第8章8話 天空遺跡への道

*  *  *  *  *




 ――そうだ、だ……。


 明晰夢……というと何か違う気はするけど、私は今自分が『夢の中』にいることをはっきりと自覚していた。

 だからと言って自分の思い通りに夢を操れるわけでもなく、舞台の上に放り出されたような感じ……かな。一番近い感覚は。


”ここは……学校!?”


 確か前の夢――お泊り会の時の夢では『屋外』にいることまではわかったんだけど、それ以上はノイズが酷くてどこなのかはよくわからなかったと思う。。

 でも今回の夢はかなりクリアだ。自分が今どこにいるのかがはっきりとわかる。

 私が今いるのは学校……それも桃園台南小の校庭のど真ん中だ。

 この場所に意味があるのかどうかまではわからないが……ここまではっきりと夢がわかるようになったということは、私たちの推測が正しかったことをおそらく意味するのであろう。

 ならば、少しでも夢の中から手がかりを得なければならない。


”…………夜の9時、かな……?”


 桃園台南小の昇降口前には大きな時計が掲げられている。

 時刻は大体9時を指している。それだけだったら朝なのか夜なのかはわからないだろうけど、普通に空を見上げれば星空が広がっていることから『夜9時頃』であることは間違いなさそうだ。

 周囲の町の光もなく、はっきりと夜空に瞬く星々が見える。


”月が出てない――新月?”


 建物の陰に隠れてしまっていたら見えないだろうけど、少なくとも私から見える範囲に月はないようだった。

 新月の夜9時――それがこの夢のシチュエーションらしい。


『ラビ……』

”! その声、ピッピ!?”


 と、私の後ろ側から突然ピッピの声が響いてくる。

 振り返ってみるとそこには私の知るピッピの姿はなく――代わりに一人の少女の姿があった。

 まるで平安時代の貴族が着ているかのような十二単……に似た重々しくも豪勢な着物に身を包んだ、年のころはおそらく10代半ばくらいの少女だ。

 ……ただし、普通の人間ではない。


”その姿……”


 額からは二本の『角』が伸び、着物の裾からは長い尻尾が伸びているのがわかる。

 この姿によく似たものを私は以前にも見ている。


 ――オーディンとスルト。


 かつて桃園台を襲った恐るべき神獣たちの中から現れた、謎の存在……あの二人と雰囲気がそっくりだったのだ。


『お願い…………』

”ピッピ……なんだよね? 君は一体……”


 問いかけはするものの、ピッピはまるで私の声が届いていないかのように勝手に言葉を続ける。


『鍵は撫子に……あの子と共にノワール――天空遺跡の「封印神殿」へと向かって……』

”ちょ、ピッピ!? ……ああ、クソっ!”


 どうやらこれは例えるならば『電話』ではなく『メール』みたいなものなのだろう。

 一方的に向こう側からのメッセージを通知するだけしか出来ないみたいだ。


『……もう、私には自由に「ゲート」を開く力はない……ヘパイストスも迫ってきている……』


 そうピッピが言うと両手を大きく広げる。


『次の朔の日が最後のチャンス……どうか、お願い……』


 朔の日――って、確か新月のことだっけ?

 となると、さっき私が予想した通りこの夢の舞台は新月の晩だということか。


”……何というか、君にはお礼を言わなきゃいけないと思ってたんだけど……”


 ジュウベェ戦の後、ピッピのおかげで私は無事に生き残ることが出来たのだろう。そのこと自体には感謝だ。

 けれど、その感謝を打ち消しかねないほどの『何か』をピッピから感じてしまうのだ。流石になっちゃんたちにはそのことは言えないけど……。

 とにかく向こうが必死なのはわかる。決して悪気があって――私たちを罠に嵌めようとかそういうことまでは考えていないだろうとも思う。


”何というか、お礼以上に君には聞きたいことが山ほどある。私たちは君の元に辿り着いてみせる――だから、その時にはこっちの質問に答えてもらうからね!”


