第7.5章18話 レッキング・ガール 7. The war had began.

*  *  *  *  *




 お風呂から上がった後、合流した美奈子さんと豪先生も交えて皆で夕食を摂った。

 これまた賑やかな食卓となったが、これと言って特に変わった出来事とかも起きずに平和な風景であった。




 ご飯を食べ終わった後、またもや電池が切れた玩具みたいにぱったりとなっちゃんが眠ってしまった。

 ……ご飯を食べてる最中もずっとはしゃいでいたし、食べ終わったら皆と遊ぶ! と息巻いていたけど……昼寝したとは言ってもほぼ一日中暴れ回っていたのだ。ここらが限界だろう。

 私は元々なっちゃんと一緒に最初は寝ているつもりだったけど、予想外になっちゃんがすんなりと眠ってしまったのでどうしたものかと迷う。


『んー、別になっちゃんも寝ちゃったし、うーちゃんも皆と遊ぶにゃ』

『うん。撫子ももし目が覚めたら、遠隔通話で私たちを呼ぶから大丈夫』


 と姉二人が言うので、ちょっと心配ではあるものの私もありすたちと一緒に遊ぶことに。


『ふふ、心配な気持ちはわかるけど、いつまでも付きっ切りではいられないわよ?』

『そうだぞ、ラビ公。まぁ私たちもいるからそこまで心配することはない』


 ……とまぁ、現役のお母さんズにも諭されたことだし……。

 それに言われてみればその通りだ。

 むぅ、私ってやっぱり過保護なのかな……?




 それはともかく、私を含めて子供たちは一室に集まって皆で遊ぶことに。

 遠慮がちだった和芽ちゃんも(半ば椛が強引に引っ張って)参加。なっちゃんを除くメンバーで色々とゲームをして遊んでいた。

 残念ながらあやめだけは不参加だ。

 どうやらあやめ的には、今日は『ホスト』役を徹底するつもりらしい。

 ……鮮美さんや豪先生にまでもそれは適用されるみたいで、皿洗いも結構な数があるというのにあやめ一人でやると言って聞かなかった。


『……日頃忙しい両親にも、今夜くらいはゆっくりしてもらいたいのです』


 と言うあやめの言葉に私たちは反論できず……何かあったら遠慮なく私たちも呼んで欲しい、と声を掛けるしかなかった。まぁあやめの性格からすると、どんなに大変でも声を掛けて来ることはないような気はするけど……。




 で、しばらくは皆で遊んでいたんだけど、今度は女子小学生ズがうつらうつらとし始めてきた。

 まぁありすたちも昼間っからなっちゃんに負けず劣らず暴れっぱなしだったからね。


『っし、んじゃここらで解散すっか』


 今にも寝そうなありすたちに一方的にそう宣言するものの、反論の声は上がらなかった。

 とにかくありすたちを部屋で寝かせ――布団もいつの間にか敷かれていた。あやめがいつの間にかやったのだろうか――残りのメンバーもあまり夜更かししすぎないように、好きなように過ごそうということに。


『ぼ、僕、ちょっと描きたいものがいっぱいある!』


 とやや興奮したように言う雪彦君は、さっさと自分の部屋へと籠ってしまう。


『あー、ゆっきーの芸術家魂が爆発してるにゃ~。何かあったのかにゃ?』

『さ、さぁ……?』


 一緒に暮らしている椛たちからしてみれば慣れたものなのだろう。

 そういえば雪彦君について、前にありすたちから『図工全般、特にお絵かきが上手』という話を聞いていたっけ。

 何だろう、創作のインスピレーションが湧いてきたとかそういう感じなのかな? 椛たちの様子からしてみると、特に心配する必要はなさそうだ。

 ……なぜだか千夏君が微妙な表情をしていたのは気になるけど。


『フーちゃん、もう一回温泉行ってみる?』

『……そうだね。鷹月先輩に一声掛けてから行ってみようか』


 楓と椛は再び温泉へ。

 温泉に入っている時になっちゃんから遠隔通話があってもすぐに向かうことが出来ないかもしれないので、その時は私の出番だ――いや、まぁ私よりも千夏君とかに声を掛けた方が確実かもしれないけど。


