第8章36話 異なる世界の冒険 4. ラグナ・ジン・バラン

 空は快晴。

 《グレートロック》に乗っている限りは外の風とかは全く気にならないし、そもそも暑さ寒さも特に感じないから快適と言えば快適だ。

 とはいえ、『山の天気は変わりやすい』とも言うし、富士山レベルの山が延々と続く大山脈を越えようとしているのだ。

 途中で何があるかわからないし、油断しないに越したことはないだろう。


”……って私は思うんだけどね?”

「んー」


 キューを撫で繰りまわしているなっちゃんと桃香に対抗するかのように、私を撫で繰りまわすありすに向かって言うが反応は鈍い。

 まぁ完全に油断しているとは思っていないけどさ。

 今のところは順調そのものではある。


「ノワール、この山はまだまだ続くの?」

「うむ。大陸最大の山脈だからな……」


 昨夜聞いた話を思い出す。

 北大陸はおそらくだけど複数の大陸や島がぶつかり合って出来た大陸なんだと思う。

 なので言ってみれば、この山脈は私の世界で言うところのヒマラヤ山脈みたいなものなんだろう。

 ただ、その規模は地球よりも遥かに大きいように思う――まぁ私は海外旅行したこともないし、実際のヒマラヤ山脈の大きさとか全然実感できないけど。

 《グレートロック》で飛んで行っても数時間はかかるくらいはあるみたいだ。


「ここさえ越えれば、後は険しい地形もなく『エル・アストラエア』まで一直線に進めるはずじゃ」

「うーん、そこまでの辛抱かにゃ~……流石にこの山の上で一晩明かすようになるのは勘弁にゃ」


 椛の言うことはもっともだ。

 昨夜みたいな何もない場所でっていうのもちょっと怖いけど、険しい山の中で一晩なんてそれ以上に怖い。

 魔法の力を使えばまぁ確かに大丈夫かもしれないが……。


”何にしても、このまま襲撃もなく進めればいいんだけどねー”

「ん。昨夜現れたっていうルールームゥも、結局何もしてこなかったし」


 一番わからないのはそのことなんだよね……。

 結局昨夜あれから襲ってくることもなかったし、今もマサクルたちからの妨害があるわけでもない。

 変わったことと言えば、まぁキューが加わったことくらいだ――でもキューは調べた感じ普通の生き物っぽいし……。

 とにかく、いつも通り考えても答えの分からないものについては一旦忘れよう。

 目先の問題を一つずつ順番にクリアしていくしかないだろう。




 そんなこんなで、特に大きな問題もなく大山脈を私たちは進んでいった。

 ありすたちはキューと後なぜか私を撫で繰りし、千夏君は宣言通り昼寝――自分の魔法で出した糸をまるで『繭』のようにしてその中で寝ている――楓たちはノワールに色々と話を聞いていて、オルゴールはその横で特に口を挟まずに話を聞いているみたいだ。

 若干ダレ気味なのは否めないが、問題が起きないのであればそれが一番だ。

 ……まるでそんな私たちの気持ちの『緩み』を見抜いていたかのように、『それ』はやってきた。




*  *  *  *  *




 太陽が真上に昇った頃かな?


「……よし、一番高いところは越えたな」


 ずっと山よりも高い位置を飛んでいたのでいまいちわからないけど、ノワールがそう言うのだからそうなんだろう。

 遠く進む先を見てみると、まだまだ山々が続いてはいるが確かに段々と低くなっている……ような気はするかな?

 天気はまだ悪いという程じゃないが、雲が出始めている。

 ちなみに私たちは山を見下ろすくらいの高度で飛んではいるものの、そこまで離れずに飛ぶようにしていた。

 これはあまりに空高くなりすぎたり、地上が雲で見えなくなってしまうと進む方向を見失ってしまいかねないからだ。太陽の位置でわからないことはないが、私たちもサバイバルのプロではないし土地勘も全くない。ノワールに頼る以外ない状態なので、彼女が地形を把握できていないと道を間違う可能性が出て来てしまう。


”どう? 今日中に『エル・アストラエア』着けそう?”

