第8章37話 異なる世界の冒険 5. "天"国の冒険

 この世界に存在する九大国――そのうちの一つが『テン』という、北大陸北部の国だとノワールは言う。

 更に九大国の中でも特に勢力の強い三強国の一角だとも。

 だが……。


”……人気がまるでない……”

「ゴーストタウン、っつーか『天空遺跡』と同じただの古代遺跡って感じだな」


 私たちがグラーズヘイムに飲み込まれた時に見た世界と似てはいるし、同じような『塔』が屹立してはいるが……私たちの他に何物も存在していないようだ。

 レーダーの反応は正直当てにならないからともかくとして、誰かが生活している気配すらない。


「むぅ……これは一体……」


 ノワールにもこのテンの状況は不可解なのだろう、唸ってしまっている。


”ちょっと失敬して、『塔』の中を覗いてみよう”


 もし誰か隠れていたとしたらアレだけど、この状況は不可解すぎる。

 とりあえず手近な『塔』へと近づき、やはり以前見たものと同じように『窓』が開いていたので中を覗き込んでみる。


「……からっぽみゃ」

「にゃー……でも、確かに前に誰かが住んでたみたいな感じにゃ。引っ越した後……って感じかにゃ」


 幾つかの窓、そして『塔』の内部を見てみたけど、いずれも同じだった。

 誰かが隠れている気配もなく、空っぽの『塔』が並んでいるだけである。


「……まるで墓標……」

「うん……ちょっと寂しい景色だね」


 ジュリエッタの感想はまさしくその通りだった。

 まさか本当に遺体が埋まっているというわけではないだろうが、墓石が並んでいるように見えてしまう――大きさはもちろんけた違いだけれども。


”ノワール、テンって誰も住んでない国ってわけじゃないよね?”

「うむ……『ラグナ・ジン・バラン』の侵攻を退け、『バランの鍵』封印後も存続していたはずじゃが……」


 どうもノワールの記憶と食い違いがあるのは間違いないみたいだ。

 ……まぁぶっちゃけノワールも『天空遺跡』内に長いこと引きこもっていたみたいで、外の状況を正確に把握しているわけではなさそうだけど。

 『エル・アストラエア』とは別にしても、本来ならば普通に住人がいるであろうテン国に誰もいないというのは……何だか嫌な想像をしてしまう。


「……アストラエアの遣いたちよ、すまぬが気にかかることがある。しばし寄り道をしても構わぬか?」


 少し考え込んでいたノワールがそう願い出て来る。

 急ぎたい気持ちは、私たちもそうだけどノワールは特にそのはずだ。

 それでもテン国を調べたいというのだ、その気がかりは無視しない方が良いと思える。

 それに――


”……そうだね。『エル・アストラエア』到着が確定で一日遅れちゃうけど、私もこの国は気になるし少し調べてみよう”


 私自身もグラーズヘイム内部の世界と似た、テン国の様子は気になる。


「ふん、使い魔殿が良ければ問題ないぜ。ま、一日くらい遅れても大した違いはねーだろ」

「それじゃー、今日はここで一泊かにゃー」


 確かに時間的にもそうなりそうかな?

 ちょっと気は引けるけど、空き家を借りることも出来そうだしね……。


”『ラグナ・ジン・バラン』の襲撃には気を付けておこう。建物は崩れたりしてないみたいだけど、いないとは限らないし”

「大丈夫、ジュリエッタが警戒してる。……ついでに、誰かいないかも見ておく」


 ポンコツレーダーに頼れない以上、ジュリエッタの音響探査エコーロケーションが頼みの綱だ。負担を掛け続けて申し訳ないけど、さっきみたいに不意打ちで襲撃されては堪らない。


「すまぬな。では、このまま北上してテンの首都へと向かうぞ」


 ……!?

 その名前は……。




 私たちはノワールの先導の元、高原を抜けて更に北上していった。

 段々と日が傾き始めたころになると、再び標高の高い山が目前に見えて来る。


「……似ていますね……」

”うん……”


 私とヴィヴィアンはやはり見覚えのある光景を思い出していた。

 グラーズヘイムの内部、あの神獣少女オーディンが座していた岩山の城――あれに雰囲気は近い。

 ただし大きさとかはこちらの方が上だ。

 山頂付近を取り囲むように巨大な『壁』が聳え立ち、ぐるりと囲んでいる。

 天然の城塞に加えてさらに人工的な城壁を作った鉄壁の要塞都市……そんな印象ではあったが、城壁はところどころが破損しているのが見て取れる。

 自然に風化したというわけではなさそうだ。外からの『攻撃』で壊された、って感じかな。


「ほー……すごい……」


 城壁を越えた先には、まるで山をそのまま削って作ったかのような巨大な『城』が存在していた。

 これには古代遺跡好きジュリエッタも目を輝かせる。

 確かにワクワクしてくる光景ではあるけどね。


「む? これは……」


 反対にノワールは険しい表情だ。

 そのまま城を越えて進むと、そこには――


「な、なんじゃと……!?」


 城の裏手から少し進んだところ、本来であれば山頂付近に当たる場所に『巨大な穴』が開いていた。

 火口とかではない。まるで抉り取られたかのようなクレーターがあり、更にその中心部から地下深くまで穴が掘られている感じである。

 どうやらその『穴』の存在がノワールの想定外みたいだけど……。


「…………そうか……のか……」

”ノワール?”


