第8章27話 そして異界の扉が開く
私たちとマサクルたちのゲーム……。
表向きのルールは、『バランの鍵』ともう一つの『お宝』を互いに奪い合うもの。
裏のルールは……表のルールを無視して相手使い魔へのとどめを刺すというもの。
私たちとしては裏ルールの方が重要だ。
とにかくマサクルをゲームオーバーに追い込めば、それで私たちの目的である『眠り病』の解決は
……『おそらく』を付けたのは、
ユニットとは異なる理屈で『ゲーム』に参加させられているため、本当にマサクルを倒すだけで解放できるかが微妙にわからない。
”……もう一つの『宝』って、何……?”
だから私はマサクルの提案に乗るしかない。
ピースたちの解放の手がかりを探すためにも――そしてそのためにはここで全滅を避ける必要があるためだ。
”くけけっ! そこまではサービスしてやれねーなぁ。ま、そこに転がってる
インペラトール……ノワールたちのことか?
傷つき動けないノワールたちは、憎々し気にマサクルへと殺意の籠った視線を向けている。
……やはりマサクルとの戦いは一筋縄ではいかない、か。
単純な戦力だけの話ではない。マサクルがなぜこんなことをしてまで、この天空遺跡を襲ったのか――そしてその先にあるであろうもう一つの『お宝』を狙うのか。
ますますもってピッピがいないことが悔やまれる。
おそらくは彼女が全てを知っていただろう。
とは言っても、いないものはいないのだ。嘆いても仕方ない。
「おや、ということは……インペラトールも見逃すのかね、パトロン殿?」
”ん? ああ、そのつもりだけど?”
「そうか……それは悪いことをしてしまったな」
”は?”
エキドナはどうやら私たちはともかくノワールたちは生かしておくつもりはなかったらしい。
「ルールームゥ、攻撃中断だ」
<……ピッ>
そう言うとどこからかルールームゥの言葉?と思しき電子音が響く。
……そういえばマイナーピースが現れた時にもルールームゥに呼びかけていたけど、彼女の姿は見えない。
以前名もなき島で現れた時、ヘリコプターの姿だったけど光学迷彩の能力も持っているのか最初は姿が見えなかったが……。
と私が思ったその時だった。
<ピッポッピー!>
<[システム:
電子音と抑揚のないシステム音声のような声が響くと共に、私たちの頭上に巨大な影が現れる!
”な……なんだ、
「そ、空飛ぶ戦艦にゃ!?」
一瞬見ただけだとその全貌はよくわからなかった。
でもそれは――サリエラが叫んだ通り、巨大な『船』だった。
空飛ぶ戦艦――『飛行戦艦』とでも言うのだろうか。一体どういうメカニズムなのかさっぱりわからない、飛行機とはまるで異なる形態の『鋼鉄の塊』が空を浮いている。
……天空遺跡というロケーションも相まって、私の脳裏にはかの有名な『天空の城』に登場する飛行戦艦が過った……。
”おいおいおい、ルールームゥに砲撃させちまっちゃあ……インペラトール共だけじゃなくミスター・イレギュラーたちも吹っ飛んじまうだろうが”
「……」
確かにあの巨大戦艦から地上に向けて総攻撃を開始したとしたら、ノワールたちだけじゃなく私たちまで被害が及んだだろう。
……マサクルにその気はなかっただろうけど、エキドナはまともにゲームをする気などなく、こちらを一緒に始末するつもりだったようだ。
ドクター・フーの時といい、こちらに対して一体どういう想いを抱いているのか……本当にこいつはこいつで訳が分からない存在だ。
”――ったく、
「ふふ……すまなかったな、パトロン殿」
ともあれ、感謝するいわれはないけどマサクルのおかげでピンチを免れることは出来たようだ。
”ま、まぁいいさ。おし、そんじゃ今度こそ撤退するぞー”
「ふふふ……」
「ケッ、暴れ足りねーぜ」
「……お主、少しは反省したらどうなのじゃ?」
……どうやら本当にこの場は引いてくれるらしい。
ヒルダの魔法により、マイナーピースたちの姿が消え――飛行戦艦内に来た時同様にワープさせられたのだろう――マサクルたちとメジャーピースたち、そしてエキドナとルナホークも飛行戦艦へと移動を開始する。
「……ルナホーク様!!」
”ヴィヴィアン……”
