第8章 魔眼少女 -Genuine Devil-
第8章1話 プロローグ 〜眠れる街(前編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――……ラビ……お願い……。
――……早く来て……。
――……
* * * * *
あやめが倒れているのを発見し、一時はパニックに陥りかけたロッジ内であったが……。
小さい子たちを年長者たちが何とか宥めることで大混乱は避けることが出来た。
……流石に鮮美さんや豪先生も取り乱しはしていたけど、何とかこちらも自制することが出来たみたいだ。
自分の娘が原因不明で意識を失っている状態で発見されたのだ。本当だったら彼らこそ一番泣き叫びたい気持ちだったろうに……。
『…………呼吸も脈拍も正常。解せぬ……これではただ眠っているだけだ』
豪先生に連れてこられた高雄先生はしばらくあやめのことを色々と調べていたけど、原因は全くわからないみたいだ。
『ただ眠っているだけ』――『ゲーム』の存在を知らない人からしたら、本当にそうとしか思えない状態だろう。
でも私たちだけはわかる。
<
現在クエストに参加中です
>
間違いなくあやめは今どこかのクエストに行っている。
もしそれだけならば――是非はともかくとして――安心できる話ではあったんだけど……。
”……トンコツ、どう思う?”
私たちは安心できない場合があることを知っていた。
そして、あやめについてだけは到底安心できない理由があることも知っていた。
”……むぅ、楽観したいところではあるが……難しいな……”
”だよね……”
まず第一に、あやめは私たちが知る限り一度もクエストに参加したことはない。
本人曰く最初のチュートリアルの時だけしかそもそも『ゲーム』に参加したことはないという。それに、ユニットだけでクエストに挑めるようになった後も、『ゲーム』参加中の桃香の様子を見守ってくれてはいたもののやはり単独でのクエスト参加はしていなかったはずだ。
私たちに内緒でこっそりと一人でクエストに参加していた――という可能性はゼロではない。
けど、だったら何でこんな目立つ場所、そして見つかったら確実に騒ぎになる場所で……という謎が残る。
”もしあやめが一人でもクエストに参加しようとするなら、まず間違いなく自分の部屋でするだろうね”
”ああ。こんなところで眠りこけているのを他人に見られたら大騒ぎになる……実際なっているし、それがわからん嬢ちゃんじゃないだろう”
この点では私とトンコツの意見は一致している。
あやめは割とポンコツなところもあるけど、基本的には間違いなく『有能』と言っても差し支えない子だ。ここで眠っているのを見られることの問題なんて絶対にわかっている。
それなのにこの状況ということは――可能性は二つ。
”ありえるのは、まずあやめちゃんの使い魔――名前わかんねーんだったか? とにかくそいつが急に招集をかけた”
それが一つ目の可能性。
ゼロとは言えないが、今までずっと放置してきて何で今更? とかいう疑問はあるけれど……。
”もう一つが、去年の『冥界』の時みたいなケースかな。でも、うーん……”
どちらかと言えば私は『冥界』と同じ場合に一票なんだけど、それはそれで疑問は残る。
『冥界』の時は幽霊団地でモンスターを見た、というのがトリガーだった。もしあの時と同じであれば、あやめもどこかでモンスターを見た、あるいは『冥界』へ引きずり込む『トラップ』的な場所に行ったということになるのだが……。
そういうものの心当たりは全くない。あやめが話さなかっただけというのはありえるけど、彼女の性格上『ゲーム』に関連して、かつ桃香に危険が及びそうな可能性があるなら私に相談してくれると思うんだよなぁ。これが私の思いあがりではないとも言い切れないが。
”もしトンコツの言う方の可能性だとしても……”
”ああ、わからないことだらけだ。まずあやめちゃんが
そう。それが大きな疑問点だ。
あやめの使い魔のマサ何とかが急にやる気を出して『ゲーム』に参加するようになったとしよう。それであやめもクエストに引っ張り出したというのはなくはない。
でも、あやめがここ――食堂にいる時に『ゲーム』に参加したのだとしたらちょっと時間がおかしいことになる。
私たちが昨夜解散したのは日付が変わる前後だ。あやめもあの後に寝る、と言っていたのでどんなに遅くても……そうだな、多分夜中の1時頃には部屋に戻っていたと思う。
だというのにあやめはここで『ゲーム』に参加していた……。
そうなると、はっきりした時間はわからないけどおそらく4時間以上は『ゲーム』内にいることになってしまうのだ。
”うーん……そこまで長いクエストに参加しているってのもありえなくはないけど……”
”だとしても、使い魔に『ちょっと都合が悪いから一旦抜けさせて』と言えないことはないよな……”
”だよねぇ”
マサ何とかがクラウザーみたいな『俺様』系だったら、まぁ……って感じだけど、あやめの話を聞く限りだとクラウザーに恐れをなして逃げ出すようなタイプみたいだし可能性は低いかな。
「ラビちゃん」
”あ、美奈子さん”
少し離れたところでトンコツと話していたんだけど、その間美奈子さんたちは今後のことを相談していたみたいだ。
”どうなりました?”
