第8章29話 フレキシブル・ボーダー

 改めてアイテムの補充を行った後、私たちは天空遺跡から『外』へと出るための方法を模索し始めた。


「うーむ……クエストの範囲が結構広いな……」


 マサクルたちの攻撃が来るとは思えないが、元から天空遺跡に棲んでいたモンスターは健在だ。

 ノワールたちと共に『封印神殿前』で待機する『防衛班』と、クエストの境界を探る『探索班』にわけて私たちは行動していた。

 探索班にはアリス、ヴィヴィアン、クロエラの空を飛べる組。残りは防衛班――と言いつつも実際は色々と頭を使って考える『考察班』である。


”境界は見つからなかったの?”


 しばらくしてアリスたちが戻って来たが、その表情は芳しくない。

 私の問いに首を横に振って否定する。


「いや、見つかることは見つかった。ただな……」

「天空遺跡の下方まではまだ探索していないのですが、範囲がこの遺跡の外側――『空』の上のようなのです」

”ああ、なるほど……”


 この遺跡自体、結構な広さはある。流石に地平線の彼方まで広がる荒野や平原のフィールドに比べたら狭いけど、それでも人間が徒歩で歩き回れるような範囲ではない。まぁそもそも『山』の上っていうのもあるけど。

 で、クエストの『外』に出るということは境界の位置は重要だ。

 その境界が空にあるということは……とりあえず飛べないと話にならないということになる。その点については、うちの子たちは大体大丈夫なんだけど……。


「あと、境界にちょっと触ってみたけど、やっぱりボクたちだとは越えられないみたい」

”……試したの?”

「う、うん、ごめんね、ボス……」


 怒りはしないけど、せめて一言欲しかったかな。


”うーん……”

「ちなみに、魔法を撃ってみたが、境界にぶつかった瞬間に消えたな」

「はい。わたくしの召喚獣も同様でした」


 となると……力尽くで突破、という手は使えないか。

 おそらくアリスが全力で神装を撃ったとしてもダメだろう。試す価値は……ゼロじゃないかもしれないけど、あまりないと思う。


”どこかに抜け道がある、とかなのかなぁ……”


 そう言いつつも、その線はなさそうな気はしている。

 ピッピ曰く『バグ』のような手段で外に出るらしいし……境界の『穴』もバグと言えばバグかもしれない。でもそれがどのクエストにもあるとはちょっと思えない。

 それともこの天空遺跡のクエストにだけそういうバグがあるということだろうか? うーん、でもピッピの口ぶりからして実はどこでも使える手のような気もするし……。


「……みゅー、うーみゃん、アーみゃん。一個試してみたいことがあるみゃー」

”うん?”

「おう、何だ?」


 考察班で色々と考えてくれていたウリエラが一つ提案をする。


みゃ」

「! なるほど、それは試してなかったな」

”えぇ!? だ、大丈夫なのそれ!?”

「……わからないみゃー。でも、やってみるしかないみゃー」


 そ、そりゃウリエラが何もかも知ってるわけないもんね……試してみないとわからないか。


”……クロエラ、境界に触った時に痛みとかはなかったの?”

「あ、うん。それは大丈夫だった。何か硬い壁に触ってる感じだったよ。だから、勢いよくぶつからなければ大丈夫だと思う」

”そっかー……じゃあやるしかないかな……”

「もちろん、危みゃいかもしれないから、わたちで実験するみゃ」


 いや、ウリエラだって危ないのは心配なんだけど……。

 私と同じことを考えたのだろう。ジュリエッタが立候補してくる。


「ジュリエッタが行く……ウリエラはサリエラとここで他に案がないか考えてて」


 相変わらず少し落ち込んでいるような感じなのは心配だけど……今はまだどうすることもできないか。


”ウリエラ。私にも試せ、ってことでいいんだよね?”

「みゅ……うーみゃんこそ一番心配なんみゃけど……」

”まぁでもやらないわけにもいかないしね”


 ウリエラの予想が当たって、変身しないでユニットの子たちが通り抜けられたとしても、私が通れなければ何の意味もないしね。


「む、使い魔殿も行くのか? よし、ではクロエラ、貴様がジュリエッタと交代してここに残れ」

「了解、アリスさん」

「ジュリエッタはヴィヴィアンの《ペガサス》に乗って、使い魔殿はオレが抱えて境界を越えられるか試そう」

”わかった。ついでに、ちょっとだけ下に降りて行ってどんな感じか確かめてみたいかな”


 それと境界の形状がどんなものなのかを確認したい。

 球状なのか、それとも立方体なのか……。




 早速私たちは行動し、境界を越えられるか確かめてみた。

 結果――


”すごいや、ウリエラの言う通りだった!”