『俺も風呂入ってくるかな』


 意外にも千夏君も再度温泉に行くつもりみたいだ。

 まぁ部屋では雪彦君が何やらやってるだろうし、一人でいるのもつまらないだろうしね。


『…………さっきはなんだか入った気がしなかったし……』


 ……何やら小さな呟きが聞こえた気がしたけど……。


『私も部屋に戻りますね』


 和芽ちゃんはと言うと、こちらは温泉に入ろうとはせずに部屋に戻るつもりみたいだ。


”うん、おやすみ、和芽ちゃん”

『はい、おやすみなさい、皆さん。

 ……そのぅ、ラビさん。師匠のこと、お願いしますね?』

”ははは……うん、わかった”


 ちなみにそのトンコツだけど……実は今大人たちと一緒にいる。

 酒盛りしてやがるんだ、あいつ……。

 鮮美さんたちは『ゲーム』関係者じゃないけど、ほとんど身内のようなものだ。トンコツも今日は遠慮なく喋ったりしている。

 で、いつの間に意気投合したのか知らないが大人組の晩酌に付き合うことになっていたみたいだ。

 私も出来ればそっちに行きたかったんだけど……い、いや、ありすたちを放っていいとは全く思ってないけど!




 ともあれ、私もトンコツを追いかけて大人組の飲み会へと参加。

 子供たちも眠ったりお風呂に入りなおしたりと、思い思いに過ごしていた。

 既に出来上がっている大人組へと乱入した私も緊急の遠隔通話が来るまでは、のんびりとお酒を飲ませてもらおう……。




 それからも特に何事も起こることはなく――


「そろそろ日付が変わるころか」


 鮮美さんの言葉にふと時計を見てみると、時計の針が真上で重なろうとしているところであった。


”そうですね。

 ……ほら、トンコツ。スリープするなら、そんなとこでしないでどこかの部屋にしてよ”


 放っておけば酔いは醒めるだろうけど、今現在はかなりべろんべろんになってしまっているトンコツを揺すってみる。

 ……これはダメだな。和芽ちゃんの部屋に連れていくわけにもいかないか……かといって、ありすたちの部屋もダメだろう。

 仕方ないので鮮美さんにお願いして適当な部屋に放り込んでおくこととした。

 美奈子さんも割り当てられた部屋へと引っ込む。


「さーて、明日も朝早いでしょうし、寝ましょうか」

「ああ。……ふふ、小旅行とは言え、こういう時の子供たちの朝は早いぞ?」

”う、わかる気がします……”


 その上、子供たちは早くに寝たしね……きっと朝早くに起きるだろうことは想像に難くない。

 まぁ大人たちはともかく、私はスリープから目覚める時は寝起きみたいな感じもなくすっきりと起きれるので大丈夫と言えば大丈夫なんだけど。


”……あやめ? 君も寝ないの?”


 軽く後片付けをして食堂から出て行こうとする私たちだったが、あやめはまだ起きていたようだ。


「あ、はい。最後の片づけをしてから私も部屋へと戻るつもりです」

”そっか。さっきも言ったけど、手伝えることがあったら遠慮なく呼んでいいんだよ?”


 私の言葉にあやめは軽く微笑みながらも首を横に振る。


「お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」


 むぅ……あやめの決意は固いようだ。

 ここで無理矢理手伝おうとしても、却って邪魔になってしまうか……。


”……わかった。それじゃ、先に休むよ。あやめも風邪ひかないように気を付けてね”

「はい。おやすみなさいませ、ラビ様」


 建物内は暖房も効いているし、お風呂に入ったのが夕方とは言っても大丈夫だとは思うけど……。

 少し後ろ髪引かれる思いはあったものの、私はあやめとその場でわかれるのであった。




*  *  *  *  *




 ……ああ――この夢か……。

 ここ最近、スリープするたびに見ていて、そして起きたら忘れてしまう夢……。


”……あれ……?”


 でも、いつもと少し違うことに私はすぐに気が付いた。

 まずいつもであればノイズだらけで周りの景色も何も見えないし、夢に現れる謎の人物の姿もロクに見ることが出来ない。

 今回は違う――相変わらずノイズは混じっているものの、いつもに比べれば大分視界はクリアだ。

 は……どこだ?

