第8章7話 集う光たち

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 亜理紗が『眠り病』で入院した翌日の夕方――

 ラビたちが星見座家にて手がかりらしきものに気付いたのと同じころ、亜理紗の病室から一人凛子は外に出ていた。


 ――今日は母さんが亜理紗の……いいえ、志桜里おばさまの傍にいるのね。


 志桜里も一晩たってある程度落ち着きを取り戻したようだが、それでもまだまだ普段の様子からは程遠い。

 流石にこの状態を放っておくことは出来ないだろう、と凛子の母親とありすの母親が相談し、しばらくの間は付き添いを交代で行うことにしたようだ。

 美奈子の方が志桜里の肉親ではあるが、娘がまだ10歳のためあまり長いこと一人で放置しておくわけにはいかない。

 そうなると、もう中学生の凛子の母親の方が自由は利く。実際、凛子も一人でも別に問題はないのでそれでいいと思っている。


 ――ほんとに、リュウセイのやつ……こんな時にどこをほっつき歩ってるのよ……!


 昨日は偶然ありすの使い魔がいたため、亜理紗がクエストに囚われているというリュウセイの言葉の裏付けは取れた。

 であれば、次には亜理紗や他の『眠り病』患者を助け出すために行動すべきではないのか、そう思っている凛子であったが、肝心の使い魔の行方が知れない。

 今までも長期間姿を消すことはあったのでそれ自体は心配はしていないが、使い魔がいるのといないのとではやれることに大きな違いが出て来る。

 一人で――リュウセイのもう一人のユニットであるゼラはいたりいなかったりなためだ――クエストに挑んで亜理紗たちを探しているものの、クエストの難易度によっては回復が出来ないためかなり厳しい。

 それに、ユニットだけでクエストに挑んで失敗、あるいは撤退した場合には二度と同じクエストにいけなくなってしまうのだ。もしそこが『当たり』だった場合、撤退してしまっては取り返しがつかないことになってしまう。


 ――一体どうすれば……。


 もある。

 その気がかりについて相談できる相手もいない……自分のユニットは消息不明だし、かといってそこまで親しくもないラビ相手に相談するのも憚られる。妙なところで真面目で融通が利かないのであった。


「……え? この病室って……」


 考え事をしながら一人で病院内を歩いていた凛子は、ふと見上げた病室の前で足を止める。

 病室前に張ってある入院患者の名札――個人情報保護の観点から最近は無くなってきているが――に書かれた名に、見覚えがあったためだ。


 ――……そっか、去年のは……やっぱりそういうことだったのね……。


 病室にいるのは一人だけのようだ。となると、この病室の入院患者も、やはり亜理紗と同じ『眠り病』の患者――すなわち『ゲーム』関係者であろう。

 そもそも、この『名』を知った去年の事件もやはり『ゲーム』絡みだったのだ。


 ――お見舞いくらいはしようかと思ったけど、なんかいっぱい人がいるみたいだし……流石に遠慮しておいた方がいいわね……。


 元々は凛子の通う学習塾の同級生――学校は別だが――のであり、その人物が何やら『幽霊』を見たとかで元気がないと相談を受けたのが発端だ。

 結局、元気がなかったことの根本原因は、おそらくはラビたちが解決したのだが……。

 本人との面識は全くない。話を聞いた同級生がいれば話は別だが、だからと言ってここで無遠慮に知り合い程度の間柄である自分が病室に踏み込むのも躊躇われる。

 また今度、機会があれば――そう思いつつ、凛子は病室から離れる。


 その病室に入院している患者の名は『』――凛子にとって同じ塾に通っている友人・鷲崎花梨の姉である。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「やっぱりダメだ……あやめに連絡しても全然通じない」


 病室に戻ってきた一人の少年がため息を吐きつつそう呟く。

 黒髪黒目の、至って普通の……何の特徴もない少年だ。


「クソっ、何やってんだタカ子のやつ……こんな時に……!」


 黒髪の少年の言葉を聞いて苛立たし気にそう言うのは、人によっては思わず顔を顰めてしまうであろう派手な金髪の少年――樹村悠星ゆうせい


「……鷹月さん……」


 ベッド脇の椅子に座り、黙って眠っている『少女』の顔を眺めていた、どこか陰のある少女――霰三崎蘭子がこの場にいて然るべき、しかしいない少女の名を呟く。


『……おい、蘭子。やっぱりか?』


 この場にいるのは悠星、蘭子、『眠り病』に落ちている少女、そして先程病室へと戻ってきた黒髪の少年の四名だけだ。

 少年は『ゲーム』関係者ではないため、遠隔通話で蘭子へと問いかける悠星。


『……うん、ライドウがやっぱりそうだって』


 悠星の問いかけに蘭子は答える。

 結局のところ蘭子自身ではなく使い魔のライドウ――ちなみに彼は今蘭子のバッグの中に隠れており、視界共有を使ってベッドの中の少女を見たのだ――なのだからそちらに問いかけても良かったのだろうが……。

