第8章30話 ロード・トゥ・アストラエア

 ノワールたち『封印神殿』の守護者――種族名は『結晶竜インペラトール』たちの棲み処は、『封印神殿』から少し離れた場所にあった。

 彼らの巨体が楽々通れるほどの大きな穴が口を開けている様は、それこそ巨大な竜が口を広げているかのようだ。

 竜の魔王が奥深くに鎮座しているんじゃないかって感じの『ダンジョン』ではあったが、内部は以外にも整然としていて明らかに人の手で作られたものであることがわかる。


”これは……『封印神殿』内部と似たような感じ、かな?”

「ああ。あちらほど入り組んではいないようだが」

”ノワールたちの寝床みたいだからね”

「……寝るのか、あいつら……?」


 などと雑談しながらガブリエラたちに着いて行く。

 しばらく広大なダンジョンを進んで行くと、明らかに他と違った場所――一言で表せば『工場』のような感じのフロアへと辿り着いた。


「あら? いかがされましたか、王よ。まぁまぁ、ガブリエラたちも」

”へ……?”


 そこで私たちを迎え入れたのは、今までに見たことのない女性だった。

 鮮やかな金髪の、穏やかな笑顔の妙齢の女性だ。

 だが普通の人間ではないのは明らかである。

 なぜならば彼女の頭部――額からは一本の角が生えており、背中からは翼、そして尻尾が生えているからだ。


「ジョーヌ! 良かった、無事だったのですね」

「ええ……とは言っても、『竜体』の方はもうほぼ限界だったので『仮体』でしか動けませんけれども」

”え、もしかしてジョーヌ!?”


 驚いた……。

 金晶竜の身体ではなく、半人半竜のような姿になっているとは言え、彼女は紛れもなくあのジョーヌらしい。


「皆様にもお礼申し上げます」

”ど、どうも……”


 インペラトール……訳の分からない種族だ。

 もしかして、ドラゴンの姿と人間の姿と自由に変身できる能力があるのだろうか?

 私の内心の疑問はすぐに解消された。


『しばし待て。目的地にはこの身では少々不便でな……』


 ノワールはそう言うとフロアの中央にその身を寄せる。

 ……ロボットアニメとかでありそうな『ドック』ってところか。

 そこにノワールが立つと共に、天井から大きな『蓋』が降りてきてすっぽりとノワールの身体を覆い隠してしまう。

 よく見ると、その左右にも同じような『蓋』があった。

 待つこと数秒、『蓋』の下部から小さなドアが開き、中から一人の女性が姿を現した。


「ふむ……この仮体を使うのも久方ぶりだな」

”まさか……ノワール……?”

「うむ。我がノワールじゃ」


 おおう……再びびっくりだ。

 ノワールの人間態は、ジョーヌ同様大人の女性を模している。声だってしっかりと女の人の声に変わっている。

 ジョーヌとの違いを挙げると、ノワールの髪は黒く、肌も浅黒い。額から生えている角は二本……そしてそれはかなり大きく太い。

 翼と尻尾が生えているのも同じだが、やはりノワールの方が全体的に大きいようだ。


「……あん? なんだぁ、王様ももう修理に入るのか?」

”……ということは……この人はルージュ……?”


 更にもう一人、ノワールの入ったドックの隣から姿を現す。

 こちらは炎のような逆立った赤毛、それに左目に眼帯を着けたワイルドなイメージの半人半竜の女性だった。

 ジョーヌ、ノワールときたら当然彼女の正体はルージュ……なのだろう。片目が塞がれているのも正にルージュの特徴だったし。


「『アストラエアの道』を開くのでな」

「! まさか、王自ら!?」

「おい、待て。大将が自分から出て行くなんて無しだろ!?」

「そうは言うが、汝らは動けまい。この者らをアストラエアの元に導くことが、今の我らに出来ること……『バランの鍵』の封印は既に解かれた。我らの使命は終わったのだ。

 なれば、我らは『次』のことも考えねばなるまい」


 ……何やら三人の間でもめているようだ。

 流石にこれには私たちも口を出せない。

 恐らく、元々ノワールたちの役割は『バランの鍵』の守護だったのだろう。

 しかし『バランの鍵』はもう封印から解き放たれてしまい、いつマサクルたちに奪われるかもしれない状態だ。

 どうやら封印が解けたのでもう後は知らない、と投げ出すことが出来ない性格のようだ。

 彼――いや『彼女』は言葉通り『次』のことを考え、『ラグナ・ジン・バラン』の脅威をこの世界から完全に取り去るためにどう行動すれば最善かを考えたのだろう。

 その結果が、人間の姿になってでも私たちを『エル・アストラエア』へと導くこと……なのだ。


「……わかりました。では、せめて王の『竜体』の修復を急がせてください」

「構わぬ。我が『竜体』は修復完了次第『エル・アストラエア』へと転送せよ」

「了解だぜ、王様。アタイたちも出来れば急ぐけど……」


 しばらくもめていたが、どうやら話は着いたようだ。

 幾つか三人で打ち合わせをした後、ノワールがこちらへと振り返る。


「待たせたな、アストラエアの遣いよ」

”いや、大丈夫。でも、ノワールがここを離れて大丈夫なの?”

