第8章35話 異なる世界の冒険 3. きゅー!

*  *  *  *  *




「キューさん、かわいい」

「うふふ♡ らぶりーですわ♡」

「きゅーたん!」


 異世界二日目、今日は山脈越えを目指す――そして可能であれば今日中に『エル・アストラエア』に辿り着きたいところだ。

 ……で、今日は皆して《グレートロック》に乗って移動しているんだけど、昨日とは違って一人……いや『一匹』旅の道連れが増えた。


「きゅ、きゅー」


 ありす、桃香、なっちゃんと代わる代わる抱きしめられて『きゅーきゅー』と鳴いている一匹の小動物……。

 大きさは私と同じくらい。全身金色のふさふさの毛に覆われた、『狐』に似た生き物だ。

 名前は鳴き声から取って『キュー』。……そのまんまだ。


「……うーん……」


 可愛がられるキューを見て、千夏君はちょっと複雑そうな表情だ。

 まぁ無理もない。

 そもそも、キューが私たちのところにやってきた経緯が経緯だからね……。




 どうしてこの小動物キューが私たちと共に行動しているのか……。

 話は昨夜、皆が眠った時にまで遡る。




*  *  *  *  *




「ふむ、こんなところか」


 突然の千夏君からのノワールへの挑戦――と言って差し支えないだろう――を快諾し、二人は実戦形式での対戦を行った。

 もちろんノワールはユニットではないので対戦モードなんか使えるわけもなく、お互いに怪我をしないように配慮しつつの戦いを行ったのだが。


「……むー……」


 地面に転がったジュリエッタが不満そうに頬を膨らませつつ、起き上がる。

 ……そう、負けたのはジュリエッタの方だった。


”いや、びっくりした……ノワール、その姿でも強いね……”


 ジュリエッタには悪いとは思うけど、真っ先にその感想を口にせずにはいられなかった。

 ノワールはふふん、と私の言葉に気を良くした風に笑う。


「『竜体』に比べれば性能は落ちておるが、ダメージは引きずっておらんでな。久方ぶりに動かしたが、これなら問題なく其方らの守護もできそうだ」


 お互い配慮しつつの戦いだったとは言え、ノワールの強さは圧倒的だった。

 ……ぶっちゃけ、途中からジュリエッタの方はむきになって身体強化ライズ使って戦ってたし――攻撃をクリーンヒットさせないようにだけは気を付けてたけど、それでも割と本気で戦っていたはず。

 だというのに勝ったのはノワールだった。それも、ほとんどその場から動かずにジュリエッタの動きを捌き切って。


「……手合わせ、ありがとうございました」


 と、負けたのは悔しいだろうけど、礼儀正しくお辞儀して感謝するジュリエッタ。うん、そういうところは律儀でよろしいと思う。


「うむ。我も楽しかったぞ、ジュリエッタ」

「……また、手合わせしてもらっても、いい?」

「構わぬぞ」


 お正月の時のプラムとの戦いでもそうだったけど、負けたからと言って不貞腐れるだけの性格じゃないもんね。

 それにあの時と違ってノワールとは今後も一緒に行動するわけだし、何度でも戦えるチャンスはある。

 だったらノワールといられるうちに何度も稽古をつけてもらって糧としよう――ジュリエッタ千夏君の負けず嫌いで生真面目な性格は、いい方向に今回は働いているみたいだ。

 ……ただちょっと気になるところはある。


”ジュリエッタ、それでもあまり無理はしないでね?”

