第8章26話 BAD DREAM RISING 11. 絶対悪

 私たちを見下ろすようにして取り囲むユニットらしき姿……。

 それに加えてエキドナたちまでいる。

 ……数の上でもこちらが圧倒的に下回ってしまった。


『”……ウリエラ、サリエラ、?”』


 だがこちらの圧倒的不利な状況よりも気にかかることがある。


『38人みゃ』

『前からいたやつら合わせて7人……見えてにゃいけど、「ルールームゥ」ってやつ合わせて8――合計46人にゃ』


 私の問いかけに速攻で答えが返ってくる。

 となると……二人も私とを考えたのだろう。すでに数を数えていたか。


”くけけけっ! さぁて、どうするね? ミスター・イレギュラー?”

”……”


 私たちの考えが正しかったとして――この場をどうするかというのは大問題だ。

 アリスが言うようにここでマサクルを倒せばそれで全てが解決する……という可能性は大幅に高まったものの、倒す手段がない……。

 敵は私の想像を遥かに超える大軍勢なのだ。その上、クリアドーラたちは個人としての戦闘力がアリスたちと同等以上。

 ――『逃げ』の一手しか思い浮かばない。

 だけど……。


”マサクル……って言ったっけ”

”おう? どうした?”


 自分の絶対的優位を確信しているのだろう、すぐさま襲い掛かって来る様子もなく私の言葉に気軽に応えて来る。

 それがまた苛つくけど――いや、それはもういい。

 こいつの性格が最悪だというのはわかってきた。


”君のユニットは――ルナホークとエキドナだけ、だな?”


 スカウターで見る限りだと、ステータスまで(隠されているとしても)見えているのはこの二人だけなのは間違いない。

 クリアドーラたちは名前しかわからない状態、周囲を取り囲む新手に至っては名前すらわからない。

 それに一人の使い魔が持てるユニットは最大で『4』までのはずだ――私自身については例外として、だけど。

 何らかの『チート』でクリアドーラたちの情報を見えなくしていたとしても、明らかに数が合わない。

 マサクルが私同様――推測だけどピッピと『融合』していると思われる――の理屈で制限を超えた数のユニットを持っているという可能性は……ゼロではないけど、多分違う。

 もしそうだとしたら、ルナホークとエキドナも同じようにステータスを隠す、あるいはその逆にクリアドーラたちのことを隠さないのではないかと思えるためだ。


”くけけっ、ああ……ぜぇ”


 ……こいつの言葉を信じるというのもアレだけど、私の推測通りの性格だとしたら――多分わざわざここで嘘をつかないと思う。

 となると……クリアドーラたち、そしてステータスも見えない謎のユニットたちの正体は――


”この子たちは――、だな……!?”

”……くく、くけけっ! はい、ミスター・イレギュラー正解!!”

「ふっ……」


 おかしくてたまらない、と言った感じでバンバン手を叩いて喜ぶマサクル。

 ……ああ、くそっ! 嫌な想像が当たってしまったか……!


「……む? どういうことだ?」


 アリスたちはまだ理解していないみたいだけど……おそらくウリエラとサリエラはわかっているだろう。


”こいつ――既にリタイアしたユニットを無理矢理自分の手駒にしているんだ……!”


 どういう方法でそうなっているのかは全くわからない。

 だけど、現実としてなっているのだ。

 マサクルのユニット――と言っていいのか微妙だけど――の大半は、正式なユニットではなく、リタイアしたユニットを『再利用』しているのだ。


”自分が何をしたのかわかっているの!? 君がしたことのせいで、今現実世界は大変なことになってるんだよ!?”


 それでも、一縷の望みをかけて言わずにはいられない。


”ほほう? 何か起こってるんだっけか、エキドナ?”

「ああ。『眠り病』のことか。ふっ、確かに騒ぎにはなっているが――それがどうした?」

”何……?”

”くけけっ、理解理解。何人も目が覚めないっていうんで騒ぎになってるってことね。まー……仕方ないんじゃね?”


 仕方ない……? そんなわけあるか!


”そもそもさー、何でこの『ゲーム』のユニットが子供ばかりなんだか、おまえさん理解してねーだろ?”


 ……それは確かにそうだけど……。


”もし、万が一ユニットの死イコール本体の死、ってなった時に、なんだぜぇ?”

”…………は……?”


 一体、何を言っているんだ……?