救急車を呼ぶにしても、この場所までは流石に入ってこれない。
演習場の入口まで来てもらってそこから先は担架で運ぶなりが必要だ。
それに、他の子供たちをどうするかという問題もある。
「まずはあやめちゃんだけど――」
美奈子さんが相談の結果を教えてくれる。
あやめについては、一旦高雄先生の診療所へと運ぶこととなった。
原因不明ではあるものの外傷もなく身体的には『眠っているだけ』としか言いようのない状況だ。精密検査をすればもしかしたら原因もわかるかもしれないが、それすらも全く未知数の状況である。
高雄先生の診療所ならば入院設備も整っているし、何よりも桃園の敷地内なので鮮美さんたちも傍にいやすい。
もちろんそのまま放置もできないので、桃園の医者――ガチの軍医さんだ――にも協力をお願いすることになる。
この判断が正しいのかどうか私にはわからない。とにかく、ここにあやめを寝かせていても仕方がないのだけは確かだ。
あやめは豪先生が車まで運んでいき、そのまま高雄先生の診療所へと向かうこととなった。
それで子供たちなんだけど……。
「まずは星見座さんたちをおうちまで送って行くわ」
演習場から一番遠い星見座姉弟を美奈子さんが車で送って行くことに。
ただ、美奈子さんの車に全員が乗るのは難しいので、椛が雪彦君となっちゃんを連れて一足先に戻ることとなった。
後は順次美奈子さんが送って行く……ということになる。
流石にこの状況で豪先生や鮮美さんに送ってもらうというのはなしだろう。
「ん……お母さん、わたし、トーカと一緒にいていい?」
今後のことを子供たちに伝えた後、ありすはそう言ってきた。
……確かに、ありすがいたところで何ができるわけではないけど、今桃香を一人きりにしてしまうのはちょっと問題がある。
「……そうね、そうしてあげなさい」
「んじゃ、俺も一応残るか。何だったら、おめーを家に送ってやるしな」
「ん、わかった」
美奈子さんの許可も取り、ありすと千夏君が桃香と一緒に桜家へと行くことに。
ここからだったら一応歩いても行ける距離なので美奈子さんを待たずにそのまま向かうことにした。私もありすたちと同行する。
「私も行く」
楓も一緒に来るようだ。
千夏君だけでなく、年上の同性がいた方が何かと安心できるだろうし、むしろお願いしたいくらいだ――こういう時、いつもあやめがいてくれたんだけど……いや、今そのことを考えるのはよそう。
和芽ちゃんとトンコツはこのまま歩いて家へと戻ることに。美々香はやはりありすたちと一緒に桃香のところに残るつもりみたいだ。
「あやめお姉ちゃん……どうして……」
相変わらず真っ青な顔で桃香は今にも泣きそうな声でそう呟いていた……。
――こうして、楽しかったはずのお泊り会は最悪の終わり方を迎えてしまったのだった。
* * * * *
桃香の部屋へと、桃香、ありす、千夏君、楓、そして美々香と私が集まっている。
演習場の後始末とか各家への親御さんへの連絡とか……そういう諸々を美奈子さんが片づけてくれて、ようやく落ち着いて来た。
時刻は既に午前9時付近……結構な時間が経ったようにも思えるけど、あっという間の時間だったようにも思える。
……辛い時間も早く過ぎ去るものなんだな……なんて場違いなことを考えてしまうけど、とにかく気を紛らわせないとやってられない。
”――というわけなんだ”
皆が落ち着くのを待って、私はあやめの状況を皆に報告した。
あやめは今『ゲーム』に参加している状態だということ。だけどその理由は全くわからないということ。
……おそらくはあやめの身体は高雄先生が言う通り眠っているだけの状態なので、そうそう命の危険はないであろう。ありすたちの時と違って今回は最初から大人にも状況は伝わっている、言葉は悪いけど『隠ぺい』を考える必要はない。
ただ、この状況がいつまで続くのかは全くわからない。そして、『ゲーム』内でのあやめがどんな状況に陥っているのかもわからない。