「……うん」


 『封印神殿』外部での戦いの話は聞いている。

 それに私自身も目にした、ピースとして復活したヒルダ……。

 もうそれなりに長い付き合いだ、一体どんなことを考えているのか――思いつめているのか、私の想像はそう的外れではないだろうと思う。

 まぁ同じく、アリスの方も気にはなっているんだけど……あっちは異世界に来たことではしゃいでて全然気にしてないように今のところは見えるんだよね……。


「殿様、いつか――そう遠くないうちに、ジュリエッタたちまたあいつらと戦う」

”うん”


 いくらこっちの世界と現実世界の時間の流れが違うとは言え、あまりにも長期間こちらにいることは好ましくない。

 『眠り病』の早期解決を目指すこともあって、決着は早めにつけたいことに変わりはない。

 マサクルたちとの決戦は、確かにそう遠くはないだろうとは思う。


「あいつらに、ジュリエッタたちは負けられない……絶対に」

”……そうだね”

「だからそれまでに、ジュリエッタはもっと強くなる」


 ――現状、戦力の差は質量ともにこちらが圧倒的に不利……と言えるだろう。

 実力が未知数のエキドナは除いたとしても、アリスを上回る『破壊者』クリアドーラ、ジュリエッタを追い詰めたエクレール。この二人については特に危険だ。

 『封印神殿』を単独で吹き飛ばしたルナホークも戦闘になったら脅威ではあるが、こちらは中身があやめのようだし……と思いたいけど、マサクルやヒルダの能力で無理矢理戦わされたらどうなるかわからない。

 後は……名もなき島でも会ったルールームゥか。


”でも、今回に限ってはジュリエッタが一人で無理してもダメだよ”


 彼女の気持ちは――ジュリエッタ千夏君の責任感の強さはわかってはいるけど、だからと言って素直に応援することは出来ない。

 私の言葉になぜ? と首をかしげる。


”今までの戦いはユニットにしろモンスターにしろ、言ってみれば『個人戦』だったと思う。だから、こっちは仲間同士で連携したり分断したりで相手を上回ることが出来た”

「……そうか……今回は相手も連携してくる……」


 私の言わんとしていることを理解したようだ。

 そう、私が思うに今まで戦ってきた相手は基本的には『個人戦』だった。そして、こちらが数の上で優位なことが多く、味方同士の連携のおかげで勝てたという面が大きい。

 振り返ってみよう。


 ヴィヴィアン戦はまぁ置いておくとして……。

 キング・アーサー、グラーズヘイム嵐の支配者、テスカトリポカ、ジュリエッタ。

 『冥界』での妖蟲ヴァイスたちにムスペルヘイム炎獄の竜帝、そしてジュウベェ。


 いずれも、配下のモンスターを伴うものがあったとしても、基本的には連携もなくこちらが数で上回ったり、あるいは上手く分断したりで戦えた相手ばかりだ。

 対して今回のマサクルたち――深淵の悪霊アビサル・レギオンは全く異なっている。

 ユニット・ピースがそれぞれの意志を持ち、連携して攻撃してくるのだ。

 その辺りは特にジュリエッタ自身がわかっているはずだろう。エクレール単独ではなく、ヒルダたちの妨害もあっての敗北だったのだから。


”もちろん、ジュリエッタたちが強くなるのも大切だけど、それだけじゃ今回の戦いはダメ……そんな気がするんだ”

「うん……」


 とはいえ、個々の力でも上回っている相手が更に連携してくるとなると……こちらもどう対抗したものか……。

 上手い具合に個別撃破出来ればいいんだけど、向こうが軍団として行動している以上それは結構難しいと思う。『冥界』の蟲たちみたいにバラバラに動いているのであれば良かったんだけどね。


”まぁいい方法がないか、皆で探ってみよう。だから、君一人が無理はしないで”