「ふっ、もっとはっきり言ってやったらどうだ、パトロン殿。

 子供ならもし死んだとしても世の中に何ら影響を及ぼさない……まぁせいぜい学校の名簿から名前が消える程度だろう。それが『大人』ではなく『子供』が選ばれている理由だ」

”なっ……”


 ……言葉が続かなかった。

 た、確かに今まで少しは疑問に思っていたことだ。

 『なぜ子供がユニットに選ばれるのか?』疑問には思っていた。

 『時間の融通が利きやすいから』という現実的な理由とか、『この手のものには子供が選ばれがちだから』みたいな漫画的な理由とか、とにかくわからないなりに適当な理屈で納得――いやそれ以上考えないようにしていたことではある。

 でも、エキドナの言葉は全く違う。

 

 ……そういう意味だ。

 もちろん、子供の親御さんにしろ影響が皆無なんてことはない。

 でもこいつらが言っているのはそういう『感情』とかの話じゃなくて、もっと現実的な――例えば大人が一人急にいなくなった時、それが仕事をしている人ならば少なからず混乱が起きるだろう。言葉は悪いが『社会の歯車』が欠けた時に起きる影響は確かにある――もちろん現代社会の真っ当な仕組みならば、実は絶対に欠けてはならない人が出来るというのはあってはならないことなんだけど……。

 極端な話、この『ゲーム』の運営がもし『大人』をユニットとして選んでしまった時に、それが例えば総理大臣だったとしたら――そして『ゲーム』の不備によってユニットの死が本人の死と結びついてしまったら……流石に現実世界に与える影響が大きすぎるだろう。

 それが『子供』だとしたら、家族や周囲の人間に対しては影響はあるだろうけども、現実の社会そのものには何ら影響を与えることはない――なぜなら子供はまだ『社会の歯車』にすらなっていないのだから……。


”だからさ、まぁちょっとくれぇ騒ぎになったとしても……大したことねーよな?”

「家族や運びこまれた病院には影響はあるが……まぁと言えるだろう」

”そ……そんなわけあるかっ!!”


 思わず私は叫んだ。

 一縷の望み――マサクルたちは自分のやったことでどんなことになったか自覚しておらず、もしかしたらひとかけらでも良心が残っていれば……そう思っていたのだけど、それは呆気なく砕かれた。


「なに、別に死にはしないさ。我々の――いや、パトロン殿の目的が達せられれば一旦解放されるのだからな」

”そうそう、ここに来るまでに時間食っちまったけどさ、まぁ後一日か二日で解放してやるさ”

「……まぁいずれまた、今度は『ゲーム』クリアのために活用させてもらうことになるが……本気で『ゲーム』攻略に臨めば三日とかからず解放できるだろう」


 こいつらは、自分たちがしでかしたことを何とも思っていない。

 理解していないのではない。本気でだと思っているのだ。

 私たちはそうは思わない。

 かつてジュリエッタが本当に死んでしまうかもしれない、という話があった。

 あれが真実かどうかまではわからないけど、だからと言ってそれを試そうなんて気はない。

 同じように『眠り病』に陥った子たちの生命が危機に晒される可能性だってある。


「……こいつら……!」


 流石にアリスたちも事態を把握したみたいだ。

 恐れもあるだろうけど、それに勝る『怒り』の感情が高まっているのが私にもわかる。

 かくいう私も、今回ばかりは怒り心頭だと言わざるを得ない。


”君たちは……人のことを何だと思ってるんだ!?”


 どうせ届かないだろうけど、叫ばずにはいられない。


”うへへへへっ……いやー、ごーめーんーなぁ~?”


 …………こいつ……ッ!!




 ……ともあれ、様々な謎がこれで一気に解けてしまった。

 数多くの子が『眠り病』に陥った原因……これはつまり、マサクルの手駒として無理矢理『ゲーム』に連れてこられたから、ということなのだろう。立場は微妙に異なるけどあやめと全く同じ原因だった。

