第8章5節 来訪者たちの練習曲
第8章28話 パラドキシカル・タイム
『エル・アストラエア』まで二日もかかるの!?
”そ、それは……流石に厳しいな……”
唸らざるをえない。
クエスト内に二日丸々滞在してしまうとなると、流石に現実世界の方に多大な影響がある。
金曜の夜21時にクエスト開始して、明日明後日にご飯の時間とかで抜けたとしても……『エル・アストラエア』に到着するまでで消費してしまうことになる。
その間に家族にバレないとも限らない。もし家族に見つかってしまうと、『眠り病』の患者かと思われてしまいかねない。
「むぅ……月曜になったら途中中断も難しいか」
「はい。わたくしたちはともかく――ジュリエッタは厳しいかと」
そういえば明日――土曜の夜も塾があるんだっけ。
「……ジュリエッタ?」
二日かかる道程をどうするか、と皆が頭を悩ませ、更に一番時間に制約があるジュリエッタの話になったのだが……。
「……」
「おい、ジュリエッタ、どうした?」
「……えっ? ああ、うん……なに、
「貴様、明日の夜はダメなんだろう? 昼間はどうなんだ?」
「ああ……夜はダメだけど、部活は休みにしたから大丈夫」
ずっと心ここにあらず、といった感じだ。
マサクルたちが姿を消した後に目を覚ましたんだけど、それからずっとだ。
……やはり自分が倒したヒルダが再び目の前に現れたことに気をとられているのだろうか……。
ともあれ、心配していた昼の時間帯だけど、剣道部の活動はなしになっているようだ。
まぁ剣道部部長だし、予めクエストが長丁場になることを見込んでいたのだろう。
長丁場の度合いがちょっと予想外になってしまったけど。
「ノワール、貴方に皆が乗って行くというのはどう?」
『む……本来であれば、我ら
「りえら様、無理言っちゃいけないみゃ」
「そうにゃー。ノワールたち、ボロボロにゃー。無理させちゃ可哀想にゃ」
ノワールが全力で飛んで二日。
確かにガブリエラの言う通り彼らに乗って飛んで行けばそれが最速なんだろうけど、これまたウリエラたちの言う通りノワールたちは既に満身創痍だ。
特にルージュのダメージが大きい。
得意のジェット噴射で飛ぼうものなら、それだけで身体がバラバラになりかねない。
ノワールだって一人ここに残って話に参加しているけど、決してダメージがないというわけではない。むしろ、一番多くの『魔眼』に身体を乗っ取られていたのだ、見えない部分のダメージ――人間で言うなら内臓とか――は一番酷いんじゃないだろうか。
「ボクのバイク……じゃダメだよね……」
「貴様では二人か三人が精々だしな……ヴィヴィアン、貴様の召喚獣ではどうだ?」
「……《グレートロック》であれば全員が乗れますが速度が余り出ませんね……。かといって《ペガサス》ではやはり二人が精々、《ワイヴァーン》とも大きな速度差がありますので難しいかと」
色々と皆案を出し合っているけど、これといった手は見つからない。
ノワールたちで最速二日なのだ。私たちが自力で移動したとして、果たしてそれよりも早くに移動できるかは疑問である。
”…………とりあえず移動手段はもうやれるだけやるってことで、諦めるしかないかな……”
《ペガサス》《ワイヴァーン》で合計四人、クロエラのバイクにサイドカーをつけて頑張って四人。
最悪アリスは《
それで何とかするしかないかなぁ。
”それよりも、どうやってこの天空遺跡のクエストから外に出るか、だね”
ピッピ曰く『バグ』らしいんだけど、とりあえずクエストの『外』へと出ることは可能なはずだ。
これが不可能だとしたら前提が崩壊する。
時間に余裕はないが、かといって焦って無駄な行動をとることもあるまい。
”とりあえず、皆の回復でアイテム結構使っちゃったし、一旦私はマイルームに戻ってアイテムの補充をしようと思うんだけど”
「ああ、そうだな。じゃあ使い魔殿だけ『ポータブルゲート』潜ればいいのか?」
”うん。あ、そうだ。トンコツにメッセージも送っておかないとね”
今回、トンコツたちにも事情は話してある(盗聴されるのを防ぐために直接会って話した)。
でも彼らには留守番をお願いしてあったのだ。
何でかと言うと、もしも私たちが『失敗』した場合――天空遺跡にヒントがあるというのを知る者がいなくなってしまうのを防ぐため、である。
ただなぁ……マサクル側の戦力を考えると、トンコツたちにも来てもらった方が良かったかもしれない、とちょっと後悔している。
……いや、それはもう今更の話だ。
”『バランの鍵』は持っていけないから、ヴィヴィアン預かっておいて”
「はい。かしこまりました」
微妙に厄介な『バランの鍵』はヴィヴィアンに渡しておく。
これがあるため、全員で同時に戻る……というのが出来なくなってしまっているのがなぁ……。ご飯時に戻る時も、交代しながらって感じになりそうだ。
”じゃ、ちょっとだけ行ってくるね”