「ふーむ……このままだと少し厳しいのぅ。暗くなってからも移動するのであれば可能であろうが」

”そっか……『エル・アストラエア』に着く前にどこか休めるところ探した方がいいかな?”


 ペースを上げる、とか夜間飛行するとかは考えない。

 急いだ方がいいのは間違いないけど、『エル・アストラエア』側の状況が不明だし夜になってから入れるかどうかもわからないしね。

 ここは『安全』を優先したいかな、私としては。




 ……そんな時だった。


”うわぁっ!?”


 突如、《グレートロック》が大きく揺れた。


「! 皆サン!」


 オルゴールを除く全員が変身を解いていてしまったのは、油断以外では何者でもなかった。

 咄嗟にオルゴールが『糸』を伸ばし、振り落とされないように結び付けてくれた。


”ありがとう、オルゴール!”

「うおっ、なんだどうした!?」


 眠っていた千夏君も『繭』の中から這い出て来る。


「ん、トーカ!」

「わかっておりますわ!」


 突風にあおられた、とかそういう揺れではない。

 これはために起きたものだ。

 全員が即時変身。

 ……キューはヴィヴィアンが抱え上げ、私はアリスの背中にしがみつく。


「下だ!」


 続けて数度、《グレートロック》が揺れる。

 前後左右から何かが迫ってくる様子は全く見えない、となると『下』――眼下の山から何かが襲ってきたことになる。

 クロエラのバイクにジュリエッタとオルゴールが乗り、他は自力で飛行。ヴィヴィアンは《ペガサス》を召喚し直し機動力優先に。

 そして下を見ると――


「!? な、なんだあいつは……!?」


 『そいつ』と私の目が合ってしまった……。




 『そいつ』は異様としか言いようのない見た目をしていた。

 全体的な形状は、いわゆる『戦車』……だろう。車両本体部分の上に、回転する砲塔のようなものがついている。

 ただ大きさはけた違いだ。

 私たちは山を越えるためかなりの上空を飛んでいたというのに、『そいつ』の詳細がわかるくらいなのだ。大きめのトラックどころじゃない、かなり大きなビル並の大きさの戦車である。

 だが……『そいつ』の異様さは大きさなんかじゃない。フォルム以外のが狂っている。


「……き、気持ち悪い……」


 思わず呟いたクロエラだが、おそらく全員が同じ感想を抱いたであろう。

 『そいつ』は――戦車のようなフォルムではあるが、本当の戦車のような鋼鉄で出来た身体ではなかった。

 肌色の、ブヨブヨとした、まるで人間の肌のような質感の『肉』で全てが構成されている。

 戦車の特徴である無限軌道はなく、替わりに細長い腕のようなものが左右三本ずつ、計六本まるで虫の肢のように生えている。

 車体――と言っていいのか――全体には無秩序に『目』や『口』のようなものがついていて、それぞれがギョロギョロと動いている……。

 一番気持ち悪いのは、砲塔そのものだ。

 砲塔の先端には『顔』があった。

 髪も眉もない、のっぺりとしたおそらくは男性と思われる顔が砲塔先端にあり、虚ろな目がこちらをしっかりと捉えている――それと目が合ってしまったのだ……。

 だらりと開いた口は真っ暗闇だが――


”! 皆、退避を!”


 あの形状が私の思う通りであれば、先程の《グレートロック》を襲った衝撃の正体は――

 私の警告と同時に、眼下の『人面戦車』の口から轟音と共に砲弾が発射される!