 それはともかくとして――


「どうして花音がこんなことに……!」


 そのベッドで眠る少女の名は鷲崎花音――悠星、蘭子のクラスメートである。

 黒髪の少年も同じくクラスメートではあるが、こちらは『ゲーム』の関係者ではないために『眠り病』の原因が何であるかは説明しても理解することは出来ないだろう。




 彼らは今月に入ってからは受験に備えての自主登校という扱いになっていたため、直接顔を合わせる機会はほとんどなかった。

 それでも、花音が『眠り病』で入院したという連絡を受けて、受験日が重なっていないメンバーがお見舞いで集まったのだ。

 今日は悠星たち三人だけだが、昨日の時点で既に何人かも見舞いに来ている。


「こんな時、いの一番にすっ飛んでくるはずのタカ子が来ないってことは……」

「おい、悠星! まさかお前……」

「っと、すまん。まぁタカ子ならそのうち来るだろ」


 そう言いつつも、悠星は嫌な予感がしていた。

 以前、蘭子がクラスメートをライドウに見てもらった時に、花音とあやめは既に誰かのユニットになっていることを確認している。

 そのうちの一人が『眠り病』になっており、もう一人が音信不通ということは――あまり楽観視は出来ないだろう、と考えているのだ。


「二人とも、病室だから静かに」

「「……ああ」」


 いつもはおどおどとして人の顔色を窺ってばかりの蘭子の、珍しくはっきりとした物言いに二人の少年は黙り込む。

 もっとも、蘭子の本性が意外と強かで本当に必要な時には躊躇うことなく自己主張をする方だということを知っている悠星はさして驚いてはいないが。


「……とにかく、あやめの方も連絡が取れないってのは心配だ」

「そうだな。タカ子の方は……おい、蘭子」

「うん、わかってる。鷹月さんの家に直接行って声掛けてみる」


 蘭子は元ではあるが『桃園』の一員だ。当然、あやめの家――桜の家も知っているし、きちんと事前に連絡さえすれば現・霰三崎だとしても追い払われることはないだろう。


「すまない、霰三崎さん頼む。でも君も試験が控えているんだし……」


 この場にいる三人は全員受験生だ。

 いくらクラスメートの危機だからと言って、そちらを疎かにするわけにもいくまい。

 わかってる、と蘭子は小さく頷く。




 その後、三人は病室から出て帰路に着く。

 時間も遅いのであやめの元へと直接訪問するのはまた後日だ。


『おい、ライドウ。こりゃ一体どういうことだ?』

『”ぬぅ……拙者には皆目見当もつかぬ”』

『おいおい、頼りねーなぁ……っつっても、まぁ仕方ないか』


 帰り道、蘭子と共に歩きながら遠隔通話でライドウを含めて話し合う。

 人目が少ないとは言っても皆無ではない。それに、ライドウの声は物凄く低くて響くので、もし誰かに会話しているところを見られると混乱を招く恐れがある――と悠星も蘭子も考えている。


『……鷲崎さんは誰かのユニットだった……だからクエストに連れていかれた……?』

『いや、多分違うな』


 蘭子の考えを悠星はあっさりと否定する。


『そうだとすると、俺たちが無事っていう理由がわからねぇ』

『”ふむ。では先程の少女の使い魔が無理矢理クエストに連れて行ったということであるか?”』

『いや、それも違う。だとしたら、「眠り病」の患者が

『あ、そっか……』


 『眠り病』の患者全員を見たわけではないが、少なくとも花音が入院している病院には彼女を含めて四名以上の『眠り病』患者がいた。

 そのことはさりげなく病院内を歩いて悠星が確認している――病室の中を見れそうなら、都度ライドウと視界共有をして確認もした。

 結果、悠星は『眠り病』=クエストに連れていかれている状態である、と結論付けている。


『じゃあ……どういうことなんだろう……?』

『さぁな。そこまではわからんが、とにかく原因は「ゲーム」だということ――そして、おそらくは本人の意志に関係なくクエストに連れていかれているのが原因ってことじゃねぇかな』


