第8章2話 プロローグ ~眠れる街(中編)
トンコツ伝いで聞いたヨームの話によれば、かつてジュリエッタとクラウザーによってゲームオーバーに追い込まれたユニット――ヒルダの本体もまた、あやめ同様に謎の眠りに落ちているということだった。
ただヨーム自身もアンジェリカから遠隔通話で聞いただけなので、実際にヒルダ本体の様子を見たわけではないみたいだが……。
”ヒルダの本体もか……”
偶然、とはちょっと思えない。
このタイミングで『ゲーム』の関係者――片方は『元』がつくが――が二人とも同じような状態になるということは、何かしらの『意図』や『作為』があると考えるのが自然だろう。
それが何なのかまではわからないけど……。
”ヨームはヒルダ本体の子は直接見てないんだよね?”
『”ああ。あいつはフォルテのところにいるし、どうやらアンジェリカたちの家は少し離れたところにあるみたいだからな……”』
ちなみに私は今知ったのだけど、アンジェリカとヒルダはどうやら本体が実の姉妹であるらしい。
で、朝になっても
”……トンコツ、ヨームに出来たらでいいんだけどヒルダのことを直接見れるか頼んでくれない?”
個人的には偶然には思えないけど、その可能性はゼロではない。
『”大丈夫だ、そいつはもう俺から言ってある……流石に無関係とは思えないしな”』
”助かる。……だよねぇ、無関係とは思えないよねぇ……”
どうやらトンコツも同じことを考えていたみたいだ。
既にヨームにはヒルダ本体の子を見てもらうように依頼済みだという。
……これでもしあやめと違って何の表示も出てこないとしたら――それはそれで困ったことにはなるけど、少なくとも『ゲーム』は関係していないことはわかる。となるとあやめの問題とは切り離して考えられるんだけど……。
『”一つ疑問が増えちまったな……”』
”だね……”
とりあえずヨームからはっきりしたことが聞けるまでは、あやめとヒルダの問題は同じだと仮定して考えることとしよう。
だがそうすると新たな疑問が出て来てしまうのだ。
”ヒルダの方は確実にゲームオーバーになっていたんだよね?”
疑問を確定させるためには私には情報が足りていない。
念のための確認に対し、トンコツは頷く。
『”ああ。前に一度だけだがヨームも直接ゲームオーバー後のヒルダに会ったことがあると言っていた。クリスマス? だかそんな行事の時だったか”』
……あれか、アンジェリカ本体と千夏君が会った時のことか。
アンジェリカの本体は顔ははっきりと見なかったけど、かなり小さな子だったし……もしかしたらあの公園にあの時お姉ちゃんもいたのかもしれない。
おそらくその前後でヒルダ本体の子とも会って、ヨームは確認したのだろう。
『”その時にゲームオーバーになっていること――ユニットとすることが出来ないことは確認したらしい”』
”むぅ……そっか……”
『”……逆にあやめちゃんの方が、実はもうユニットではなかった、とかはないか?”』
私たちが抱いている疑問――それは、あやめはユニットでありヒルダは既にユニットではない、という『差』のことだ。
『ゲーム』が原因であやめが眠りから覚めない、これはもう確定したことだ。
そうだとすると、既にゲームオーバーになっているヒルダが『ゲーム』が原因だと考えるのは――ちょっと難しいと私たちは考えている。
”…………うーん、ないとは思うんだけど……”
私もトンコツの問いには自信をもって答えることが出来ない。
あやめがユニットであることを確認したのは、
『ゲーム』に関する知識は持っていたし、実際に『ゲーム』中の桃香のことを何の疑問を持たずに見守ってくれていたりしてくれていたし……。
それでも実は既にユニットではなくなっていたが、こちらに話を合わせてくれていただけ……という可能性だってありえないわけじゃない。
何というか、あやめだったら『桃香の言うことだし』と無条件に信じてくれそうな気もするしなぁ……そしてそれを私たちに悟られないようにすることだって不可能ではないと思えて来る。
『”……とにかく、ヒルダの方はヨーム待ちだとして……あやめちゃんの方をどうするかだな”』
”うん、そうだね”
冷たいかもしれないけど、ヨームが見るまではヒルダの方は放置しておくしかない。
原因がはっきりとわかっている、そして身近にいるあやめのことを優先した方がいいと思う。
……もし二人の原因がどちらも『ゲーム』なのだとしたら、同じクエストなりが原因なんじゃないかとも思える。
やはりあやめを優先した方が良さそうだ。
”とりあえずチャットは一旦ここまでにしよう。桃香たちが心配だ”
『”ああ、そうしよう。ヨームからもし連絡があれば伝える。ただ、まぁそこまで期待はするな……家が離れているし、すぐにはヨームがヒルダに会うのは難しいだろうしな”』
”うん、わかってる。トンコツはどうする?”
