第7.5章13話 レッキング・ガール 2. 穏やかなるお泊り会

 宿泊場所は桜家の別荘とは言うものの、元は軍の施設として使われていた建物だったらしい。

 なので、はっきり言って『別荘』なんて広さではない。

 今回結構な大人数でのお泊り会となったが、部屋も一人一部屋で割り振っても尚余るくらいに余裕はある。

 だからと言って一人一部屋だとそれはそれで寂しいし後片付けも大変なので、ある程度は纏まることとなった――まぁ鮮美さんは一人一部屋でも全然構わないぞ、とは言ってたけどそういうわけにもいくまい。




 色々と話し合った結果、部屋割りは以下となった。

 まず、ありす・桃香、美々香のJS三人組。

 楓・椛・なっちゃんの星見座姉妹。

 千夏君・雪彦君の男子たち。

 この辺りは割とすんなりと決まった。まぁ雪彦君が楓たちと同じ部屋にするかどうかってのはちょっとだけ悩んだみたいだけど。


 で、和芽ちゃんはどうするか悩んだ結果、一人部屋となった。

 JS組と一緒の部屋でも良かったのだが、妹の美々香はともかくありすと桃香と一緒の部屋だと寝にくいだろう、と鮮美さんが気を遣ってくれたみたいだ。それに、仲良し三人組と同室で年上のお姉ちゃん一人混ざるってのもね。

 女子部屋とは言え、ほぼ初対面の星見座姉妹部屋に入るのは流石に厳しいし、男子部屋なんかは論外だ。

 となると一人の部屋がベターな選択だと言えるだろう……いや、正確にはトンコツも和芽ちゃんの部屋にいることになるんだけど。トンコツは男子部屋にするか? とも話したんだけど、流石に自分のユニットが誰もいない部屋でってのは気が引けるみたいだ。


 残りのメンバーは鮮美さんと豪先生が夫婦で同室――っていうか『管理人室』みたいな部屋があるのだ――で、あやめと美奈子さんは個室となっている。

 ちなみに私はと言うと、熾烈なありすたちとなっちゃんとの奪い合いの結果……先に寝るだろうなっちゃんと一緒に寝ることとなった。まぁなっちゃんが眠った後は抜け出してありすたちのところに行くんだけど……。




 さて、そんなこんなで部屋割りも無事に済み、各人の荷物を置いた後に一階のロビー――の隣にある食堂へと集合。そこでお昼ごはんを皆で食べる。

 メニューは『具だくさん焼きそば』……もう少し暖かい季節だったら外に鉄板を置いてやれたんだろうけどね。

 ……ちなみに調理したのはあやめだ。


「…………ラビ様、本当にお疲れさまでした……」

”…………うん……本当に疲れたよ……”


 クリスマスの時同様、今回も私がちょくちょくとあやめの元へと赴いて色々と教えていたんだけど、もう本当に疲れたよ……。


”まさか映画の続編が作れるくらいのドラマが起きるとは思わなかったよ……”

「ま、またまたぁ……」

”いや、マジで”


 前回の時にこてんぱんに叩きのめしたはずの『七魅しちみ』一味が、まさかパワーアップして帰ってくるなんて思ってもいなかったよ。

 その上、今度は更なる強敵が現れて七魅たちと共に戦うことになるなんて……。

 まぁおかげで今日作った『具だくさん焼きそば』の練習にはなったんだけどね……。


「ど、どうでしょうか皆様……?」


 私と桃香の小声での会話には気付かず、恐る恐るといった様子で皆に聞いてみるあやめ。


「ん、おいしい」

「……あのあやめ姉さんが……」

「おいしー!!」


 子供たちには大好評のようだ。

 ほっとしたようなあやめの表情を見ると、私も同じように安堵してしまう。

 うん……まぁ色々と苦労はしたけど、その甲斐はあったな。そう思うのだ。




*  *  *  *  *




 少し遅めの昼ご飯を食べ終わった後は、夜まで自由時間である。

 一応今日は演習の予定は入っていないため演習場全体が使えると言えばそうなのだが、あまりに広いし人の目の届かない場所も多いため万が一にも迷子になってしまったら大変なことになる。

 なので、基本的にはロッジ周辺外――具体的には金網の外にはあやめか鮮美さん抜きでは出ないように、ということにはなっている。

 まぁ一番心配なのはなっちゃんがふらふらと出て行ってしまうことだけど、そうならないようにお姉ちゃんたち楓と椛が目を光らせているし、何よりもなっちゃんが私にべったりなので早々恐れたことは起きないだろう……とは思っている。


「すごーい! ひろーい!」

”な、なっちゃん待って!”