 未だはっきりとしない視界でよく見えないけど、とりあえず『外』であることは間違いなさそうだ。

 見上げると無数の星が瞬く夜空のようなものがノイズ越しに見える。

 そして、身体に当たる冷たい風がそれを明確に教えてくれる。


『ラビ……』


 私の後ろから掛けられる声。

 ……この声、どこかで聞いたことがあるような――ダメだ、周りの景色と同じく、私の頭の中にもノイズがかかっているようで考えが纏まらない……。

 振り返ってみると、そこには一人の少女がいた。

 十二単のような豪奢な着物、そして額からは二本の『角』が伸びている。

 …………この姿も、どこかで見たはずなんだけど――


『ラビ……お願い、早く来て……』

”来て……? 一体どこに……?”


 必死に私に『来て』と訴えかける少女。

 だけど、こちらの声が届いていないのか、お互いに一方通行のコミュニケーションしかとることが出来ていない。


『急がないと、私の世界が――』


 ざざっ、と一段とノイズが激しくなり彼女の声が途切れる。

 それと同時に風景も徐々に砂嵐に飲み込まれて行く……。


『鍵は――――あの子の傍で――』


 ざざざーっ、とノイズが私の夢全体へと広がり、そして……。




『うーちゃん! お願い、早く来て!』




 この声は……楓? 椛? どっちだ……!?

 悲鳴のような声と共に、夢は完全に終わった。




『”……どうしたの、一体!?”』


 スリープ中に遠隔通話を使われると、強制的に解除されてしまうのだ。

 実際に解除されたのは今回が初めてだったけど、別に寝ている最中に起こされた時のような不快感はない。いつも通りの快適な目覚めだ。

 ともあれ、途中で起こされたことについて怒ったりとかはない。

 それどころじゃないだろう。

 楓か椛か、声だけだとわからないけど……どちらであっても普段の様子からは想像もつかない取り乱しようだ。


『しょ、食堂に……』

『”食堂?”』


 何だかよくわからないけど、急いで向かった方が良さそうだ。

 昨日の夜中にありすたちの部屋に戻った後、すぐにスリープしてしまったのだけど――部屋の時計を見てみると、まだ時刻は朝の5時前だった。外も真っ暗である。

 ありすたちもまだぐっすりと眠っているようだし、起こさないように注意しつつ部屋から出て行こうとする。


『”楓? 椛? ちょっと落ち着いて、何があったか話して。私もすぐに向かうから”』

『で、でも……だって……』


 ……本当に一体何が起きているっていうんだ……? あの二人のどちらであっても、ここまで狼狽えるなんて……。

 ! まさか、なっちゃんの身に何かが起こった?

 そう思い血の気の引いた私であったが、ひと呼吸おいて彼女が告げた言葉は――あまりに予想外なものであった。


『――た、鷹月さんが……目を覚まさないの……!』




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時は少し遡り――


「……うー……?」


 早めに寝たせいもあるが、撫子は一番早くに目を覚ました。


「…………撫子……?」


 撫子のすぐ隣――というか同じ布団で眠っていた楓がすぐさま目を覚ます。

 尚、撫子を挟んで反対側には椛が眠っているのだが、そちらは眠りこけたまま目を覚ます様子はない。


「おはよう、撫子」

「うゅ、おあよー……ふーたん……」


 目覚めたものの、またすぐに眠そうにうつらうつらとする撫子だったが、


「……うー……おしっこ……」

「うん。じゃあ、お姉ちゃんと行こうか」

「うゅ」


 そのまま眠ってしまっては『大惨事』が起こることは間違いない。

 撫子の訴えに楓は微笑んで頷き、眠っている椛を起こさないように撫子を連れて静かに部屋を出る。




「撫子、寒くない?」

「うーんん、へーき」


 廊下は部屋の中に比べれば少しひんやりとしているものの、それでも外に比べれば大分暖かいはずだった。

 ロッジ内部は全体的に暖房をかけているためのようだ。

 ……一体どれほどの電気代がかかることやら、と楓は反射的に電気代を計算しようとして慌てて打ち消す。

 このロッジ、元は軍の施設であったためもあり、風呂だけでなくトイレも各部屋にあるわけではなく、フロアごとに共用のものがあるだけだ。昨今の宿泊施設としては不便な作りではあるが、そこに文句をつけようと思うほど楓は図々しくない、と自分では思っていた。


 ――……? 食堂の方、電気が点いてる……? 消し忘れか、それとももう朝食の準備とかしている……?