 変身を解いた千夏君が境界に手を伸ばしてみても弾かれることなく、すっと突き抜けることは確認できた。

 ……流石に全身を越えさせるのは怖すぎる。本人はやろうとしていたけどそれは止めておいた。

 私も同様に耳を伸ばしてみたんだけど、やっぱり普通に境界をすり抜けられた。


「良かったみゃ~」

「これでクエストの『外』に行けるにゃ~」


 予想が当たってほっとした表情の二人だった。

 うん、やはりこの二人、『考察』という面においてはメンバーの中でも頭抜けている。

 ……うちの子たち、小学生が主体だったからね……千夏君も比較的冷静な方とは言っても、血気盛んな男子中学生だしね……。


”……で、オルゴールはどうする?”


 ここで問題になるのが使い魔が未だに見つからないオルゴールだ。

 彼女一人で行動するのは流石に怖いため、一緒に考察班といてもらったのだけど……。


「ハイ、ご一緒させてくだサイ。とても興味がありマス」


 本人は行く気満々だ。もう止めるつもりはないし、少なくともマサクルの側でなければいいんだけど……。


”でも、君の使い魔と仲間を探してる時間はないよ?”

「……?」


 私の言いたいことが上手く伝わらなかったようだ。


”えっとね、流石に君の使い魔に黙って君だけを連れ出すっていうのは出来ないってことね。もし行くなら君の使い魔も一緒じゃないと”

「!! そ、それハ……」


 ここから『外』に出たとして、どんなに決着を急いでも二日以上はかかるのだ。

 オルゴールの使い魔が、このクエストでは時間の流れが違うということを把握できているとは限らないし、仮に知っていたとしても黙って連れ出すことは到底出来ない。


「あー、うちの使い魔殿はそういうの厳しいからなー」


 ……いや、私が特別厳しいわけではないと思うんだけど……。


「……オルゴール様。遠隔通話を試してみてはいかがでしょうか?」

”あ、そういやそうだね”


 彼女の使い魔を探すのは後回しにしていたせいですっかり忘れていた。

 遠隔通話でお互いの今の位置を話し合えば、もっと早い段階で解決したことだったのだ。

 だが、ヴィヴィアンの提案にオルゴールの目が泳ぐ。


「そ、その……アノ……」


 ……おっとぉ、これはまさか……?


「………………す、すみませんデシタ……ワタクシ、嘘をついていまシタ……」


 やがて観念したか、オルゴールは深々と頭を下げる、


”嘘って……?”

「アノ……ワタクシ、実ハ……ここには一人で来たのデス……」




 オルゴールの告白はこうだった。

 彼女の使い魔は基本的には放任――ユニット単独でのクエスト参加も認めている――だが、私同様にあまり夜遅くの『ゲーム』参加は好ましくない、と常々言っていたのだという。

 その理由として、どうも彼女の仲間の一人が幼い子供らしく、その子だけ除け者にして夜の『ゲーム』は原則止めよう、というものらしい。

 ただ、ユニット単独でのクエスト参加はOKだったので、度々オルゴールはこっそりと一人でクエストに挑んでいたみたいだ。

 で、今日に限っては特別なクエスト――つまりはこの『天空遺跡』のクエストが現れており、見たこともない不思議な表記のクエストなので喜び勇んで参加したのだという……。


”…………いやさ、普通怪しいと思って参加しないでしょ、こんなクエスト……”

「ハイ……頭がハイになってまシタ……」


 本人にその気はないんだろうけど、この場で言うこっちゃないな。


「そ、それに、ワタクシ……今とても暇を持て余しておりまシテ……」


 反省しているのかしていないのかさっぱりわからない。

 でもこの子、ユニットの姿では無機質な人形っぽいから『クール』な印象を受けてたけど、実際にはそうでもないのはわかってきた。


「で、どうするんだ、使い魔殿?」

”どうするって……うーん……”

「な、何でもしますカラ、どうか連れていってくだサイ」


 何でもするって言っても……。

 おそらく彼女一人でクエストにやって来た、というのは嘘ではないだろう。

 使い魔をここに至っても隠しておく理由は思いつかない――最後の最後で裏切って、というのは可能性としてはなくはないが、乱入対戦を拒否すれば済むだけの話だ。

 しかし――彼女一人でこのクエストにやって来た理由は全てが真実とも思えない。

 まだ何か隠してるんじゃないか? 確証はないけど、状況的にはそんな疑いを抱かずにはいられない。

 ……私が疑り深いだけ、なのかもしれないけど……。


「連れて行っていいんじゃない、殿様?」


 意外にも賛成したのはジュリエッタだった。


「長丁場になるのも理解しているだろうし、今は戦力が一人でも欲しい」

”むぅ……”


 アリスたちが探索している間に、『封印神殿』外での戦いの経過を聞いてはいたんだけど、その時にジュリエッタは大分オルゴールに助けられたみたいだった。

 それに恩を感じて……なんてわけじゃないだろうが。

 確かにマサクル側との圧倒的な戦力差を痛感している今、一人でもこちら側の戦力を増やしたいところではある。


”……皆もいい?”