最悪のケースだと、私たちが『冥界』で目にした
「た、助けにいかなきゃ……!」
私の話を聞いて桃香が立ち上がる。
いかんな……もうちょっと桃香を落ち着かせないと、何をするか本当にわからないかも。
「落ち着け、お嬢」
「で、でも……!」
「お姫ちゃん、こういう時に迂闊に動いたら二重遭難の可能性がある」
「ん。わたしたちの時と同じと決まったわけでもない……」
すかさず千夏君たちが桃香を宥めようとする。
特に楓の言うことはもっともだ。
『冥界』の時は他に手が無かったというのもあって千夏君と共に速攻でクエストに行かざるを得なかったけど、今回はそういうわけにもいかない。
”……桃香、気持ちはわかるけど、すぐに行くのは無理だよ”
「そんな、ラビ様!?」
”今回は桃香たちが『冥界』に閉じ込められた時とはちょっと状況が違うんだ……”
とりあえず『あやめがクエストに行っている』というのは間違いない。
ただし、どのクエストに行っているのか? というのは私たちからは全くわからない。
”桃香たちの時は私のユニットだったから、クエストボードを見たらわかったんだけど……”
「……あやめお姉ちゃんはラビ様のユニットではないからわからない……?」
そういうことだ。
ここまでの間にちょっとだけ確認してみたけど、あやめが私のユニットではないためどのクエストに行っているのか、それを示すものは何も表示されていなかった。
『冥界』の時は『現在ユニットが参加中』と表示されてたからすぐにわかったんだけど、今回は全くわからない。
「……探すにしても、手がかりなしっすね……」
「うん。手あたり次第、ってことになると思う。捜索方法をどうするかよく考えないと、さっき言った通り二重遭難の危険が高まると思う」
二重遭難、それが一番怖い。
どうやってあやめのいるクエストを特定するか、その方法をよく考える必要があるだろう。
焦る気持ちもあるが、ここで焦って私たち――いや、私のことはともかくありすたちに危険が及ぶようなことになってしまっては目も当てられない。
”とにかく、前回の時とは違ってあやめのことは大人たちもわかってくれているということ――特に高雄先生のところにいる分には安心できるとは思う”
……まぁ全くのプラスではないけど、『ゲーム』の事情を説明するわけにもいかない大人たちがあやめの身体を保護してくれている、というのは一応の安心材料ではある。
もちろんだからと言ってゆっくりとしているわけにはいかない。
可能な限り早くあやめをクエストから救出しなければならないだろう。
”――っと、ちょっと待って皆。トンコツから連絡だ”
そんな時、和芽ちゃんと一緒に美藤家に戻っていたトンコツからチャットのお誘いがあった。
こういう時使い魔同士って不便だな……ユニットなら遠隔通話で話せるのに……。
なんて愚痴っていても仕方ない。
皆に一言断ってからマイルームへと移動してチャットに応じる。
『”お、おい、ラビ!”』
”うわっ!? トンコツ!?”
びっくりした……。
チャットに応じるなり、慌てた様子のトンコツの大声が響く。
”ちょっ、どうしたの、一体!?”
嫌な予感がする……。
このタイミングでの連絡ってことはあやめ関連だとは思うんだけど、和芽ちゃんルートでその情報が来るとはちょっと思えないのだ。
だから……もしかして別の非常事態が起こったんじゃないか、そんなように思えて来る。
『”す、すまん。だが緊急事態だ!”』
”緊急事態って……?”
ぶっちゃけ聞きたくないけど、聞かないわけにもいかない……。
私の嫌な予感は的中したものの、トンコツの言葉はあまりにも予想外のものであった。
『”ヨームから連絡があった!”』
”へ? ヨーム?”
全く想定外の名前が出てきたぞ……?
『”……アンジェリカの姉――元々ヒルダだった嬢ちゃんが、あやめちゃんと同じ状態になっているらしい”』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます