第8章3話 プロローグ ~眠れる街(後編)
* * * * *
わかっているだけで被害者数92名――それが、翌朝の
思った以上に、どころかとんでもない大事件となってしまっている……。
皆あやめと同様にただ眠っているだけにしか見えないが、全く目が覚めることのないという原因不明の『奇病』とされてしまっている。
もちろん、『ゲーム』が原因なのは私たちにはわかっているけど、それを他の人に説明することも出来ないし信じてもらえるとも思えない。
被害者も共通点がほとんどない。
住んでいる地域こそ桃園台を中心として、尚武台、北尚武台、御嶽ヶ原、
だが、逆に今度は広さの割に被害者数が少なすぎる。季節性のインフルエンザよりもずっと少ないのだ。
これが同じ学校の生徒だったら、症状は違いすぎるけど『集団食中毒』のような感じでわかりやすいのだろうけど……。
年齢も様々だ。辛うじて十代前後の学生ばかりというのが共通点ではあるけど、前述のように地域が離れているし、被害者同士にも面識があったりなかったりでやはり有効な手がかりとは言い難い。
もっとも、『ゲーム』が原因なのでそういう観点から被害者の共通点を見出すのは普通の人間には難しいんだけど……。
ともあれ、今回の『集団昏睡事件』――ワイドショーやらネット上では既に『眠り病』とか呼ばれているけど――は普通の人間には全く原因がわからず、伝染するのかどうかも全く不明だ。
ただ、全国ニュースで報じられはしたものの、該当地域では特にパニックが起きたりとかはしていないみたいだ。
原因不明の『奇病』と言われたら大なり小なり近くに住んでいる人には衝撃はあるんだろうけど、症状が『ただ眠っているだけ』にしか見えないことと、最初の一回――つまりあやめが眠ったのと同じ『昨日の夜から明け方にかけて』眠りに落ちた者以外に新しい患者が現れていないことが理由かもしれない。
…………もしかしたら私には理解できない別の理由があるかもしれないけど、それは確かめようがないだろう。
”……参ったな……ちょっと想像より規模が大きすぎる……”
お泊り会解散後の翌日の今日は既に平日だ。
特に学級閉鎖とかにはならずに、ありすたちは普段通り学校へと通っている。中学生組も同じだ。
家に残った私はニュースとかで情報収集をしていたんだけど……言葉通り、ちょっと私たちが思ってた以上の大ごとになってきてしまっている。
いくら規模が大きいからと言っても、原因が『ゲーム』であるならば対象のクエストクリアで何とかなると言えばそうなんだろうけど……正直ここまでの規模だと、本当にそれで解決するかどうかも自信がなくなってきていた。
”どう手を付ければいいのやら……”
昨日かなりの時間を対象クエストの絞り込みに費やしたものの、成果は全くなかった。
『外れ』のクエストがわかった、という意味では全くの無意味ではないんだろうけど……それで事態が進展したというわけではないし、全く喜べるものではないだろう。
今日もありすたちが学校が終わったら手分けしてクエストを片っ端から見ていく、という話にはなっているがこのままではダメなんじゃないだろうか、という思いがあるのは否めない。
でも、やらなきゃならない。
あやめはもちろんのこと、他の被害者の子たち――まだあやめと同じ原因と決まったわけじゃないけど――そしてその家族のことも心配だ。
だけど私にとって一番の心配は桃香のことだ。
昨日も私たちに見えないところで泣いていたみたいだし……仕方ないこととは言え捜索に加わることが出来てないのだ。そのことが彼女の心にどれだけの負担を掛けているのか……。
”むぅ……トンコツからも連絡はないし……”
正しくはトンコツを中継してヨームからの連絡がない、だけど。
ヒルダだった子が同じ状況だとしたら、おそらくは他の子たちも同様なんじゃないかと推測できる。
その中にはもしかしたら『ゲーム参加中』『ゲームオーバーになった』の二種類の子がいるかもしれない。
……ま、それがわかったところで、というのはあるんだけどさ……何の情報もないよりはマシだと思う。
しばらく情報を探っていたけどこれといった進展もなく悶々としていると、トンコツから連絡が来た。
『”おう、ラビ”』
”トンコツ! ヨームから何か連絡があったの!?”
