第8章5話 大胆なお絵描きは幼児の特権
* * * * *
「ふん、ふーん、ふんふーん♪」
翌日……私は約束通り一人で星見座家へとやってきて、なっちゃんと遊んでいた。
なっちゃんのお母さんとは初対面ではあったが、『違和感を抱かれない』という例の『ゲーム』の効果のおかげで特に怪しまれることはなく、『なっちゃんのお友達』くらいの感覚になっているようだ。
今私はなっちゃんの部屋――椛の部屋と襖で仕切られただけのいつものお昼寝部屋だ――で遊んでいる。
昨日は何だかご機嫌斜めだったなっちゃんも、今はご機嫌で鼻歌を歌いながらお絵かきをしている。
”……ふぅ”
とりあえずは一安心だ。
昨日椛が困り果てるくらいの『暴れん坊』っぷりだったらしいけど、今日はそういうわけでもないみたいだし……これなら今日の夜には普通にクエストに参加できるだろう。
いや、まぁ正直今でもなっちゃんに限らず『ゲーム』に参加することの是非については思うところがないわけではないんだけど……『集団昏睡事件』のことを考えると、途中リタイアしたところで逃れることはできないんじゃないかっていう気もするし……難しいところだ。
それはともかく、今日の夜は千夏君が塾で不参加のため椛となっちゃんに加わってもらわないと、分散して捜索することが出来なくなってしまうという事情もあるのだ。
果たしてこのままクエストを闇雲に探し回ったところで成果があるのかははなはだ疑問ではあるが……それに、一度捜索して何も見つけられなかったけど、実は私たちが見逃しているだけ、という一番恐ろしい可能性だって考えられる。
……いや、ここで立ち止まるというのだけはないな。不安だらけだけど、このまま突き進んでいくしか私たちに出来ることはない……。
「でーきたっ」
”んー? おや、これは……”
にこにこ笑顔のなっちゃんが描いたのは――なんだこれ?
多分、『人間』、それも笑顔を浮かべた人間だとは辛うじてわかるけど……それに何やら茶色い物体を抱えている……?
「これね、めーたん!」
”めーた……ああ、あやめか”
言われて見れば確かにその面影があ……いや、やっぱりわからないな……。まぁ幼児の画力だしね……。
……あ、そういうことか。
”そっかー、この間のお泊りの時のあやめかな?”
「うんー! おいしかった!」
描かれた茶色い物体は、あの日お昼に食べた『具だくさん焼きそば』か。
「めーたん、おげんきなかったから、げんきになって、って」
”そ、そっか……”
この子はこの子なりに状況があまり良くないことはわかっていたのだろう。
……いかんな。どうも私たちはあやめのことを始めとした『集団昏睡事件』でテンパっていて、周りのことを見ている余裕を完全になくしてたみたいだ。
私は耳を伸ばしてなっちゃんの頭をなでなでする。
「うゅ……めーたんのにがおえ、よろこんでくれるかなー?」
”そうだね。あやめもきっと喜ぶよ”
お世辞なんかじゃなく、本当にそう思う。
あやめって桃香の世話をかいがいしくしているし、それを抜きにしてもわりと子供好きっぽいんだよね。ありすとか美々香にも親切だし――桃香の友達だからって理由だけじゃないとは思いたいけど……。
お泊り会の時も、鮮美さんともどもなっちゃんに懐かれていたけど全然嫌な感じではなかったしね。
”なっちゃん、お絵かきも好きなんだねぇ”
「うん!」
私の問いかけに満面の笑みを浮かべて頷くと、お絵かき帳をパラパラっと前のページを捲って見せてくる。
そこに描かれていたのは、やっぱり小さな子が描いたんだなとわかる……ぱっと見ただけだと何がなんだかわからない、でも一生懸命描いたんだなってのは伝わってくる微笑ましい絵だった。
「これはねー、はなたんとふーたん」
”うん”
「こっちはゆっきー。こっちはとーたまとかーたま」
”うんうん”
家族の似顔絵(?)が最初に描かれていて、その後はなっちゃんが好きな動物がいっぱい描かれていた。
甥っ子姪っ子もお絵かきよくしてたっけなぁ。なんてことを思い出しながら、ちょっとほっこりとさせてもらった。
……うん、やっぱりあんまり思いつめすぎていてもよくないな。自分でもはっきりとわかるほど、肩から力が抜けたのがわかる。
「これはねー、ぴっぴ!」
”あはは、真っ白だ”
ピッピも描かれていた。
真っ白なお絵かき帳に、白のクレヨンで描かれたピッピは――うん、まぁ角度を変えて見てみたら地の色とクレヨンの色が微妙に違うからわかるんだけど、ぱっと見は真っ白だ。
……笑ってもいられないな。きっと私も同じように描かれるだろうし……。
更に笑ってられない事態が起きた。
”……うぉ……っ!?”