 私の声は届いていないだろうけど、ピッピらしき少女の幻影に向けて私はそう言った。

 流石にそろそろ限界だ。『それは話せない』という事情があるのも理解してはいるけど、『ゲーム』からリタイアしたはずのピッピにこうしてまた巻き込まれているのだ。そのくらいの追加報酬はもらいたいもんだ。

 こちらの声が届いていないにも関わらず、ちょうどその時ピッピが大きく手を広げ――彼女の頭上に私たちが『ゲーム』でよく見る虹色の光……『ゲート』が出現した。


”……9時ジャスト。了解、ピッピ”


 つまりは、次の新月の夜9時――その時に目的とする『天空遺跡』へのゲートが開く。そういうメッセージか。

 ……もうちょっとわかりやすいメッセージにしてくれたらいいのに、とも思うけど、私に対して直接送ることが出来ないという事情もあるし……もしかしたらマイルームの話同様に『盗聴』の危険があるのかもしれない。

 とにかくピッピの伝えたいことはわかった。

 後は……次の新月を逃さないようにしなければならない、ってことかな。

 どうもピッピがこの『ゲーム』に参加しているままならば自由に天空遺跡へのゲートを開けたっぽいけど、リタイアしてしまったために自由には出来ないっぽいし……ここを逃すと一か月近くは待たなければならなくなってしまう。

 流石に一か月も『集団昏睡事件』が続いたら、今以上の大問題になってしまうし、正直眠っているだけとは言え肉体への影響も心配になるレベルだ。

 だから、次の新月で一気に決める――私はそう硬く決意するのであった……。




*  *  *  *  *




 ……で、朝。


「おあよー!」

”……うん、おはよう、なっちゃん”


 なっちゃんと一緒の布団で――星見座のお父さんとお母さんとも一緒だったけど――眠った翌朝。

 私より先に起きていたなっちゃんにぎゅうぎゅうに抱きしめられている状態で目が覚めた私であった。


”なっちゃん、ちょっと待っててね”

「うゅ!」

『”楓、椛、起きてる?”』


 遠隔通話で呼びかけてから、そういえば眠っていても無理矢理起こしちゃうんだっけと思い出したけど……。


『おはよう、うーちゃん。私たちはもう起きてるから大丈夫』

『にゃはは。これでもあたしたちいつも早起きしてるにゃー』


 っと、余計な心配だったかな。


『”良かった。それで……夢はちゃんと見れたよ。やっぱり、予想通りピッピからのメッセージだった”』

『……そっか』

『ピッピは何て言ってたにゃ?』


 ここからが本題だ。

 私は『次の新月の夜9時』に、ノワールたちのいる天空遺跡へのゲート――具体的にはおそらくその時間に天空遺跡が舞台となるクエストが出現するのであろうことを説明する。


『”でさ、次の新月って……いつかわかる?”』


 まぁ今ならネットでも簡単に調べられるけど。


『明日』

『”え!? そうなの!?”』


 特に調べた様子もなく、即答されてしまった……。

 いや、この二人ならマジで覚えていてもおかしくなさそうだけど……。


『うーん、そっか……夜の9時だと、なっちゃんがちょっと辛いかもしれないにゃ~……』

『”そうなんだよね……最悪なっちゃんはお留守番してもらうことになるかも……”』


 なっちゃんだけでなく、ありすや桃香も割とギリギリの時間だ。

 逆に千夏君は普通に起きている時間ではあるものの、明日は金曜日――彼は塾のある日なので、9時に速攻でクエストに参加できるかは、これまたやはりギリギリだ。

 普段だったら夜9時以降はダメって言うところなんだけど、あやめを助けるためには避けて通れない。天空遺跡に行く以外に、これといった手がかりもないし……。


『ま、とりあえずうーちゃんもなっちゃんと一緒にこっち来るにゃ』

『私たちもそろそろ学校に行くから。もし、あーちゃんたちの都合が大丈夫なら、放課後に集まって話そう』

『”……そうだね。わかった”』


 天空遺跡を目指すにしろ目指さないにしろ、私の一存で決めて良い話じゃない。

 特にあやめのことが絡んでいる以上、桃香の意見は聞いておかなければならないだろう。

 出来れば全員で挑みたいところだけど……うーん……。




*  *  *  *  *




 そして、時間はあっという間に過ぎ去り、新月の晩がやってきた。


”皆、お家の方は大丈夫?”


