第7.5章15話 レッキング・ガール 4. 女子トーーク(前編)
温泉は、一言で表せば最高だった。
「うん、このくらいの温度なら撫子も大丈夫」
と楓も確認し頷いていたくらいだ。
私はそこまで外部の温度を感じられないのではっきりとしたことはわからないが、少しだけ温めになっているくらいっぽい。
あやめに聞いてみたところ、やっぱり地面から湧いている温泉をそのままではなく温めなおしてから湯舟に溜めているらしい。今日はその温度を普段よりちょっとだけ――なっちゃんや小学生組のことを考えて――低くしているとのことだ。
とは言え、もちろん身体が温まらなければ意味がないし、そこのところは上手い具合に調節しているみたいだ。
”ふぅ……こっちの世界に来てから温泉入れるとは思わなかったなぁ……”
ありすの家の近くにある銭湯も『天然温泉』を謳ってはいるものの、だからと言ってありすの家が温泉というわけではな当然ない。
私が銭湯に行くわけにもいかないので、まさか温泉に入れる日が来るとは本当に思っていなかった。
温度こそそこまで感じないものの、全く感触がないわけではない。ぬるめとはいえお湯につかっているだけでも気持ちがいいもんだ。
「うっ、えぐっ……」
”ちょ、どうしたの桃香!?”
皆してお湯に浸かっている時、桃香がぐすぐすと泣き出してしまった。
そういや脱衣所からやけに静かだなーとは思ってたけど……もしかして何かトラブルでもあったのだろうか?
……と心配する私、それに年長組だったけど……。
「い、生きてて良かった……!」
…………どうやら感動の涙だったらしい。心配して損した。
でも、まぁ……。
”うむむ……”
「ん……今回ばかりはトーカに一票」
「まー……そーね……」
桃香を責めることは出来まい。
確かに、ものすごい光景ではある。色々な意味で。
何がすごいかって……年長組の、その……バストが。
「ふぅ……」
桃香のことは慣れっこのあやめは、全く動じることなく温泉を堪能している。
今お風呂に入っている中では最年長だけあって、前にお泊り会で見た時同様目のやり場にちょっと困る身体つきだ。
「にゃはは、まーそのうちあーちゃんたちもおっきくなるにゃ~」
「モーマンタイ」
続いて全く身体を隠すこともなく縁石にもたれかかっている椛。
こちらはちょっとだけ恥ずかしいのか椛ほどあけっぴろげではないが、それでも身体を隠そうとはしていない楓。
……この二人、まだ14歳だというけどそれが疑わしく思えるくらいの身体つきだ。
以前に美鈴から話を聞いた時にも知っていたけど……本当に凄い。
あやめだって平均以上はありそうなもんだけど、この二人は更に大きいのだ。
うーむ、最近の子は成長が早いって言うけど……とても中学生には思えないくらいである。これでまだ14歳ということは、成長の余地があるってことなんだからなぁ。
…………正直、
「うぅ……」
最後に、肩までどころか顔まで湯に浸かりそうな勢いで恥ずかしそうに縮こまっている和芽ちゃん。
…………実はここにいるメンバーの中で、年長組の中では最年少の彼女が一番
「ぱいぱい……」
椛の膝の上にお座りしてお湯に浸かっているなっちゃんの視線も、和芽ちゃんの胸に釘付けだ。幼児だもんね、仕方ないね。
「うぅ、全然嬉しくないですぅ……」
「にゃはは、まぁ気持ちはわかるよ」
「うん、苦労もわかる」
「そうですね」
まー……和芽ちゃんの思っていることはわからないでもない。
女性にとっては色々と悩みの多いところの一つだよね。大人になってもそうだし、子供の頃だってそうだし。
既に通った道なのであろう、椛たち年長組は同情的だ。
「んー、お母さんはそこそこ……」
「あたしはカナ姉ちゃんと同じなら、将来は約束されたようなもんだねー」
「わたくしは自分の身体よりも――」
桃香だけ何かちょっと視点が違うけど、女子小学生ズは呑気なものだ。
ま、彼女たちがこの辺のことで思い悩むようになるのはもうちょっと先の話かな。早ければもう今年のどこか――再来月には五年生になるし――で色々と悩みが出て来るかもしれない。
そんなこんなで温泉を堪能していた私たちであったが、
「んー? なっちゃん、そろそろ上がるかにゃ?」
「うゅ……あちゅい……」
流石に温めにしているとは言っても、3歳の幼児だ。
長くお風呂に入っていては逆に体に悪かろう。
”あ、いいよ。私がなっちゃんと出るから”
「そう? ……悪いにゃ……」
”いいって。折角なんだし、椛もゆっくりと温泉を楽しんでて”
入って数分で上がってしまうのは幾らなんでももったいない。
外には鮮美さんたちもいるし、何よりロッジからは出ることもない。私だけでもなっちゃんのことは充分に見ることが出来るだろう。
”ほら、なっちゃん、私と一緒に上がろう? ありすたちものぼせないようにね”
「ん、わかった」
こっちも心配と言えば心配なんだけど、なっちゃんと一緒に上がるのでは短すぎか。
「大丈夫です、ラビ様。桃香たちは私が見ておきますので」
”うん、そうだね。そっちはあやめにお願いね”
まぁなっちゃんほど無軌道な動きをするわけでもないし、あやめもいるなら大丈夫だろう。
なっちゃんを連れてお湯を出る。
さて、とりあえずなっちゃんを着替えさせて鮮美さんのところに行くとしよう。食堂かな?