俯いたまま顔を上げず、そのまま飛行戦艦へと飛んで行こうとするルナホークへと向けて、ヴィヴィアンが叫ぶ。
しかし……ルナホークは一言も発さずに、そのまま戦艦へと向けて飛んで行ってしまった……。
* * * * *
――それから、本当に宣言通りマサクルたちは天空遺跡から何もせずに撤退したようだ。
飛行戦艦は出現した時同様に急に姿が消え、どこかへと移動していったらしい。
助かったと言えば助かったけど……問題は何一つとして解決していない。
いやむしろピースたちのことが明らかになったため、余計に複雑になったとさえ言えるかもしれない。
「……本当にいなくなりやがったな……」
それでも油断せずに周囲を調べてたアリスたちが戻って来てそう言う。
マサクルたちだけでなく、残っていたミルメコレオとかも全部いなくなっていたとのことだ。
遺跡部の方にいた魔眼種までは確認していないけど……ともあれ、当面の『敵』はこの場から消えてくれたのは確実らしい。
”さて――”
問題は何も解決はしていないけど、一先ず状況は落ち着いたと思っていいだろう。
天空遺跡に来てからこっち、ずっと戦闘続きでじっくりと話すことも出来なかったことだし、ここらで腰を落ち着けて情報の共有と今後の方針について話をしたい。
私の提案にオルゴールを含む全員が頷く。
”まずは……オルゴール”
「ハイ」
これから先のことを話すにあたって、彼女の存在は結構悩ましいところではある。
”えっとさ……聞いておきたいんだけど、君この先も私たちに付き合うつもり?”
今はもう彼女がマサクルの回しものとは疑っていない。
マサクルとの乱入対戦が今なお継続中にも関わらず、やはり彼女とは敵対状態になっていないからだ。
そうなると……彼女は本当に偶然このクエストにやって来ていて、使い魔や他の仲間とはぐれてしまっただけってことになると思う――それが全てかどうかはまだわからないけど……。
「ハイ。とても興味深いデス」
”そっかー……”
表情も人形みたいで全然変わらないけど、言葉通り興味津々みたいだ。
どうしたもんかな……。
「使い魔殿、もう話してやったらどうだ?」
「みゃー。わたちも話しちゃってもいいと思うみゃー」
「聞かれて困る話じゃにゃし、説明しないと……」
むぅ、無理矢理遠ざけようとしても無理。事情を話すだけ話して、判断は本人に委ねるしかないか。
”……わかった。まずはオルゴールに私たちの事情を説明するよ。その上で着いてくるかどうかは君が決めてね”
「わかりまシタ」
”ついでに、私たち全員――それとノワールたちにも情報共有ってことで、最初から話そうか”
ちなみに今はノワールしかこの場にはいない。
ダメージが大きかったルージュとジョーヌは、封印神殿とは別の場所にある彼らの住処へと戻っている。これはこれでちょっと興味ある話だけど……まぁ今優先すべきことではないか。
”まず、私たちは『眠り病』の解決を目的としてここに来ている”
『……「眠り病」とは……?』
”ノワールはそりゃ知らないよね……。えっと、私たちの世界で何人もの子供が眠ったまま目覚めない、って事件が起きてるんだ”
知ってたらびっくりだ。
「……『眠り病』ですカ……?」
”え? オルゴール知らないの!?”
こっちはびっくりだ。
『ゲーム』の範囲は桃園台の周辺に限られているし、知らないってことはないと思うんだけど……。
軽く『眠り病』の経緯について説明すると、
「……アア、そう言えバ、何やら騒がしいと思いましたガ……そのことでシタか」
何かしらの心当たりはあったのだろう、納得したみたいだ。
……ちょっとオルゴールがどういう人なのか、不審に思わないでもないけど……話をすると言った手前ここで中断するわけにもいくまい。
”で、細かいことは省くけど、その『眠り病』の原因がさっきのあいつ――マサクルの仕業だってことがわかったんだ”
様々な問題は全てマサクルに収束した。その点では今回の件は結構単純な構造ではあるんだけどね……。
”それはそれとして、そもそも私たちがここに来たのは……別のプレイヤーから来るようにって言われたからなんだけどね。
……でさ、ノワール。私たちがここに来させられた理由って何なの?”