『”……そうだな、とりあえずばら撒いてある《アルゴス》を通じて調べてみる。だが、これもあまり期待はできねぇな……ヨームと合流出来たら、こちらも色々とクエストを当たってみることにするぜ”』
こういう時、
もし《アルゴス》で見つけられないとしても、それはそれで一向に構わない――『そのクエストは無関係である』ということが明らかになってくれるのだから。
《アルゴス》が配置されていないクエストだっていっぱいあるけど、それについてはヨームと連携して確認してくれるみたいだ。流石にトンコツチームだけでクエストに行くのは、楓が心配した通りの二重遭難の危機もあるしね。ヨームチームの三人が加わってくれれば危険はぐっと減るだろう。
”お願い。私も皆と相談して、あちこちのクエストに行ってみる”
私だって何もしないわけにはいかない。
さっきは桃香を皆して止めたけど、現実世界で手をこまねいているわけにもいかないだろう。
いずれにしてもあやめがどこかのクエストに参加しているのは確実なんだし、私たちも挑む必要があるのは間違いない。
とにかく、現実世界の方が心配だ。
私たちはチャットをそこで打ち切り、現実世界の方へと戻るのであった。
* * * * *
それから――
「……んー、手がかりなし……」
「ああ、それらしいクエストも全然出てこねーな……」
一足先に家に戻っていた椛たちとも相談し、私たちはとにかくかたっぱしからクエストに挑んでいった。
ただし……結果は全て空振りに終わっている。
「皆様……」
少し泣いていたのであろう、目が赤くなった桃香が心配そうに私たちを見てる。
――桃香だけはクエストに参加させず、現実世界で待ってもらうこととしたのだ。
もちろん意地悪でも何でもなく、もしあやめの方に何か変化があった時に全員が眠っていると不都合が起きるためだ。
私たちの方もちょくちょく現実世界へと戻って様子を確認しているが……。
「…………うーちゃん、とりあえず一旦私たちも家に戻った方がいいと思う」
結局、午前中の残り時間を使ってかなりの数のクエストに挑んだものの、成果は全くなかった。
まぁ外れのクエストがわかったという意味では完全に成果なしとは言わないんだろうけど……そんなの慰めにもならない。
”……そうだね。ありす、千夏君、私たちも一度家に戻ろう。流石に親御さんにこれ以上心配はかけられないよ”
「……ん」
「っすね……」
ありすはまだともかく、千夏君はそろそろ限界だろう。帰った後に親に何かしら詰められるかもしれないが……。
「あたしは残るよ。いざとなったらカナ姉ちゃんに迎えに来てもらうから」
”わかった。美々香ちゃん、よろしくお願い”
トンコツたちは午前中は《アルゴス》を使っての捜索がメインなので、美々香は桃香と一緒に部屋で待っていてくれた。
幼馴染で色々と都合もつけやすいだろう。ここは美々香の言葉に甘えさせてもらうこととする。
”午後からの捜索は――どうしようか……”
「多分、今のペースだとちょっと遅い。うーちゃんは嫌だろうけど、これからは手分けして探した方がいいと思う」
”う、それしかないかな……”
ユニットだけでクエストに行ける、というのを利用して手分けして探す――考えなかったわけではないけど、二重遭難のことを考えるとあまりやりたくない手段だったのだが……。
「しらみつぶしに探すなら、もうそれしかないっすね」
「ん、ユニットは六人いるから……二人一組で同時に三か所ずつ潰していけばいい。もし返ってこない組がいたら……」
「……ちょっと怖いけど、そこが
そんなことにはなって欲しくはないんだけど……『冥界』の時みたいに帰りたくても帰れないケースはありえるしな……。
保険として全員にポータブルゲートを渡しておく必要があるか。離脱アイテムだと同じクエストに参加できなくなっちゃうし……。
「どうか……よろしくお願いします……」
そう言って桃香は深々と頭を下げた。
……クエスト内でどんな状況に陥っているかわからないけど、あやめが一番苦しい思いをしていることは想像に難くない。
けど、仕方ないこととは言え待っていることしかできない桃香が、私たちの中では一番辛いはずだ。
”――大丈夫、『冥界』の時みたいに、きっと私たちがあやめを助けてみせるから”
何の根拠もない言葉だけど――私にはそう言うしかなかったのだ……。
* * * * *
……結局、その日は何度も皆でクエストに挑んだにも関わらず、あやめが囚われているであろうクエストを見つけることは出来なかった。
というよりも、そもそもそれらしき怪しいクエストも全くなく、至って普通のモンスターが相手のクエストしかなかったのだ。
レイドクエストは週末にしか出てこないため今日はなかったし……。
”……むぅ、まさかレイドクエストに囚われたまま、とか……?”
