第8章31話 未知への飛翔 ~広がる異世界
崖からどのくらい先までがクエストの範囲であるのか、まずはそれを確かめた。
大体の位置がわかってないと、飛び降りた時に変身するタイミングが掴めないしね。
結果としてはそれほど離れてはいない――が、決して近くもない位置に境界があることがわかった。
”……えっと、皆決心はついた?”
嫌な問いかけだなーと思いながらも聞かないわけにもいくまい。
パラシュートなしで飛行機から飛び降りるようなものだ。
これが『ゲーム』でなければ自殺以外の何物でもないだろう。
「おう、問題ないぜ。
……ふふふ、クエストの『外』か……! 状況が状況だが、楽しくなってきたな!」
我らが
まぁいつだかに想像したように『無限に広がる世界』を冒険する、なんて確かにゲーム好きからしたら楽しい以外ないだろう。
マサクルたちの件があるから純粋に冒険を楽しむとはいかないものの、そうした『心の余裕』のようなものは持っておいた方がいいとは私は思う。
「だ、だだだだ大丈夫、です……」
全然大丈夫じゃない感じでヴィヴィアンは答えた。
……ざっと見た感じ、アリス、ジュリエッタ、ガブリエラは平気そうだ。
反対にヴィヴィアン、クロエラ、ウリエラ、サリエラ、そしてオルゴールはダメそうだ……。いや、多分こっちの方がまともな感性なんだと思うけど。
「あ、使い魔殿はノワールに頼むぞ。良いな、ノワール?」
「うむ。任せるがよい。すまぬな、本来であれば我らが汝らを乗せていけたのだが……」
「仕方ない。ノワールに無理、させられない」
「か、可愛そうにゃけど、ちょーっと無理して欲しかったにゃ……」
ノワールたち
「ほら、貴様ら! いつまでもここに留まってはいられないだろうが。変身を解け!」
そう言いながらアリスは真っ先に変身を解除――ありすの姿へと戻る。
あ、そっか……変身解かないとダメってことは……。
「……」
オルゴールはありすのことをまじまじと見つめている。
そう、変身を解くということはオルゴールに本当の姿を晒さないといけないということ。
そして逆にオルゴールも同様に私たちに見せないといけないということになる。
「う、うぅ……」
「怖いよぅ……」
ありすが変身を解いたのを見て、諦めたように皆が次々と変身を解く。
オルゴールのことは気になるものの、かといってありすの言うようにここに留まっていても仕方ない。
……まぁ、桃香とかはオルゴールのことはすっぽりと頭から抜け落ちて、これから飛び降りをしなければならないことに意識を奪われているみたいだけど……。
”えっと、オルゴール……どうする?”
ここでやっぱり着いてくるのを止めます、と言われても責める気は全くない。
ただその場合は一人で戻ってもらうことになるけど……。
私の言葉にオルゴールは少しだけ考えるそぶりを見せると、
「……イエ、ワタクシ、行きマス」
そう決心すると彼女も変身を解く。
そこに現れたのは――
”え、君……まさか入院患者!?”
入院着を着た少女がいたのだった。
――ちなみにだけど、『ゲーム』内で変身を解いた時の姿は、『ゲーム』に挑んだ時と同じ姿というわけではない。
私にはよくわからないんだけど、ありすたち曰く『いつものイメージ』である程度は自由に決められるらしい。
ありすたち小学生組はいつもの服装だし、中学生組は学校の制服を着ている。なっちゃんは今回は『くまさんフード』の愛らしい姿だ。
……ま、それはそれとして、オルゴールの本体が入院着を着ているということは、『いつものイメージ』がそれなわけだから……。
「えっと……は、はい……」
オルゴール本体の少女は頷いた。
なるほどな……さっき『普段は暇を持て余している』ということを言っていたけど、入院しているのであればそれも納得だ。
もちろん病気にもよるけど……見た感じ千夏君たちと同じくらいの歳の子だし、確かに暇を持て余しているのもわかる。
”オルゴール――って呼んでいいのかな? 君、本当に大丈夫?”