ページを捲ると、一杯に真っ黒の『何か』が描かれていた。
……なんだっけ、ページ全部を真っ黒に塗りつぶすとか、児童心理学だかなんだかで物凄くヤバい状態を示しているとか……何かそんなことを聞いたことがある記憶が……。
いやいや待て待て。落ち着け。
この真っ黒の直前まで普通にお絵かきしていたじゃないか。
となるとこれは、黒い何かを描いただけ……なんだろう。……なんだと思いたい。
”ね、ねぇなっちゃん……こ、これは何を描いたのかなー?”
恐る恐る聞いてみると、なっちゃんはいつもの調子で、
「のあーる」
と答えてくれた。
の、『のあーる』……?
更に次のページは――今度は赤で塗りつぶされており、隣のページは真っ黄色で塗りつぶされている。
「こっちはー、るーるー。でー、こっちはぬーぬー!」
”へ、へー……?”
どうやら私が心配したようなことはなさそうだ。
……でも何を描いたのかがさっぱりわからないや、これ……。
まぁ子供のお絵かきだし、そんな深く追求することでもないのかなぁ、と軽く流そうとした私だったけど、続くなっちゃんの言葉に無視するわけにもいかなくなった。
「あーね、ぴっぴがね、うーたんに早くのあーるのところにいって、ってゆってた」
”!? ピッピが……え? なに……?”
「のあーるのところにいけばね、それでいいって」
――そういえばしばらく前になっちゃんと遊んでた時にも何かそんなようなことを言ってたような覚えがある。
――……鍵は……撫子……。
!?
ふと頭の中にそんなフレーズが思い浮かんできた。
……そ、そうだ……確かあやめが『眠り病』になって楓に起こされる直前、何か忘れちゃいけないような……『夢』を見ていた覚えがある。
起きてすぐあやめのことでドタバタして忘れてしまっていたけど、その夢の中で『誰か』に言われたんだ……。
”……なっちゃん、この『のあーる』っていうのはどこにいるの?”
「うゅー……? おっきなねー、おしろのまえにいるのー」
大きなお城……? しかも、お城に住んでるじゃなくて、お城の前に住んでる……?
ああ、でもこれだけじゃわからない……!
”うーんとさ、じゃあ……この『のあーる』ってのはどういう人なの?”
真っ黒、としかなっちゃんの絵からは伝わってこない。
『のあーる』だけじゃなくて『るーるー』『ぬーぬー』ってのもそうだけど……。
「んっとね、まっくろでー、おっきくてー、がおーってするの!」
”う、うむむ……?”
なんだそりゃ……まるでモンスターみたいだな……?
……その後、幾つか質問をしてみたけどまるで要領を得ず……『のあーる』の正体についてはわからずじまいのまま、なっちゃんはお昼寝タイムに突入してしまった。
* * * * *
『”……ってわけなんだけど……”』
なっちゃんが眠った後、私は皆に遠隔通話で呼びかけてみた。
もちろん授業中だったらアレなので事前に大丈夫かは確認済みだ。
『んー……?』
ありすたちも困惑しているのが伝わってくる。
そりゃ、まぁそうだよね……。言ってて私だってよくわかってないし……。
『その、アニキ?』
『”なぁに?”』
『……それ、重要なこと……っすか?』
遠慮がちな千夏君の言葉に、私は言葉を詰まらせる。
今重要なことか? って言われると……論理的に考えれば、あやめたちの『集団昏睡事件』とピッピに何のかかわりもないだろう。リタイアしたピッピが
『”…………わからない、ってのが正直なところなんだけど……気になるんだよね……”』
このことについて時間を割くのは無駄かもしれない。ただでさえ手がかりもなくあやめの捜索も進んでいないというのに……。
でも、私が口にした通り『気になる』――何の進展もない時に唐突に現れた不思議なものに、勝手に関連性を抱いているだけなのかもしれないけれど……不思議と無視しない方がいい、そんな気もしているのだ。
『うーん……なっちゃんが言うことだからにゃー……』
『ちょっと無視しづらい、かな』
なっちゃんの『特殊能力』としか言いようのない謎の能力を私以上に知るであろう楓と椛は気にかかっているようだ。
『……ラビさん、僕が家に帰るまでなっちゃんといてくれる?』
『”え? う、うん。それは大丈夫だけど……?”』
『良かった。じゃあ寄り道しないで帰るから待ってて』
『あ、そっか。ユッキーが行けば大丈夫かもしれないにゃ』
『”??”』
はて、椛ではなく雪彦君がって……なんでだろう?