だとするとかなりヤバい。次の週末まで私たちには参加する術がない。
「んー、多分違う、と思う」
だが私の心配をありすは否定する。
「週末にしか出てこないクエストなら……鷹月おねーさんは参加してないんじゃ?」
”あ、そっか……”
確かにそうかも。
あやめが日付が変わるまで起きていたのは私も見ているし。
……まぁ、実は午前零時ではなく例えば午前四時に節目がある、とかだったら話は別なんだけど……それは今確かめる術はない。
それに未確定とは言え、ゲームオーバーになったヒルダのこともある。
”うーん、やっぱり普通のクエストじゃなくって、『冥界』の時みたいな特別なクエスト……なのかなぁ”
「かもしれない」
”だとすると、このまま闇雲にクエストを調べていっても意味がないかもしれないね……”
「でも」
ありすは全く揺るがない意思を秘めて私を見る。
「ここで何もしない、はない」
…………それもそうだ。
”うん、そうだね。今は出来ることをやらないと……”
相変わらずあやめは目を覚まさず、桃園の方は結構大変な状況みたいだ。
桃香のこともある。早めに解決させたいけど……。
『うーちゃん!』
”? 椛……? どうしたの、一体?”
と、その時椛から遠隔通話がやってくる。
実は彼女は午前も午後も親に対してのアリバイ作りのため――それとなっちゃんのために――ちょくちょくとクエストからは抜けていたのだ。
その間に何やら色々と調べものをしていたらしいけど……。
『これ、結構ヤバいかもしれないにゃ!』
”え、どういうこと……?”
『うーちゃんのとこ、パソコンはあるにゃ? 何ならスマホでもいいから、桃園台のローカルニュースのサイト見てみるにゃ!』
”う、うん……?”
とにかく言われた通りありすと共に居間へと降り、恋墨家共用のパソコンでローカルニュースを調べてみる。
以前、あやめがジュウベェによる強盗事件を調べてくれた時、サイトのURLは聞いていて何かに使えるかもとブックマークしておいたのだ。
”――はぁっ!?”
「ん!? これ……確かに拙いかも……」
ローカルニュースのトップページに、でかでかと載せられていた記事……そこには……。
『桃園地区にて10代前後の児童が多数意識を失う』
という見出しの記事が載っていたのだ……。
その記事を読んでみると、どうやら桃園台だけでなくその周囲の地域で沢山の子供たちが意識不明に陥っているというのだ。
「これ……鷹月おねーさんと同じ……?」
”だよね……”
記事には具体的な人数とか症状、原因とかは書いてなかったけど……この状況であやめと無関係とはもはや到底思えない。
――
それも、私たちの想像を超えた規模の何かが……。
この時はまだ、私たちは起きている事態について何の手がかりも得られていなかった。
けれど――もはやこの時点で、事態は取り返しのつかないところまで進んでしまっていたのだった。
そのことに私たちが気付けたのは、もう少し後になってからである……。
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