これは純粋な心配からだ。
こくり、と彼女は頷く。
「大丈夫です……」
……むぅ、本人がそう言うなら、信じるしかないけど……。
まぁ本当の身体の方が病気であったとしても、『ゲーム』内だったら影響はないはずだしなぁ……。
「ん、おねーさん、名前……」
「ありすさん、そういう時は自分から名乗った方がよろしいですわ。わたくしは桜桃香、よろしくお願いいたしますわ♡」
と、うちの子たちが自己紹介をする。
うん、まぁ自分から名乗るのが礼儀っちゃ礼儀だよね……。
次々と見知らぬ子供たちに名乗られ、オルゴールは戸惑っていたみたいだけど……。
「あ、あの、わた、私……
最後に自分から名乗ったのだった。
「綾鳥さん? えっと、何年生っすか? 俺らと歳あんま変わりなさそうっすけど」
そこらへん気になるのだろうか、千夏君がマキナへと尋ねる。
「ちゅ、中学三年、です……」
「え!? じゃ先輩じゃないっすか! 俺ら二年っす!」
「そ、そうなんだ……」
ああ、やっぱり同じくらいだったか。
学年は千夏君たちより一つ上……この中では最年長ではあるけど、元からなのもあるだろうが入院しているせいか痩せているためかなり小柄に見える。
「中三!? この時期に入院って、大丈夫なの!?」
いつもの猫語も引っ込めて驚きの声を上げる椛。
そうだね、確かに中三で二月に入院って、受験とかに響きそうだ。
マキナもそれはわかっているのだろう、ずーん、と暗い表情になる。
「ははは……私って、いつもこうなんですよね……ほんと、肝心なところでドジ踏んで……」
「……ハナちゃん」
落ち込むマキナを見て、楓が椛の脇腹に軽く肘を打つ。
まぁ無遠慮ではあったね。驚く気持ちもわかるけど。
「そっすか、大変っすね先輩。
……つーか、ハナ子おめー、先輩なのにため口はねーだろ」
「…………バンちゃんってなぜか時々体育会系になる時があるにゃー」
実際剣道部だし、体育会系なのは間違いないんじゃないかな?
それにこれは体育会系がどうとかよりは、本人の性格による気はするね。椛だとあやめにも普通に話してたし、むしろ敬語使って話してる方が見慣れないかもしれない。
「…………」
と、そんな感じでやり取りしている中学生組を、ぼーっとマキナは眺めていた。
……その視線が三人、というよりは――むしろ千夏君の方に向いているのは、私の気のせいだろうか……?
「ラビさん、そろそろ行く」
”あ、うん。そうだね”
自己紹介自体は必要だったとは言え、後の話は『エル・アストラエア』への移動中でもいいだろう。
現実世界の時間はほとんど気にする必要はなくなったが、いつまでものんびりしているわけにもいくまい。
ありすに呼ばれ、私はノワールの方へと移動。全員で崖の傍まで移動することになった。
「…………ふひっ、お、男の子と、会話しちゃったぁ……♡」
* * * * *
”今更だけどさ、マキナって空飛べるの?”
うちの子たちは全員得意不得意とかはあるけど、何らかの飛行能力を持っている。
「う、ううん……私は、飛べない……です。ち、ちょっと時間かければ、『パラシュート』作れるけど……」
”……多分間に合わないよねぇ”
彼女の魔法は『糸』を使ったものだ。
そのうち
ウィーヴィングで『パラシュート』を作って地面に着陸……というのは不可能ではないけど、落下までの間に作れるかは微妙なところだ。
「あー、俺も飛べるけどそこまで得意なわけじゃねーから、速めにお嬢の魔法使ってくれるとありがたい」
「わかってますわ。そうですわね……緊急用に最初に《ペガサス》、それから皆さんが乗れるように《グレートロック》でしょうか」
「ん。それでいいと思う……わたしも最初から《
「……間に合わなくても、ラビさんがいればリスポーンできる」
”いや、そうだけど……”
そんなことにはなって欲しくはないなぁ……真面目に。
それにマキナについては私がリスポーンさせてあげられないし、下に降りた途端に敵に襲われるという可能性もある。
何事も起きず、無事に皆『外』に出れるのが一番だ。
「話は着いたかの、アストラエアの遣いたちよ」
”うん。……まぁ出たとこ勝負なのは否めないけど……”
何しろクエストの『外』に出るというのが初めてのことだ。
ピッピが言っていたことである以上大丈夫ではあろうが、本当に何が起きるのかも不明……『外』に出た瞬間、全員が『戦闘不能』とみなされて強制的にリスポーン待ちになるということもありえる。
だがここで足踏みはしていられない。
「じゃ、行く」
こういう時に躊躇わず先陣を切るのは我らがありす。
「ちょちょちょ……ちょ、待ってくださいまし!? こ、心の準備が……」
「う、うん、僕もちょっと深呼吸させて……」
「……んー……」
あー、この二人は決心がつくまでに時間かかりそうだなー。でもそれも仕方のない話だよなー……。
なんてノワールに抱えられた私が口を出せる立場でもないのでハラハラしつつ見守っていたんだけど……。
かくん、と首を傾げたありすは何を思ったか急に両手をそれぞれ二人の腰へと回してがっちりホールド。
「ひゃっ!? あ、ありすさん!?」
「ふぇ、恋墨さん!? あ、あの……」
「決心は――降りながらつけて」
と無茶苦茶なことを言うと、両手に二人を抱えたまま一気に崖から飛び降りる!!