私も、ありすたちもその意図がわからず困惑する。
『え、っと……僕が撫子から話を聞いて、その「のあーる」っていうのを描いてみる』
『”雪彦君が?”』
『にゃはは、ユッキーならきっとちゃんと「のあーる」を描けるはずにゃ。期待して待ってるといいにゃ』
『ん、気になるからわたしも行っていい?』
『う、うん、いいよ……』
というわけで放課後まで引き続き星見座家でなっちゃんと遊んでいることに。
なっちゃんは物凄く喜んでくれたけど……。
で、割と早い時間に雪彦君がありすと一緒に星見座家へとやってきた――まぁ雪彦君にとっては家に戻ってきただけなんだけど。
「撫子、僕とお絵かきしようか?」
「ゆっきー! するー!!」
なっちゃんは狂喜乱舞だ。
どうやら、雪彦君とお絵かきするのが楽しくて仕方ないらしい。
椛も楓も手が空いていない時に雪彦君もなっちゃんの相手をすることがあるみたいなんだけど、その時には大体一緒にお絵かきをしているみたいだ。
「ねぇ撫子。『のあーる』って、どんな顔をしてるの?」
「んー? えっとねー、のあーるはねー」
「ふんふん……」
雪彦君は自分のスケッチブックを開き、なっちゃんから『のあーる』の特徴を聞き出すとさらさらっとそれを描き込んでいく。
ああ、なるほど……『モンタージュ』を作っているのか。
……って、そんなことまで出来るのか……絵が上手いってのは聞いてはいたけど……。
「ん、スバルの
”へぇ?”
「前に皆で色々と描いてもらったけど、スバルが見たことないはずのお父さんもそっくりに描いていた」
”それはすごい……”
あのワイルドなイケメンの皮を被った面白外国人のモンタージュを作れるとは……いや、ありすのお父さんに限らず、10歳でそんな芸当が出来ること自体が凄いんだけど。
「……よし、出来た」
なっちゃんとお話しながらモンタージュを作成することわずか10分程度。
鉛筆でさらさらっと描いただけだけど、果たして……。
「……ラビさん、恋墨さん、これ……」
描いてる最中は集中していて気にもしていなかったみたいだけど、描き終わってから自分が何を描いたのかを冷静に見たのだろう。
ちょっと混乱している風だったけど、躊躇いがちに雪彦君が絵を見せてくれる。
”どれどれ――って、これ!?”
「ん!? これ……まさか――!?」
雪彦君の絵に私たちは
それは――巨大な『黒い竜』の姿をしている。
だが多くの日本人が『ドラゴン』と聞いて思い浮かべるであろう『巨大なトカゲ』的なドラゴンではなく、全体的な造形は『人間』に近い――『竜人』とでも言えばいいのだろうか、とにかく竜の頭に胴体、尻尾、翼……それに全身を覆う鱗とかのパーツはドラゴンそのものなのだが、人間のように直立した姿のドラゴンなのだ。
ところどころ白くなっているのは単にペンを入れてないから……というわけではなく、おそらく陰影を表しているのだろう。そのせいで、色は真っ黒なのはわかるんだけど光を反射して輝く……金属質な黒、というのが伝わってくる。
雪彦君の画力には本当に驚かされたが……驚いたのはもちろんそれだけじゃない。
この黒い竜人が何なのか、私たちは知っていた……。
”…………天空遺跡の黒晶竜……”
もう半年近く前になるのだろうか。
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