「うおっ!?」


 相手の大きさがビル並にあるとは言え、それでも私たちとの距離はかなり離れている。

 それなのに発射された砲弾は違うことなく私たちの元まで届いていた。

 ただ命中率自体はそこまででもないようで、かわすまでもなく私たちの横を逸れていったが……さっきは当たったのだ、今後も当たらないとは思えない。


「チッ、なんだあの気持ち悪い奴は!?」


 ……流石にアリスもアレは気持ち悪いと感じるのだろう。当たり前と言えば当たり前だけど。


「むぅ、これはいかん……よりによって『後期型』の『タンテラ』か!」

”ノワール、もしかしてアレが……?”


 そうであってほしくないなぁと思いながらも、きっとそうなんだろうと思わざるをえない。

 私の問いかけにノワールは頷いた。


「そうじゃ……アレこそが『ラグナ・ジン・バラン』――そのうちの一体じゃ」


 う、やっぱりそうなのか……。

 余りにも悍ましすぎる、生理的嫌悪感を催す不快な化物――『人面戦車後期型タンテラ』。

 今までに遭遇した、あらゆるモンスターの中においてもダントツの気持ち悪さだ。


「気持ち悪ぃ!! cl《赤爆巨星ベテルギウス》!!」


 砲塔を回転させ――肉が捻じれているけど360度回転するのだろうか……なんて余計なことを考えてしまう――こちらへと狙いを定める人面戦車に向けて、アリスが《ベテルギウス》を放つ。

 相手の射程も相当なものだけど、制空権はこちらが握っている状態だ。

 上からの爆撃を回避することも出来ず、人面戦車はまともに《ベテルギウス》を喰らって木っ端みじんに吹き飛ぶ。


「……うえぇ……」

「散り際まで気持ち悪いにゃ……」


 『肉』っぽい見た目通り、防御力はそれほど高くないようで《ベテルギウス》一発で倒せはしたんだけど、見た目通りの肉片やら血やらをあちこちに撒き散らしているのが見えた。

 強さはともかく、最後の最後まで気持ちの悪い敵だった……。

 なんて安心しかけた私たちだったけど、


「急いでこの場を離れよ、アストラエアの遣いたちよ! 集まってくるぞ!」


 ノワールの鋭い声が飛ぶ。

 あれ一匹じゃない……? と思いきや……。


「うげぇっ!? なんだ、こいつら……」

「ききききき、気持ち悪いみゃー!?」


 ついにウリエラたちがまともな感性持ちの女子たちが悲鳴を上げた。

 一体どこに隠れていたのか、さっき潰した人面戦車の周りに新しい人面戦車たちが集まって来たのだ。

 ……六本の肢でカサカサと移動する様は、もう虫そのものを彷彿とさせる。これで色が黒かったら最悪だったが、人肌のような不気味な肉塊が蠢く様はある意味それ以上に気持ち悪いかもしれない。


「……倒しきれなくはなさそうだが……」

”ダメだよ、こいつら一体何匹いるのかわからないし、私たちの目的はアレを倒すことじゃない!”

「……だな、わかった」


 目に見える範囲で集まってきたのは五匹。

 でもノワールが前に言っていたし、次々に新しい仲間を呼び寄せて来るであろうことを考えれば、ここでヤツらに構うのは得策ではない。

 魔力の回復はできるけど、アイテム補充で現実世界に戻るとその分だけこちらの世界の時間が大幅に進んでしまうのだ。

 少なくとも『エル・アストラエア』に辿り着く前に現実世界に戻っての時間のロスは避けたい。


”ガブリエラ! ウリエラ・サリエラとリュニオンして《ペガサス》に乗って! クロエラはそのままジュリエッタたちをお願い!”

