第8章7節 異世界幻想曲

第8章33話 異なる世界の冒険 1. 異世界ゲーム論再考

*  *  *  *  *




 目的地である『エル・アストラエア』へは、ノワールが飛んで二日かかるとのことだった。

 ただ、よくよく話を聞いてみたら、結晶竜インペラトールたちが戦闘で使うジェット噴射ではなく普通に飛んで二日だということらしい。

 なので《神馬脚甲スレイプニル》や《ペガサス》で全力で飛べばもっと時間は短縮できるが、同様に《グレートロック》などの比較的ゆっくり目の速度で飛んでもそこまで大きな差は出ないだろうということだ。

 というわけで、私たちは《グレートロック》に乗って移動することとした。

 この召喚獣、『輸送専門』だけあって乗り心地は快適だ。

 空をそれなりの速さで飛んでいるものの、『風』の影響は乗っている人間には及ぼさないようになっているし揺れとかも何かよくわからないけど吸収してくれているのでしっかり掴まっていなくても落っこちることもない。

 まぁ流石に自分の意志で飛び降りたり、天地がさかさまになったりしたらダメみたいだけど。


”さて……じゃあしばらくは移動だけだから、落ち着いて話が出来るかな?”


 今後のことについての作戦会議は今やってしまおう。

 ある程度の方針については天空遺跡で話したけども、それでも十分とは言い難い。

 ノワールに改めて自己紹介をした後、今後について話そうとしたのだけど……。


「んー……ラビさんに任せる」

「はい♡」


 《グレートロック》で移動するのなら変身し続ける意味はないだろうと、元の姿に戻ったありすと桃香はいきなりパスをする。


「考えるのは、ラビさんたちに任せた」

「ですわねぇ。……あの、それほど《グレートロック》からは離れませんので、わたくしたち少し自由に飛んでよろしいですか?」

「あ、僕も!」

「うゅ? なっちゃんも!」


 ……。


”…………いいよ。でもあんまり離れないように気を付けてね。特になっちゃんのことは皆気にかけて”

「わかってる」


 どうやら、広大な『異世界』に来たことで小学生ズのテンションが爆上がりしているようだ。

 観光……とは違うけど、もう少し自由に飛んで『異世界』の空を堪能したいみたい。


「ま、いいんじゃないっすか。誰か変身しておいた方が、いざという時にも対処できるでしょうし」

「うん。私もいいと思う」

「そうだにゃー……なっちゃんはちょっと心配だけど、あーちゃんたちと一緒なら大丈夫かにゃ? なっちゃん、あーちゃんたちの言うことはちゃんと聞くにゃ?」

「あい!」


 年長組は流石にはしゃぐ気はなく、落ち着いて話をしてくれるみたいだ。

 ……いや、まぁ年長組が落ち着いているからこそ、年少組は遠慮なくはしゃいでいるのかもしれないけど……。

 でも確かに千夏君の言う通り、誰かは変身して待機しておいた方がいいと言えばそうだ。

 マサクルたちが天空遺跡から出てすぐに攻撃してくるとはちょっと思えないけど、『絶対』という保証はない。

 何よりもエキドナがどうも信用できない。

 ありすに執着しているという点もそうだし、さっきだってマサクルが気付かなかったら全員まとめてルールームゥの砲撃で吹っ飛ばそうとしていたみたいだし……マサクルの意志を無視して攻撃してくる可能性はゼロじゃない。

 それに、遺跡の外にマサクルとは無関係のモンスターがいないとも限らない。


「それじゃ、行ってくる!」


 アリス、ヴィヴィアン、クロエラ、そしてガブリエラの四人は私の許可が出るや否や、すぐに変身して各々飛び立っていってしまった。

 ……まぁいいか。いざとなれば強制移動なりで引き戻せるし。

 そうそう、クエストの『外』に出たことで何か不都合がないか色々と試してみたんだけど、基本的にはクエストでやれることは全部やれるみたいだった。強制移動・強制命令、そして遠隔通話は問題なく行えることは確認済みだ。


