第7.5章16話 レッキング・ガール 5. 女子トーーク(後編)

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビが撫子を連れて露天風呂から出て行った後の話である。




「ねーねー、ハナ姉さん」

「んー、なーに、みーちゃん?」


 元々社交的な美々香は、まだ数回しか会ったことがなくとも椛たちにすっかりと馴染んでいる。

 年上の女性を常に『姉さん』呼びしている美々香は、楓たち本人同様、『フー姉さん』『ハナ姉さん』と呼んでいるのだ。


「ちょっと疑問なんだけどさー、なんでハナ姉さんってたまに猫語になるの?」

「……おっと、失礼したにゃ――じゃなくて失礼。ついうっかりねー、やっちゃうんだよねー」

「ん、わたしも気になる」


 今まで皆気にはしていたが特に突っ込みを入れなかった部分だ。

 うーん、と椛は若干苦笑い気味の笑みを浮かべて何て答えようか迷っている。


「……ハナちゃんのこの口調は、元々は対撫子用。撫子が生まれるまでは、普通の喋り方をしていた」

「そうなの?」

「あー、まぁフーちゃんがバラしちゃうんじゃ仕方ないにゃー。いやー、あたしって今はそうでもないと思うんだけど、ちょっと昔はよく喋る方だったんだよねー」


 ――それは今もではないのか?

 と椛を除く一同は思ったがあえて口にはしなかった。


「それでさー、こう……ガーっと喋っちゃうから、なっちゃんが怖がっちゃって……」

「撫子がもっと小さい時にそれだったから、なおさら言葉が通じなくてね。それで困ったハナちゃんが、撫子が猫とか犬とか……動物が好きだって気付いて、猫の真似をしたの」

「そしたらなっちゃんが物凄く喜んでくれたにゃー。

 ……で、そのまま猫語で話してたら、つい癖になっちゃったんだにゃ……つい気を抜いた時とかに出ちゃうんだよねぇ」


 直さないといけないんだけどねー、と言いつつもその表情は苦笑いに留まっている。

 どうやら誰にでも猫語で話しているわけではなく、気を抜いた時にふと漏れてしまっているだけのようだ。

 ――もっとも、それを聞いたとしたら千夏は首を傾げるだろうが。千夏の前ではよく猫語で話しているためである。

 なので、本人が気付いているかはともかくとして――正しくは『気を許した相手』に限って猫語で話してしまうという癖なのであろう。


「ふーん、そっかー」


 自分で聞いておきながらそれだけであっさりと流す美々香であった。


美藤みどっちの妹ちゃんたちは歳も近いし、そういうこともないかにゃ?」

「う、うちは……別に、その……」


 突如話を振られて慌てて答えようとする和芽だったが、特に思い当たることもないので答えに詰まってしまう。

 別に椛も本気で聞きたいわけではない、ただの話のとっかかり程度なのであろうことはわかっているが――初対面ではあるが気になる相手である星見座姉妹に緊張してしまっている。