 楓たちの部屋は一階にある。下手に階段の上の部屋にして、撫子が何かの拍子に転げ落ちたりしないように、との配慮からだ。

 各部屋の並んでいる廊下から分岐すると、トイレ(および露天風呂への入口)に向かうのとは反対側に食堂があるのだが、そちらの電気が点いていることに楓は気づいた。


「うー……ふーたん……」

「あ、ごめんね、撫子。行こう」


 半分眠りそうになっている撫子だったが、尿意は感じている。

 起きている状態での『大惨事』も勘弁してもらいたい、と慌てて撫子を抱きかかえたまま楓はトイレへと急ぐ――




『撫子、ちょっとだけ待ってて』


 撫子が済んだ後、そう言って楓もトイレへ。

 勝手にどこかに行かないように、と言っておけば聞き分けの良い撫子は大人しく楓を待っている。

 それに、トイレのドアは鍵を閉めずすぐ開けられるようになっているので大丈夫だろう――そう楓は思っていた。

 ……恥ずかしいという思いもないわけではないが、何よりもこのトイレの個室は狭いのだ……。


「…………?」

「撫子?」


 と、撫子があらぬ方向へと吸い寄せられるように視線を向ける。


 ――ま、まさかこんなところで変なものが見えている……?


 撫子の『能力』をよく知る楓は嫌な予感に背筋を震わせるが、


「…………めーたん……?」

「え、ちょ、撫子……!? 待ちなさい!」


 ふらふらと撫子が一人で歩きだしてしまう。

 慌てて追いかけようとする楓だったが――状況が状況だ。


「ちょ、ちょっと待って……!」


 冷静沈着を絵に描いたような――実際のところはそうとも言い切れないのだが――性格の楓でも、この状況には慌ててしまう。

 そうこうしているうちに、撫子はふらふらと誘われるようにトイレから出て行ってしまう……。




 撫子に遅れること、ほんの10~20秒程度だろうか。


 ――男なら楽なのに……!


 などとやや下品なことを考えつつも、慌てて撫子の後を追う楓。

 ふらふらと歩いていた撫子は、明かりに吸い寄せられるように食堂へと入っていくのが見えた。

 ロッジの外には撫子一人では出られないだろうが、それでも転んだり変なところに頭をぶつけてしまう可能性はある。

 とりあえず怪我をしそうな様子は見られない、とほっとした楓も撫子を追って食堂へと入る。


「めーたん!」

「……鷹月さん……?」


 『めーたん』とは撫子のあやめへの呼び名だ。おそらくはあやーたん、であろう。

 彼女たちの言葉通り、あやめの姿が食堂にあった。

 ――ただし、あやめは椅子に座ったまま机に突っ伏した姿勢となっている。

 あやめの姿を確認した撫子は、眠気が吹き飛んだか嬉しそうにあやめへと駆け寄る。

 ……撫子の中ではあやめは『美味しいご飯(具だくさん焼きそば)を作ってくれたお姉さん』というイメージらしい。実は昨日も鮮美だけでなくあやめにも結構懐いていたのだ。

 それはともかく――


 ――……何……? なんで、鷹月さんがいるの……!?