全身濡れていても放っておけば乾くとはいえ、なっちゃん優先だ。
ぷるぷるっと小動物みたいに身体を震わせて弾けるだけの水分を弾いてしまう。
「! うーたんおもしろい! もういっかい!!」
”ぷわっ!?”
……面白がったなっちゃんにまたお湯を掛けられてしまった……いや、まぁすぐ乾くからいいけど……。
”ほらー、遊んでたら風邪ひいちゃうよ”
「はーい」
折角楽しく遊びに来たのに、風邪引いちゃったら残念だしね。それにこの季節だと、インフルエンザとかも怖いし、なっちゃんくらいの年齢の子なんてどれだけ気を付けても足りる気がしない。
こうして私たちは一足先に温泉から上がるのであった。
* * * * *
”はい、なっちゃん、ばんざーい”
「ばんじゃーい!」
出ようとしたところでお湯掛けられたりはしたものの、後は素直になっちゃんは言うことを聞いてくれている。
脱衣場で身体をちゃんと拭いて、髪も軽く水分をふき取った後にまずは着替え。
……流石に私の身体では幼児とは言えなっちゃんに服を着させるのは結構辛い。
でも幸いなことになっちゃんはある程度は自分でも出来るようになってるみたいで、想像していたよりは楽に着替えさせることが出来た。
”髪は……うーん、鮮美さんにお願いしないとダメかな”
「あじゃたん!」
一体ここに来る時に何があったのか、なっちゃんはかなり鮮美さんに懐いているようだ。まぁあの人も母親だし、知らない人から見たら態度がアレなので誤解されやすいかもしれないけど、家庭的で面倒見いい人だしね。そういうの、なっちゃんは敏感にわかるのだろう。
なっちゃんを連れて鮮美さんがいるであろう食堂へと向かうと――
「あら、ラビちゃん」
”美奈子さん! 良かった、無事に着いたんですね”
私たちがお風呂に入っている間に到着した美奈子さんの姿があった。
「おう、ラビ公。撫子と出てきたのか」
”あ、はい”
「ん、髪がまだ濡れてるな。どれ、撫子、こっち来い」
「あじゃたん!」
ぱんぱん、と自分の膝を叩く鮮美さんに、なっちゃんはにこにこ笑顔で駆けより膝の上へと乗っかる。
「うわぁ……可愛い子ねぇ……」
美奈子さんもなっちゃんの可愛さに一目でメロメロにされたらしい。
「……?」
なっちゃんはと言うと、初めて見る見知らぬおばさ……女性を不思議そうに見ている。
”この人はね、あーちゃんのママだよ”
「あーたんのかーちゃま……?」
”そうそう”
ママでちゃんと伝わるのか。というか今更だけど、星見座姉妹って自分の両親を『父様』『母様』呼びなんだよね。
「……あーちゃま!」
「うふふ、そうそう、あーちゃんのかーちゃまよー」
納得したのか何なのか、にぱっと笑顔を浮かべるなっちゃん。
あまり心配していなかったとは言え、美奈子さんにも懐いてくれそうだ。
「あーね、うーたん」
”うん? なぁに、なっちゃん”
「まっくろのね、ぴかぴかのね、おまんじゅうがねみえるの!」
”う、うん?”
真っ黒のピカピカのおまんじゅう……?
……これはあれか、例の『普通の人には見えない何か』が見えているということか。
この間聞いた話なんだけど、私とありすがジュウベェ本体の少女に襲われる直前になっちゃんは『黒くて怖いの』が見えたらしく、それで泣き出してしまったのだという。
ちょっと信じがたい話ではあるけど、何かしらのものが彼女には見えている――としか思えない。
で、美奈子さんに見えたのは真っ黒なんだけど怖くはないものらしい。
「…………この子、もしかして何か見えてるのかしら……?」
子供特有の、現実と想像がごっちゃになって上手く説明できないだけだと一笑に付すこともできるのだが、美奈子さんは何やら真面目に考え込んでしまっている。
美奈子さんの実家は、本当は『七燿黒堂』らしいし……『黒』で『ぴかぴか』してて『おまんじゅう』……?
うーん、この世界のこの国にあるのかわからないけど、ぱっと思い浮かんだのは七福神の『大黒』かなぁ……いや、大黒様がおまんじゅうに見えるか、ってところは議論の余地はあるけどさ。
「そら、撫子、髪を乾かしてやろう」
「あーい!」
「美奈子、子供たちもボチボチ上がってくるだろう。夕飯の準備を手伝ってくれ」
「はいはい、わかりましたよアザミ先輩」
まぁ準備と言っても、料理自体はもうほぼ終わっているのであまりやることはないんだけどね。
とりあえず私たちはなっちゃんの髪を乾かしつつ、他の子たちがお風呂から上がってくるのを適当におしゃべりしながら待つことにしたのだった。
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