第7.5章14話 レッキング・ガール 3. ドキドキお風呂タイム

 ロッジの裏手側にある『露天風呂』……鮮美さん曰く、今日集まった人数が全員で入っても大丈夫なくらいの広さはあるらしい。

 流石に『剣心会』の集まりでも使うだけのことはある。まぁ流石に子供とは言え数十人が一斉に入るのは厳しいみたいだけど、今回くらいの人数であれば問題ないとのことだ。

 なので、特に思い悩む必要もなく、男女別で一気に入ってしまうことに決まった――当然のことながら男女でお風呂は別々にあるのだ――のだけど、少しだけ揉めたところはあった。


「うー! にーたんとはいるー!!」


 と、なっちゃんがダダをこねたのだ。

 普段は椛か楓、あと雪彦君と入っているとのことだったが……どうやら初めての(親戚以外の家に)お泊りでテンションが上がっているのもあるだろう。

 まぁ後は……子供ってたまにしか会わないレアキャラのお兄ちゃんお姉ちゃん好きだよねぇ……ってことで、レアキャラ千夏君にもっと構ってもらいたいみたいだ。

 午後は千夏君は半分くらいは買い出しでいなかったし、ありすたちとはもういっぱい遊んだので今度は千夏君と遊びたいのだろう。

 その気持ちは何となく推測は出来るんだけど……。


「いや……流石に風呂はちょっとなー……」


 これには千夏君も困り顔だ。


「こんなちっこいの、風呂入れるのは流石におっかねーわ」


 ……どうやら彼の中でのなっちゃんは、『男』『女』という括りじゃなくて『小さい子』という第三のカテゴリに入っているらしい。いや、まぁわかるけど。

 仮になっちゃんが男湯に行くとして……千夏君は言葉通りなっちゃんくらいの子の面倒を見たことはないのだろう、勝手がわからないだろうし何かあった時に責任が取れない。

 かといって雪彦君で大丈夫かというと……彼もまだ姉たちに面倒をみてもらう側の子供だ。一緒にお風呂に入ることはあっても、彼がなっちゃんの面倒をみているというわけではないのだろう。条件はほぼ千夏君と一緒だ。

 ……じゃあ楓か椛が一緒に男湯に入るかっていったら、論外である。


「にゃはは、まだバンちゃんと一緒のお風呂は早いかにゃ~」

「ハナちゃん、そういうとこ」


 幾ら千夏君に対して好意全開とは言っても、やっぱりお風呂は恥ずかしいらしい――至極当然のことなんだけど、椛がそんな当たり前の感性を持っていることに思わず感心してしまった……。

 うーん……このままだと話が進まないし、仕方ないか。


『”楓、椛。フォローをお願いね”』

『? わかった』


 多分大丈夫だろうとは思うけど、念のため楓たちにフォローをお願いしつつ、私はありすの腕の中から抜け出してなっちゃんの元へ。

 千夏君の足にしがみつくなっちゃんに向けて、優しく声を掛ける。


”ねぇなっちゃん、私とお風呂に入るのは……いや?”

「うゅ……うーたんとも入りたい……」


 よし、食いついた。


”うーん、でも私はありすたちと一緒に向こうのお風呂に入っちゃうし……”

「あ、そういうこと……」

「にゃるほど。まー、そうだにゃー……なっちゃ~ん、こっちのお風呂なら、あーちゃんたちも一緒にゃ?」

「……うー……」


 私、椛、そしてしがみついている千夏君へと次々と視線を移し、悩みに悩んだ末になっちゃんが出した結論は――


「……うーたんと入る!」


 千夏君の足から離れ、私にぎゅっと抱き着いて来た。


「じゃ、ラビさんはこっち」

”……うん……”


 まぁ元々逃げ切れるとも思ってなかったけど、やっぱり私はありすからは逃れられないようだ……。


「トンコっツぁんはどうするんすか?」

”あ? 俺? 俺は……風呂入った方がいいのか……?”


 お風呂に入れられるというのが全くの想定外だったのだろう、トンコツはどうしたものかと首をひねる。


”和芽ちゃん、トンコツは普段入らないんだ?”

「え、はい……だって……」


 私の問いかけにもじもじと恥ずかしそうに和芽ちゃんが答える。

 まぁそりゃ、声からするとトンコツは男性だしねぇ。一緒にお風呂に入るのは恥ずかしかろう。


「まーそもそも師匠はぬいぐるみのフリしてるからねー」


 なるほど。そういえばそうだったっけ。

 だったら普段からお風呂には一緒には入れられないか。


”うーん、折角だしトンコツも入ったら? 温泉だよ?”

