り返し戦い続け、戦い方を覚えていたのだ。




 今度は自分自身とありすは戦う。

 戦うと言っても、アリスとクリアドーラは全く能力が異なる。

 なので、これは戦闘訓練ではあるが対クリアドーラを想定したものではなく、自らの『魔法』を高めるための訓練となる。

 もちろん新しく作る魔法、あるいは既存の魔法ではあるが使い方を考え直すにしても、結局のところはクリアドーラ戦を念頭においたものとなるのには違いない。

 ――その自分自身の魔法も、アリスが使いありすが受ける。

 自分の身体で『敵』の立場として『視』ることで、より魔法の精度を上げられるとありすは考えているのだ。


「……」


 既にクリアドーラに『殺され』た回数を超える数の『死』をありすは迎えていた。

 ありすも、そしてアリスもその表情は芳しくない。


「拙いな」

「ん、マズい」


 苦々しい表情でアリスはそれを認めざるを得ない。

 『封印神殿』内部で戦った時の記憶を元にクリアドーラのイメージを再現、自らの身体で何度も相手の動きを受け、そして対抗するための魔法や戦法を試しているが……。

 何度試してもクリアドーラを倒せるイメージにならない。


「んー…………」


 こちらも困ったように眉を潜め、首をかしげるありす。

 状況としては似ている。

 ジュウベェとの戦いの時も、同じように何度も『夢』の中――そしてもちろん現実でも――でシミュレートして対策を考えていたのだが、実はその時も『勝ち目が見えない』という状況だったのだ。

 不死身の秘密を解き明かした後でも同様だった。


「うーむ……クリアドーラがジュウベェより強いとは思えないんだがな……」

「ん、確かに」


 不死身抜きにして、ジュウベェがクリアドーラと戦ったらどうなるか――ありすのイメージでは、ジュウベェの方が勝つとなっているようだ。

 実際に起きることのない戦いなので意味はないが、おそらくはその通りになるだろう。

 クリアドーラの強さの秘密は、圧倒的なまでの瞬間破壊力の高さと、破壊力を攻撃ではなく防御にも使えるという攻防一致の戦法。そして破壊力の源となる自己強化能力にある。

 いわば、変幻自裁な変形能力の代わりに攻撃力に全振りしたジュリエッタ、とも言える。

 対するジュウベェは相手から奪った魔法に依存してはいるものの、一人のユニットとは到底思えない様々な能力を使いこなす『万能性』が強さの秘密にある。

 もしこの二人が戦ったとしても、ジュウベェの一撃必殺の魔法剣 《破壊剣》や《開闢剣》であればクリアドーラの破壊力を上回れるだろうし、《防壁剣》で防ぐことも可能なはずだ。


「だが、オレ貴様はジュウベェに勝った」

「……ん、そのはず……」


 こうして無事にありすが『ゲーム』に残り、また桃香たちも復帰したということはジュウベェに勝った。それは疑いようがない。

 一緒に戦ったクロエラ雪彦もアリスが倒したと証言しているし、そこは疑う必要はないだろう――仮に実はクロエラがとどめを刺したと言われても大勢は変わりないだろうと思えるし、とありすは考える。

 それでもありすには『ジュウベェを倒した』というがない。

 倒したと思ったジュウベェが復活し、ラビが斬られたところまでは覚えている。

 そこからのことが思い出せないのだ。


「……ふっ」


 悩むありすを見て、アリスはわらう。

 笑うではなく嗤う。

 ――その笑みはアリスが浮かべるとは思えないものであった。




?」







「それに理解し始めているんだろう? 




「…………違うもん……」


 ありすはアリスの問いかけを否定する。

 構わずにアリスはありすに問いかけ続ける。




?」




?」




?」




「そして――」




 言葉を切り、周囲を見回し――




?」




「……!」


 最後の問いかけにありすは反応してしまう。

 そうだ、ありすの『夢』はもっと異なるものだったはずだ。

 薄暗くはあっても『死』んではいない森の中――色とりどりのラビマスコットがいて、森の奥の屋敷にはキング・ラビがいて、時々他にも桃香たちがいたりして――

 そんな『夢』で、ありすはいつもアリスと共に戦い、訓練をし、皆と遊んで過ごしていたはずだ。

 なのに今のありすの『夢』は違う。

 空は死に、大地は死に、そしておそらくは大気もなく、あらゆる生物が『死』ぬ――否、『死んだ後』の世界だ。


 ――いつからだ?


 ――いつから自分は『死』の世界を見るようになった?


 ジュウベェ戦の時までは違ったはずだ。

 あの時はジュウベェのイメージ、そしてそれを倒すために使った魔法の数々で森を薙ぎ払い、キング・ラビにお小言を言われたはず……。

 もちろん『夢』は『夢』だ。たとえ壊したとしても次に『夢』見た時には全て元通りになっていた。

 だから本当なら今回も、いつもの森の中にありすはいたはずなのだ。

 思いがけない問いかけに硬直するありすを見て、アリスは言う。







◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「……ん……?」

「あーたん、おあよー!」

「ナデシコ……おはよう」


 目覚めたありすのすぐ目の前に、撫子の笑顔があった。

 どうやら先に起きてありすが起きるのを今か今かと間近で待っていたらしい。


「おはようございます、ありすさん♡」

「お、あーちゃんおはよーにゃ~」

「……おはよう……」


 朝に弱いわけではないがなぜか妙に頭がすっきりしないありすは、寝ぼけまなこのまま起き上がる。

 そして数秒後――


「――ん、起きた」


 再起動が完了する。

 昨夜はリンゴに似た果実を収穫し、皆でそれを食べた後に眠った――はまだ『ゲーム』の中であり、そして『異世界』。テンの国の城の一室だ。

 予期せぬトラブルでテンの国にやってきたが、今日こそは当初の目的地である『エル・アストラエア』に到着を目指す。


「あれ? わたしが最後?」

「はい♡ とは言いましても、わたくしたちもつい先ほど起きたばかりですわ」

「そっか……じゃ、ラビさんたちのところに行く」


 ラビが叩き起こしに来なかったということは寝坊したわけではないのだろう、と一人納得しありすはベッドから這い出る。


「フーちゃんやあの女狐は先に行ってるにゃ」

「わかった。わたしもすぐに行く」


 ……ちなみに『女狐』はキューのことではなく、オルゴールマキナのことであることはありすにもわかっているがスルーした。


「りんごー!」

「ん、朝ごはん食べよう、ナデシコ」

「あい! なっちゃんね、りんごすきー!」


 どうやら楓たちの予想通り、軽くであっても食事をしたことで元気が湧いて来たらしい。

 撫子の様子を見て安心しながらも、自分自身も昨日に比べて体調がいいことをありすは自覚していた。


「うふふっ、さすがはお姉さまたちですわ。これなら今日は皆さん大丈夫そうですわね」

「ん。『エル・アストラエア』に着いたら、もっとちゃんとしたご飯も食べられるかも……」

「いいですわね! リンゴも美味しいですけれど、ご飯も食べたいですわ」

「にゃはは。じゃ、ご飯を楽しみにして、がんばって行くにゃ~」


 先行きはまだまだ明るいとは言えないものの、元気を取り戻したありすたちは(現金ではあるが)希望を胸に『エル・アストラエア』への道を急ぐ。




 ……ただ、ありすは一人、自分でも理解できない言いようのない『焦燥感』のようなものも抱きながら。

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