「ノワール、使い魔殿は貴様に頼むぞ! オレが殿しんがりを引き受けた!」


 ヴィヴィアンたちが最高速で突っ切り、アリスが後ろを守る――仮に距離が開いたとしても《神馬脚甲スレイプニル》の速度なら追い付けるだろうし、最悪私が強制移動で呼び寄せることも可能だ。

 とにかくまずはこいつらから離れる。

 こいつらの知覚能力がどの程度なのかにもよるけど、どうにか振り切っておかないと……。

 延々戦い続けるのも嫌だけど、下手したらこいつらを『エル・アストラエア』に引き連れて行ってしまうことになりかねない。

 私の指示に従い、ヴィヴィアンとクロエラが全速力で突き進んで距離を離そうとする。

 背後ではアリスが地上に向けて爆撃を放つ音が遠く聞こえてきた。


”……アリスも大丈夫かな……”

「彼の者であれば心配はあるまい。後期型のタンテラ如きには遅れは取らぬであろう。

 むしろ心配なのは――」


 ノワールの口ぶりからすると、あの人面戦車たちはそこまで脅威ではない……? あの見た目だけでこちらを怯ませるのは脅威と言えばそうだけど、戦闘力としては《ベテルギウス》一発で倒せる程度だからそこまででもないのかな。

 更なる不安を告げようとノワールが口を開いたその時だった。


「!? こ、これは……ご主人様、新手です!」

”え!?”


 私とノワールは少し遅れて着いて行ってたんだけど、先頭を行くヴィヴィアンたちが新手に見つかったみたいだ。

 別方向から来た人面戦車かと思ったが……違う!?


”……また気持ち悪いヤツが来た!?”

「くっ、後期型のヘルペッタじゃ! 仲間を呼ばれるぞ!」


 現れたのは地上ではなく空中――飛行型の『ラグナ・ジン・バラン』だった。

 フォルムは……多分、ヘリコプター、じゃないかと思う。名もなき島でルールームゥが変身した、左右に2つの回転翼がついたタイプのヘリだ。

 ……しかし構成するパーツは、人面戦車同様に見るものの正気を削る不気味なものだった。

 特徴的なプロペラ2つはまだともかくとして、ヘリの胴体部分は人面戦車と同じく人肌と同じ質感の『肉』の塊があるだけ……。胴体部分の真正面、普通のヘリだと搭乗席がある場所には巨大な『目玉』が一個ついている。

 胴体下部、機銃が普通ならあるであろう場所には、漫画みたいなデザインのぷっくりと膨れた唇がある。

 人面戦車ならぬ、目玉ヘリコプターだ。

 大きさは――本物のヘリコプターの大きさを知らないためよくわからないが、少なくともユニットを軽く上回る大きさだ。怪鳥型のモンスターと同等かもしれない。


「サモン《ハルピュイア》!」


 タイミングの悪いことに、強力遠距離攻撃が得意なアリスが今後方で人面戦車の相手をしている。

 なのでヴィヴィアンの召喚獣で対応するしかない――ジュリエッタはクロエラのバイクに乗っているのでちょっと戦いづらいのだ。

 召喚された二羽の《ハルピュイア》が『目玉ヘリ後期型ヘルペッタ』へと襲い掛かるが、


「速い!?」


 流石ヘリコプターと言うべきか、空中を物凄い機動力で移動し《ハルピュイア》の突撃をあっさりと回避。

 更に機銃から何かを弾丸のように吐き出し、《ハルピュイア》たちに浴びせかける。

 弾丸……いや、違う。透明な粘液のようなもの? か。

 それを浴びてしまった《ハルピュイア》は、じゅうじゅうと嫌な音を立てて翼を溶かされてしまう。

 ――『酸』か!?


”これは拙い……絶対に食らわないで!”


 言うは易し、だけどね。

 ヴィヴィアンにしろクロエラにしろ、乗り物を溶かされるとかなり危ない。

 特にクロエラの方は霊装だ。修復まで時間がかかってしまうのは、『封印神殿』内部で体験したのでわかっている。


「ウィーヴィング《シュラウド》!」

「オープン!」


 すかさず同乗者たちが援護を行う。

 オルゴールの作り出した大きな幕が壁のように広がり、別方向からガブリエラがオープンで酸弾を明後日の方向へと弾く。


”今のうちに!”