 マサクル=ヘパイストスかはまだ未確定だけど、エキドナドクター・フーがいるということはヤツも『冥界』の件に関わっている可能性は濃厚だろう。

 あの『冥界』、結局何が目的だったのかは当時はわからなかった。

 『ゲーム』の競争相手である他の使い魔を減らすための『罠』じゃないかとは思ったんだけど、それにしては異様に回りくどいし確実性に乏しかった。

 でも今の状況から考えると――目的は使い魔ではなくユニットだったのだろう。

 あの時既にマサクルはリタイアしたユニットを自分の手駒とする方法を得ていた……。

 だから、使い魔は仕留められればそれで良し、そうでなくてもユニットをリタイアまで追い込むための『罠』として『冥界』を作った……そう考えられる。

 思い返せばあの『冥界』に出てきたモンスターの行動もおかしかった。

 『冥界』に囚われたミオもそうだし、ジュリエッタが倒した『蜂』のバケモノに捕まっていた子たちもそうだ。

 ユニットが『冥界』から何とか脱出できても、その後ユニット解除せざるをえないような状況に追い込むことが目的のように思えた。

 偏見かもしれないけど、モンスターってもっとこう……言葉は悪いけど『頭が悪い』生き物なんじゃないかと私は思う。獲物をわざと生かしておかず、さっさと息の根を止めてしまうのではないか……その方がモンスターっぽいと思うのだ。まぁ『冥界』についてはアトラクナクアに能力を吸収させる、という目的もあったかもしれないけど……。


「つまり――やっぱりこいつをぶっ倒せば、何もかもすっきり解決というわけだな?」


 そ、それはその通りなんだけど……。


「ふっ、勝てるつもりかね?」

「ぐはははっ! 俺様一人で十分だぜ、こんなヤツら!」


 こいつらには絶対に勝たなければならない。それは間違いない。

 でも勝てるかどうかと言われると、正直

 クリアドーラの言葉も大言壮語とは言い切れない。実際、アリスを圧倒するだけの力の持ち主だ。

 それに外で戦ってた皆も結構追い込まれていたみたいだし、加えて周囲を取り囲む大軍勢……。

 兵力が質・量ともにこちらが劣っている状況だ。質については圧倒的に劣っているとは思えないけど、この量を覆せるほどの差はないと思える。

 ……唯一の、でもわずかな希望とも言えるのは、こちらが相手の狙っていた『バランの鍵』を手に入れていることだろう。


”まぁ待て、おめーら。そんなすぐに終わらせちゃあ勿体ねぇだろ”


 ――訂正。もう一個希望と呼べるかもわからない、でも私たちが付け入ることが出来そうな『隙』があった。


”折角苦労して造り上げた俺っちの『軍団』だぜぇ? もっと盛り上げていかねぇとなぁ!”


 それは、マサクルの性格だ。

 大した会話はしていないけど、『冥界』のこととかも含めて考えると……こいつの性格は何となくわかってきた。

 とにかく『最悪』と言える性格をしているのは間違いない。そうでなきゃ、現実で大騒ぎになるのをわかった上でリタイアしたユニットをまた無理矢理引っ張り出すなんて真似、しないだろう。

 そして自分の悪事を隠そうともしない――いや、ヤツ的には『悪』とさえ思っていないのかもしれない――むしろ見せびらかそうとさえしている。

 に拘ろうとする。そういうヤツなのだ。


「……そういうくだらない拘りは、付け入る隙を与えるのだがな……」


 うっ、エキドナは見抜いているか……こいつもドクター・フーの頃からわけのわからないユニットだったけど、クリアドーラ同様……あるいはそれ以上に厄介な相手であることには変わりない。


「まぁ、今回はパトロン殿の仕切りだ。好きにすればいいさ」

”うけけけ、そうそう、今回は俺っちのやりたいようにやらせてくれや。のおまえさんの番の時はもうちょっと自重するからよ”

「ふっ」


 敵は油断も慢心もしている――そうするだけの戦力を持っている。

 いざとなったらエキドナもマサクルの意向を無視して全力で殺しにかかってくるだろうけど、そうなる前に一気に決着をつけられれば……。


”というわけで、ミスター・イレギュラーとそのユニットたちよぉ……俺っちたちと『ゲーム』しようぜぇ”

”……何?”


 ニヤニヤと癪に障る笑みを浮かべ、マサクルはそう提案してくる。

 隣のエキドナはやれやれ、と言った感じで肩を竦めるものの、マサクルの提案を遮ることはない。


”おまえさんが手に入れたもん、本当は俺っちのもんなんだよなぁ。ちと訳あって奪われちまったんだけどさ”

「……クリアドーラ、貴様がそれを回収し損ねなければもっと早くに決着がついたのじゃがな」

「あーはいはい、俺が悪ぅござんした」


 全く反省していない調子でヒルダへと返すクリアドーラ。

 確かに向こうが狙っていた『バランの鍵』を確保できたのは大きい。

 でも、強引に奪い返しにこられたら……ちょっと危うい。

 この天空遺跡内をひたすら逃げ回るにしても限度がある。


”まー、取られちまったもんは仕方ねーや。先に取られたもんをよこしやがれ! って無理矢理奪い返すのもスマートじゃあねぇし、何よりも……それじゃ面白くねぇ”


