第8章25話 BAD DREAM RISING 10. 悪しき夢見し
* * * * *
ルナホーク……『月』と『鷹』で『鷹月』。これに
上空に浮かび驚愕の表情でこちらを見ているルナホークは、見た目は全くあやめには似ていない。それは他のユニットの子もそうなので気にするところではない。
アリスたちが変身している状態だとわからないだろうけど、私は現実世界にいる時と全く同じ姿をしている。
名前だけで彼女があやめだと判断は出来ないが……それでも私のことを知っていると思われるその態度から、やはりあやめである可能性は高い。
「……オーダー《エクレール:移動せよ》」
こちらの事情などお構いなしに、『ヒルダ』の名を持つユニットが魔法を使い、オルゴールの『糸』で動きを封じられていた『エクレール』という名の巨体のユニットを自分の手元へと呼び寄せる。
……確か前にちらっと聞いた話だと、ヒルダの魔法は他のユニットへと『命令』を強制する魔法だったはず。
今の魔法の効果を見る限りヒルダそのものにしか思えないけど……。
「! りえら様、ヴィヴィにゃん、離れるにゃ!」
私の迂闊な一言は皆の耳にも届いてしまっていた。
そのせいで全員の視線がルナホークへと集まってしまっていたため、ヴィヴィアンたちの反応が遅れてしまう。
いち早く我に返ったサリエラたちがすぐさま指示を出す。
間一髪のところで、ヴィヴィアンたちは言われた通りその場を離れ、戻って来たエクレールの攻撃を受けることなく退避する。
”……全員集合!”
神殿外での戦況は全くわからないけど、ジュリエッタが離れた位置で倒れていることからかなり悪いことだけはわかる。
敵を分断して各個撃破を目指していたってところだろうか。
でもこちらはジュリエッタが倒れ、辛うじてオルゴールが動きを止めていたけど……私たちが現れたことでルナホークへと注目してしまい均衡が崩れた。
敵の前衛と思しきエクレールがヒルダの元へと移動させられた以上、もはや分断して戦う意味はない。
私の号令に全員がすぐさま行動、倒れたジュリエッタを守るように集まる。
……とりあえずオルゴールもこちらの言うことを聞いてくれるみたいだ。
「状況は!?」
「はい、ジュリエッタが破れ、わたくしたちで残りを倒すべく行動していましたが……」
「……あのルナホークって人が出てきて、神殿を壊しちゃって……」
「そうしたら我が主とアーちゃんが出てきました♪」
…………マジか。
クロエラの言葉通りであれば、私たちが封印の間で見たあの降り注ぐレーザーの雨……あれをやったのがルナホークだというのか……。
神殿で戦ったクリアドーラの破壊力も今までの敵とはけた違いの、まさに『モンスター』クラスだったけれどルナホークはそれ以上かもしれない。
「……ご主人様、あのルナホークという方は……」
”……うん、多分だけど……”
相手の脅威度よりも、むしろ今皆が気にしているのはルナホークのことだろう。
特に一番気になっているのはヴィヴィアンであるのは間違いない。
私の推測が正しければルナホークこそが、私たちが助け出したい最大の目標であるあやめ本人なのだから……。
「ふん、なんじゃ貴様ら知り合いか? オーダー《ルナホーク:移動せよ》」
上空にいたルナホークを自分自身の元へと移動させるヒルダ。
これで、私たちも相手も互いに一か所に集合したということになる。
「オーダー《ルナホーク:攻撃せよ》」
「!? や、やめ――」
間髪入れずヒルダはルナホークへと
いきなりの攻撃にこちらの回避が間に合わない……!?
……が、弾丸は私たちに命中しても何の効果も現わさない。
「チッ、そうじゃったな……」
忌々しそうに舌打ちするヒルダ。
”……そうか、ルナホークはユニットだからか”
「なるほどみゃ。……まーそうなると何で他の奴らの攻撃は当たるのか、ってのは気になるけどみゃー」
『冥界』の時みたいに乱入対戦が始まった、という表示もない。
そしてルナホークは私が見る限り普通のユニットではありそうだ。
だから乱入対戦が始まっていない今は攻撃してもダメージが通るということはない――そういうことだろう。
……となると、私たちからの攻撃もルナホークにあたってしまう心配はないということになるか。
ならば――
”皆、とにかくルナホーク以外をまずは抑えよう!”
やるべきことは決まった。
『封印』とかノワールのこととか、気にしなければならないことは他にもあるけども、やはり私たちにとって一番重要なのは『眠り病』の解決――そしてあやめを助け出すことにある。
目の前にあやめと思しき人物がいるのだ、それを優先しない理由は全くない。
「おう! ヴィヴィアン、使い魔殿を頼む!」
「か、かしこまりました」
私をヴィヴィアンへと投げ渡し――いきなりは怖いからやめて欲しいんだけどなぁ……まぁいいけど――アリスが前へ。
先程のクリアドーラ戦でのダメージは心身ともにまだ残っているにも関わらず、戦意は全く衰えていない。
”ヴィヴィアン、ジュリエッタの治療を。オルゴール、君もいいかい?”
