第8章34話 異なる世界の冒険 2. ノワールと九大国

 さて、私たちは《グレートロック》に乗ってほぼ休みなしで飛び続けていた。

 ユニットである以上、『ゲーム』内にいればお腹が空いたりはしないみたいで、誰も空腹を訴えずにここまで来ている。




 とはいえ、これも今までの経験からわかっていたけど『疲労』だけはどうにもならない。

 《グレートロック》に乗っているだけであっても全く疲れないわけではない。

 むしろあんまり体を動かさないことで、逆に疲れているという面もある。

 ……まぁ、はしゃいで飛び回っていたガブリエラなんかは普通の意味で疲れているみたいだけど……。




”じゃあ、今日はここで一泊ね”


 荒野は次第に緑が増えてきて、やがていくつかの河を越えて草原に変わり、そして背の高い木々が生えるようになってきた。

 視線を北西方向に向けると遥か彼方に巨大な山脈が確認できる。地平線の向こう側でないということは、そこまで遠く離れているわけではないだろう。

 日は既に傾き始めている頃――ここらで今日はもう進むのは止めた方がいいだろう。

 ……そもそも『夜はちゃんと寝る』という約束を皆としたのだから。


「むぅ、急いでるなら夜も進んだ方がいいのではないか?」

「睡眠をとるのであれば、《グレートロック》の上でも可能と存じますが……」


 アリスたちの言うことはわからないでもない。


「いや、アストラエアの遣いの言う通り、休んだ方が良いぞ。

 特に夜間はなるべく行動を控えた方が良い」


 後押しをしてくれたのは意外にもノワールだった。

 この世界の住人……と言っていいのかは微妙だけど、とにかくこの世界側の存在であるノワールとしては、手遅れにならないうちに早めに『エル・アストラエア』へと辿り着きたいはずなのに。


「『封印神殿』のあるこの『禁域』では襲われる心配はいらぬが、ひとたび『禁域』を越えれば『ラグナ・ジン・バラン』の残滓に襲われる可能性がある」

”え、『ラグナ・ジン・バラン』って封印されているんじゃないの!?”


 休憩を後押ししてくれるのは嬉しいけど、ちょっと聞き逃せないことを言われてしまった。


「うむ。『バランの鍵』によって大半の『ラグナ・ジン・バラン』は動きを封じられてはいるが、全てではない。小物の類は封印から逃れておるな――まぁ戦えば其方らの敵ではないであろうが、彼奴らの中には次々に仲間を呼ぶものもおる」

「むぅ……それに捕まると厄介と言うことか……仕方ねぇ」


 『冥界』とか『嵐の支配者』で延々仲間を呼ばれ続けるという苦い経験をしてきたためだろう、渋々といった感じではあるがアリスも納得してくれたみたいだ。

 うーん、今まで名前だけは聞いていたけど、『ラグナ・ジン・バラン』って一体どんなやつなんだろう?


「……おそらく、明日『シン』へと入れば直接目にするであろう」


 私の疑問にノワールはそう言うのであった。

 ……嫌でも明日にはわかるってことか。戦闘はなるべく避けるか、仲間を呼ばれる前に速攻で片づけて進むか……いずれにしても、道程としてはまだ半分にも到達していないし、『敵』が出て来るようになる本番は明日からというわけだ。

 ならばなおのこと、休める時にはしっかり休んで備えておかないとね。


「ね、ねぇ……休むのはいいけど、そのまま寝るの……?」


 既に変身を解いている雪彦君が尋ねてくる。

 まー、『ゲーム』内だったら風邪ひくこともないだろうし、その辺で眠っても大丈夫っちゃ大丈夫なんだろうけど、子供たちにそんなことはさせられない。


”大丈夫、心配しないで。

 楓、椛、よろしくお願いね”