ヨームがヒルダだった子と会えたのだろうか? ヒルダだった子も今は病院に運ばれていて会い辛くなったかもしれない、と心配していたんだけど……。
『”いや、ヨームからまだだ。やはりアンジェリカと合流すること自体が難しいみたいだな……”』
残念ながら違うみたいだ。
半ば予想はしていたけど、そもそもヨームが現実世界でアンジェリカに会うこと自体がちょっと難しいのだろう。
家も離れているし、アンジェリカと
『”だが別口から情報が入った。全員が全員
”別口?”
『”ああ。カナの友人がやはり目覚めなくなったんだ。それで昨日はこっちもバタバタしてたんだが……”』
”和芽ちゃんの?”
どうやら和芽ちゃんの現実での知り合いに、『ゲーム』の参加者がいたみたいだ。そちらとは私は接点は全くないのでわからないが……。
『”その子のお見舞いという名目で、今日午前中にカナと一緒に様子を見に行ってきたんだ”』
”じゃあ……?”
『”……やはりその子もクエストに参加中、という表示がされていた”』
むぅ……となると、やはりこの『集団昏睡事件』は『ゲーム』が原因である可能性が非常に高いってわけか……。
”……ちなみに、その子は
となると次に気になるのはユニットであるかどうか、だろう。
私の言葉に画面の向こうのトンコツは首を横に振る。
『”いや……その子は既にユニットではなくなっていた”』
”それは確実に?”
トンコツの言葉を疑うわけではないが、ここを違えてしまうわけにはいかない。
『”ああ、確実だ。……というよりも、その子の使い魔が既に敗退しているからな……”』
”そっか……”
私の知らないところでトンコツにも色々とあったのだろう。
どこか寂しそうな表情でそう言った。
詳細は知らないけど、それなりに交流のある使い魔で、かつユニットの本体が和芽ちゃんの友達だった故に知っていたんだろう。
で、その使い魔は既に『ゲーム』から敗退している――ジュジュやプリンさんのように――ので、自動的にユニットも解除されてしまっている、ということか。
……まぁプリンさんのところのアンジェリカみたいに、その場にユニット枠の余っている別の使い魔がいたとしたら、その使い魔のユニットとなることは出来るだろうけど……トンコツがそう断言するってことはそれなりの根拠があるのだろう。例えば、使い魔がやられるところを目にしているとか……いや、これはあまり深追いするものではないな。
後は
”…………わかった。ありがとう、トンコツ。でもこれでほぼ確定かな”
『”そう思っていいだろうな”』
断言するほどのサンプルがあるわけではない。そしてそれを確かめる術もほぼない状態だ。
だけど、ここから先は――私たちは『集団昏睡事件』の原因は『ゲーム』であると思って行動すべきだろう。
正直バッドニュースではあるし、あやめのいるクエストを特定できるような情報ではないんだが……それでも何もないよりはマシ……かなぁ。
その後、私たちは今後の方針を確認してチャットを打ち切った。
どうやら和芽ちゃんは今日学校を休んでしまったようだし――その是非はともかくとして有益な情報だった――今日は出来る限りクエストに行って《アルゴス》の確認をしてくれるみたいだ。
くれぐれも無理だけはしないように念押ししつつ、トンコツにも本格的に捜索してもらうこととする。
引き続きヨームからも何か進展があれば連絡してもらうこととして……私の方はやはり昨日と同じにするしかないかな、という結論に至った。
『”……俺たちも協力するから。ヴィヴィアンのお嬢ちゃんにも早まった真似はしないように、な……まぁ俺たちなんかじゃ頼りねぇかもしれねぇけど”』
なんてことをトンコツは言っていたけど、とんでもない。
現実世界ではそこまで関わりがあるわけでもないあやめ、そして他の多くの子のために危険かもしれない捜索をしてくれるのだ。それに《アルゴス》の広範囲に渡る捜索能力は頼りになる。
……なんて言っても、それこそトンコツにとっては慰めの言葉にしかならないかもしれないけど……。
* * * * *
事態が動いたのは放課後、ありすが家に戻って来てからだった。
――ただし、良い方向にではない。より悪い方向に、だ。
「ありす、今から出かけるからすぐに準備しなさい!」
「ん? どうしたの、お母さん……?」
ありすが家に帰ってきてからほんの少しして、血相を変えた美奈子さんがそう告げる。
これからクエストに行ってこようかという時だった。
よくわからないけど、ありすが出かけてしまうのであれば私は家に残って他の皆と捜索に行こうかな、なんて考えたんだけど……。
「
* * * * *
”……やっぱりか……!”