「……それにしても、信じられないデス。こんな広い世界なんテ……」


 オルゴールマキナは飛行能力がないから当然だが、居残り組だ。

 そして彼女は遺跡を出てからずっと変身を続けている。

 ……ま、年頃の女子で入院している姿で他人の前に居続けるのはちょっと辛いよね。

 ちなみに彼女は糸を伸ばして《グレートロック》に巻き付けている。もしも落っこちたとしても、《グレートロック》自体が消えない限りはこれで安全だろう。


「そっすね。今までも結構広いクエストとか行きましたけど……ちょっとこれは……」


 千夏君も感動半分、戸惑い半分の何とも言えない表情で外を眺めている。

 『冥界』、それにお正月の時とかなり広いクエストではあったが、ここは完全にそれらとは別格だ。


「ここが『ゲーム』の中だなんて、信じられない……」

「そうだにゃー……」


 楓たちもこの風景には圧倒されているみたいだ。

 現状、地上は赤茶けた荒野が広がっているだけなんだけど、それが360度地平線の彼方まで続いている。それだけでも現実世界では見れない光景だろう。


「……アニキ、正月の時に話したことって覚えてますか?」

”……うん。私もそのことを考えていた”


 何のことかというと、名もなき島でプラムたちと話したことだ。

 あの時は千夏君はキャプテン・オーキッドたちと共に火山へと向かって行ったので直接話したわけじゃないけど、後で内容は伝えてある。


「うん? 何の話?」

”そっか、楓たちには話してなかったっけ”


 話すタイミングがなかったからという理由もあるけど。

 私は楓・椛、それとオルゴールに向けて名もなき島での『プラムの推測』を話す。


 ――この『ゲーム』はデジタルな作り物なのではなく、どこかに存在する『異世界』なのではないか?


 という推測だ。


「…………うーん……」

「…………うにゃー……」

「異世界、ですカ……」


 だがその推測を聞いた女子中学生三人組の反応は若干渋い。

 ちょっと意外だったけども、まぁわからないでもない。


「……確かにこの状況を説明できるけど、説明できないこともある」

”それは?”

「例えば、モンスターの数。メガリスなんかだと、他の使い魔たちが倒しているのも含めて相当数が減っているはず」

「そうだにゃ。流石に時間の速さが違うとしても、減ったモンスターが増えるスピードが追い付かないと思うにゃ」


 全否定はしないものの、否定する材料はある、と二人は主張する。

 確かに、その点については私も以前疑問に思ったことだ。反論する術がない……。


「だがよぉ、ノワールとかどう説明すんだ? 『ゲーム』のイベントだって思うか?」

「それは、そうなんだけど……」


 『ゲームのイベント』の一環として存在している、というのであればノワールたちはまだわからないことはないんだけど、そうなると今度はピッピが元々この世界で私たちにさせようとしていたこと――ヘパイストスを倒すということがおかしな話になってくる。

 そう、ピッピの言葉をよくよく考えると、彼女はこの世界がデジタルな『ゲーム』であることを否定しているように捉えられるのだ。

 もしかしたら実はやっぱり『ゲームのイベント』で、ヘパイストスに先に攻略されたくないから妨害しようとしている、ということもありえる……が、そうすると今度はイベント内容がおかしいことになる。


 ヘパイストス=マサクルを前提として考えるが、元々『バランの鍵』によって『ラグナ・ジン・バラン』が封印されていた。

 マサクルはそれを解き放ちたいと思い、ピッピはそれを妨害しようとしていた。

 そうなると、『イベント』としては矛盾している。

 これが『イベント』なら、例えば――『バランの鍵』を手に入れ、『ラグナ・ジン・バラン』の封印を解き放つという内容でマサクルは行動し、ピッピは逆に『バランの鍵』を守り抜くことがイベント内容になってしまう。

 『ラグナ・ジン・バラン』を倒すことが最終目標だとして、そのためには封印を解く必要がある……という可能性もありえるけども……ノワールたちはそれを出来れば防ぎたいと思っていたようだし、ピッピもノワール側だと考えるとやはり『バランの鍵』の封印を解かれるのは避けたかったはずだ。


 ……というわけで、やはり『ゲームのイベント』と考えるにはちょっと無理がありそうな気はする。

 私が気付いてないだけで、実は『イベント』として成り立つ真っ当な論理がどこかにあるのかもしれないけど……。


「それにやっぱりクエストの『外側』をこんなに作りこむ必要あるか?」

「……で、でも今のところ何にもないにゃ」


 椛の言う通り、物凄く広い荒野が続いているだけで他には何もない。

 これも見様によっては『開発していないから』ともとれる。


「ふむ? 其方らの話はよくわからぬが……サリエラよ、もうしばらくすれば山脈が見えるぞ。それを越えたら、我らは『シン国』へと入ろう。そうすればこのような滅びた荒野ではなく違う景色も見えるであろう」


 と、私たちの話を黙って聞いていたノワールがそう言う。

 シン国……とはこの世界の国の名前だろうか?