「ハイ、よくわかりませんガ、お手伝いしマス」
それでいいのか、って問いたいけど……手伝ってくれるのならば助かる。
こちらはジュリエッタが戦線復帰すれば8人――奇しくも使い魔2匹分の戦力。
対するヒルダたちは、ステータスがなぜか見えない4人――ヒルダ、エクレール、ボタン、フブキ――とこちらに攻撃をすることができないルナホーク。
人数の上では圧倒している。
だけども油断は出来ない。
アリスと私がいない状態だったとはいえ、それでも数で勝っているはずのヴィヴィアンたちの方が押され気味だったみたいだし、敵の強さは神獣級だと思っていた方がいいだろう。
……できればヒルダたちも何とか取り押さえて彼女たちの事情、というか正体を探りたいところなんだけど……それはあやめを助け出すよりも優先度は低い。
「――やれやれ、なかなか思う通りにいかないものだな」
その時だった。
この場に新たな声が響く。
”この声……!?”
私には聞き覚えのある声だ。
それも、
「だが、だからこそ面白い」
”ドクター・フー!!”
何の予兆もなく、突如ヒルダたちの背後の空間が裂け――そうとしか言いようがない――そこから現れた姿……。
以前とは違い『悪の女科学者』みたいな姿はしていないものの、その顔には見覚えがある。
ボサボサの灰色がかった長髪に、何も見ていないような、全てに興味がなさそうな生気の抜けた顔……。
紛れもなく、かつて『冥界』と『名もなき島』でであったドクター・フーであった。
「ふっ、君たちか。まさかここで会うとは思っていなかったが」
”……それはこっちのセリフだよ”
いや、嘘だけど。
『冥界』の黒幕と思しきヘパイストスが絡んでいるのであれば、同じく『冥界』での関係者であったドクター・フーがいるかもしれない、とは頭の片隅で思ってはいた。
いないのであればそれに越したことはなかったけど。
「そういえば、まだ名乗ったことはなかったかな?」
姿は違うとは言え、『冥界』の時同様に状況にまるでそぐわない態度で――いや以前とは違って芝居がかった態度でドクター・フーは言う。
「私の名は『エキドナ』。こちらの姿でははじめまして、だな」
……悪趣味な名前だ。
『……うーにゃん、どうするにゃ?』
『”どうやらあいつもルナホークと同じユニットみたいだし、互いに攻撃は通じないと思うけど……”』
互いに戦闘態勢で睨み合ったまま、互いに動くことはない。
エキドナの出現には驚かされはしたが、一つだけ今までと違うことがある。
ドクター・フーの時と違って、今はエキドナのステータスが見えるようになっているのだ。
ただ――ステータスが表示されるようにはなっているものの、他のユニットとは異なり名前以外が全て
こんなことは初めてだ……普通ならスカウターでは魔法・ギフト合わせて合計3つまでは見えるのだけど、エキドナに限っては名前以外の全てが表示されているけど隠されてしまっている……。
「フフフ……」
向こうは私がスカウターで見て戸惑っているのを理解しているのか、それとも単なるブラフかはわからないけど冷笑を浮かべている。
とにかく、戦況としては変わりはない。まだ数ではこちらが勝っている。
幸いエキドナ出現によって出来た膠着の時間で、ジュリエッタの治療自体は終了した。後は目を覚ましてくれさえすれば――
「さて、どうするかね、我がパトロン殿? どうやら目的の『封印』は奴らに取られてしまったようだぞ?」
”けけけけけっ!”
戦場に不快な笑い声が響く――
エキドナが出てきた空間の裂け目から、もう一つ小さな影が現れた。
”! あいつは……!?”
子供か、と思ったけど違う。
そいつは小さな『猿』の姿をしていた。
となると――
私は対戦依頼をするためのウィンドウを開いて見る。
そこには新しい名前が浮かび上がっていた。
”――『マサクル』……お前が……!!”
”いよぅ、初めましてだな、ミスター……いや、ミスか? まぁどっちでもいいか、ミスター・イレギュラー”
……今は女性には『ミズ』だ、何て無駄な突っ込みはしていられない。
”お前が……あやめの使い魔か……!”
”けけけっ! そうそう、今までずーっとあやめちゃんを放置していた、酷い使い魔だぜぇ”
何がおかしいのか――いやこれは私たちを揶揄っているんだ……!――ケタケタと不愉快な笑い声を上げながらマサクルはそう言う。
もう一つわかったこともある。
”エキドナもか……!?”
「ふっ、答える義理もないが……まぁ隠すことでも嘘を吐くことでもないな」
マサクルに代わってエキドナ自身が肯定する。
バレたところで別に何の不利益もない……そういうことだろうし、実際わかったからどうだって話ではある。
”くけけっ、どうしたいミスター・イレギュラー? 俺っちに乱入対戦仕掛けなくていいのかい?”