 納得がいったという感じに頷くものの、その表情はどこか寂しそうであった。


「すまぬ、確認したいことは確認できた。

 ……ふむ、間もなく日も暮れることじゃ、今日はテンの城を寝床として借りることとしよう」


 聞きたいことはあるけど、確かに寝床の確保の方が優先だ。

 私たちは来た道を戻り、大きな――そして無人のお城へと入っていった……。




*  *  *  *  *




 お城の中は『塔』と同じく誰もおらずガランとしていたけど、部屋やベッド等必要なものは手つかずのまま残されていた。

 周囲の城壁自体は破損してたものの、この城自体は目立った破損はなく、また作りもかなりしっかりとしているので安全だと言える。


”ここなら大丈夫かな? テンの中では『ラグナ・ジン・バラン』にも遭遇しなかったし、いきなり襲われることはないと思う”


 昨夜同様、子供たちは変身を解いて休むことに。

 ちょっと心配なのは、なんか皆して昨日よりも疲れている感じがはっきりとわかることだ。

 ……昼間の『ラグナ・ジン・バラン』との遭遇だけで、果たして昨日以上に疲れるか? と言われると……精神的にはともかく、そこまででもないんじゃないかとは思うが……。


「うむ。無人となったこの国を攻める理由もあるまい。……そう考えると、昼に襲ってきた『ラグナ・ジン・バラン』の動きも納得がいく」


 ……ふむ?


「おそらく、彼奴等はもともとテン国を襲撃していたのじゃろう。目標がなくなったために無目的に山脈をうろついていたところを、運悪く我らが出くわした……そんなところであろうな」

”ってことは、『ラグナ・ジン・バラン』の目的――ひいてはマサクルたちの狙う『もう一つのお宝』について、ノワールはだいたいわかったってこと?”

「……そうじゃな。あの者たちと『ラグナ・ジン・バラン』の目的が一致しているかは確証を得られぬが……」


 まぁ確かにこの二つが完全につながっているという確証はまだないか。

 個人的にはほぼ確定だとは思っているけど、マサクル=ヘパイストスという前提が崩れた場合には話は別だ。

 ……いや、今はそこを考えていても仕方ない。


”ちょっと色々と気になることがいっぱい出てきたから、ここでまた整理しよう”


 ちなみに今いるのは、私とノワール、それとオルゴールを含む中学生組だ。

 小学生組となっちゃん、それとキューは休んでいる。


”どこから整理しようか……”

「まずは、俺らが遭遇した、あの気持ち悪ぃ敵について知りたいっすね」


 確かに。


「『ラグナ・ジン・バラン』……我らが昼間に出会ったのは、その後期型じゃな」

「後期型……ってことは、前期とか中期もあるってこと?」


 うむ、と楓の問いにノワールは頷く。


「大きく分けて四期のタイプが存在しておる。前期、中期、円熟期、そして後期……このうち、『バランの鍵』によって円熟期のものと中期の一部が今は封印されておるな」

「ふーん、後期の方は放置されてるにゃ? そっちの方が厄介そうなのに」

「いや、実際の戦力としては後期は大したことはない。むしろ、円熟期のものが最も厄介なのじゃ」


 文化の盛衰と同じかな。後期っていうと、『滅びる一歩手前』なイメージもあるし。


”……それにしても、そういう『期』が分かれているってのと、あいつらが戦車とかヘリコプターみたいなものだと考えると――『ラグナ・ジン・バラン』ってモンスターというよりは『兵器』みたいな感じなのかな”

「そっすね。いや、まぁアレが『兵器』っていうのもそれはそれで違和感あるっすけど」


 ごもっとも……かと言って、じゃあ『モンスターか?』と言われるとそれも黙って首を振らざるを得ないんだけど。


「アノ気持ち悪い敵ガ、これからモ出てきますカ……?」


 オルゴールも今回は口を挟んでくる。それは全然構わない。

 ……彼女もやはりアレは気持ち悪いと感じてはいるみたいだ。当たり前の感性だと思うけど。


「封印を逃れている以上、出て来るであろうな。ただ、彼奴らは封印から弾かれている通り、能力はさほど高くはない」

「……見た目全フリにゃ」


 物は言いようだけど、まぁそうだね。

 実際に戦ってみた感じだと、次々と仲間を呼び寄せようとするのは厄介ではあったけど、かなり大型のはずの人面戦車も《赤爆巨星ベテルギウス》一発で倒せたしそこまで強敵ではない。