 ……一瞬、『バランの鍵』を渡して私たちは撤退してしまう、という考えが過った。

 もちろんそんなことはしない――というより出来ない。

 ヤツらの言葉をそもそも信用するのがどうかっていうのもあるし、嘘偽りがないとしてもいずれまた『眠り病』にされてしまうことは確実なのだ。

 だから『眠り病』の脅威を完全に排除するには、マサクルを倒さなければならない。


”そこで『ゲーム』だ。実は俺っちが狙ってるもんは、おまえさんが手に入れたもんだけじゃあねぇ。もう一個あるんだよなぁ”

”……もう一個……?”

”お、食いついたなぁ? うけけっ、まぁここは乗るしか手はねぇはずだしな。

 でだ、俺っちたちはもうを離れる。おまえさんたちが手に入れたものも、この場では狙わない”

「……全く、遊びすぎだな、パトロン殿。ま、君の仕切りだ。止めはしないが」

”くけけっ! 『ゲーム』のルールは簡単だ。俺っちたちはもう一個の『お宝』を狙う、お前さんたちはそれを防ぐ。で、更にこの後は俺っちたちはお前さんが持ってる『お宝』を狙うぜぇ。

 つまり、にある二つの『お宝』を奪い合うっていう『ゲーム』さ!”


 『バランの鍵』と同じような『何か』がもう一つある……?

 ……ルールはわかった。

 私たちとマサクルたちで二つの『封印』――ヤツのいう『お宝』を互いに奪い合う、というだけの『ゲーム』だ。何も難しいルールではない。

 ……表向きは、だけど。

 裏のルールは……二つの『お宝』の争奪戦を繰り広げつつ、敵勢力の『全滅』を狙うというものだろう。

 正直『お宝』を首尾よく確保できたとしても、敵が残っていたら何の意味もないしね。

 問題は――もう一つの『お宝』が何なのか、ってところだ。

 天空遺跡内にそれはあるのか? 別の場所にあるとしたら……私たちはまたその『お宝』のもとに辿り着くためのクエストを探し出さなければならない。


”…………わかった。その提案、受け入れる”

「使い魔殿!?」


 驚くアリスを目で制しつつ、私はマサクルの提案を受け入れる。

 ……いや、受け入れざるをえないのだ。


”へっへっへ、まぁそうせざるをえないよなぁ? 嬉しいぜぇ、ミスター・イレギュラー。折角作った俺っちの大軍団だけど、競う相手がいなくちゃつまらねぇからなぁ”


 くそっ……長引けば長引くほど、『眠り病』の解決が遅れてしまうけど……だからと言って今この場でこいつらを倒すことは不可能だし、無視して逃げ出すことも出来ない。

 だったら、少しでもチャンスがある方に賭けるしかない……!


「話は決まったな」

”ああ、それじゃこの場は譲ってやるか。

 ……っと、そうそう、ゲームを盛り上げるためにも教えといてやるぜぇ。俺っちの大軍団――アビサル・レギオンについてな!”

「……全く……まぁ構わないが」

”さっきミスター・イレギュラーが正解した通り、こいつらは元ユニット――だが


 それは何となくわかっていた。

 スカウターでステータスが何も見えない以上、まともなユニットとは到底思えない。


”こいつらはユニットの抜け殻を使って作った駒――俺っちたちは『ピース』って呼んでる代物だ”

”……『ピース』か……”


 どちらにしても悪趣味な名前だ。

 そんなことを私に伝えてどうしようと言うのか。


”でだな、ピースにも二種類いるのさ。クリアドーラやヒルダみてぇな自分の意識をしっかり持ってて、勝手に動いてくれる『大駒メジャーピース』と――”

「周囲を取り囲んでいる木偶の坊――命令しなければ何も出来ない、自意識も思考能力も持たない『小駒マイナーピース』だ」


 ――また一つ謎が解けた。

 私の考えが正しければ、彼らの言葉から考えるに……メジャーピースは『名前しかわからない』、マイナーピースは『名前すらわからない』、という違いがある。

 お正月に遭遇したルールームゥや、トンコツたちが遭遇したのはメジャーピースということになるのだろう――実際、『ボタン』はそのようだし。

 ……となると、エキドナではなく『ドクター・フー』という存在がわけわからなくなるけど……自分の正体を隠すためにメジャーピースのボディを作っておいた、とかだろうか? これは考えてもわからないし、どうやってそんなことが出来るのかも謎だが……。