「……うん、わかった……」


 まぁそうは言っても、結局矢面に立つのはきっとアリスとジュリエッタになっちゃうんだろうけどね……。

 皆に任せきりというわけにはいかない。私もやつらに対抗する術を考えないとな……。


「……ところで、ジュリエッタよ。其方、もしかして本当は剣士なのではないか?」

「え……?」


 私たちの会話を黙って見守ってくれていたノワールが、区切りがついたところで唐突にそう言った。

 確かにジュリエッタは本人の拘りがあって格闘戦を行っているけど、本当ならば剣道をやっていることだし『剣』を使った戦い方の方が得意なはずだ。


「なんでわかったの……?」

「ふむ、やはりそうか。体捌きや足の運び方からそう思ったのだが」


 ノワールすごいな……格闘技というか武術の心得でもあるのか。

 いよいよもって彼女たち『結晶竜インペラトール』って何なのか気になって来たぞ……? まぁ聞いても『アストラエアに聞け』と言われるだけなんだろうけどさ……。


「其方、なぜ剣を使わない?」

「それは……」


 躊躇ったものの、ジュリエッタは自分の『拘り』をノワールに話した。

 それを黙って聞いていたノワールは、


「……ふむ、なるほどな……」


 そう言って少し考え込む。

 彼女にも、私たちがこの世界とは別の世界からやってきていることをざっくりとは説明してはいて、別世界での生活があることも理解してくれている――だからこそ、変身を解除した姿を見ても彼女が混乱していないわけなんだけど。


「其方の拘りはわかった。その心がけは評価に値する」

「あ、ありがとう……?」

「じゃが――いずれ、その拘りを捨てるべき時がくるやもしれぬぞ」


 ノワールの言葉は厳しかったけど、その表情は優しかった。


「其方の拘りと、負けられぬという『信念』、いずれを採るべきか選択を迫られる時が来よう。それが今回の件やもしれぬ」

「……」

「無理に剣を使えとは言わぬ。我は其方の拘り――いや、これもまた『信念』の一つやもしれぬな、それを尊重しよう。

 だから、『覚悟』だけしておくことじゃな」


 ジュリエッタが『剣』を使ったとして、果たしてそれでどこまで強くなるのか――それは正直未知数だ。

 でも、ノワールの言葉を神妙な面持ちで聞き、頷くジュリエッタの様子を見ると、どうやら本人にも自覚はあるようだ。

 現実世界での『剣道』を大切に思う彼女の気持ちはわかる故に、軽々しく剣を使えとは言えない。

 ただノワールも理解してくれている上で、それでも『その時』が来るかもしれないから『覚悟』だけ決めておけ、と言ってくれているのだ。


「……わかった。ありがとう、ノワール」

「うむ。余計なことを言ってしまったかもしれぬがな」

「ううん、薄々自分でも考えていたこと……」

「そうか。ふふ、なぁに其方の信念を貫き通すほど強くなれば憂いもあるまい。我も出来る限り其方に付き合おうぞ」

「! ありがとう!」


 おおう、何か二人していい感じにがしっと手を組んでいるぞ。

 まぁ、ノワールが協力してくれるというのは助かるし、ジュリエッタの特訓に付き合ってくれるのいうのもありがたいことだ。


「……む?」

「……! 殿様、こっちへ」


 と、いい感じに纏めて、そろそろ千夏君には寝るように言おうと思った時だった。

 二人が急に表情を引き締め、小屋の外側へと視線を向ける。

 私は疑問を挟まず、即ジュリエッタの傍へと寄る。

 ジュリエッタは私を胸元に入れ、大人モードへと変形。ノワールと共に臨戦態勢へと入る。


”……レーダーに反応なし……まさか、マサクルたち?”

「……にしては妙じゃな」

「うん、


 いつの間にか音響探査エコーロケーションを使っていたのだろう、ジュリエッタは小屋に近づく相手の数を『一人』と判断していた。

 『封印神殿』外で隠れていた相手を見つけることも出来たみたいだし、人数に間違いはない……はずだ。

 ノワールを見る限り、こちらもやはり一人しかいないと判断しているっぽいし……。

 このタイミングで、たった一人で攻めて来るか……?


”…………正体を確かめよう”

「うん」


 一瞬皆を起こすかどうか迷ったけど、相手が『敵』かどうかまだわからない。

 それを確かめてからでもいいはずだ。

 ノワールが前に立ち、ジュリエッタがその後ろから進み、小屋の外へ。

 そこにいたのは――


”!? ルールームゥ!?”