「問題ない。なに、どうせここにいてもやることはないでな。それに『エル・アストラエア』への道案内は必要であろう?」

”そりゃ、まぁ……”


 『外』に出たところで向かう先がどこにあるのかさっぱりわからないしね……。

 道案内がいてくれるのは助かる。というか、いないと物凄く困る。

 でもそのためにノワールに無理をさせてしまうのではないか、というのはちょっと心配になるところだ。


「そもそも、貴様らは一体何なのだ? 竜かと思いきや人間になったり……」


 アリスの疑問は全員の疑問だろう。

 ……もしかしたらガブリエラは以前に聞いて知っているのかもしれないけど、相変わらずほわほわとした笑みを浮かべているだけで全く頼りにならない。


「ふむ……其方らに上手く説明できるかは自信がないな……そのことも含め、アストラエアに直接尋ねるがよかろう」

”むー……”


 はぐらかされた、という感じは全くしないが、解答はお預けにされてしまった感は否めない。

 まぁ実際私たちは、この世界にとっての『異世界』であるところから『ゲーム』によって参加しているわけだし、常識とか色々違うだろうし説明が難しいと思ったのも間違いではないだろう。


「おい、てめぇ」

「あん?」


 さぁ先へ進もうか、と言ったところでルージュがアリスへと声をかける。

 ……そうだ、この二人因縁があるんだった。

 睨み合う二人。

 ルージュの方がアリスよりも頭一つ分以上背が高く、威圧感と言う点ではクリアドーラにも勝るとも劣らない。


「そういや名前聞いてなかったな」

「――オレはアリスだ。貴様はルージュだったな」

「ああ」


 お互いに名前知らなかったっけ。

 ふと気付いたけど、ノワールに対しても皆の自己紹介していなかったな……まぁこれは後ですればいいか。

 一触即発、と言った雰囲気の二人だったけど、ルージュは『にっ』と笑うとアリスの胸に拳を当てる。


「アリスか、覚えておくぜ。……おめぇ、なかなかガッツあるじゃねぇか」


 ……おそらく最初の天空遺跡での遭遇で、絶望的な状況から諦めずに反撃して片目を奪った時のことだろう。

 アリスも理解し、こちらも獰猛な笑みを浮かべる。


「ふん、貴様こそな。いずれ、決着をつけるぞ」

「ああ、この目――その時までは直さないでおく。直すのは、てめぇに今度こそ勝ってからだ」

「なぁに、次は片目だけでは済まさんからな。しっかりと直しておくことだ」

「ふふふふふふ」

「はははははは」


 …………お互いに和やかとは程遠い物騒な笑みを浮かべつつも……何か微妙に通じ合っているようだった。


「では、後のことは任せたぞ」

「はい。いってらっしゃいませ、我らが王よ」


 ひと悶着はあったものの、私たちはノワールに導かれ広間の端にある小さな扉――明らかに『人間用』だ――からさらに先へと進む。

 しばらく進むと、四角い部屋……というか『箱』のようなものの中に入る。


”……これ、もしかしてエレベーター?”

「うむ。『封印神殿』下部へと続く昇降機だ」


 やっぱり。

 部屋にしては異様に狭いが、エレベーターとして考えればちょっと広め……貨物用エレベーターだろう。

 何だろう、『封印神殿』内部もそうだったけど、天空遺跡の外観に似あわないハイテクっぽさがある。


「ノワール様、『封印神殿』下部とは……?」

「ふむ……この遺跡全体の下層に当たる場所だな。おそらく、アストラエアは『そこ』から外へと出ようと考えていたに違いない」


 この事態を想定していたってことは、やっぱりアストラエアがピッピ……の可能性はかなり高いと思う。まぁ別に別人だったところで不都合がそこまであるとも思えないけど。

 音もなく、しかし急激に高さが変わる時のあの何とも言えない感じはしつつ、エレベーターは下降を始めた。

 それほど長い時間はかからず、エレベーターが停止する。

 大体10階分くらい、かな? 遺跡の全体の規模からするとそれほどの高さではないだろう。


「この先だ」


 扉が開いた先には再び通路が伸びていたが、こちらもやはり岩をくりぬいた洞窟ではなく明らかに人工物とわかる通路となっていた。

 その通路を更にしばらく進むと、今度は大きな鋼鉄製と思しき扉が現れた。

 左右に開くタイプみたいではあるけど、取手も鍵穴も見当たらない。


”これは……どうやって開けるの?”