”あくまでゲームは公平に、だ。とはいえ何もかもをネタバレしちゃあそれはそれで面白くねぇし、圧倒的に勝ちすぎてもちょっと味気ねぇしな”


 どうやらまだこちらに情報を与えてくれるみたいだ。

 いわゆる『俺つえー』プレイをするつもりではなく、もう少し歯ごたえのある『ゲーム』をマサクルはお望みらしい。

 ……でも、私の推測する性格からして、きっと自分の絶対的な優位を確信しているからこその『余裕』なんだと思う。

 それこそが戦力の劣る私たちの付け入る唯一の隙……だと今は信じるしかない。


”マイナーピースはさっきエキドナが言った通り、命令しなけりゃ何もできないただの人形さ。命令にしたって、ヒルダの魔法を使わなきゃロクな動きもできねぇ。だから――お前さんらが戦うのは、メジャーピースたちだけでいいんだぜぇ?”

”…………?”


 その言葉に嘘は――ないと思う。

 まるで生気を感じない、同じ『ピース』同士でもクリアドーラたちメジャーとは全く異なるマイナーピースたちの様子を見る限り、数は脅威ではあるけど戦力としては正直そこまでではない……気はしていた。

 ただ、元ユニットということはそれぞれが異なる魔法・ギフトを持っているというのが心配な点だけど……。

 不審なのは、だとしたら、ということだ。

 戦う相手が減ることをわざわざ説明した……? 『公平』であるために……? ……到底そんなことを重んじるような性格には思えない。


”で、折角ピースとして確保したはいいがそのまんまじゃ使い勝手が悪ぃもんだから、マイナーピースには少しをしている”

”なに……?”

「ふっ、ヒルダ」

「よかろう。マス・オーダー《マイナーピース:ギフト使用》」


 ヤツの言葉の意味はすぐにわかった。

 エキドナに促されたヒルダが広域命令魔法マス・オーダーを使い、周囲を取り囲むマイナーピースたちに命令を下す。

 内容は単純明快、『ギフトを使う』だ。


「【供給者サプライヤー】起動」

「【供給者】起動」

「【供給者】起動」

「【供給者】起動」

「【供給者】起動」

「【供給者】起動」

「【供給者】起動」

「【供給者】起動」

「【供給者】起動」


 ……ッ!?

 声音こそ違うが、全く同じ抑揚のない――まるで呪いの儀式で呪文を唱えるかのような声が、全く同じタイミングで一斉に響く。

 マイナーピースたちがギフトを起動すると、彼女たちの掲げた手から柔らかい緑色の光が放たれ――それがクリアドーラやルナホークたちに降り注ぐ。

 ――ダメージを与えるものでは当然ない。かと言って何らかの能力強化バフにも思えない……。

 いや、それ以前に……全員が同じギフトを使用した……?


「……くそっ、そういうことか……!」


 忌々し気にアリスが吐き捨てる。

 ヤツらの使ったギフト――その効果は……。


「【供給者】……魔力を分け与える力、かにゃ……?」


 そうか、名前から判断するとそういう能力であると考えられるか。


「ぐははははっ!! さぁてどうするんだ? もう一戦いくかオイ!?」


 もしかしたら魔力以外も回復させているのかもしれない。

 クリアドーラが全身に力を漲らせつつマサクルにそう尋ねるが、


”だからダメだっつーの”


 一応前言を撤回するつもりはないのだろう、クリアドーラを差し向けるようなことはしない。

 ……そういえばクリアドーラはさっきまで崩れた神殿に埋もれていたんだけど、彼女の魔法を以ってすれば自力での脱出も不可能ではないように思う。

 それなのに強制移動するまで埋もれてたってことは――やはり彼女もギリギリまで魔力を使ってしまっていたのかもしれない。

 とは言え、マイナーピースたちの【供給者】があればいくらでも魔力が回復出来てしまうわけだけど……。


”……とまぁ、色々と改造してマイナーピースには【供給者】っていうギフトを付けておいた。けけけっ、ピースはユニットと違ってアイテムで回復できねーから、しゃーねーやな”


 つまり――敵の数は一見多いように見えるが、戦闘力があるのはメジャーピースたちだけでマイナーピースは無理して戦う必要はない、ということを言っているのか。

 それに重要なのはメジャーピースたちはユニットのように回復することが出来ない、という点だ。

 無理はせずともマイナーピースを撃破すれば、メジャーピースの回復を妨げることができるので勝率は上がる……と言えるかもしれない。こちらはこちらでアイテムに限りがあるから、必ずしも絶対的に優位とは言えないかもしれないけど。

 ……と、その時何体かのマイナーピースが倒れ、消滅していく。


”!?”

