第8章1節 夢見る世界への序曲

第8章4話 ただひたすらに前へ

*  *  *  *  *




 亜理紗ちゃんのお見舞いをした日の夜、皆にわかったことを伝える。

 あやめのことだけでなく、おそらく『集団昏睡事件』そのものを解決する必要があるだろうという点では皆の意見も一致していた。

 ただし……。


「……『ゲーム』絡みなのはほぼ確定と思っていいけど、鷹月さんはともかく『ゲーム』からリタイアした子までっていうのは……どうしてなんだろう……?」


 楓がそう疑問を呈する。

 そう。その点だけは全くわからないところなのだ。

 あやめが何かしらの理由でクエストに捕らわれてしまっている、というのは『あやめがユニットだから』でわかりやすいんだけど……ヒルダの方はユニットではないはずなのに、(推測だけど)クエストに捕らわれてしまっている。これがわからない。

 『眠り病』患者の全員を見てみないとはっきりとしたことは言えないけど、おそらくは大半は『既にユニットではない』んじゃないかと私は考えている。

 理由は簡単で、『眠り病』の範囲に比して見れば人数は少なすぎるのだが、『ゲーム』の参加者として考えるとあまりに人数が多すぎるのだ。

 だから、既ににユニットではなくなった子――理由は様々だろうけど――が大半なんじゃないかと思っているだけなんだけど。

 この点に関してはトンコツもほぼ同意見であった。亜理紗ちゃんを見たことで『ゲーム』絡みである可能性が高まったことを伝えた時に、私の推測を話したらトンコツも同意したのだ。


”理由は全くわからないけど、事実として『ユニットではなくなった』子も今回は含まれていると思っていいだろうね。

 ……もしかしたら、あやめ以外は全員そうなのかもしれない、と私は思う”


 『ユニットだから』であやめが『眠り病』になったのだとしたら、ありすたちだって『眠り病』に罹る可能性があるのだ。

 だというのに、ありすたち――それに美々香たちやヨームのところの子たちは全員無事なのだ。これも推測にすぎないけど、そう的外れではないんじゃないかと思う。

 厄介なのはもしそうだとしたら……。


「……あやめお姉ちゃんの使い魔が、原因……でしょうか?」

”…………断定はできないけど、その可能性は高いね”


 そういうことになる、のだろう。

 何が目的なのか、というよりもまではさっぱりわからないけれど……。

 とりあえずマサ何とかが元凶だとすると、あやめは彼のユニットとして無理矢理連れていかれたと考えられる。

 で、どういう理屈かはわからないが、元ユニットの子たちも同様に連れ去られた……そういう状況なんじゃないだろうか。

 この推測が当たっているにせよ的外れにせよ、キーマンはマサ何とかになる――あやめを助け出す上ではそれは間違いないはずだ。


「んー……アリサがユニットだったかどうか、わかってれば良かった……」

”そうだね……”


 これは私が抜けていたせいでもあるんだけど。

 亜理紗ちゃんがユニットだったとすれば、あやめと亜理紗ちゃんがマサ何とかのユニット……と考えることが出来た。

 でも残念ながらそれは不明だ。亜理紗ちゃんが今もユニットなのか、それとも元ユニットなのか……今となってはわからない。それに、下手したら別の使い魔のユニットだった、なんてことになったら更に混乱してしまう。

 だから亜理紗ちゃんのことは一旦置いておくとして、ヒルダのような元ユニットと同じと考えておくこととしよう。


「そういえば……すず姉は大丈夫かな……?」


 ……あ、そっか。ありすはケイオス・ロアのことを知らないから……。


「ホーリーなら普通に学校に来てたぜ」


 どう言うか迷ったけど、あっさりと千夏君が答える。

 そっか。私もすっかりと美鈴のことを忘れてしまっていたけど、彼女も一応は『元ユニット』組になるのか……なぜか今はケイオス・ロアになっているけど……。

 千夏君の言葉を聞いて、安心したようにありすは息を吐く。


「そっか……良かった」

「んん? ほりりん、もしかしてユニットなのかにゃ?」

「ああ、そういやお前らには言ってなかったっけ。……そうなんすよね、アニキ?」


 急に私に話を振られてしまうが……そうか、千夏君は美鈴のことをありすに話さないように、という私の言葉を覚えていたからこちらに振ったのか。


”えっと……ちょっと今は詳しく話している時間はないけど、前に私とありすで一緒に『ゲーム』に参加していたんだ”


 楓と椛は美鈴とも知り合いだし、どこかで話しておかないとな……いや、まぁいつまでもありすに隠し続ける必要があるのか、っていうのはあるんだけど。


「ねーねーうーたん」

”なっちゃん、ごめんね。ちょっと今大事なお話してるから……”


 流石にこの話題になっちゃんは入れないだろう。

 一人で大人しくしててくれたんだけど、流石に飽きて来ちゃったみたいだ。

 可哀想だけど、もう少し我慢しててもらわなければならないか。


「えっと、僕たちはどうすれば……?」

”そうだね……やるべきことに変わりはないかな……”