「び……びゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
”ちょ、ありす!?”
酷いことするなぁ!?
”ノワール! 急いで私たちも!”
「うむ。ガブリエラたちも早く来るが良いぞ」
まさかいきなり桃香と雪彦君を道ずれにして飛び降りるとは思わなかった。
本当なら先にノワールと私が降りて、もしもの時に備えようとしていたんだけど……。
私に促され、ノワールも後に続く。
彼女は背中の翼を大きく広げ、重力の加速だけではなく自身の推進力も使ってありすたちを追いかけて行った……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おー、流石ありんこ。思い切ったことするじゃねーか」
「うあああああ……ユッキーが落っこちたにゃー!?」
「なっちゃんも! なっちゃんもいくー!!」
高いところを『怖い』と思うことがないのか、あるいは怖いと感じることが出来ないほどの高さであるためか、撫子は姉たちとは違って楽しそうにきゃっきゃと笑うとありすやノワールたちの後を追おうと走り出す。
「ま、待ちなさい撫子! お、お姉ちゃんたちと一緒に行こ、ね?」
「……うゅ」
変身すれば魔法を使わずに飛べるとは言え、撫子を一人で飛び降りさせるのはいくら何でも怖すぎる。
咄嗟に楓が撫子を捕まえきつく抱きしめながら言う。
撫子も、姉の異様な気迫に気付き、ジタバタと暴れることはなく大人しく抱きしめられるがままにされる。
「おし、んじゃさっさと行くか」
千夏はというと、むしろ『出遅れてしまった』的な思いを抱きつつも、ありすたちの後を追おうとする。
「……」
「……ん? 先輩、どうしたっすか?」
そこで自分へと向けられたマキナの視線に気が付く。
千夏とマキナの目が一瞬合わさり――すぐさまマキナが俯き視線を逸らす。
「――あー、なるほど……ま、しゃーないっすね」
一体どういう理解をしたのか、苦笑しつつも千夏はマキナの方へと歩み寄ると――
「すんません、嫌かもしんないっすけど、ちょっとだけ我慢してくださいっす」
「……え、え……?」
と一言謝り、
「よっと」
「……っ!?!?」
マキナの肩と膝へと腕を回し――いわゆる『お姫様抱っこ』というやつだ――抱え上げる。
「ほれ、おめーらも行くぞ! 先輩、しっかり掴まっててくださいよ!」
「え、う、うん……!」
千夏に言われるがまましっかりと首に腕を回してしがみつくマキナ。
それを確認すると同時に、千夏は崖へと走り――
「おりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
躊躇うことなく、勢いよく崖から飛び降りていった。
「…………あ、あの
「は、ハナちゃん!?」
双子の妹の沸点がよくわからない。
……とはいえ、さっきのマキナに対して
「ふーたん! なっちゃんも!!」
「うぇ!? う、うぅ……」
「あいつ、物凄く嫌な予感がするにゃ!
一体双子の妹の何がそんなに駆り立てているのだろうか?
そもそも、千夏のことを好きだったのは――
「行くにゃ、フーちゃん、なっちゃん!」
「あい!」
「え、ハナちゃん!? ちょっ――」
「うおおおりゃああぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして、楓の意志を無視して撫子ごと抱きしめ――ありすの時と同様に楓を道ずれに崖から飛び降りる!