 彼女の言葉を丸っと信用するなら、今上空を通過しているこの荒野の先に、荒野ではない別の国がある……ということらしい。


「……確かに、ノワールの言う通りちょこちょこっと景色が変わって来てるな……」

「デスね。少しずつ、緑が見え始めてきまシタ」


 地上を見てみると、赤茶けた荒野の先に少しだけ草が生えている土地が見えてきた。

 草が生えているとは言っても、やっぱり荒れ果てた大地であることには変わりはないが、少しずつ変化は起きている。


「あとさ、俺らが向かってるのが『エル・アストラエア』って町? なんだろ? やっぱり『外』にそんなもん作らねーと思うぜ、ゲームなら」

「む、むむー……」


 もっともだ。

 仮に作ったとして、一体何のためにそんなものを作るというのだろうか?

 ……私が子供のころくらいのゲームだと、裏面というかクリア後のおまけ的なもので『開発室』みたいな制作スタッフのお遊び的なエリアがあったりはしたけど、そういうものでもないだろうし……。


「なんだ貴様ら、面白そうな話をしているじゃないか」


 と、そこで空を飛び回っていたアリスが私たちの近くへと戻ってくる。

 ちなみに今更だけど、《グレートロック》にしろアリスたちにしろ、普通だったら風の音で話なんて出来る状態じゃないはずなんだけど、魔法の効果なのか特に不便はない。


「ここが異世界なのかそうじゃないのか、って話か」


 ある程度は聞こえていたのだろう、まぁまとめるとそういうことなんだけど……。


「簡単だろう、そんなもの。ここは明らかに異世界だ。『ゲーム』の中なんじゃねぇ」


 迷うことなくあっさりとアリスはそう断言する。

 うーん、まぁ確かにここだけ見たらそうと言わざるをえないんだけど……楓たちの挙げた要素を無視することが出来ない。

 だが、アリスにそれを伝えてもやはり全く迷わない。


「ふん、簡単な話だろ?」

「……じゃあアーちゃんはどう思ってるの?」


 気分を害したというわけではないだろうが、年長組で頭を悩ませている問題を『簡単』だと断じるアリスに、少しだけ楓がむきになったように突っ込む。

 ふふん、と余裕の笑みでアリスは受け止めるとこう返した。


「要するにだ、この『ゲーム』の舞台は、ということだろ?」

「あっ……!?」


 ……そうか……! そういう考え方か。


”なるほど! それならさっき楓が言った『メガリス問題』も解決……できちゃうね……”

「う、うん、確かに……」

「ありんこの言う通りかもな。よくよく考えてみりゃ、対戦用のフィールドなんてデジタル――偽物、つーか作り物の世界なのは間違いねーだろうし」


 千夏君もアリスの意見に同意のようだ。


”……確かに必ずどっちかだけである必要はないんだもんね。両方の異世界があっても全然おかしくないね……”

「それに、本物の異世界が一つだけとは限らないにゃー……」

”ああ、それもありそうだね!”


 『ゲーム』の舞台となる世界が、今私たちがいる『この世界』だけとも限らないか。


「……というか、気付いてなかったのか、貴様ら」

”え? アリスはわかってたの!?”