「うん、わかってる」


 《グレートロック》で移動中に寝床のこともちゃんと相談してある。

 私の合図を受けて楓と椛が変身。


「それじゃ、やるみゃー……ビルド《ハウス》みゃー」


 まずはウリエラが周囲の地面に対して構築魔法ビルドを使う。

 魔法に操られた大地が蠢き、自動的に壁を、天井を作り出す。


「ほいほい、それにブラッシュにゃー」


 すかさず土でできた『家』にサリエラが洗練魔法ブラッシュをかけてガチガチに補強する。


「……おー……すごい……」


 更にその後に家の周囲を囲む『塀』を作り、最後に土を抉った後を操作魔法アニメートで移動させて『堀』を作る。

 上空からの目をごまかすために草とかは天井に集めてカムフラージュという念の入れっぷりだ。


「おめーらの魔法、マジで便利だよなー」

「みゃー、その場にある材料で家でも何でも建てられるし、使い終わったらそのまま崩せばいいからエコみゃ」


 しかもブラッシュをかけているのでちょっとやそっとじゃ壊れないくらい頑丈である。

 ちなみに内部も女子部屋・男子部屋に一応分けており、土で作ったベッドまで用意してある。

 布団についてはオルゴールの編物魔法ウィーヴィングで作っているので汚れる心配もない。


”ノワール、今って夜明けまでどれくらいかわかる?”

「うむ、大体でよければわかるぞ」


 ヴィヴィアンに目覚まし時計みたいなものを召喚してもらうという手もあるけど、それよりは私がタイマーで目覚めた方が楽だ。それか、別に一晩起きてても構わないし。

 ざっくりとした夜明けの時刻を聞いておく。


「じゃー、どうします? 一応交代で見張り立てますか?」

”んー、いや交代で起きるのもアレだし、皆寝ちゃってていいよ。もしどうにもならなそうなら、悪いけど遠隔通話で起こすことになっちゃうけど……”

「見張りが必要であれば我が請け負おう。この『仮体』でも、それなりには戦えるでな」


 頼もしい。

 どうやらノワールは人間の姿をしているものの特に睡眠や食事は必要としないみたいだ。

 正確には、ドラゴン形態の時には必要なんだけど、今の人間の姿は仮初の身体であって、作った時点で活動に必要なエネルギーは全部充填済なのだという。

 ……だから時間が経つとエネルギー切れになってしまうみたいなんだけど、それも『エル・アストラエア』に辿り着けさえすれば解決するらしい。


「うゅ……ねみゅい……」


 家が出来上がった頃には大分日も落ちて空が暗くなってきていた。

 変身を解いた途端、なっちゃんはものすごく眠そうに目をこすっている。


「ん、ナデシコも眠そうだし……わたしも、ちょっと眠くなってきた……」

「ふわぁぁ……わたくしもですわ……」


 ふむ? お腹は空かないけど眠くはなる……?

 あるいは、『疲労』回復のためにそういう仕組みになっているとかかな? 『天空遺跡』で大暴れした後も、ずっと移動続きだったし疲労は相当なものだろう。

 もしかしたら身体を元の姿に近づけてしまうことで、意識の方がそれに引っ張られるとかなのかもしれない。この辺のいい加減なようで微妙に忠実な仕組みは、もう『ゲーム』のシステムがどうなっているのかわからないと何とも言えないけどね。


”それじゃ、皆寝ちゃっていいよ。明日、明るくなってから出発ね。

 それと悪いんだけど、千夏君と楓と椛は、もし何かあった時に起こしちゃうかもしれない”

「私たちは大丈夫。『ちょっと気になる』程度でも遠慮しないで」

「俺も別にいっすよ。むしろ起きててもいいくらいだし。それより、優先して起こすなら俺にしてください」

”……そうだね、わかった”


 さっき作った即席小屋の部屋割り的に、楓と椛はありすたちと一緒の部屋だ。

 人数が多めなので迂闊に彼女たちを起こすと、つられてチビッ子たちも起こしてしまうかもしれないしね――特になっちゃんには朝までゆっくり寝ていてもらいたいし。

 千夏君なら同室は雪彦君だけなので、こっそり部屋を抜け出すにしても楓たちよりは楽だろう。




 こうして、私たちの『異世界』での初日の夜が始まった。

 ……『エル・アストラエア』に辿り着くまで、あと1回あるかないかだけど……特に何事もなく済むことを願うばかりだ。




*  *  *  *  *




”へぇ……それじゃ、ブランももう復活してるんだ?”