 酸を食らう前にとっとと先へと進みたい。

 だが、二匹目、三匹目の目玉ヘリが次々とどこからかやってきてしまう。


”くそっ、仲間を呼ばれちゃ逃げ切れない……!?”


 こちらの進路をふさぐように前から目玉ヘリたち、後ろからはアリスがある程度処理してはいるものの相変わらず人面戦車が追いかけて来ている。

 こうなったら更に上空――雲の中に逃げ込むか? いや、それでも目玉ヘリがこちらを見失わなければ同じか……。


「…………むー、なんか、ピリピリする……」


 と、そこで空中戦ではやれることもなく、炎弾を撃って目玉ヘリをけん制していたジュリエッタが不快そうに眉をひそめてる。

 ピリピリする……? この場で彼女がそう口にするということは、実際に何かを感じていると思えるが……。


「ふんふん、なるほど? クロ~、ウリュとサリュから伝言ですよー。『電波を遮断する煙幕を』ですって」

「電波を遮断する煙幕……?」


 ――あ、なるほど。

 クロエラ自身はピンと来てないみたいだけど、目玉ヘリが『何』を以って私たちの捕捉をしているのかを見抜いたのか。

 ジュリエッタが感じている『ビリビリ』からして、おそらくは『電波』『電磁波』……みたいなものなのだろう。

 ……目玉ついているくせに、視覚で判断しているわけじゃなさそうなのはどうなんだって気もするが、仮に本物のヘリコプターだとしてもパイロットが目視で相手を捕捉するしか出来ないなんてことあるわけがない。『レーダー』のようなものが使われているはずだ。


「え、エキゾースト《メタルヘイズ》!」


 細かい理屈などわからなくても、『こういう効果の魔法を使いたい』と願えば出来てしまうのが『ゲーム』の便利なところだ。

 クロエラが排気魔法エキゾーストを使うと、バイクの排気筒からキラキラとした輝きを含む煙幕が発せられる。

 いわゆる『チャフ』という奴だろう。金属片をばら撒いて電磁波などを使ったレーダーを阻害する効果……だったと思う。


「メタモル!」


 それだけでなく、合わせてジュリエッタもメタモルを使い真っ黒い煙を吐き出す。

 ……いつかどこかで戦ったような気もする、『タコ』だか『イカ』だかのモンスターの『墨』とドラゴン系の『ブレス』を組み合わせた煙幕だ。


「追い付いた! 状況はわかってる。ならば――cl《影分身ドッペルゲンガー》!」

<ブラッシュ>


 目玉ヘリに足止めを食らっている間にアリスも追い付いてしまった。

 彼女は状況がわかっているのであろう、すぐさま《ドッペルゲンガー》を作り出す。

 すぐにサリエラのブラッシュが《ドッペルゲンガー》を強化、そして――


「ガブリエラ! そいつを反対方向にぶん投げろ!」

「ええ、アーちゃん!」


 出来上がったドッペルアリスダミーをガブリエラが後方に向かって全力で投げ飛ばし、更にオープンでより遠くへ。

 クロエラの《メタルヘイズ》とジュリエッタの煙幕で私たちを見失いその場でうろうろしていた目玉ヘリたちは、一斉にドッペルアリスの方へと飛んで行ってしまう。


”よし! クロエラはそのまま《メタルヘイズ》を使い続けて! ノワール、一旦上空へと行けば大丈夫かな?”

「うむ、高高度まで上がればヘルペッタはいないはず」


 ……悩ましいのは、そうすると今度は私たちが地上を見ることが出来ずに方向を見失ってしまうかもしれないというところだけど――いや、ここは『ラグナ・ジン・バラン』から逃げることを優先させるべきだろう。

 こうして私たちは、《メタルヘイズ》をばら撒くクロエラを先頭に、高度を上げて雲の中へと身を隠すこととしたのだった……。




*  *  *  *  *




”……そろそろ大丈夫、かな?”