「おう。こっちはこっちで相談しておくぜ」
そうだ。トンコツがもし起きてたら『クエストの外側に出る方法』について心当たりがないか聞いてみよう。
……事前にわかっていれば聞けたのになぁと思わずにはいられない。やっぱり後手に回ってしまっているなぁ……もういつものことと言えばそうだけど。
とにかく、私は一人『ポータブルゲート』を潜りマイルームへと戻ることとした。
* * * * *
さて、マイルームに戻って来たわけだけど……。
”んー……トンコツも流石にもう起きてないかなー……”
チャットは無理かな。無理矢理起こすことも可能ではあるけど、それが原因で和芽ちゃんや美々香まで夜遅くに巻き込むのも気が引ける。
……そんなことを言ってる場合じゃないのかもしれないが、やっぱり現実世界の都合はどうしても考えてしまうのだ。
トンコツにはメッセージだけ送っておこう。
電子メールほど便利じゃないけど、ちょっとした言伝くらいなら出来るしね。携帯のショートメッセージみたいなものだ。
『眠り病の原因特定。使い魔マサクルが犯人。明日の朝起きたら連絡ちょうだい』
……っと、こんなところか。細かい話はやっぱり直接顔を突き合わせてかな。流石にもう盗聴を警戒してとか言ってられないからチャットでやり取りするしかない。
トンコツはやはり
じゃあまぁ仕方ない。皆に言った通り、後はアイテムの補充だけして戻るかな。
そう私が考えてアイテムボックスを開けようとした時だった。
「うーにゃん!!」
”へ? サリエラ……どうしたの?”
私が開いた『ポータブルゲート』を潜って、慌てた様子でサリエラがやってきたのだ。
その様子から向こうで何か異変が起きたのか、と質そうとした私だったけれども、
「……良かった、無事だったにゃ~」
”え、どういうこと……?”
どうやら私のことを心配してのことだったみたいだ。
「全然帰ってこないから、もしかしてマサクルが何かやってるんじゃないかって心配したにゃ」
”えー……? そんな大げさなぁ”
確かにマサクルが相手のマイルームに何か仕掛けるようなチートを持っているという可能性は失念していた。
やりかねない性格だとは思うけど、向こうとしては私たちとの遭遇は予定外だったみたいだし、多分もう一つの『お宝』を手に入れることを優先しようとするんじゃないかな。
だが私の言葉にサリエラはプンプンと怒って返す。
「全然大げさじゃないにゃ! もう一時間くらい経っても帰ってこないから……ほんと心配したんにゃ……」
”は!? 一時間!?”
そんな馬鹿な。
トンコツに送るメッセージの文言をちょっと考えはしたけど、それでも数十秒ってところだと思う――ビジネスメールじゃないんだし、ぶっちゃけもっと考えずに送っても良かったと反省しているくらいだ。
私の言葉に怪訝な表情となるサリエラ。
だがすぐに真剣な表情になると、
「……うーにゃん、こっちでのんびりしてたわけじゃないにゃ?」
”そ、そりゃもちろん”
状況が状況だ。
慌てたって仕方ないとは言っても、だからと言ってのんびりしていられるものでもない。
少し考え込んだ後、サリエラが私を持ち上げ……。
「アイテム補充は後回しにゃ! すぐ戻るにゃ!」
”え、えぇ!? ちょっとサリエラ!?”
有無を言わせぬ勢いで再び『ポータブルゲート』を潜っていってしまった……。
* * * * *
で、私はサリエラに連れられて再び天空遺跡へと戻って来てしまった。
あー……一往復しちゃったので『ポータブルゲート』が消えちゃった……まだ幾つも持ってるからいいけど、ちょっともったいなかったなぁ……。
なんて呑気に考えていた私だったけど、戻ってくるなり皆に一斉に詰め寄られる。
「ご主人様! あぁ、良かった……本当に……」
「……殿様、心配した」
”えぇ……? なに、皆……”
一瞬だけ私を皆して揶揄ってるんじゃないかって考えも浮かんだけど、どうもそういう気配はない。
となると……え、マジで一時間も経ってたっていうこと!?
”ど、どういうことなの……?”
事態が呑み込めず私もオロオロとしてしまう。
「…………さりゅ」
「うりゅ、了解にゃ」
そんな中ウリエラとサリエラは互いに頷き合い、
「うーみゃん、次はわたちが一人で戻るみゃ」
「あたちがこっちでお留守番してるにゃー」
と言って私に『ポータブルゲート』を使用するようにお願いしてくる。
”い、いいけど……”
一体何をしようとしているのか?
「うりゅー、10秒でいいかにゃ?」
「……そうだみゃー。それくらいでいいみゃー」
「それじゃ、これからうりゅが戻ってくるまで、ちょっとあたちに話しかけないでいて欲しいにゃー」
”?? わ、わかったけど……”
そして宣言通り、ウリエラが一人で『ポータブルゲート』を潜っていき、ゲートの前でサリエラは一人じっとしている。
”……一体どういうこと?”