 夜は長い。

 ノワールが見張りに立ってくれてはいるが、いざという時に皆を素早く起こせるのはやはり私の遠隔通話なので、私も寝ずにノワールと一緒に過ごしていた。

 色々と気になることが多いので、ノワールが話せるところまででいいので雑談がてら聞いてみていたのだ。


「うむ。ただ、彼奴は我ら『結晶竜インペラトール』の中でも若輩……此度の侵略者相手には太刀打ちできぬであろうと、眠らせておる。

 結果的には……ふぅむ、正解だったのかどうか……」


 かつてアリスとホーリー・ベル二人掛かりでやっとの思いで倒した氷晶竜ブランだけど、ノワールたちの中では最年少の若輩者……らしい。

 まぁブランよりも確実に強いルージュやノワールが『魔眼』によって動けなくなってしまっていたのを見ると、ブランがいても『魔眼』に乗っ取られてしまった可能性は高いと言わざるをえない。

 それに、一応今ブランは無傷で残っているわけだし、いざという時に動ける戦力が残っているのは頼もしいと思える。

 ……それはそれとして、あれだけ苦戦して倒したというのに復活されるというのは、何とも複雑な気分だ。今は味方なので復活してくれて嬉しいとも思うんだけどね……。


”――あの山を越えると、『エル・アストラエア』のある国なんだよね?”


 他には『この世界』の地理についての情報を得た。


「そうだ。今の調子であれば、明日中には山脈を越えて『シン国』の領域へと入れるであろう」


 予想はしていたけど、一口に山脈を越えると言っても『壁』を越えるのとは訳が違う。

 山脈はかなり広範囲、かつ相当な高さまであって空を飛んで越えるにしてもかなりの距離を進まなければならないみたいだ。

 ただ、ここを抜けさえすれば目的地までは一直線に進めるようなので、もうひと踏ん張りと言ったところか。




 ノワールから聞いたこの世界の地理だけど、まずおおざっぱに言えば『二つの体陸』が存在し、その大陸に『九つの大きな国』があるのだという。

 もちろん国が九つしかないわけではなく、他にも小さな国が幾つもあるみたいなんだけど……私の世界やありすの世界とはちょっと異なって、小国はどこかに大国の庇護下におかれているみたいだ。なので、実質は九つの国がある――とだけ覚えておいて間違いはないようだ。

 私の認識が合っているかは自信ないけど、『三国志』みたいなのを想像してみればいいのかもしれない。大きな国があって、地方にある小国は大国の配下になっている……そんな感じかな? 歴史には自信ないのでそもそも三国志の理解が間違っているかもしれないけど。

 それはともかくとして――

 この世界に存在する二つの大陸――『大陸』とまでは呼べないけどそれなりの大きさの『島』はあるみたいだが――は、北と南に位置している。

 私たちがいるのは北の大陸だ。


”北の大陸の……中央より北西よりって感じかな?”

「そうなるな」


 大きさとしては北側の方が南側の倍以上大きいみたいだ。

 その理由はノワールは知らないと言っていたけど、何となく想像はできる。おそらく、私たちの世界と同じで大陸は少しずつ動いていて、幾つかの『元大陸・島』がぶつかり合って一つの大陸となったんじゃないだろうか?

 明日私たちが越える大山脈も、ヒマラヤ山脈みたいなものと考えるとそう的外れな考えではないんじゃないかな。

 南大陸はそうした大陸同士のぶつかり合いがなく――むしろ逆に北大陸から離れる動きをしている?――それほど高い山とかもなく、なだらかな平原が続いているとノワールも言っていたし。


 で、私たちがいるのは北大陸の中央付近。

 この北大陸中央のかなり広い領域が、『天空遺跡』のある不毛の荒野――『禁域』と呼ばれる地域らしい。


「禁域は……そうじゃな、いわゆる『禁足地』というものだな。この領域はどの国にも属さず、またどの国も立ち入ることは可能だが留まることを許されぬ地だ」

”何か理由があるの?”