 問題なのは本当に見た目の気持ち悪さだ。


「うーん、かといってあいつらを倒そうとすると……ぶっちゃけありんこ以外じゃどうしようもなくねーか?」

「確かにそうね……」

「流石になっちゃんに殴らせたくないにゃ、アレは」


 だよねぇ……。


「いざとなったら俺も殴りに行くが……」

”正直近づかせたくないかな、私は。何してくるか全然読めないもん”


 目玉ヘリは召喚獣さえ溶かす酸を吐きかけてきた。

 人面戦車、あるいはまだ見ぬ後期型も体液が強烈な酸であったり毒であったりする可能性はある。

 下手にジュリエッタやガブリエラが殴り掛かると、反撃でやられるかもしれない。

 ……そうなるとアリスが延々と遠距離魔法を使い続けるしかないんだけど、それはそれで負担がなぁ……。


「あの不気味な見た目は後期型のみ、そして後期型はそこまで数が多くなかったはず。運が良ければ今後は出くわさないであろう」


 だといいけど。

 どっちにしても『ラグナ・ジン・バラン』そのものをどうにかするのは、私たちにとっては最優先の目標ではない。

 いずれ相手にするかもしれないけど、それよりもまずはマサクルたちの問題だ。


”……まぁ『ラグナ・ジン・バラン』が脅威だっていうのはよくわかったよ。そして、絶対に友好的な相手でもないってこともね……”


 アレと仲良くできるなら、この世からありとあらゆる争いが無くなるだろう。


”それで、ノワールはこの国で何を確かめたかったの?”

「そうだね、それが気になる。あの大きな『穴』を確かめたかったの?」

「う、む……そうさな、どこから話すか……」


 しばし瞑目し、話す内容を考えるノワール。

 ……夜は長い。急かすことなく私たちはノワールの言葉を待つ。

 やがて、ノワールは目を開き語り出す。


「我が確認したのは――『神樹ジン・ディ・オド』の有無じゃ」

”『神樹』……?”


 また聞きなれない単語が出てきたぞ……?

 私たちが疑問に思ったことはわかっているのだろう、ノワールは続けて補足する。


「其方らに伝わる言葉で表せば……そうさのぅ、この世界の『力の源』たる大樹のことじゃ」


 うーん、それで伝わるかは微妙なところだけど、ファンタジーな代物であることだけは理解できた。

 いわゆる『宇宙樹』『世界樹』みたいなものか。そういう神話自体は現実世界にもある――それこそ北欧神話なんかが正にそうだろう。


”その神樹が無くなっていた、ってことだよね?”

「うむ」

「ふーん……『ラグナ・ジン・バラン』共が切り倒した、とかか……?」

「いや、違うな」


 千夏君の意見をノワールは否定する。

 まぁ確かに斬り倒したのであれば、あんなに大きな『穴』がぽっかりと開くようなことにはならないだろう。


「テン国の者がのだろうな」


 無理矢理樹を切り倒したとかではなく、何らかの手段でごっそりと持って行った――そういうことか。


「そ、そんなことできるのかよ……?」

「普通ならば出来ぬが、神樹の力と魔法の力を使えば可能じゃ。それはからの」


 むぅ……にわかには信じがたい話だけれど、ノワールの言葉を疑うに足る根拠を私たちは持っていない。

 だから、ここはまず神樹は移動した、と考えて話しを進めた方が良さそうだ。


”ノワール、神樹っていうのは一体なんなの? 『力の源』っていうけど」


 マサクルの狙う『もう一つのお宝』――それが神樹である可能性が出てきた。

 しかし、ここにあったはずの神樹は既に存在していない。どこにあるかも不明な状態だ。

 それでも神樹についての知識を得ておくのは無駄ではない、そんな気がするのだ。


「そうじゃな、そこから説明せねばなるまいな。

 ……とはいえ我も知っているのは語り継がれる『伝説』と同じ程度のみ……神樹がいかなる存在か、この世界にとってどのような意味を持つものなのか、それはアストラエアに尋ねる必要があろう」


 ぐぅ、やっぱり最後はそうなるのね……。




 ともあれ、『エル・アストラエア』へ向かう道中二泊目。

 無人となったテン国の城にて、私たちはこの世界の『伝説』を聞くこととなる。

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