 小屋の外には全身鋼鉄のロボット少女――ルールームゥの姿があった。

 だが様子がおかしい。

 まるで張りぼてのように棒立ちでいて、こちらに気付いているはずなのに何の反応もない。


「……ぬぅ?」

”え、ノワール?”


 先制攻撃すべきかどうか悩んでいると、ノワールが首をかしげたかと思うとのしのしと無防備にルールームゥへと近づき……。


「――傀儡か」


 動かないルールームゥへと向けてパンチを一発お見舞い。

 そのままバタンと倒れたルールームゥを見てそう言う。

 ……張りぼてのように、じゃなくて本当に張りぼてだったみたいだ。


”他に隠れているピースがいたりしない?”

「……ううん、いないみたい。さっきの反応も、だった」


 ……訳が分からない……。

 なぜこんなところに、ルールームゥの張りぼてが出現したのか? 何のために置いたのか?

 考えられるものとしては――『私たちの位置は把握しているぞ』という脅しのため、だけど……。


「おや?」

”どうしたの?”

「どうやら小さな客人がいるようだぞ」


 そう言って倒れたルールームゥの張りぼての近くの草むらから何かを抱え上げる。


「きゅー……」

”……き、狐?”


 ノワールが抱き上げたのは、私くらいの大きさの狐に似た生き物だった。


「ほう? 珍しいな。確かに山脈側に棲息している生き物だったはずだが……ここまで来てしまうとは」


 どうやらこの世界の生き物であることは確からしい。

 見た感じ子狐のようだし、親とはぐれてここまで来てしまったのだろうか?

 ……それとも、まさかルールームゥが張りぼてと一緒にここに運んできた……?


「待って、ノワール。そいつ、調べる」

「うむ。もちろんだ」

「きゅきゅ!?」


 流石に二人は小動物だからと言って油断しない。

 周囲への警戒をしつつ、子狐をわちゃわちゃと触って調べてみる。

 結果――


「どうやら普通の動物のようじゃな」

「うん。発信機とか、不審なものはなかった。身体の中身もちゃんと生き物だった……」

「きゅい~……」


 二人によってたかって身体を弄繰り回されて、子狐はぐったりとしている。

 特にジュリエッタはお腹とかに念入りに拳を当てて、おそらく体内をエコーで調べていたのだろう。

 まぁ本当に普通の生き物だというのは間違いないらしい。


”うーん……”


 それでも、このタイミングでルールームゥ(の張りぼて)と一緒にこの場に現れた、という点はちょっと無視できないと思うんだよな……。


”ジュリエッタのディスガイズみたいな魔法で化けてるって可能性は?”

「……多分、違うと思う。魔法なら、内臓まで化けられない。そんな魔法があったらお手上げ……」

「うむ、我も見てみたが、其方らとは体の作りが根本的に異なっておる。間違いなくこの世界の生き物じゃな」

”そっかー……”


 二人の見立てを疑うつもりはない。

 本当にこの子狐はただの小動物なんだろう。

 だからこそ、このタイミングでここに現れた意味がますますわからない。


「まぁ親からはぐれた子狐が迷い込んだだけやもしれぬな」

「うん。放置で」


 ドライだ。

 でも、今回はその意見に賛成かな。


”だね……。じゃ、戻ろうか”

「きゅっ!?」


 ノワールが子狐を解放し、私たちは小屋へと戻ろうとする。

 だが、その後を子狐は着いてきてしまう。


”えー……”

「きゅいっ! きゅいーっ!」


 懐かれた……というのとはちょっと違う様子だけど、なんか私たちに着いて来ようとしているみたいだ。


”どうしよう……?”