 魔法で身体強化をしたら強引に開けられそうな気はするけど、まともな手段で開く扉とは思えない。

 ここまでノワールが連れて来てくれたのだ。開ける方法は彼女が知っているはずだ。


「うむ。ガブリエラ」

「はーい。懐かしいですねぇ~」


 以前ピッピと一緒にここまで来たことがあるのだろう、ガブリエラはにこにこと笑顔を浮かべつつそう言い、ノワールに促されるまま前へと出る。

 ……ガブリエラのパワーで強引に突破する、とか?


「それではいきますよ~! オープン!」


 と、開錠魔法オープンを扉に向けて使うと、ゴゴゴゴ……と重いものが擦れる音を響かせながら、ゆっくりと扉が開いていった!


”……そうか、オープンってそういう使い方も出来るのか……”

「というより、こっちの使い方の方が正しい気がするみゃ」


 ごもっとも。

 相手との距離を開けるとか、そっちの使い方がむしろ特殊なんだろう。


「お、外か?」

”ほんとだ、日の光だね”


 扉が開くにつれて人工のものではない光が差し込んできた。

 遺跡下部――とノワールは言っていたし、山の途中……切り立った崖とかに出て来る道だったのかな?

 ここまで変身したまま来れたと言うことはまだクエストの範囲内であることは間違いない。


「ガブリエラ、念のため封印を頼めるか?」

「はいはい、わかってますよ。

 ……皆さん外に出ましたね? それじゃクローズっと」


 私たち全員が扉を潜ったことを確認した後、今度は扉へと向けて施錠魔法クローズを使う。

 するとさっきとは反対に扉が勝手に閉まっていった。

 ……なるほど。さっきの扉、ガブリエラが以前来た時にクローズを使って封印しておいて、そのまま放置していたのか。

 となるともしどこかでガブリエラの魔力が尽きたとしたら封印が解けちゃう可能性があったわけだな。


「ふむ……ガブリエラの魔法、使いようによっては有効活用できそうだな……」

”だね。前に行った『密林遺跡』みたいなところだとすごい使い道がありそう”


 ジュリエッタと最初に出会ったあの遺跡だったら、建物自体が破壊できない上に結構狭く入り組んでいたので、ガブリエラの魔法であちこち塞いでしまえば敵からの不意打ちを防ぐ、とかが出来ただろう。

 そういう場所だったら、オープン・クローズは接近戦用魔法ではなく『本来の』使い方が可能になる。

 ……現状、ガブリエラって開門魔法ゲートが実質死んでるし、融合魔法リュニオンはデメリットもある切り札的な扱いなので魔法の使い道が増えるというのはありがたいと言えばありがたいんだよね。


「よし、到着だ」

”ここが……”


 門の先は人工物ではなく天然の地面だった。

 そこそこ広い、平らな地面となっており、少し先に行くと崖となっていて地面が途切れている。

 ここから『外』へと出ろ……ということなのだろうか? いや、多分そのつもりだったのだろう。


「どれどれ……うおっ!?」


 崖から下を覗き込んだアリスが驚きの声を上げる。

 それにつられて私たちも覗き込んでみると……。


”こ、これは……!”


 崖から下には雲もなく、地面まで見通せるようになっていた。

 私たちの遥か眼下には――どこまでも続く荒野が広がっていたのだ。


「…………こ、ここから飛び降りるにゃ……?」

”…………うん、そうみたいだね……”


 確かに私が探していた飛び降りポイントの条件には合致している。

 ここから飛び降りれば、とりあえず地面に叩きつけられる前に変身する余裕は十分あるだろう。

 だけど……。


「こ、これは……えっと……」

「流石に、おっかないデス」


 ヴィヴィアンやオルゴールは頭では大丈夫とわかっていても、やはり怖いのだろう。

 私だって怖い。


「そう? ジュリエッタ、ここまで高いと別に……」

「だな。下手に地上がはっきり見えない分、逆に怖くねーな」


 アリスとジュリエッタは逆で、中途半端に高いよりも平気みたいだ。

 ……これは、飛び降りるには勇気がいるなぁ……。

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