”ありゃ、魔力が切れたか”


 【供給者】は自分の魔力を分け与えているのだろう。

 だから当然、マイナーピースの魔力は減少し続ける……その結果がこれか!


「流石にヒルダとクリアドーラの分の魔力消費は大きいようだな。……ふむ、クリアドーラは放っておいてもよかったかもしれないな、パトロン殿」

「おう、ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ、ダボが」


 何やら向こうでじゃれ合っているようだけど……そんなことが耳に入らないほど、私の頭の中が怒りで沸騰する。


”ふ……ふざけるなよ、マサクル!!”


 突然の私の大声に、アリスたちでさえも一瞬ビクリと身を竦ませたのがわかる。

 でも今はそれに構っていられない。

 私の怒りの原因は簡単だ。

 こいつは――ゲームオーバーになった子たちを無理矢理引きずり込んだだけでなく、その中でも『使えない』と思ったユニットマイナーピースたちをとして使っているのだ。

 人を人とも思わない、鬼畜――いや『絶対悪』の所業だ。


”うへへっ、怒られちった”


 ……もちろん、マサクルは私に怒鳴られたところで堪える様子など見えない。

 むしろこちらの反応を見て逆に喜んでいる節さえある。

 他人を揶揄って、嫌がるのを見て喜んでいる子供のような性格だ。

 ただそのレベルは『子供の悪戯』なんかでは済まされないものである。

 …………ヤツの提案するゲームなんか構わず、この場で倒してしまいたい衝動に駆られる……が、現状勝ち目が全く見えないのには変わりない。

 ここで感情に任せて無謀な攻撃を仕掛けてこちらが全滅してしまっては意味がない。


”へへっ、まぁとにかくだ。お前さんたちは俺っちたち――俺っちのユニットであるエキドナとルナホークちゃん、そしてメジャーピースの猛攻から『お宝』を守りつつ、残り一つの『お宝』を手に入れるように頑張る。マイナーピースは……ま、賑やかしとでも思っておいてくれりゃあいい”


 賑やかし、というにはあまりに邪悪で、そして回復能力という物凄く厄介なものだけど。

 とにかく……あまりにも私たちにとって不利なゲームになることは間違いない。


”いやー、それにしてもここでお前さんたちとやり合うことになるとは思ってなかったが、結果としちゃ良かったかもな。一体どんなインチキしたんだ? まさか8とは思わなかったぜぇ”


 ……? あ、そうかオルゴールのことか。

 どうやら向こうは同じクエストにやってきていたオルゴールを私のユニットと勘違いしているみたいだ。

 そもそも私が7人のユニットを持っていること自体を知らないはずだろうけど、この場に使い魔がおらずマサクルに対して乱入対戦を仕掛けたのが私だけだったからそう判断したのだろう。

 ……別にその勘違いを正す必要もない。だからと言って別に私たちにとって有利に働くことでもない――オルゴールだけは乱入対戦には入っていないので、マサクル本人やエキドナに対してダメージを与えられないのだから。


”ふっつーの使い魔とだとソッコーで終わっちまうからなぁ。お前さんなら、そこそこいい勝負できんじゃねーかぁ?”


 そりゃそうだろう。

 私が例外なだけで、普通ならユニットは最大で4人まで。複数の使い魔がチームになっていれば数では拮抗出来るかもしれないが、そもそもチームを組んでる使い魔自体が稀なはずだ。

 それでもまだメジャーピースの数だけ向こうは勝っている。


”ま、こっちもまだ全戦力は見せてねーけどな。流石にそこまでサービスしたら……怒るよな?”

「怒りはしないが、呆れはするな」


 エキドナは相変わらず詰まらなそうな表情のままさらっと言う。

 ……いや、まぁここで全戦力を明らかにされたところで絶望感が増すだけではあるが……考えようによっては対策を立てる材料になってくれるかもしれない。


”ともかく――始めようか、俺たちのゲームを!”

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