 楓の方は何やら不穏な気配を察知している。

 場所は誰もいない食堂、時刻は朝の5時前だ。

 例えばこれがホテル等の宿泊施設で、あやめがそこの従業員だとすれば早起きして準備をするというのは至って普通のことだ。

 しかし、ここはそうではない。

 確かに朝食の準備などはあるが、それだけのために起きるには早すぎる時間である。

 ましてやあやめは机に突っ伏して眠っているようだ。

 ……となると、昨夜楓たちが眠った後に何かをしようとしていて、そのまま眠ってしまった――とも見える。暖房はそれなりに効いているので凍える心配はないだろうが……。


「めーたん、おあよー!」


 撫子は特に何の疑問も持たず、あやめの足に飛びついて朝の挨拶をしているが……。


「……」

「めーたん……?」


 あやめはピクリとも反応しない。

 流石に何か異様なものを感じ取ったか、撫子が遠慮がちにあやめの足を掴んで揺すってみるが、それでも何の反応もない。


「な、撫子……こっちに来なさい……」

「はなたん……? めーたん……」

「いいから、早く!」


 あまり大きな声ではないが、それでも鋭い姉の声に、撫子の顔が強張り大人しく言われた通りあやめから離れる。

 それと入れ替わるように楓はあやめの傍へと近づき――


「……鷹月さん」


 軽く肩を揺すってみる。

 ――反応はない。


「…………鷹月さん!」


 今度はさっきよりも強く。

 ――それでもあやめは反応しない。

 ……いや。


「……っ!」


 強めに揺すったせいだろうか、不安定な形で机の上に乗っていた手が、机から落ちてだらりと垂れ下がる。

 ひゅっ……という奇妙な音が聞こえたと楓は思ったが、それがすぐに自分が悲鳴を上げようとして呑み込んだ音なのだと気づく。


『う、うーちゃん! うーちゃん!!』


 半ばパニックに陥りかけた楓が真っ先に呼びかけたのは、付き合いは短いがそれでも『信頼できる大人(?)』だと無意識に思っていたラビであった……。




*  *  *  *  *




 ――パニックになっていた楓に呼び出された後……。

 あれからはもう、本当にロッジ中がパニックの渦に巻き込まれてしまった。

 まず駆けつけた私はあやめの様子を見て、すぐさま鮮美さんたちを呼んでくるように楓に言い、呼びに行っている間になっちゃんを見つつ椛も呼び出す。

 この時初めて知ったんだけど、スリープ状態の使い魔だけでなく眠っているユニットの子にも遠隔通話をすると、すぐに目が覚めるみたいだ。まぁ個人差はあるかもだけど……。

 で、楓が呼んできた鮮美さんたちだけど、こちらも結構なパニックに陥ってしまった。

 ……無理もない。

 それでも何とか冷静さを取り戻した鮮美さんたちが、桃園の闇医者――ジュウベェだった子を預かってもらっている高雄先生だ――へと連絡。すぐに高雄先生もこちらへと来てくれるようにお願いしていた。

 救急車ではなく、高雄先生を呼んだ理由は、原因が全くわからず、例えば頭を強く打ったのだとしたら下手に動かすのは拙いかもしれない、という判断だ。

 そのあたりは電話で高雄先生からも指示をされていたし、救急車を呼ぶにしてもロッジまで来るのはちょっと時間がかかる。というか、あやめを運び出す必要がある。

 急いで豪先生が高雄先生を迎えに行き、残された私たちはあやめをあまり動かさないように、かついつでも運び出せるように準備しておかなければならない――とはいってもそんなにやれることはないのだけど……。


 そうこうしているうちに、騒ぎに気付いたか、あるいは早くに目が覚めてしまったか、ありすたちも食堂へとやってきてしまった。

 大人たちの――特に鮮美さんの――切羽詰まった様子から、ただ事ではないことは流石に伝わってしまったのだろう。皆緊張した面持ちだ。


「……あやめお姉ちゃん……」


 特に桃香が重症だ。真っ青な顔で、小刻みに震えている。


”……楓、椛、千夏君。それに和芽ちゃん”

「っす。チビ共連れてちょっと向こう行ってきます」

”うん、お願い”


 ここに子供たちをいさせたままにしても、余計に不安をあおるだけだろう。

 年長組に年少者は任せておこう。

 ……まぁ、私がこの場にいても子供たち以上に役に立つことなんてないだろうけど……。


”……おい、ラビ”

”なに、トンコツ?”


 和芽ちゃんに呼び出されたのだろう、空き部屋に放り込まれていたトンコツもこの場に来ている。

 正直今は私も結構テンパっている。自分でもよくわかる。

 だからあんまりトンコツの相手もしている余裕はない――彼も和芽ちゃんと一緒に子供たちの方へと行ってもらおうかと思っていたんだけど……。


”……、見覚えねぇか……?”

”見覚え……?”


 トンコツの真面目な表情と声に、私はしばし考えこみ――やがて気付いた。


”ま、まさか……!?”


 見覚え――確かにある!

 割とつい最近……去年のクリスマスのちょっと前のことだ。

 ありす、桃香、そして美々香が目覚めることなく眠り続けていたあの時……『冥界』へと無理矢理連れ去られた時の三人と状況は確かに似ていた。

 ……そうであって欲しい、という思いと、そうではないでいて欲しいという矛盾した二つの思いを抱えつつも、私は祈るように『ユニット捜索モード』へと切り替えあやめのことを見る。




 …………そこには無情にもこう表示されていた。




 現在クエストに参加中です




 ……と。





----------あとがき----------


 ここまでお読みいただきありがとうございます!


 次回より第8章「魔眼少女」編となります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る