第8章6節 侵略者たちの間奏曲
第8章32話 あやめとルールームゥ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
”けけけっ、悪ぃなあやめちゃんよぉ”
「……」
メジャーピース・ルールームゥが己の魔法を使い『変形』した巨大空中戦艦内にて。
戦艦内の一室にあやめは押し込められていた。
特に拘束はされてはいないが、かといって彼女の力で抵抗することは出来ない。
……マサクル一人なら強引にねじ伏せることは可能かもしれないが、結局マサクルをどうにかすることはユニットであるあやめには不可能であるし、何よりも――
”ほいじゃ、ルールームゥ。逃げることはねーと思うが、監視と世話は頼むぜぇ”
<ピッ>
事実、天空遺跡へと進行する
「……マサクル……あなた、私にこれ以上何をさせようというのですか……?」
自分が思う以上に『悪質』な相手であったとあやめは認識を改めざるを得ない。
クラウザーのユニットと同じ家に住む自分をユニットにしたため、逃げ出したのだとばかり思っていたが……それも間違いなく『演技』であったのだろう。
自身の狙いのため敢えて表舞台から身を隠し、裏で何事かを画策していたのだ。
その一端を担っているのは、あやめ同様マサクルのもう一人のユニットである『エキドナ』と名乗る者であろうことも予想している。
しかし、マサクルが一体何をしようとしているのかがわからない。
――『戦力』として私を使いたいにしては、行動が妙ですしね……。
あやめは馬鹿ではない。
自分が『ゲーム』に囚われている以上、現実世界がどうなっているのかもおおよそ理解している。
現実世界の騒ぎが想像できるが故に、逆にマサクルが何を考えているのかがわからないのだ。
単にあやめ――『ルナホーク』の力を利用したいのであれば、もっと穏やかな方法を取れば済むはずだ。
長い間放置されていたという恨みはあれど、だからと言って『お願い』されたら断るということもない。多少のご機嫌取りくらいはしてもらいたいところではあるが。
――それに……あの遺跡へと到達する前、一体何を……?
一番不可解なのは、騒ぎになるとわかっていて一週間近く前からあやめを『ゲーム』内に拘束し続けていることだ。
細かい説明こそ全くなされていないが、マサクルの目的の一つがあの遺跡にある『バランの鍵』の奪取にあることは理解できた。
だとしたら、遺跡に挑むその時にだけあやめを呼び出せば済むはずである。一週間近くも拘束する理由はない。
”……けけっ、ちょっと予想外の客が増えちまったからなぁ。お前さん、あいつらの知り合いなんだろ? ……じゃあ、利用しない手はねーよなぁ?”
「!! あなた……!」
考えないでもなかったが、考えうる中では『最悪』に近いことをマサクルは思いついていた。
自分が『人質』として有効なことには気付いていた。
まさかここでラビたちに出会うとは思いもしなかったが――ラビはともかく、他のメンバーは誰が誰かまではあやめにはわからなかったが……おそらく最後に自分に対して声をかけたあのメイド服の少女が桃香なのではないかとは思った。
マサクルの敵としてラビたちが立ちはだかれば、あやめは充分『人質』として有効だ。
これが他の使い魔であれば、見知らぬあやめのことなど気にもかけないかもしれない。仮に『ゲーム』内で死んだとしても、現実世界に影響がないとわかっていれば割り切って『人質』を見殺しにすることは十分に考えられる。
”あいつら、なぜかユニットが8人もいるし一筋縄じゃいかなそうだしなぁ。あやめちゃんも、強制命令使わないとロクに動いちゃくれねーよなぁ?”
「この……っ!! 桃香に……皆さんに何かあったら、許さない!!」
”うおっとぉ!?”