「うん。敵の反応が出てこないから、多分大丈夫」


 雲の中を進みつつ、クロエラの魔力を回復させながらひたすらに突き進んでいくこと数時間……。

 ジュリエッタの音響探査エコーロケーションでも目立った反応がないことを確認し、私たちはようやく雲の下へと戻ることができた。


「みゅー……レーダーに映らないのは厄介みゃ」

”そうだね……ほんと肝心な時に役に立たないよなぁ、レーダー……”


 ウリエラたちと顔を見合わせて思わずため息をついてしまう。

 何が厄介化と言うと、ウリエラの言う通り『ラグナ・ジン・バラン』たちはレーダーに映らないのだ。

 最初の人面戦車については『距離が開いていたから』でなんとか言い訳ができないことはないが、割と間近まで迫られた目玉ヘリについては言い訳不能だ。

 『ラグナ・ジン・バラン』はレーダーに映らない。そう思っていた方がいいだろう。

 結果として、どこまで逃げれば安全なのかの見極めもできず、ずいぶんと長い間クロエラには無理をさせることになってしまった。


”クロエラ、大丈夫?”

「う、うん……でも魔力がもう……」


 途中で私も回復するようにはしてたけど、何時間も魔法を使いっぱなしだったのだ。手持ちのアイテムも私からのアイテムもかなり消費してしまっている。


”……ここからはまた《グレートロック》で移動しよう。アリスはそのまま《スレイプニル》で飛んで警戒をお願い”

「おう、任せておけ」

”ジュリエッタはエコーロケーションお願いできるかな?”

「大丈夫、このまま続けておくから」


 この二人にも大分負担をかけてしまうが、レーダーに映らない相手がいる以上、常に警戒態勢に入っておいた方が良いだろう。

 ジュリエッタが『目』となり、アリスが遠距離から攻撃。で、ヴィヴィアンが皆を運ぶ……これが一番安全確実、かつ消費が少ない布陣だ。


「……む? いかん、敵から逃げている内に随分と逸れてしまったようだ」


 地上の様子を見たノワールがそう言う。

 仕方ないこととは言え、この回り道も結構なロスになってしまった。

 どの程度逸れてしまったかにもよるけど、『エル・アストラエア』に着く前にもう一泊はしないとダメかな、これは……。




 で、私も地上の様子を確認しようとして――


”……あ、れ……?”


 既視感を覚える。

 険しい山は越えたものの、まだまだ標高の高い地域のようだ。

 それでもなだらかな感じにはなっているので、『高原』……とでも言えばいいのか。背の高そうな草が生い茂る広い場所が広がっている。


「ご主人様、これは……」

”ヴィヴィアンも気付いた? ……ってことは、やっぱり……”


 私と同じ既視感を覚えたのだろう。

 そして、二人して同時に思い出す。


「どうした、二人とも? 実に異世界らしくていい眺めじゃねーか」

「ふふっ♪ ここでお空を飛んだら気持ちよさそうですね」

「にゃー……でも、あちこちになんか『塔』みたいなのが建ってるのが邪魔そうだにゃ」

「そうか? あれが異世界っぽくていいとオレは思うんだけどなー」


 …………広い草原。その中に幾つも屹立するビルのような岩の塔。

 私とヴィヴィアンの二人だけは、その光景を以前にも見たことがある。

 いや、でも、まさか……そんな……。


”――……?”


 かつて『嵐の支配者』グラーズヘイムと戦った時、私とヴィヴィアンはヤツに飲み込まれてしまったことがある。

 その時に見た謎の異世界――その光景と全く同じというわけではないものの、よく似た風景が眼下に広がっている。


「むぅ、参ったな。テン国に来てしまったか……」


 ノワールのそんな呟きが聞こえてきたのであった。

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