 概ねラビたちと同じ結論に、悠星は独力で至っていた。


『”むぅ……複数の使い魔が共謀して何かしらのクエストに挑んでいる、ということか……?”』

『確か昨日の時点で「眠り病」の患者が90人くらいだった。使い魔一匹につきユニット数が最大4人って前提で考えると、今回の件に絡んでる使い魔は20匹ちょいってことになっちまうが……』

『”…………そ、それは考えにくいことであるな……”』


 悠星の計算は各使い魔が最大までユニットを持った場合だ。

 実際には最大までユニットを持つこと自体は稀であると考えられる――成長させるためのコストを考えると、ベストなのはやはり2名であろう。ユニットの能力や性能次第ではそれ以上を持つことも不可能ではないが、やはり余裕がなければ難しいと言える。

 ……そう考えると、システムの限界を超えて7名ものユニットを持つこととなったラビは、その意味でもイレギュラーだと言えるが――この時点では悠星たちはそれを知る由はない。

 ともあれ、最小でも20名を超える使い魔が一斉に共謀して長時間クエストにユニットを拘束する、というのは考えにくい事態であった。


『で、でも悠星君、実際に「眠り病」の人がいっぱいいるんだよ?』

『ああ、それもわかってる。だから考えられる可能性としては……「眠り病」患者全員がクエストに行っているわけではない、っていうのもありうる』


 ただ自分で口にしてそれはないだろうと悠星はほぼ確信していた。

 これだけの規模の事件で、二つ以上の異なる原因が同じ結果をでもたらすとは、確率的にも論理的にもありえないと悠星は考える。

 仮に異なる原因だとしても、それは『異なるように見える』だけであって、根っこまで掘り下げれば結局は同じ根本原因に辿り着くはずなのだ。


『後は――「眠り病」の患者は全員が全員現役のユニットじゃないってところかな』

『”むぅ? それは……?”』

『ユニットになれるんだけど、今までユニットになったことがないヤツも含まれているんじゃないかってことさ。まぁ今となっては確認できねーけどな』

『……それじゃあ、もしかしたらユニットだったんだけど、ゲームオーバーになってユニットじゃなくなった子もいるかもしれないね』

『! なるほど、そのパターンもありうるな』


 本人たちは知る由もないが、ラビたちと同じ結論へと彼らは到達することが出来た。

 ただし――だからと言って何をどうすればいいのか、までは流石にわからないが……。


『とにかく、タカ子さんが心配だ。おい蘭子、おまえ明日は?』

『う……明日試験日なんだよね……』

『……だよな。流石にそっちを無視するわけにもいかねーし……』


 悠星の頭の中にはクラスメート全員の受験の日程が入っている。蘭子にも念のための確認で聞いただけだ。

 そして自分自身も試験を控えているため、すぐに動くことは出来ない。


『……今週末なら』

『そうだな。そうするしかないか……』

『”むむ、それまでに「眠り病」が解決すればいいのだがのぅ……”』

『……そう、だね……』


 クエストに行ってるだけで、クリアさえしてしまえば皆目を覚ますかもしれない。

 急に眠って急に目覚めることに『ゲーム』を知らない人間は驚くかもしれないが――それはそれで万事解決ではある。




 ――だが、そんなことにはならないだろう。口にしたライドウも、そして蘭子も悠星もそんな予感はしていた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――あやめが『眠り病』で倒れた――


 その連絡を受けた紅梅こうめ海斗かいとは、気が気ではなかった。


「……わかった。母さん、俺今週末にそっちに一度帰るよ。……うん、試験なら大丈夫。今週末はないし、仕事も今は試験休みにしてるから」


 自分が行ったところで何が出来るかはわからないが、それでも行動せずにはいられなかったのだ。

 早々にスケジュールを確認、週末に桃園台の実家に戻ることを親へと宣言する。


 ――できればタマサブローにも言っておきたいけど、連絡取れないからなぁ……。


 『ゲーム』の範囲外に出てしまったら遠隔通話も使えなくなってしまう。

 不便ではあるが、文句を言っても改善されるわけでもなし諦めるしかない。


 ――……シオちゃんやラビたちも無事ならいいんだけど……いや、これも向こうに行ってから確認だな。


 あやめのことだけが戻る理由ではない。

 自分の相方であるシオが『眠り病』になっていないかの確認もしなければならないし、正月に世話になったラビたちの無事も確認したい。

 海斗もまた、桃園台へと向かうこととする。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 こうして桃園台へと……そして、来たるべき『大戦』の舞台へと役者たちは集うこととなる。

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