「まぁ、確信したのはついさっきだがな。どうにも今までも『違和感』のようなものはあったんだよなー」


 なんと……。


「ちなみに使い魔殿。オレたちが行った中で『異世界』だろうと思うのは――」


 続けてアリスは今まで行ったクエストの幾つかを挙げた。

 どうも『違和感』がない方は『デジタル異世界』、物凄く『違和感』がある方が『本物異世界』だとアリスは確信したようだ。

 天空遺跡外に出るまで、どちらが本物でどちらが偽物かはわからなかったらしいが……。

 アリスが挙げた『本物異世界』は、当然のことながら『天空遺跡』、それと『嵐の支配者』と戦った草原、テスカトリポカの支配する『密林遺跡』、それと『冥界』だそうだ。

 他にも幾つかモンスターと戦うクエストで違和感があった時もあったようだが、大して印象に残っていないので忘れた、とか。

 ……もしかしたら、正月の名もなき島にアリスが行ったとしたら、同様の違和感を覚えたのかもしれない。検証の仕様はないが。


”むぅ……? でもなんでアリスだけ……?”

「さぁな。オレもよくわからん。ヴィヴィアンやジュリエッタも感じているんじゃねーかと思ってたが……」

「……いや、少なくとも俺は何とも思ってなかったな……『本物の異世界』なんじゃねーか、ってのも、正月の話聞いて初めて気づいたくらいだ」


 うーん……勘とか何だろうか? それとも、やはりアリス自体に何か『イレギュラー』めいたものがある……?

 考えても答えは出てこないだろう。


「……そっか……私、難しく考えすぎていたみたい」

「にゃはは、あたしも~。答えを1つに絞ろうとしてたのが間違いだったかにゃー……」


 アリスの答えに納得したのだろう、楓と椛は感心しているようだ。

 まぁ、アリスの意見が絶対に正しいと決まったわけではないけど、少なくともこの場では一番『妥当』なものであると言える。


「よし、すっきりしたところでオレはもうひとっ飛びしてくるぜ!」

”あ、うん。気を付けてね”


 興味のある話題が終わってしまったことを察し、アリスはまた自由に空を飛ぶ方に戻っていってしまった。

 その後ろ姿に向けて、何か言いたそうにしていた楓と椛だったが、結局何も言い出せずに見送るのみ……。

 ……彼女たちが何を思っていたか、何となくだけど想像はつくつもりだ。


「なんだ、星見座ほしみくら? 浮かねー顔して?」

「……バン君……」


 浮かない顔、確かにそうだろう。

 ……そう問いかけるってことは、千夏君は気づいて――いや、まだかな。

 言うべきか、言わざるべきか……ちょっと悩んだ私だったけど、私の決断よりも早く楓が言った。


「バン君、が本物の異世界だとしたら……そしてそこに町があるとしたら、

「まー、あたしたちと同じ人間かどうかはわからないけどにゃー。でも、町があるということは人間と同じ程度の知能があり、文化があり、文明があると思って間違いないと思うにゃ」


 そう。今のところ無人の荒野が広がっているだけだが、少なくとも『エル・アストラエア』には誰かが住んでいるはずだ。

 ……まぁまさかそこに『アストラエア』が一人でぽつんと待っているというオチもないわけではないが。

 天空遺跡にあった住居跡や神殿を見る限り――椛の言う通り人類と同じような水準の生物がいる可能性は非常に高い。

 そしてこの世界は『ラグナ・ジン・バラン』という存在に脅かされている……ということは、


”……千夏君、私たちは『眠り病』だけじゃなくて、んだよ”


 ……そういうことになる。

 私に言われて千夏君も気付いたようで、表情がわずかに強張る。

 今までのクエストでもアリス曰く『本物の異世界』があったようだが、そこには何かが住んでいた痕跡はあっても住人そのものの姿はなかった。『密林遺跡』なんかがいい例だろう。

 でも今回は違う。

 現在進行形で、この世界に生きている住人の命がかかっているかもしれないのだ。

 そして――『ラグナ・ジン・バラン』の脅威を取り除きたいとピッピが思っている以上、生きている住人が存在しているのはほぼ確実だと私は思う。

 楓たちも同じことに思い至っていたのだろう。


「…………そうか……そうなるんだよな」


 さて、このことをアリスたちに告げるかどうか……悩ましいところだ。

 『エル・アストラエア』に辿り着いた時、そこに住んでいる人を目にしたら嫌でも理解するだろうし……やはり告げないわけにはいかないか。タイミングの問題なだけで。


「なら――猶更負けらんねぇな……」


 ――そう神妙そうにつぶやいた千夏君だったけど、その様子がどこか少し思いつめているような……そんな気がした。

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