「放置で」

「餌でも期待しているのやもしれぬな。何も貰えぬとわかればそのうち去るじゃろう」


 まぁ……そうかもしれないか。




 というわけで、私たちは子狐を無視してさっさと小屋へと戻っていった。

 ちょっとだけあのルールームゥが囮で、本命は小屋へと襲撃かとも心配していたんだけど、そんな様子もなかった。

 ルールームゥの狙いがさっぱりわからないのは不気味だ。


”さて、どうしようか……とりあえず今の私たちの位置はバレちゃったみたいだけど”


 狙いはわからずとも、確実に居場所はバレてしまっている。

 襲撃はどうもされないような感じではあるけど、この場に留まるのはリスクがある。

 かといって皆を起こして夜間に行動するというのも、ノワールの言に従えばやはりリスクは避けられない。


「……ノワール、夜明けまであとどれくらい?」

「ふぅむ……まだしばらくはあるな。じゃが、待てぬというほどでもない」


 『何時間』と言ってもノワールには通じないのではっきりとしたことはわからないが、起きていた時間を考えて体感であと数時間……長くても5時間くらいだろうか。


”……よし、じゃあちょっと予定変更して、完全に明るくなる前に皆を起こして行動を開始しよう。夜中は危険とは言っても、明け方までもうそろそろってくらいだったら……大丈夫だよね?”

「うぅむ、確実に安全とは言い難いが、いざとなれば本気で飛んで振り切ることは不可能ではあるまい」

「ジュリエッタもそれでいいと思う。皆、休ませるのは大事」


 ひょっとしたら判断ミスをしているかもしれない、という不安は拭い去れないけど、それでも真夜中に山脈越えをしようとするよりはマシだろうと思う。

 ルールームゥたちがこの後襲撃を仕掛けてこない保証もないが、その時は迎え撃つしかない。

 むしろ襲撃してこないのに慌てて移動しようとして、真っ暗闇の山の中で『ラグナ・ジン・バラン』の残滓に襲われる方が危険度は高そうだ。


「それじゃ、ジュリエッタはこのまま起きてる。変身してれば眠くならない」

”……う、うーん……君にも出来れば休んでいてもらいたいんだけど……”

「大丈夫。明日の昼間に寝させてもらうから」


 いざという時に備えてユニットの誰かに起きててもらうというのは心強いが……仕方ない。


”わかった。じゃあ、ジュリエッタお願い”

「がってん。

 ……ノワール、まだ疲れてなければ、早速いい?」

「ふふふ、其方も好きよのぅ。我は構わぬぞ」


 どうやら早速稽古をつけてもらう気のようだ。

 ますます疲れるだろうけど、何もしないで夜を明かすよりはマシ……かなぁ?


「……きゅぅ~……」


 私たちに相手にされないまま放置されていた子狐は、何だか切なくなる鳴き声を上げてたかと思うとそのうち姿を消したのだった。

 諦めてどこかに行ったのかな?

 ……なんて、その時は気にも留めなかったんだけど……。




 数時間後、遠く東の空が少し白んできた頃に、私は皆を遠隔通話で起こした。

 夏、だったのかな? 思ったよりも早くに日が昇り始めたのは幸運だったかもしれない。

 さてとりあえず移動を開始して、移動しながら昨夜のことを皆に話そうかな、なんて思ってた私だけど、


”!? 桃香、その子!?”

「らぶりーですわ♡」

「ん……起きたら布団の中にいた……」


 桃香が昨夜の子狐を抱いて現れたのには驚かされた。


”と、途中から姿が見えなくなったと思ったら……”