「き、きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あははははははっ!」
普段の冷静な姿からは想像もつかない悲鳴を上げる楓と、対照的に何が面白いのかご機嫌な笑い声を上げる撫子。
――……ああ、でも最後に飛び降りで良かったかな……。
風を受けてバタバタとはためく……どころか完全に捲れ上がったスカートを見て、現実逃避半分に楓はそんなことをぼんやりと思うのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……姫様」
「……アリスさん」
一方、最初に飛び降りたありすたちは境界を越えると同時に変身――できたのはアリスだけだったため、桃香と雪彦はアリスに抱えられたまま変身したが――し、無事にクエストの『外』へと出ることが出来ていた。
「ん? どうした、二人とも」
二人を相変わらず抱きかかえたまま《スレイプニル》で飛ぶアリスだったが、
「…………酷いです……」
「…………ほんとだよ、酷いよ……」
ヴィヴィアンたちから非難を浴びせられるのであった。
――その後、それほど時間が経たないうちに、全員が境界の『外』へと無事に出て来ることが出来た。
ヴィヴィアンもすぐに我に返り召喚獣を呼び出したことで、少々飛行が苦手なジュリエッタたちも無事である。
”……はぁ、良かった……皆無事で……”
心の底から安心した、といった感じでラビは呟く。
ラビの立場からすれば『眠り病』の解決も優先度は高いが、ありすたち自分のユニットの安全の方がより優先度は高いのだろう。
誰一人地上に落下することもなく無事にクエストの『外』に出れたのは僥倖である。
尚、全員で一気に飛び降りようとせず、先にアリスやヴィヴィアン等が順に降りてから一人ずつ受け止めるというのがベターな手であったことには、降りてしまってから気付いたが全員が黙っていた。
”! ノワール、あれって……”
「む? ああ、『封印神殿』だな」
飛び降りて来るメンバーの様子を注視していたラビは、今更ながらに自分たちがやってきた場所を見てあることに気が付いた。
「ほう……
アリスたちもまた、ラビと同じことに気が付く。
『封印神殿』――およびそれを有する天空遺跡は、上空まで伸びる高い山の上にある遺跡ではない。
もし山であるならば、振り返ればそこには大きな山肌……あるいは崖が見えているはずだし、眼下には荒野ではなく同じく山の斜面が見えているはずだ。
しかし、振り返ってもそこには何もない。ただ空が広がっているだけだ。
少し上を見上げてみると、彼女たちが先程飛び降りた崖が見え、その少し下辺りで唐突に地面が途切れている。
”浮遊大陸……って感じかな”
上側は雲に隠れて見えなくなっているため全貌はわからないが、そうとしか言いようのない存在であった。
「普段は『封印神殿』自体が雷雲を纏い、外からの侵入を拒むのだがな。アストラエアの遣いが以前来た時同様、外からの使者を招く際にはこうして開かれるのだ。
……もっとも、あの者らには雷雲があろうとも関係なかったようだが」
おそらくは『天空遺跡』にやってくるクエストが現れる時に、雷雲が晴れるのだろうとラビは推測した。
マサクルたちはそれがあろうとなかろうと結局のところ現れたのだろうとも。
”うーん……もしかしてマサクルたちって、私たちとは違うクエストでやって来たってことなのかな……?”
「さぁな。だがその可能性は高いんじゃねーか? どう考えたって、オレたちがクエストにやって来た時点で、あいつらが来て相当な時間が経っていたしな」
”そうだね……ま、そこは今考えても仕方ないか”
現実世界との時間差が激しいとは言え、夜21時にクエストが出現してから1分もかからないうちに天空遺跡へとやってきている。
マサクルたちがクエスト出現と同時にやってきていたとしても、魔眼種の侵攻なりがあまりにも速すぎるため、もっと前からマサクルたちは来ていたのではないかと思われるが……そこはラビの言葉通り考えても今更仕方のないことだ。
「それよりも――スゲーな、ここ」
これ以上マサクルのことは考える必要もない、とアリスは思考を切り替えて浮遊大陸の反対側へと目を向ける。
他の全員も、その景色に心を奪われていた。
眼下に広がるは赤茶けた荒野――それが地平線の果てまで360度続いている。
空には『天空遺跡』程の大きさではないが、遥か彼方に同じような浮遊大陸が見える。
どこまでも広がる世界――ただし、それは想像よりも荒れ果てた世界。
”……正に『異世界』だね……”
クエストの『外』について、ラビは端的にそう言う他ないのであった。
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