 残念ながら話自体は全く進展がない。

 あやめ――あるいはその使い魔がいるクエストを特定する、という目標には変わりはないけど、一体どのクエストにいるのかという手がかり自体は手に入っていないのだ。


「お嬢はそろそろ戻った方がいいな。後は俺たちに任せとけ」

「…………はい。よろしくお願いします、皆さま」


 この中で一番現実世界に気を配らなければならないのが桃香なのだ。こちらも可哀想だけど仕方ない。

 一人、桃香はマイルームから出て現実世界へと戻ることに。


「むぅ……はなたん、ふーたん……」

「撫子、ごめんね。いい子だからもうちょっと待っててね」

「にゃはは。お話に飽きちゃったかにゃ? んー、それじゃ、お姉ちゃんと一緒にお部屋に戻るにゃ?」

「ちがうのー!」


 さて、残った私たちで今日の捜索をしなければ……。

 千夏君も今日は塾のない日なので夜の捜索も可能だ。

 ……ただ、なっちゃんは何だかご機嫌斜めみたいだし、椛に任せた方がいいかな……。

 そうするとありす、千夏君、楓、雪彦君の四人だけで捜索せざるをえないか。昨日みたいに二人一組にするか、それとも四人で行くか……。


「わたし、ふー姉と行く」

「そうだね。あーちゃん、よろしく」

「んじゃ、俺とユキの男子組だな」

「う、うん!」


 ……雪彦君も雪彦君でブレないなぁ……。こんな状況にも関わらず、嬉しそうな笑顔を浮かべている。


”それじゃ、椛”

「はいにゃー。なっちゃんのことは任せるにゃー」


 なんかバタバタとしているなっちゃんを抱きかかえ、こちらも現実世界へと戻って行く。

 さて――


”よし、それじゃ皆行こう。深追いはせず、くれぐれも気を付けて!”


 私は魔力消費の大きいありすと一緒だ。

 今日こそあやめたちが見つかりますように……そんな淡い願いを込めて、私たちはそれぞれのクエストへと挑んでいく……。




*  *  *  *  *




「……ダメだな……」

「ん、全然ダメ……」

「うーん……」

「普通のモンスターばっかりだね……」


 とまぁ結局今日も成果はなかった。

 それらしき怪し気なクエストもなく、至って普通のモンスター戦ばかりだ。

 高難易度クエストすら出てこない。


”どうしたもんかなぁ、これ……”


 まだ二日目とも言えるが、もう二日目、とも言える状況だ。

 はっきり言って『冥界』の時の比ではない。

 病院で見てもらっているからと言って安心できる状況ではとてもないだろう。

 でもやるべきことがわかっていても有効な手を全く見いだせない状況だ……このままひたすらクエストを探し続けるしかない、のだろうか……。


『うーちゃん』

”椛?”


 と、マイルームで皆して項垂れ、でも諦めずに次のクエストに行こうかとしていた時、現実世界に戻っていた椛から遠隔通話がやってくる。

 はて、何かあったのだろうか?


”どうしたの?”


 ちなみに今は各自で夕飯を食べ終えたりで比較的自由に過ごせる時間だ。

 ありすについては美奈子さんがいないので戸締りをした後、いつでも寝れるように。千夏君も星見座姉弟も全員大丈夫だという時間なんだけど……。


『それが……ちょっと困ったことになっちゃったにゃー……』

”困ったこと?”


 まさかなっちゃんの身に何か起きたか――もしかしたら『眠り病』の魔の手が私のユニットにまで伸びてきたのか、と思わず緊張してしまう。


『なっちゃんが、ちょっと暴れん坊になっちゃって困ってるにゃ……』

”な、なんだ……”


 むぅ、普段結構聞き分けがいい子なだけにちょっと意外だけど……椛が困るくらいか。


『それで……明日の昼間、なっちゃんのとこに来てくれないかにゃ?』

”明日か……”


 明日も普通に学校がある日だし、日中は捜索も進まないので私はやることはない。

 まぁあえて言うならトンコツとかにチャットで呼び出された時に、なっちゃんの前から姿を消さなきゃいけないのが心配ってところかな……。


”うん、日中は大丈夫だよ。なっちゃんは保育園じゃないの?”

『明日は母様がお休みの日だからおうちにいるにゃー』

”そっか。了解”


 なっちゃんのご機嫌取り……というか宥めるために私が明日遊んであげる、って椛が言っちゃったんだろうなぁ……。

 まぁなっちゃんと遊ぶのは嫌ではないし、やることもなく悶々としているくらいならその方がいいか。

 というわけで私は明日星見座家へと向かうことを承諾したのだった。


「ん、それじゃ……わたしたちもがんばろう」

「ああ。今日もまだ何回かクエストに行けるしな」


 こちらはこちらでやる気は萎えている様子はない。

 先の見えない状況ではあるけど……ここで諦めるわけにはいかない。

 今私たちに出来ることは、ひたすらに前へと進んで行くことだけなのだから。

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