美奈子さんに連れられて、亜理紗ちゃんが運び込まれたという病院へ。
そこで取り乱した
……幸いと言っていいのかはわからないけど、ICUに運びこまれたわけでもなくまた面会謝絶ということもなく普通の病室に亜理紗ちゃんはいた。
ただし、これはやはりと言っていいだろう、他の患者はいなかった。
お昼すぎのニュースでやっていたことなんだけど、おそらく他人に伝染するようなものではないと発表はされていた。
でもだからと言って他の患者と一緒の病室だと余計な不安を与えてしまうだろうから、ということで別の病室を宛がわれているのだろう――個室であればその心配もないんだろうけど、まぁそこは言っても仕方ない。
病室で泣き崩れる志桜里さんを美奈子さんが宥めている間に、私とありすは眠っている亜理紗ちゃんの様子を見てみたのだが……。
「……ラビさん、やっぱり?」
”うん。亜理紗ちゃんもクエストに参加中って出てる”
あやめの時と全く同じだ。
ということは、亜理紗ちゃんもユニット――あるいは
「……んー……?」
”ありす、どうかした?”
美奈子さんはともかく志桜里さんには私が喋れることを説明するのがこの状況では面倒だ。
ひそひそ声で何やら不審そうに首を傾げるありすに尋ねる。
「んー……何か、アリサ……
”違う? 何が?”
「わからない……けど、何となくそんな気がする……」
”うーん……?”
そう言われて眠っている亜理紗ちゃんを見てみるけど……私にはよくわからない。
起きている時ならともかく、眠っている状態だし……それに、彼女とは一度会ったっきりだったからなぁ。
「……恋墨ありす!?」
「ん、リンコ」
と、その時病室に新たな見舞客が現れた。
……そして『冥界』で私たちを助けてくれたユニット・フランシーヌの本体でもある。
そっか、彼女も『七燿黒堂』の一員だし、元々亜理紗ちゃんと親しくしていたみたいだから来てもおかしくはないか。
凛子も親と一緒にここに亜理紗ちゃんの様子を見に来たみたいだ。
少しお見舞いをした後に、
「母さん、それに恋墨のおばさま。あたしたちはちょっと外へ行きますね」
と親に断ってありすを連れて病室から出て行こうとする。
「リンコ?」
「いいから。あなたも話しづらいでしょ」
”……だね”
どうやら私たちと『ゲーム』について話があるみたいだ。
ここは彼女のお誘いにのった方が得策だろう。
「ん。お母さん、ちょっとリンコと外行ってくる」
大人たちの方も今はわちゃわちゃしているし、子供は迷惑を掛けないようにしていた方がいいだろう。
休憩室……というかロビーというか、他の患者さんにも迷惑にならないところで凛子と話をすることに。
「こっちまで連れてきて何だけど……その、あなた、亜理紗のこと
何のこと、とは問うまい。
”うん。見た。彼女もユニットなんだね……そして今、彼女はクエストに参加しているみたいだ”
「そっか……リュウセイの言った通りだったわ……」
おっと、どうやら凛子の使い魔――直接会ったことはないけど、『リュウセイ』という何やら事情通がそう言っていたのか。
……確か以前の『冥界』の時も何かしらの事情を知っていて
だが、その私の期待は早くも裏切られることになる。
「はぁっ……リュウセイもこんな時どこに行ってるってのよ……。でも、ありすの使い魔がいてくれたおかげであいつが言ってることが正しかったことがわかったし、助かったわ」
”リュウセイ――君の使い魔、いないの?”