 夜の8時50分過ぎ――私たちは既にマイルームに集結していた。

 念のため各自の状況を確認してみたが、大丈夫なようだ。

 心配していた千夏君にしても、塾に行く前にご飯を食べてしまって、帰ってきてからお風呂も入らずに寝る、と親に言って布団に潜り込んだらしい。

 ……お風呂は、まぁ明日の朝入ってもらえばいいか……。


”なっちゃん、眠くない? 大丈夫?”

「うん! なっちゃんへーき!」

「今日はなっちゃん、いつもよりいっぱいお昼寝したもんにゃ?」


 まぁ『ゲーム』の中に入ってしまえば現実でいくら眠くてもあんまり関係はないんだけど、『ゲーム』に入る前に眠くて寝ちゃったらマイルームにやってくることも出来ないからね。

 楓と椛に言われたことを守って、なっちゃんは今日保育園だけでなく帰ってからもちょっとお昼寝したみたいだ。生活サイクルが崩れないかが心配だけど……。


「トーカ、へーき?」

「……はい。大丈夫ですわ、ありすさん」


 一番の不安だった桃香だけど、夜にクエストに行く分には問題ないだろう。

 両親にも早めに寝ると伝えてあるらしく、メンバーの中では逆に一番自由が利く立場となってしまっている。もちろん、その原因はあやめが『眠り病』になっているせいなので、全く喜べることではない。


「今まで何も出来なかった分、今度はわたくしががんばりますわ!」


 昨日までの捜索で、不可抗力とは言え桃香には我慢を強いてしまっていた。

 今にいたるまであやめは目を覚ます様子はない。もちろん、他の『眠り病』の患者も同様だ。

 この天空遺跡のクエストが解決につながるのかはまだ未知数だけど、他に有力な手がかりもない……桃香は随分と張り切っているみたいだ。

 ……故に、逆に心配でもある。


「なっちゃんも!」


 桃香に当てられたか、なっちゃんもやる気満々だ。……まぁこっちはあんまり意味はわかってないかもしれないけど。


「……トーカ、わたしもがんばるから、だから……」


 ありすも桃香の態度に一抹の不安を感じてしまっているのだろう。

 声を掛けようとするが……何と言えばいいのかわからず、言葉が続かない。


「ふぅ……。仕方ねぇか」

「うん」

「にゃ」


 そんな様子を見て年長組は互いに目配せをして頷き合う。

 ……しまった。出遅れてしまった……。


「とりあえず、今回はアニキたちが前に行ったっつー『天空遺跡』に向かうんだよな」

「でも、時間も時間だし、何が待っているかわからないから……危なくなったら撤退する」


 本当なら私が言うべきことを彼らが先んじて言ってくれた。


「そ、そんな……!?」


 途中撤退、なんてことを考えてもいなかった桃香が驚き、だがすぐに食って掛かろうとするが、


「お姫ちゃん、前にもフーちゃんが言ったと思うけど……ここであたしたちまでクエストから出られなくなっちゃう、ってのが最悪の事態だよ」


 いつもの猫語も引っ込み、真面目な表情で椛が言う。

 雰囲気が違うことを悟ったのだろう、ご機嫌でテンションが上がっていたなっちゃんも静かになる。


「アニキ、『ポータブルゲート』に余裕はあるっすよね?」

”うん。大丈夫、今日に備えて買えるだけ買い込んであるよ”


 『ポータブルゲート』の優れたところは、誰か一人が使えば同じ使い魔のユニット同士であれば共通してゲートをくぐれるという点だ。

 分断されてしまわない限りは一個だけあれば皆で避難できるし、分断されたとしても各人が持っていれば避難することが出来る。

 『冥界』の時の反省から、『ポータブルゲート』は普段からコツコツと集めていたし、昨日今日とちょくちょくショップを覗いて売ってたら買うようにしていたので在庫は充分にある。