『うむ……』
これについてはピッピ本人に話を聞けない以上、ノワールに聞くのが一番だろう。
それに、マサクルも言ってたけどもう一つの『お宝』についても彼に聞かねばならない。
ああ、後は『黒い石』についてもか。
『其方が手に入れた「バランの鍵」を守ること――そして、封印された「ラグナ・ジン・バラン」を完全に葬り去るためだ』
「ラグナ・ジン・バラン、って……?」
おっと、その辺の情報共有は出来ていなかった。そのワード聞いたの私だけだしね。
”どうもこの世界を襲っている『敵』っぽいね。今はこの『バランの鍵』で封印されているみたいだけど……”
野球ボールくらいの大きさの『結晶』の珠……なんだけど、白く濁っていて透き通ってはいない。
でもよく見ると、『結晶』の中心付近に何か棒状のものが入っているように見える。
おそらくはこの棒状のものこそが、『バランの鍵』本体なんだろう。
『いかにも。『バランの鍵』こそが『ラグナ・ジン・バラン』の動きを抑制するものであり、それを守り切ることがまず第一の目的であった』
その点では目的は達成できた、と言ってもいいだろう。
まぁまだ向こうはこれを狙って襲ってくるだろうし、もう一つの『お宝』と同じく守り切らないといけないんだけどね。
「……これ、マイルームのアイテムボックスに放り込んでおいたら、マサクルにとられずに済むんじゃないかにゃ?」
サリエラの言う通り、この『バランの鍵』を私たちのマイルームに保管さえしてしまえば奪われる心配はなくなるだろう。
……と言いたいところなんだけど……。
”いや、どうもこの『バランの鍵』、アイテム扱いになってないんだよね……”
「そうなのかにゃ? んー、じゃ持ち歩くしかないにゃー……」
そう、どういうわけか『バランの鍵』は持ち物としては確かに存在しているんだけど、『黒い石』とかと違ってアイテム扱いになっていないのだ。
だから多分ポータブルゲートでここから離れると、私たちの姿が消えた後にポツンと『バランの鍵』だけが取り残されるということになっちゃいそうなんだよね。
……そういう事情もあって、途中撤退もかなり厳しいんじゃないかって感じがしている。
”それで話を戻すと、この『バランの鍵』はあの神殿の中で厳重に守られていた――ノワールたちも同じなんだよね?”
『いかにも。しかし……』
”マサクルたちは神殿内部に侵入してこれを奪う寸前までいってしまった、か……”
ギリギリのところで『顔のない女』が私に渡してくれたおかげで守れた、とは言えるか。
本来ならあの神殿から動かすべきではないんだろうけど、既に神殿も崩れ落ちちゃったからなぁ……。
まぁ仮に神殿が無事だとしてもまたクリアドーラに襲撃されたら、今度こそ奪われてしまうか。
『善後策についてはアストラエアにも相談であるな』
”! アストラエア!?”
その名前、聞き覚えあるぞ!
そういえば最初にここに来た時、ノワールに『アストラエアの遣いか?』と尋ねられたっけ。
……状況から考えると、アストラエアってのはつまり――
「そいつはどこにいるんだ? この遺跡内にいるのか?」
「そうだね……というか、マサクルたちも本当にどこに行ったんだろう……? このステージ、そこまで広いのかな……?」
アリスたちの疑問ももっともだ。
マサクルの提案したゲーム、この天空遺跡だけを範囲としたものとは到底思えない。
同様に『アストラエア』だってここにいるとも思えないし。
そうなると……。
”――あ、そういうことか……!”
「どうした、使い魔殿?」
以前、ピッピと話したことについて私は思い出した。
―――”はっきり言ってしまうと、クエストそのもののクリア自体はどうでもいいのよ”
―――”あるクエストに入って――
確かピッピは『クエストの外に出る』と言っていた。
彼女が私たちを連れて来たかったクエストが、この天空遺跡のクエストであることは明白だ。実際、彼女の導きによって私たちは来られたわけだし。
であれば、『外』へ――この天空遺跡の外へと出る必要があり、またノワールが言うアストラエアも『外』にいることになる。
つまり……ピッピ=アストラエア、ということになるのではないだろうか。
あるいは同一人物でないにしても、非常に近しい関係にあることだけは確実だと言える。
『アストラエアは、この封印神殿より遥か北西の地――「エル・アストラエア」にて其方らを待っておる』
私の予想を裏付けるように、ノワールはアストラエアのいる場所を語る。
具体的な距離とか行き方は後で聞くとして、とりあえずやはり天空遺跡の外側にいることだけは間違いなさそうだ。
”よし、今後の方針についてまとめよう”
状況の全整理も必要だけど、正直時間が惜しい。クエストに挑戦したのが夜の21時で、この天空遺跡内で既に結構な時間が経過してしまっている。
……ぶっちゃけ一晩中皆をクエストに参加させるのも今回は必要だとはいえ、やはりあまり好ましいことではない。早めに決着をつけられるならそれに越したことはない。
何よりも明日の朝には皆一度起きなければならないのだ。それまでに果たして解決できるかどうか……。
”私たちの本来の目的は『眠り病』の解決……もっと言えば、あやめの救出にある”
何度も言うようだけど、一番はあやめの救出だ。まぁ結局のところ、あやめを助け出せる状況=マサクルを倒すに至れば自動的に他のピースたちも解放できる可能性はかなり高いと思うが……確実とはまだ言い切れない。
”その元凶であるマサクルを倒す――これはいいね?”