 そんな姉の様子を見て、しょうがないなーと言わんばかりの笑みを浮かべて美々香が代わりに答える。


「まーうちはむしろ逆かなー。あたしの方ががーっと喋っちゃうからねー」

「ふふ、そういうところは美藤みど君に似てる」

「そうそう。マナ兄ちゃん、結構お喋りなんだよねー」


 美々香の兄・美藤真人まなとは以前にも述べた通り楓・椛と同級生であるため、二人もよく知っている。

 どうやら結構なお喋りなようだ。人見知りせず、初対面の相手ともすぐに仲良くなれるというのは長所ではある。その点は美々香の方が兄に似ているらしい。

 和芽の方は恥ずかしそうに――その理由は風呂で裸でいるだけではないだろう――俯きながらも、どこか探るようにチラチラと星見座姉妹の様子を窺っている。

 その視線に気づいてはいるものの、特に邪なものではないと感じている二人は指摘はしない。




「うーん、それにしても……」


 相変わらず自らの身体を隠す様子もなく開けっぴろげな態度のまま、椛は視線を逸らす。

 その視線の先には壁――男湯と女湯の境となる壁があった。


「? ハナちゃん?」

「ん? いやさぁ、こういう時って……ほら、漫画とかだと男子が覗きに来たりするもんにゃ?」

「の、覗き……っ!?」


 恥ずかしさで縮こまっていた和芽が、更に縮こまってしまう。

 一方であやめは全く変わらず、ありすと美々香は「あー確かに」となぜか納得してしまっている。


「…………ハナちゃんの言うことは理解できなくもないけど……」


 理解してしまっていいものかはともかく。


「…………だよ?」

「「「…………確かに」」」


 納得してしまう年長組。

 現在男湯にいるメンバーは千夏と雪彦、それとトンコツのみだ。


「し、師匠は……正直よくわからないところが多いんですけど、やらないと思いますぅ……」

「ユッキーはもう見慣れてるだろうしにゃ~」


 トンコツはともかくとして、雪彦は撫子と纏めて姉たちに面倒を見てもらっている立場である。

 言葉通り普段から見慣れているだろうし、わざわざ危険を冒してまで女湯を覗こうとはしないだろうとの予想だ。


「蛮堂さんは……そういうことをしない方でしょう。ですから引率役として指名したわけですから」


 残る男子は千夏だけではあるが、あやめとしては信頼しているようだ。

 もっとも、『引率役』は建前なので彼が真面目だから、という理由で指名したわけではないのだが。


「えー? バンちゃん先輩だって男だし、わかんないよー?」


 もちろん本気で言っているわけではないだろう、冗談めかして言う美々香であったが、


「ば、蛮堂先輩はそんなことしませんっ!」

「わっ!? カナ姉ちゃん!?」


 思わぬ勢いで和芽がそれに反論してくる。

 ただの冗談に対して想像もしていなかった勢いだったので、美々香はびっくりして軽く身を引いてしまう。

 和芽と美々香の様子を見て、椛は朗らかに笑いながらフォローに回る。


「にゃはは、まー確かにバンちゃんはきっとやらないねー」

「うん。小学校の時の修学旅行でもそうだった。むしろ、バン君は止める側」


 同じく楓の方もフォローする。

 ここでは特に深く語らなかったが、実際に彼女たちが小学生の時の修学旅行でひと悶着あったのだ。

 千夏も当事者ではあったのだが……楓の言う通り『止める側』に回っており、(子供ながらな悪戯心であろうが)女子風呂を覗こうとした男子と衝突した、という出来事があった。


「まーとにかく、ちょっと残念だけど、お約束のイベントはなしかにゃ~」

「ざ、残念じゃないですよぅ……」


 どこまで本気で言っているのか本心が全く読めず、椛の言動に和芽は困惑している。


「バンちゃん先輩信頼されてるねぇ~」


 姉に怒鳴れたのも全く気にしていないのか、美々香はのんびりとした口調でそう言った。

 実際、信頼はされていると思っていいだろう。『へたれ』だのなんだの、女子小学生組からはボロボロの評価ではあるものの、中学生以上の年長組からすると信頼に値する男だと認識されているようだ。

 ……もっとも、穿った見方をするのであれば『異性として認識されていない』とも取れないこともない信頼のされ方ではあるが。


「ん、もしなつ兄が覗きやったら……ちくビームじゃすまさない」

「10連発くらいいっちゃう?」

「……ちくビームじゃなくて、ちんビ」

「そこまでにしておきましょう、ありす様」


 ありすの危険な発言を察知したあやめがやんわりと、しかし素早くインターセプト。


「桃香たちも、そろそろ上がった方がいいかもしれませんね」


 更に小学生組がもう相当温まったことを見計らって出ることを促す。


「ん、確かにちょっと熱い……」

「ですわね……」

「んじゃーあたしたち先に上がってるよ。ラビちゃんとなっちゃんも待ってるだろうしねー」


 ラビたちが上がってからそれほどの時間が経過したわけではないが、かといって短い時間ではない。

 二人だけで待っているのも寂しいだろうし――実際には鮮美たちがいるため全然平気だったのだが――と、女子小学生組は上がろうとする。


「それじゃ、あたしとフーちゃんも上がるにゃ」

「うん。うーちゃんに任せっきりにしておくのも悪いし」

「あ、それじゃ私も上がります――蛮堂先輩たち、もう上がってるかもしれないですし」


 それを機に、結局年長組も全員上がることとなったのであった。

 確かに男子たちももう上がっているかもしれないし、何よりも晩御飯がこの後控えている。

 あまり長湯して皆を待たせるのも悪いという判断もあるだろう。


「もしご希望があれば夜間も使用可能ですので、私に申し付けてください」

「お、それはありがたいにゃ。フーちゃん、なっちゃんが眠った後、また来るにゃ?」

「……そうね、考えておく」

「んー、わたしはお風呂よりゲームがしたいかも」

「お、確かに! やっぱりお泊り会の醍醐味ってやつだよね!」

「でしたらわたくし、『枕投げ』をやってみたいですわ!」

「み、皆元気ですね……」


 大半が初対面の人間ばかりで気疲れもあるであろう和芽は呆れたような感心したような、何とも言えない表情で他のメンバーを見ている。

 昼間も撫子を含め散々暴れ回ったというのに、まだまだ遊び足りないらしい。




「今日は、本当に楽しい。トーカ、鷹月おねーさん、ありがとう」


 着替えている最中に、不意にありすがそんな言葉を漏らす。

 これから晩御飯を食べて何をしようかと、皆で色々と話している最中のことであった。

 唐突なその言葉を聞いて一同は思わず動きを止めてしまった。


「……わたくしもですわ。本当に――皆さんとお知り合いになれて、本当に良かった……」

「桃香……うん、あたしもだけどね!」


 家の立場など複雑な事情もあり親しい友人の少なかった桃香の言葉には、嘘は一切混じっていなかった。


「――にゃはは。まだまだこれから先も楽しいイベント盛りだくさんだにゃ~」

「……そうね、ハナちゃん」

「考えてみれば、不思議な縁ですよね。ミミちゃんたちはともかく、私たちなんて『ゲーム』がなければきっと知り合うこともなかったのに……」


 確かに和芽の言う通り、ありすたち女子小学生組――それと雪彦――は同じクラスなので知り合いで当然だ。ただ、今のような間柄になれたかどうかは怪しいところだが。

 和芽と星見座姉妹については、和芽の兄が同級生というだけで直接の知り合いではなかった。それに、撫子に至っては星見座姉弟以外とは『ゲーム』でもなければ一生接点はなかっただろう。

 同じ『ゲーム』の参加者であっても知り合いになれたとは限らない。

 星見座姉弟は更に奇跡のような出来事のおかげで、今の状態があるのだ。

 不思議な縁――というだけでは足りないくらいであろう。


「桃香、ありす様……皆さんも、折角結んだこの縁、どうぞ大切になさってください」


 そう言うあやめの言葉に、彼女たちは深く頷くのであった。

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