「さぁな。ウリエラたちに任せておけば問題ないだろう」
話しかけるな、と言われたので皆してサリエラから離れそっとしておく。
そうして待つこと10秒経過したが――ウリエラは向こうから戻ってこない。
さっきの二人の会話からして10秒だけ向こうに行って戻ってくる、ということだと思ったのだけど……?
「……なるほどな。使い魔殿の時と同じか」
”私の時と?”
「ああ。待てど暮らせど使い魔殿が帰ってこなかったから、心配したんだが……どうやらこのクエスト、時間の流れが違うみたいだな」
…………あ、そういえばそうだった!
前にホーリー・ベルたちと挑んだ時、クエスト内でかなりの時間がかかったと思ったのに現実での時間が全然進んでいなかったのを少し不思議に思ったんだっけ。
結局その後色々なクエストに行ったけど、現実世界の経過時間とリンクしていたから忘れかけていたけど……。
どれくらいの時間が経っただろうか。
おそらくそれほど長い時間でもない、数分程度だと思うけど……。
「お、戻って来たな」
ウリエラが『ポータブルゲート』から姿を現したのだ。
「さりゅ」
「うりゅ」
二人は戻ってくるなり……。
「こっちはきっかり10秒みゃ」
「こっちは600秒にゃ」
”……って、二人してカウントしてたの!?”
すごいな、二人とも!?
どうやらクエストと現実世界での時間がずれていることに気付いた二人は、互いに秒数を数えてどれだけの差があるのかを確認しようとしていたみたいだ。
果たしてどこまで正確に秒数を数えられたのかは疑問だが……いや、この二人のことだ。きっと限りなく正確なんだろうと思う。
「んー、もう何回か実験したいところみゃけど……」
「にゃはは。まぁ大体合ってると思うにゃ~」
「?? もうさりゅとお話しても大丈夫ですか?」
「りえら様、大丈夫にゃー。でも、皆にお話するからもうちょっと待っててにゃー」
さて、二人の計測結果を信じるとして、一体どうなっているのか。
「結論から言うと、現実世界とこのクエストの時間がズレまくってるみゃ。今試した感じみゃと、向こうの世界での1秒がこっちの世界の60秒……60倍の差があるっぽいみゃ」
「まー多少の誤差はあるかもしれにゃいけど、そこまで大きな差はないと思うにゃ。だから、こっちの世界で一日――24時間が経過しても、現実世界では24分しか経ってない、ってことになるにゃ」
なるほど……。
まぁこのクエスト内での「1日=24時間」が前提にはなっているけど……。
そういうことなら。
”ヴィヴィアン、悪いけど『時計』……いや『ストップウォッチ』みたいなの召喚してくれないかな? で、基本ずっと出しっぱなしでお願い”
「かしこまりました」
時計でもいいんだけど、この場合はストップウォッチで『経過時間』を見た方がいいだろう。
クエスト内が『1日=24時間』じゃないとしても、『秒数』でどれだけ経ったかわかれば現実世界の時刻が逆算しやすい。
『ふむ? 時間の問題は解決したのか?』
”あ……まぁそうだね……”
現実世界のタイムリミットについてはこれでほぼ解決、と言っていいだろう。
ただ……新しい悩みも出来てしまった、とも言えるんだけど……。
「えーっと、24分で1日が経過するってことは……」
「現実世界で240分、つまり4時間でこっちが10日みゃ。クエストに入ったのが21時にゃから、ざっくりと朝5時までで20日はかけられることになったにゃ」
「おぉ、大分余裕が出来たじゃねぇか!」
土曜日の朝、皆が何時に起きるかにもよるけど、こっちの時間で20~25日、場合によっては30日程度の余裕は出来た。
”うーん……でもなぁ……それはそれでちょっとなぁ……”
「うーみゃんの悩みはわかるみゃー」
実際の時間は過ぎていなかったとしても、アリスたちの体感時間はそうではないのだ。
そのことが心身に影響を与えないかが心配なんだよね……。
「けど、マサクルたちを何とかするまであたちたちは退けないにゃ」
それもそうなんだよね……。
「確かにわたちも心配みゃけど、ここはもう割り切るしかないと思うみゃー」
「こっちで一年二年って過ごしてたら流石にズレも激しいけどにゃー」
”……そうだね……仕方ないか”
結局、受け入れざるを得ない。
妥協案として、こちらでも『夜』になったら状況次第ではあるけど基本的には『睡眠』をとることを条件とした。
果たしてユニットが人間と同じように眠れるのかというのは疑問ではあるが……もし眠ることさえできないというのであれば、一刻も早くクリアするために不眠不休で動くしかなくなる。出来れば避けたいけど……私が思ったところでどうなるもんでもないしなぁ……。
とにかく、時間の問題は(完全にとは言い難いが)解決してしまった。
後は『エル・アストラエア』に到達するまでの時間と、どうやってクエストの『外』に出るか……それとマサクルたちの動向――特に『お宝』に辿り着くまでの速度だ。
……現実世界との時間の問題はともかく、対マサクルの時間の問題については未解決のままなのだ。
しかし、ここで躊躇っている時間はもうない。
私たちは先へと突き進んでいくしかないのだった。
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