”むぅ……その温泉というものと家の風呂の違いがよくわからんのだが……まぁそうだな、折角だし入るか……”

「っす。んじゃこっちはトンコっツぁんとユキと俺の三人っすね」


 やっぱり男女比が極端だよなぁ……ユニットになれる子って、やっぱり女子の方が多いんだろうか? ヴィヴィアン捜索の時にちょっと見てみた感じだと……うーん、どうだったかな。

 ともあれ、これでようやく誰がどっちに入るかの問題も解決だ。

 ……後はお風呂の中での話か。ま、普通にお風呂に入るだけだし、問題なんて起きないとは思うんだけどねぇ。




*  *  *  *  *




 お風呂――露天風呂は鮮美さんが言っていた通り、この人数で入っても余裕の広さであった。


「すごーい! ここお風呂!? プール!?」

”なっちゃん、走っちゃだめ!”


 昼間の原っぱに引き続き、こんなに広いお風呂を見たのは初めてなのだろう。大興奮のなっちゃんである。

 ここを今日使うのは私たちが最初なのでまだ床は濡れていないけど、なっちゃんが『走っても大丈夫』と思い込んでしまって後で転んでしまう可能性もある。


「あーい!」


 きゃっきゃと興奮しているなっちゃんだけど、私の言葉に素直に頷いてくれた。

 この子、放っておくと際限なく暴走を始めちゃいそうなところが不安なんだけど、きちんと言い聞かせればかなり素直に言うことを聞いてくれるので本当助かる。

 ……『ゲーム』内でももうちょっと言うこと聞いてくれたら、更に助かるんだけど……。


「ふぉー……ひろい……!」


 続けてやってきたありすも、この露天風呂は初めて来たのだ。想像以上の広さに感動しているみたいだ。


「うーたん! はいっていい!?」

”んー? もうちょっと待ってね。まずは身体を洗ってからね”

「うゅ! ごしごしする!」


 そう言いつつ、私を抱きかかえて洗い場に……。


「んー、しかたない。今日はナデシコに貸してあげる」

「残念。お風呂でラビちゃんもふりたかったなぁ」

”えー?”


 私の意志は?

 ……まぁ今日くらいは仕方ないか。


「にゃはは、うーちゃん、お願いしていいかにゃ?」

”うん、わかった。椛たちも今日くらいはゆっくりしなよ”

「お言葉に甘えさせてもらう……」


 事前にちょっと話はしていたんだけど、お風呂で二人にもゆっくりとしてもらうためになっちゃんの傍には私が着いていることにしたのだ。

 折角温泉に来たのに、お姉ちゃんたちがゆっくりと出来ないってのも可哀想だしね。こういうのは大人の役割だろう。

 都合のいいことに私たち使い魔とユニットであれば『遠隔通話』で素早く意思疎通も可能だ。起きて欲しくはないけど万が一の場合にも対応可能である。


”はーい、なっちゃんごしごし~”

「ごしごしー♪」


 お気に入りのお風呂セットを家から持ち込んできており、なっちゃんはご機嫌だ。


「うーたんもごしごし~」

”あはは、くすぐったいよ”


 なんて、なっちゃんといちゃいちゃしながら身体を洗うのであった。

 ああ思い出すなぁ……前世で甥姪たちとも小さい時はこうしてたっけ……。

 …………それにしても……。


”はぁ……”

「うゅ?」


 うっとりと彼女の身体を眺める私に不思議そうに首を傾げる。

 うーむ、わかってはいたけど、本当に見事だ……。


「ふふふ……どうですかな、当店自慢の一品にゃ」

”うぉ、椛!?”


 私が何を見てうっとりとしているのか気付いているのだろう、悪徳商人のような笑みを浮かべて椛がすり寄ってくる。


”いやぁ、ほんと見事だねぇ……ほれぼれしちゃうよ”

「ふふふ、星見座家名物『撫子のイカ飯腹』にゃ」


 ……まぁ私が何を見て感動しているかというと、なっちゃんのぽっこりお腹だ。

 幼児特有のぽっこりとした白いお腹が、もう何とも言えない見事な曲線を描いている。


「いかめしー♪」


 本人は意味わかってないだろうけどね。


「今ならお求めやすい価格でご提供してるにゃ~」

”あら? ……でも、お高いんでしょう?”

「ふふふふふ、日頃のご愛顧にお応えして今ならなんと――無料タダでご提供にゃ!」

”わぁい”


 お求めやすい価格なのに無料なのか、とかそういう細かい突っ込みはいらない。


「……ほら、ハナちゃん、ちゃんと洗う」

「ほーい」

”あはは、じゃあなっちゃんも泡泡を流そうか”

「うんー」


 とまぁ、そんな茶番もあったりなかったり……。

 私たちはなっちゃんが風邪を引かないうちにさっさと身体を洗って湯につかることとしたのだった。

 ちょうどありすたちの方も洗い終わったみたいだし――こっちは悪いけどあやめと和芽ちゃんにお任せだった――いいタイミングであったか。

 とりあえずなっちゃんだけはあまり長く湯に入れるわけにはいかないし、そこのところは気を付けつつ温泉を楽しむことにしよう。

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