 念のため他の子にも聞いてみたけど、問題ない、と返されてしまった。

 ……これ以上渋っても仕方ないか。


”わかった。それじゃ、オルゴール。結構――いや相当厳しい戦いになると思うけど、よろしくね”

「ハイ。全身全霊で皆様の助けとなりマス」


 ……この『使命感』のようなもの、それ自体が気になるところではあるんだけどね……。

 ちなみに聞いてみたところ、『ポータブルゲート』は一個だけ持っているようなのでアイテムの補充は問題なさそうだった。

 彼女だけは私が回復することが出来ないからね。


”よし。『外』へと出る方法もわかったことだし――”

「いよいよ『エル・アストラエア』へ向けて出発だな!」


 とまぁアリスがやる気なところ悪いんだけど……。


”いや、まだだよ”

「なんでだよ?」

”次は『どこ』から外に出るか、って問題がある”


 クエストの境界を越えられることはわかった。

 でもだからと言って適当な場所から出ることは出来ない。


”さっき下の方も確認したでしょ?”


 境界を越えられるかの確認の際、クエストの境界が下方向にどれだけ伸びているのかも確認した。

 若干おおざっぱではあるが、おおよそ私たちが最初に出てきた遺跡部――それより少し下の辺りの『空』に境界はあったのだ。

 そこから下は雲に覆われていてどうなっているかわからない。


”変身しないで飛び降りしなきゃいけないんだよ? 下がどうなっているかわからないのは怖すぎるよ”


 飛び降りて境界を越えたところで変身したとしても、空を飛ぶまでにはタイムラグがある。

 元から飛べるガブリエラ・ウリエラ・サリエラは大丈夫かもしれないが、魔法を使わないといけない他のメンバーは場合によってはかなり危ない。

 また、ガブリエラたちにしても変身前に地面に叩きつけられる程度の距離だとしたら、当然危険だ。

 ……ユニットの体力であれば変身してない身体でも耐えられるかもしれないが、肉体のダメージについては反映されるのは周知の通りだ。

 下手すると全員地面に叩きつけられて生きてはいるが身動きが取れない怪我を負う、なんて惨状も起こりえる。


”だから、外に出るのにちょうどいいポイントを探さないと”


 理想は地面の上に境界がある場所だ。

 地続きになっているのであれば徒歩で越えられるから危険は何も無い。

 次に境界のすぐ下に地面がある場所だ。

 それなら境界までは飛んで行って変身解除すれば安全に着地できる。

 ……その次には地面が遥か彼方にある場所……かなぁ……。

 正直パラシュートなしでスカイダイビングをするようなものなのでやりたくないけど……。


「むぅ……まぁオレたちはともかく、使い魔殿が地面に落下してやられるってのは拙いか」

”いや、私一応飛べるし……”

「……あれで飛んでるつもりか?」

”ぐぅ”


 必死に羽ばたけば何とか浮けるけど、あれ物凄く疲れるから途中で力尽きて落下、という可能性は非常に高い。

 あれは『飛ぶ』というか『浮く』が正確か……こういうケースで使わずいつ使うんだって感じはするけど。


「……ねぇノワール、もしかして『あそこ』がいいんじゃないかしら?」

『む? ……おお、かつて其方らが向かった「あの場所」のことか。確かに、この事態を想定しての行動であったやもしれぬな』


 と、そこでガブリエラとノワールが何やら心当たりがありそうなそぶりを見せる。

 そっか、前にガブリエラはピッピと一緒にここに来たことがあるわけだし、その時にいずれ来るであろう『外』へと出ることを見越して何かを残してくれていっているのかも。


”ガブリエラ、何か心当たりがあるの?”

「ええ、我が主よ。ご期待に沿えるかと」


 満面の笑みで自信たっぷりにそういうガブリエラ。

 焦っても仕方ないとは言え、かといって闇雲に捜索して無駄な時間を浪費するのも好ましくない。

 私たちはガブリエラとノワールの案内に従い、『封印神殿』前から移動――少し離れたところにあるノワールたちの棲み処へと向かうのであった。

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