「ええ。昨日から何か用事があるって言ってどこかに行っちゃったっきりなのよね……亜理紗のこと、っていうか今騒ぎになってる『眠り病』のことも、クエストに閉じ込められているのが原因だ、って急に遠隔通話で一方的に伝えてきただけだったし……」
”むぅ……凛子の方から連絡は?”
一縷の望みをかけて尋ねてみたものの、首を横に振って否定されてしまう。
「だめ。全然応答がないわ」
「んー……でもリンコがまだユニットってことは、使い魔がやられたわけじゃない……」
「まぁそうね」
……うーん……リュウセイとやらも何がしたいのか、何をしてるのかがサッパリわからないな……。
ふと思ったのは、もしかしたらピッピと同じように『開発者』の一人なのかもしれない。それもより『ゲーム』の運営に近い側なんじゃないだろうかってものなんだけど……だとしたら今のこの『集団昏睡事件』を放置しておいていいものか、って疑問はある。
それとも運営側で何かしらの対処をしようとしていて、それで忙しくて凛子からの問いかけに応答がないってことなのか……?
……考えてもわかる問題でもないか。
”そっか……他にリュウセイからなにか聞いてない?”
これまた期待を込めて聞いてみたんだけど……。
「……いいえ。『眠り病』の原因が、ユニットの子がクエストの中に捕らわれてしまっているからだ、としか聞いてないわ」
と、これまたやはり新情報は出てこなかった。
まぁ私たちはあやめが『眠り病』になった直後に発見し、その場でクエストにいることを確認できたから知っていただけど、もしそうでなかったとしたら凛子から聞くまで気づけなかったかもしれないのか。
それにリュウセイがどこまで信用できるかはわからないけど――この状況で嘘の情報を流すとはちょっと思えない。『集団昏睡事件』はやはり全員同じ原因なのだというのが確定した、と思っていいだろう。
解決に向けては何も進んではいないが、それでも一つ確定した情報が出来た。このこと自体は素直に喜んでおこう。
考えようによっては、たった一つの原因を解決するだけでこの『集団昏睡事件』を一気に解決できるとも言えるのだ。そこはプラスの情報と捉えても的外れではあるまい。
その後、もう少し凛子と情報共有をしていたのだが……お互いにこれと言って新しいものを得ることは出来なかった。
「ありす、帰るわよ」
「ん、わかった」
しばらくしてから美奈子さんがありすを迎えに来て私たちは家に戻ることに。
……ただ、ありすを家に送り届けた後、美奈子さんはまた出かけなければならないみたいだ。
思った以上に志桜里さんの方も状態がよくなく、ちょっと放置するわけにもいかない、という判断のようだ。
割としっかりとしているとは言え、まだ10歳のありすを一人家に残しておくのは――と思わないでもないが、まぁそうも言ってられまい。ありすと一緒だとそちらの世話もあるし美奈子さんの負担になってしまいかねない。
夜には帰ってくるとは言っていたから大丈夫だろう。戸締りだけちゃんとしておけば、そうそう問題は起きない……はずだ。
「……」
帰りの車の中で美奈子さんからの説明を聞きつつも、ありすは考え事をしているのかどこかぼーっとしているような顔をしていた。
……いや、まぁいつものことと言えばそうなんだけど……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ありすとラビと別れた後、凛子も自分の親が待つ病室へと戻って行った。
そこで親から凛子は一人で家に戻っているようにと言われる。
美奈子が一旦娘を家に送り届けて再び戻ってくるまでの間、凛子の母親が志桜里に付き添うことになったためだ。
「……志桜里おばさま、ごめんなさい。一つだけ聞いていいですか?」
先程のラビたちの会話中には気付かなかった『あること』について、凛子は思い切って志桜里に尋ねる。
「亜理紗は――
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