普段の飄々とした態度からは想像もつかない、怒りを露わにしたあやめがマサクルへと飛び掛かる。
だが、
<……ピーッ>
「くっ!?」
突如床から生えてきた巨大な腕があやめを掴み、その動きを止める。
ルールームゥそのものである戦艦は、内部構造も自在に変えることが出来るのだ。その点は、船型霊装を持つキャプテン・オーキッドと似ているかもしれない――もちろんあやめもマサクルたちも知る由もないが。
”おぉう、あぶねーあぶねー。
けけけ、ま、大人しくしてりゃああやめちゃんの安全は保障してやるからよ”
「マサクル……ッ!!」
あやめが何をしようとも、ルールームゥ内部にいる限り自分には何も出来ないだろう、それはマサクルはわかっていたはずだ。
焦ったような様子も全て『フリ』に決まっている。
へらへらと不快な笑みを浮かべながら、マサクルはあやめの監禁部屋から立ち去って行った……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「全く……パトロン殿にも困ったものだ。もう少し懐柔するなど考えられないものか?」
”うへへぇ、いやぁありゃ無理だろ”
部屋の外で待っていたエキドナがマサクルに言うものの、全く堪えた様子はない。
だが確かにマサクルの言う通り、他の使い魔が相手であればともかく、あやめ自身の知り合いであるラビたちが相手となれば懐柔するのはおそらく無理だ。
下手にあやめを取り込もうとしたら、いざという時に裏切られてしまい致命傷を負いかねない――あやめ自身からの攻撃を受けずとも、ラビたちと戦わせている間に攻撃の手を緩めるなどされたらマサクルに刃が届きかねないためだ。
そうした可能性は当然エキドナも考えてはいただろう。それ以上特にマサクルを責めることもない。
「まぁいいさ。彼女はいざという時の『保険』に使える」
”ああ。くけけっ、考えようによっちゃあ、ミスター・イレギュラーに『バランの鍵』を取られたのは幸運だったかもしれねーなぁ”
「……そうか?」
”そっちの方が面白くなるじゃねぇか”
ラビたちが時を同じくして『封印神殿』へとやってきたこと、そして目的の一つであった『バランの鍵』を奪われたことは計算違いではあった。
しかし、その計算違いすらも『楽しもう』とするのがマサクルである。
――それが良いことか悪いことかは別にして。
「さて、それでは我々はどこへ向かうかね?
”んー、いや一遍『基地』へと戻ろうぜぇ。さっきマイナーピースを幾つか使い潰しちまったからなぁ、補充しておかんと”
「了解した。ではそのように。
……ルールームゥ、聞こえていたな?」
<ピピッ>
――その寄り道が、ラビたちに時間を与えることになるのだが……まぁいいさ。
時間を与えたことで一体彼女たちにどう影響を与えることになるのか……未知数ながらそれがマサクルにとって致命傷となりえるかもしれない、とエキドナは気付いていたが敢えて口にはしなかった。
なぜならば――
「ああ……楽しいなぁ」
”けけけっ! ああ、楽しまなきゃ損だぜぇ、エキドナ!”