 まさか小屋の中に入り込んだだけでなく、桃香たちのベッドにもぐりこんでいたとは……。


「きゅっきゅいー♪」

「うふふ、くすぐったいですわ♡」


 め、めちゃくちゃ桃香に懐いている……。


「……うゅー……?」

「んー、なっちゃんどうしたにゃー? キツネさん、可愛くないにゃ?」


 ニコニコ笑顔で子狐を抱きしめる桃香を、何だか戸惑った表情でなっちゃんが遠巻きに見ている。

 はて? なっちゃん動物好きっぽいし、子狐は正体不明なのはともかくとして愛らしい小動物だ。なっちゃんなら大興奮で飛びつきそうなもんだけど……。


「きゅっきゅっ」

「うゅー……」

「撫子、キツネさんは『コンコン』だから戸惑ってるのかな」


 実際にキツネの鳴き声は『コンコン』じゃないけどね。

 そもそも、『子狐』と呼んでいるけど、この世界の生き物だし『狐』というわけじゃないんだけど……。


「きゅ、きゅぅ……」

「うー……? きゅーたん……」


 何を戸惑っていたのかわからないけど、やはり子狐の可愛らしさの魅力には勝てなかったらしい。


「な、なっちゃんも!」

「はいはい♡」


 桃香が無防備になっちゃんに子狐を渡そうとする。

 ひっかかれたりしたら危ない! と警告を発しようとしたけど……。


「きゅいきゅーい」

「……うゅ、かぁいい」


 子狐は自分から器用に丸まって、四肢の爪が当たらないようにしてなっちゃんに抱きしめられていた。


「……か、賢い子だね……」

「賢いっていうより……うーん……?」


 雪彦君は単純に感心しているけど、今度は楓と椛が思案顔だ。

 うーむ、とりあえず普通の生き物なのはジュリエッタたちが調べたから間違いないんだろうけど、なんか妙なんだよな……この子狐。

 やはりルールームゥが何らかの意図をもって連れてきたと考えるのが妥当か。


”えっとね、その子は――”


 桃香がヴィヴィアンに変身し、《グレートロック》を召喚。並行して楓たちが小屋を潰している間に昨夜のことを説明する。

 危険はないかもしれないしあるかもしれない。それがわからないし、どっちみち普通の生き物なら勝手に連れてくのは拙かろう、と私はこの場においていくことを提案しようとしたが、


「や!」


 なっちゃんが強硬に反対してしまった。

 …………ああ、やっぱりこうなってしまったかー……。彼女が戸惑っているうちに、さっさと取り上げて先に進んでしまえば良かった……。


「なっちゃん、うーちゃんの言うこときかないとダメにゃ?」

「やなの!」

「撫子」

「やー! このこはいっしょじゃなきゃや!」


 むむぅ……お姉ちゃんズが諭しても怒ってもダメか……。


「……殿様、仕方ないと思う。時間かけられない」

「うむ。彼奴らの罠である可能性は捨てきれぬが低いし、連れて行ってもよかろう。

 それに我の記憶が確かならば、この生物の生息域はもっと北――山脈の中だったはず。この場に置いていくと数日後に餓えることになるぞ?」

”う、それは……”


 いかん。ちょっと可哀想だと思ってしまった。

 でもそれが自然の厳しさだとも言えるし……野生動物だとしたら、それこそ勝手に連れ去るのは拙い気もするし……。


「ん、問題ない――エクストランス!」


 ありすが変身するや否や、魔法で『首輪』を作って子狐に装着させる。

 以前、シャルロットと初対面の時も同じことしたっけ。


「オレ自身は問題ないと思うが、こうしておけばいざという時に対処できるだろう?

 ……それに、無理矢理引きはがすと撫子が後を引くぞ?」

”うぅ……確かに……”


 ここでなっちゃん相手に問答を繰り広げるのも時間の無駄だし、かといって無理矢理取り上げて子狐を捨てて行ったら――その時のなっちゃんの様子は容易に想像できた。


「ふっ、まぁマスコットがもう一匹増えるだけと考えればいいじゃねーか」

”…………”


 一匹目のマスコットは考えるまでもなく私のことだよなぁ……否定できないけど。




*  *  *  *  *




 ……とまぁ、こんな経緯だ。

 その後、『きゅーたん』となっちゃんが最初に呼んだことから『キュー』と名付けられ、私たちはこの子を連れて行くことになったのだ。

 なっちゃんの我儘を許してしまう形になり楓たちは渋い顔をしていたけど、最終的には折れた。

 幸いなのは、前述の通りキューは異様に賢く、そして大人しいことと、なっちゃんもこのこと以外ではいつも通りちゃんとお姉ちゃんズの言うことはしっかりと聞いてくれていることか。


 ともあれ、私たちは謎の小動物を加え、『エル・アストラエア』を目指して大山脈越えに挑むのであった。

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