「だから、危なくなったら俺たちも躊躇わず避難する」

「一度『ポータブルゲート』を使いさえすれば、天空遺跡でも再挑戦は出来るはず。私たちが無事なら……また態勢を立て直してから挑める。

 でも……引き返すべき時に引き返さなかったら――」

「……あやめお姉ちゃんを助けることが出来なくなるかもしれない……」


 桃香の異様なテンションが落ち着いていくのが傍から見てもわかる。


「…………はい、申し訳ありません、皆さま……わたくし、わたくし……」

「ん、トーカ。大丈夫」

「桜さん……」


 今度は桃香の言葉が続かなくなってしまう。

 ……桃香の気持ちは私にもわかる。散々お世話になったということを抜きにしても、もうそれなりに長い付き合いの――『友人』と言っても差し支えの無い間柄であるあやめを一刻も早く助けなきゃ、という気持ちはわかる。

 家族同然の桃香にとっては猶更だろう。

 でも、だからと言って桃香たちまでがクエストに囚われるようになることを許容なんて出来ない。

 そうなってしまったらあやめを助けることも出来なくなるし……もちろん私たち自身だって『冥界』の時以上に危うい状態になってしまうだろう。

 ……それだけは絶対に避けなければならない。

 いざという時には、私が――私の責任で残酷な決断をする必要があるかもしれない。その覚悟だけは決めておこう……。


 最後に念のためアイテムのチェックを。

 『ポータブルゲート』以外にも、各種回復アイテムはばっちり補充済みだ。各人のアイテムホルダーにも『ポータブルゲート』だけでなく回復アイテムを目いっぱい詰め込んでもらっている。

 後、以前黒晶竜と出会った時に貰った謎のアイテム『黒い石』も今回は私のアイテムボックスに入れて持っていくことにした。

 ……これに意味があるのかどうかはわからないけど、黒晶竜からもらったものだし持って行っても損はないだろう。まぁアイテムの枠が一個潰れると言えばそうなんだけど……。


「ラビさん!」

”! ああ!”


 と、皆が沈黙してしまった中、ありすが気付く。

 時間になったのだろう、クエストボードに変化が現れた。




 高難度クエスト:救援要請




 ……以前の『冥界』の時と同じ名前のクエストが現れる。

 しかし、いつもとは違って報酬やら特記事項やらは何も記載がされていない。これもある意味異様なクエストだけど……。


「――参りましょう、皆さま!」


 俯いていた桃香が顔を上げ、きっぱりとそう宣言する。

 その表情には悲壮感もなく、先程までの無理矢理テンションを上げているような様子も、そして気負いもない。

 ただひたすらに、前へと進もうという『決意』にみなぎっていた。


「ん、行こう」

「ああ。このクエストで間違いないだろう」

「う、うん……なんか、ものすごく異様な『気配』を感じるよ……」

「……めーたん!」

「撫子も何か感じてるみたい」

「にゃはは。もうあたしたちは進むっきゃないにゃ!」


 他の皆も桃香同様、『決意』に満ちた表情で私の号令を待つ。

 ……うん。もう行くっきゃない!


”よし、皆行こう! あやめたちを助けに!”


 果たして天空遺跡へと行けばあやめたち『眠り病』の患者の行方が掴めるのか……それはわからない。

 それに、そもそもこの『救援要請』というクエストが天空遺跡行きなのかすらも不明だ。

 それでももう迷うのは止めだ。

 どうせ他に手がかりもないのだ。だったら、撤退のタイミングを見誤ることのないように注意しつつ、突き進んでいくしかないだろう。

 ――それが、いつもの私たちのやり方なんだから。




 クエストを受注。私たちはいつものように『変身エクストランス』の儀式もせずに、全員でゲートを潜っていった……。




 ……こうして私たちは『眠り病』を解決するため――あやめを救うための戦いへと赴くのだった。

 これが『冥界』をも超える……そして『ゲーム』における最大規模の『戦争』となることを、この時はまだ誰も知らなかったのだ……。

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