エキドナもまた、マサクルと同じくこの状況を楽しんでいたからであった。
――ただし、感情は同じであっても、『何』に対してそう感じているのかまでは、二人で共通しているとは限らないのだが。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一人部屋に取り残されたあやめは絶望しかけていた。
最初のころこそ抵抗し、あるいは脱走を試みていたのだがそのことごとくは失敗した。
ならばせめてマサクルの思い通りに動くまいと抵抗しても、ヒルダという名のピースが使う魔法やマサクル自身の強制命令には逆らうことは出来ない。
ラビたちが自分を助けに来てくれたのであろうことは嬉しくも思うが、今のままでは『人質』として使われてしまう可能性が高く、彼女たちの足を引っ張るだけになってしまう。
「……一体、これからどうすれば……」
『ゲーム』の中にいる今、特にあやめは食事も睡眠も必要としていない。それはマサクルもわかっているため、食事を用意したりもしない。
だが、長きにわたる監禁はあやめの心を確実に蝕んでいた。
自分でもはっきりと自覚できるほど、判断力が鈍っている。
気力も衰え、今の状況から脱しようという気さえ湧いてこない。
かといってこのままではラビたちの足を引っ張り、下手をすれば全滅してしまうかもしれない。
そこまでわかっていても行動する気力がわいてこないのだ。
<……ピー>
「ルールームゥ……」
マサクルたちが姿を消してしばらくしてから、ルールームゥが部屋の中に出現する。
完全な『ロボット』の姿をしていて表情は全く読み取れないし、何よりも言葉が通じないため何を考えているのか全くわからないこのピースだが、あやめは実のところそれほど『嫌い』ではなかった。
もっともそれは良い意味ではなく、マサクルやエキドナのような悪意全開であやめに絡んでくるのとは異なり、意思疎通が出来ないため『置物』のように感じていたからなのだが。
<ピッ、ピッピッ、ピガー>
「…………??」
普段ならば彼女があやめの前に姿を現すことはほとんどない。
脱走しようとしたり、マサクルに危害を加えようとした時に抑えに現れるくらいだった。
なのに今回はマサクルが姿を消した後に現れ、何やらあやめに訴えかけているようだ。
<ピッ! ピーッ!>
「えぇと……すみません、貴女が何を言っているのか、私には……」
攻撃するとかそういう意図は感じない。
むしろ必死に意思疎通をはかろうとしているとさえ思える。
自分の言葉が通じていないのはわかっているようで、ルールームゥは電子音と共に身振りを交えて必死に訴えかけて来る。
「……? もしかして、変身しろ、と……?」
<ピピッ>
こくり、とルールームゥは頷く。
彼女のジェスチャーの意味が最初はわからなかったのだが、しばらく見ているとそれが往年のマスカレイダーや
ルールームゥの意図が全くわからない。
表情も読めず、言葉もわからない、『置物』のようなものとは言っても自分の意志を持って動く――ある意味『不気味』な存在であるルールームゥのいうことに従うのは少し怖いが……。
「……わかりました」
あやめは少し考えた後、ルールームゥの言う通りにユニットの姿――両手両足が機械の少女『ルナホーク』へと変身する。
判断力が鈍っていたからというのもあるが、こうまで必死に訴えかけて来るルールームゥのことが気になったからというのが大きな理由だ。
<ピッ>
<[コマンド:【
<[コマンド:カスタマイズ《ルナホーク:トランスレータ》]>
「!?」
突然、ガシッと両手でルナホークの頭を掴むルールームゥ。
驚くルナホークだったが、ルールームゥの力は異様に強く、振り解くことは出来ない。
痛みを感じるわけではないものの、何をされているのかわからないという気味の悪さを感じつつ、ルナホークはされるがまま耐えるしかなかった。
<[ログ:情報;改造完了]>
<私の声が聴こえますか?>
「……え?」
両手が頭から離されると、聞いたことのない声がルナホークの耳に届く。
……いや、正確にはたった今聞いた声だ。
先程聞こえてきた無機質な機械音声と同じ声音、しかしそれよりももっと人間味のある――『感情』を含んだ声。
「……ルールームゥ、ですか……?」
<はい。ルールームゥでございます。良かった、成功しました>
ピッという電子音声は確かに今も聞こえている。
だがそれよりも大きな声で、ルールームゥの『言葉』がルナホークには聞こえるようになっていたのだ。
――トランスレータ……『翻訳機』……ということでしょうか。
外国語は苦手だが、その程度の知識は
ルールームゥの魔法の詳細は不明だが、おそらく先程の『カスタマイズ』によってルナホークが
<貴女が当機同様、機械的な身体であったことが幸いしました。
そして、マサクルたちの監視がない今、やっと貴女と話すことが出来ます>
「……貴女は、一体……?」
ルールームゥの言葉からして、今ルナホークは監視されていない――マサクルとしてはルールームゥに監視させているつもりなのだ――のだろう。
それでも声を潜め、ルナホークは問いかける。
<……当機は、貴女を助けたい。
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