”くっ……”
こちらが何を躊躇っているのかは絶対に理解しているのだろう。相変わらず苛つく笑いを上げながら尋ねて来る。
チャンスと言えばチャンスなのだ。
ここでマサクルに対戦依頼を仕掛けてやつを倒すことが出来れば、最低でもあやめを『ゲーム』から解放することが出来る――そうなれば確実にあやめは『眠り病』から救えるだろう。
そして『眠り病』の原因がやはりマサクルにあるとすれば、私たちが解決したい問題は全て解決できる。
だけど――
「おい、何を迷っている使い魔殿? ここはヤツをぶっ倒す一択だろ」
「ええ、アーちゃんの言う通りですわ、我が主よ」
「そ、そんな単純な話じゃないと思うけど……」
クロエラの言う通り単純な話ではない。
第一にここで乱入対戦を始めてしまったら、ルナホークとエキドナからの攻撃が当たるようになってしまう――ルナホークがあやめだとして積極的に攻撃してくるとは思えないけど、ヒルダのオーダーとかで無理矢理攻撃させられることはありえる。
もう一つ……ここでもしマサクルを倒して、それで万が一『眠り病』が解決しなかった場合……一体どうすればいいのかがわからなくなってしまう。
あやめを助けるのが最優先であるとは言え、だからと言って他の『眠り病』患者を無視するわけにもいくまい。
……尤も、この場で乱入対戦を躊躇する理由は主に第一の理由からなんだけど……。
”仕方ねぇなー。それじゃ、ほらよ”
”は!?”
躊躇う私に対し、あっさりとマサクルの方から対戦依頼がやってくる。
どういうつもりだ……!? 仮にここで私たちがマサクルを倒してしまえたら、それでマサクルがやろうとしていることは全部終わりになるのに……。
”なんだよー、まだ決心つかねーのか? まぁ戦わないってなら別に構わねーけど、この場を逃したら俺っち、もう二度と対戦は受けないぜぇ?”
”……くそっ”
最悪の事態はそれだ。
この場をどうにか切り抜けられたとしても、その後ヤツを捕まえられない、あるいは言葉通り捕まえたとしても乱入対戦を拒否される――そうなったらそれはそれで手詰まりとなってしまう。
その場合だと、『眠り病』患者をどうにか救うことは出来るかもしれないけど、ヤツのユニットであるあやめを助けることが出来なくなってしまう可能性があるのだ。
「迷うな、使い魔殿! オレたちが勝てばそれで済む話だ!」
……アリスの言葉は尤もだ。
『眠り病』のことはあるにしても、いずれヤツは倒さないといけない相手なのには変わりない。
一気に倒してしまわなくても、エキドナたちをどうにか下して――言葉は悪いけどこちらの言うことを無理矢理にでも聞かせる状態にしてしまえばいい。
私はまだ迷いつつも、それ以外に方法はない、と乱入対戦を承諾する。
”く、くくっ……くひゃひゃひゃひゃ!!”
”……何がおかしい”
爆笑するマサクル。ほんと腹の立つヤツだ……!
でもその笑いの理由は私の想像とは全く異なっていた。
”いや、悪ぃ悪ぃ。ついな、おかしくなってな……ぶひゃひゃひゃひゃ!”
「……ムカつくやつだ。もうぶっ飛ばしていいか?」
全面的に賛成したいけど――
「ふっ、やめてやれパトロン殿。彼女たちはまだ理解していないのだから」
”あぁ、そうだな、その通りだぁな。くけけっ、強制移動――クリアドーラ”
”げっ!?”
ヤバい、最悪すぎる!?
マサクルが強制移動をすると、封印神殿地下深くで生き埋めになったはずのクリアドーラがあっという間に現れて来る。
「ふぃー、流石に息苦しかったぜ」
「くそっ、またアイツか……!」
あのまま瓦礫に埋もれて倒されてくれたらよかったんだけど、そういうわけにもいかないようだ。
流石に服があちこち汚れているけど、逆に言えばその程度のダメージしか受けていない。
――これでルナホークも含めて向こうは7人……数の上での有利もほぼなくなったか……? いや、でもこちらも全員が揃っている状態だ。互いに連携すればクリアドーラだってさっきみたいな一方的な展開にはならないはず……。
”おーい、ルールームゥ、もういいぞー”
『ピッ』
私の――いや、私たちの考えが甘かったことに、すぐに気づかされた……。
私たちのいる場所の周囲は、大きな岩で囲まれている。
かなり広いけど、『すり鉢』状になっていると言えるだろう。
そのすり鉢の淵を囲むように――
「なんだと……!?」
「嘘、でしょ……」
「なっ……
10や20ではない……もっといる!
そのいずれも人型――ユニット同様の姿をしているが、奇妙な点があった。
全員が体形こそ違えど、同じ格好をしている。
頭には目元を覆うようなヘッドギアを、全身は鈍い銀色の身体にフィットしたボディスーツに身を包んでいる。
大きさはバラバラ……ジュリエッタのような幼女もいれば、アリスやガブリエラみたいな大きな子もいる。
そして私が見る限り――新手は全員が
”こいつら、全員が……!?”
”くけけけけけけけっ!!”
私たちを取り囲む数十人にも及ぶ謎のユニット――そいつらもまた、マサクルの側なのだ……!
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