私の言葉に全員が頷く。
……マサクルがあやめだけ解放した場合どうするか、ってのは悩ましいところだけどそこは今は考えないでおこう。
”マサクルが提案したゲーム……私が持っている『バランの鍵』ともう一つの何かを奪い合うゲームについても、出来れば『勝ち』を目指したい”
『うむ……我らにとっては「ラグナ・ジン・バラン」の脅威を払うことこそが重要だ』
ノワールがそう言う。
彼らのことを見捨てるのは最終手段としてはありかもしれないけど、まぁ後味悪すぎるしね……。
それにピッピの目的もノワールと同じなのだ。
(おそらくだけど)彼女に助けられた身としては、その恩を返したいという思いもある。
「結局のところ、まとめると
”うん。そういうことでいいと思ってる”
ピースの件とかあるから単純ではないけど、仮にピース救出の手段があやめと異なっていたとしても、マサクルを倒す――そのくらいまで追い詰めることが出来れば白状させることも可能だろう。
……うん、やはり『マサクルを倒す』。これに基本的には集約されると言っていいだろう。
”そして、私たちが次に取るべき行動は――マサクルが狙っているもう一つの『宝』を先に確保することだと思う”
「異論はないみゃ」
「向こうとこっち、一つずつ確保した状態で膠着させるのも一つの手にゃけどにゃー」
サリエラの意見はわからないでもない。
マサクルを倒すことを諦めるでもなく、向こうの攻撃を凌ぎつつもマサクルを逃がさない、というのは戦術としては考慮に値するだろう。
でもそれはもう一つの『宝』を手に入れられなかった後、状況次第で考えても遅くはないはずだ。
”サリエラの意見は……まぁ最終手段というか、『宝』を確保できなかった時に考えよう。
で、話を戻して、もう一つの『宝』が何なのか私たちにはわからない。それに加えて、『バランの鍵』がむき出しになっちゃってるのもそれはそれであまりよろしくない状態だと思う”
『バランの鍵』を再度別の場所に封印する、というのもありえるかもしれない。
その場合はクリアドーラたちが絶対に手を出せないような場所でなければならないから……まぁ正直期待は薄いかな。
”何にしても、もうこの天空遺跡に私たちが留まっていてもやれることはないと思うし、ノワールの言う『エル・アストラエア』に向かうのが次の行動になるかな”
『バランの鍵』が目的だった以上、やつらの言葉を信用しなくてももうここには用はないはずだ。
傷ついたノワールたちは心配だけど……マサクルたちが攻めてこないのであれば大丈夫、だと思う。
”だから、私たちはこの天空遺跡から――クエストの『外』へとこれから出る”
ピッピがやろうとしていたことがそれなのだ、今は方法はわからないけどきっと何かあるはず。
それを何とか見つけ出して『エル・アストラエア』――おそらくはピッピ自身がいるであろう場所へと辿り着く。それも、マサクルたちよりも早くに、だ。
問題は割とシンプルだ。
とにかくマサクルを倒す、あるいは倒せるくらい追い込めば大体のことが解決する。
……クリアドーラのような、たった一人でこちらを全員相手どれそうな強敵をいかに降すか、という課題は山積みではあるけどね。
うん。『眠り病』の手がかりもなく霧の中を迷っていたような、あの時の感覚はもうない。
むしろ困難こそあれ、進むべき道がはっきりしたのはいいことだ――と思うようにしておこう。
”それでノワール、『エル・アストラエア』ってどのくらい離れてるの?”
最大の問題は『時間』だ。
マサクルたちの進軍速度もそうだけど、それ以上に私たちの現実世界でのタイムリミット……こちらの方が重要な問題だろう。
『……全速力で休むことなく飛んで行けば、万全の調子の我であれば――
…………はい……?
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