「……今となっては無意味なことじゃが、一つは『バランの鍵』に誰も近づかないようにするという理由じゃ。もう一つは、単にこの地は枯れ果てており生物が棲めぬ環境だからじゃな」


 割と身も蓋もない理由だった。

 山脈付近まで来ると少し緑が出てきているんだけど、『天空遺跡』の周囲は本当に不毛の大地だったしね……。

 ぶっちゃけ、こんな土地を幾ら得たところで国は豊かにならないだろう――開発するコストが莫大すぎる。この世界の文明がどんなものなのかはまだわからないけど、仮に現実世界と同レベルだったとしてもかなり厳しいんじゃないだろうか。

 まぁ、そういう土地だからこそ、『天空遺跡』に『バランの鍵』を置いたのだろうけどね。

 あの遺跡に辿り着くには私たちの魔法のような長距離・高高度飛行可能かつな手段が不可欠だ。飛行機やヘリコプターがあったとしても、今度は『天空遺跡』周辺で補給する必要が出て来るが地面には何もない荒野……。

 普通に考えて、ハードルが高すぎる。


”うーん、地図があるとわかりやすいんだけど……ま、仕方ないか”


 ざっくりと『禁域』を中心とした周辺の地理についてノワールに教えてもらった。

 山脈を越えた先にあるのが、北大陸北西部~西部に広がる『シン国』。

 その隣、北西~北部にかけて、山脈に食い込みつつも広がっているのが『テン国』。

 『神国』の更に西から南側にあり、西の海に面している『国』。

 他にこの大陸には『エン』『』『』『メイ』と、九大国のうち実に七つの国があるのだという。

 残る『セイ』『テイ』の二国は南大陸となる。

 ……まぁ聞いといてなんだけど、『エル・アストラエア』のあるシン国以外は今回は行くことはないんじゃないかな……多分だけど。


”シンの他の国って、どんな感じなの? あ、力関係とかそういう意味で”

「ふむ? 我も全ての国に通じているわけではないが……」


 これは興味半分、実利半分の質問だ。


「我の知る時代であれば――『エン』『テン』『メイ』の三国が最も勢力の強く、領土の広い国であったな」

”へぇ? シンってそうでもないんだ?”

「うむ。領土の広さで言えば、シンは九大国の中でも最も狭い国になる」


 意外だ。まぁそれでも九大国の一つってことは、他の小国よりも大きい国であることは間違いないんだろうけど。


「シンはアストラエアを祭る国だからな……他国とは歴史も立場も異なっておる。勢力が弱いとは言え、シンを攻める国などあるまい」


 ふーん……聞いた感じの印象だと、バチカンみたいなもの……なのかな?

 それにノワールの話っぷりからすると、どうもアストラエアってただの一人物なんかじゃなくてもっと大きな存在……私の世界で言えばローマ法王みたいな感じ? いや、それも少し違うような気がするな……もっと『現人神』みたいな扱いな気がする。

 いずれにしても『エル・アストラエア』に行けば本人に会えるだろうし、その時には様々な疑問が氷解するはずだ……といいなぁ……。


「……おや? どうやら其方の言いつけを破った悪たれがいるようだぞ」

”え?”


 にやっと、とても人間くさい悪戯っぽい笑みを浮かべるノワール。


”……あ、千夏君”

「……っす」


 どうやら『悪たれ』は千夏君のことだったみたいだ。

 彼もありすたちと一緒に小屋に入って眠っているはずだったんだけど……。


「その、すんません。なんだか目が覚めちまって……」

”あ、ごめん。話し声うるさかったかな?”

「いえ! 外出るまで聞こえなかったんで、関係ないっす」


 そっか。もし起こしちゃったなら悪いことしたと思ったけど、どうやら違うみたいだ。

 まー、彼も普段は夜はそこそこ遅くまで起きているみたいだし、いつもより全然早い時間に『もう寝ろ』って言われてもなかなか難しいよね……。

 それに『異世界』に来て神経が高ぶっているっというのもあるかもしれない。


「えっと……ノワール」

「うむ、どうした? 遠慮なく申せ」


 と、千夏君はちょっと躊躇いがちにノワールの方へと声をかける。

 やがて顔を上げ、真っ直ぐにノワールを見つめて千夏君は言った。


「無礼を承知でお願いっす。俺と手合わせしてもらえないっすか」

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