 最初に足を踏み入れた原っぱ程ではないものの、金網に囲まれた範囲でも相当広い。

 大人から見ても結構広いと感じられるくらいなのだ。まだ『外』の世界をそこまで知らないなっちゃんからしてみたら大した違いはないのだろう。

 テンションがうなぎ上りに上昇しているのであろうなっちゃんが、ぱたぱたと走り回るのを私は必死で追いかける。

 いくら無限とも思える体力があるとはいっても、私の身体能力はあくまで見かけ通りの小動物並みなのだ。その上、運動能力については小動物ほどのものがあるわけもなく……。

 縦横無尽に走り回るなっちゃんに追い付くので精一杯だ。


「んー……なにしていいか悩む……」

「ですわねぇ♡」

「まぁ折角だしのんびりしてようよ」


 一方で女子小学生ズは何をしようか悩んでいる様子だった。

 まぁ敷地は広いし、何していいかすぐには思いつかないよねぇ。

 かといって部屋に閉じこもってゲームというのもちょっともったいない環境だ。

 幸い時間はたっぷりとあるし、外遊びのための道具も色々と用意されている。自由に遊んでいればいいのではないだろうか。

 ……実際、楓は用意してあった椅子を庭に引っ張り出してきて、のんびりと本を読んでいる。




「蛮堂さん、申し訳ないのですが……」

「はい、なんすかあやめさん?」


 なっちゃんがありすたちに『一緒に遊ぼう?』と可愛らしくおねだりして、鮮美さんが持ってきてくれたボールを使ってキャッキャッと遊んでいる時のことだった。

 私も一旦なっちゃんたちからは離れ、遠巻きに子供たちの様子を見ていたら、あやめから千夏君にそんな声が掛けられる。


「少し買い足さないとならないものがありましたので、付き合っていただけないかと」

「荷物持ちっすね。了解っす!」


 話を聞くと、どうやら夕ご飯の食材とかは大丈夫なのだが、飲み物やおやつがちょっと足りなくなりそうなのだという。

 ……飲み物=お酒が大半なんだけどね……まぁ夜には大人組も増えるし、かといって足りなくなってから『ちょっとコンビニへ』なんて言える場所でもないし、早めに買い出しに行った方がいいのは確かだろう。

 で、何しろこの人数だ。あやめ一人で荷物を運ぶのは流石に難しい。

 ということでこの場にいる中では男子最年長の千夏君にお願いするしかない、というわけだ。


「申し訳ありません。蛮堂さんもお客様だというのに……」


 本当に申し訳なさそうに言うあやめだったけど、


「全然問題ないっすよ。一応、俺『引率』なんすから」


 とこちらも本当に気にしてなさそうに返す千夏君。

 そうだった。千夏君がこのお泊り会に参加する時の名目は、男子側の引率役だったね……まぁ男子は千夏君と雪彦君しかいないけど。


「それに、車で買い出し行った後にここまで運ぶ必要ありますし」

”……うん、それが一番大変そうかなぁ……”


 量次第ではあるけど、二人では足りないかもしれない。


「ん? なつ兄、お買い物?」


 こちらの様子に気付いたのだろう、ありすたちがこちらへとやってくる。


「おお、ちょっと行ってくるわ」

「い、行ってらっしゃいまし」


 桃香、目線を逸らしながら言うのはやめよう?


「ぼ、僕も行く!」

「ユキ? ……むぅ……」


 ここぞとばかりに張り切る雪彦君だけど、千夏君は渋い顔で唸る。


「僕だって男だし!」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」


 必死に『男の子』アピールする雪彦君。

 だけど……まぁ千夏君が思い悩んでいるのはそこじゃないんだよなぁ……。


昴流すばるさんもお客様ですし、申し訳ないです」

「だ、大丈夫です! 僕、お手伝いします!」

「にゃはは、ユッキー張り切ってるにゃ~」

「……鷹月さん、本人もこう言ってるし、人手は多い方が良いと思います。私も付き添いさせてください」


 と、楓も本を閉じて手伝いを申し出てくれる。

 なっちゃんを連れてくわけにはいかないので楓か椛のどちらか一方はここに残らなければならないだろうし、本人が必死に『男の子』アピールしてはいるがまだ小学生だ。保護者もついていった方がいいだろう。

 楓の言葉を聞いて少し考えこむあやめであったが、


「……わかりました。では、申し訳ありませんがよろしくお願いいたします」


 と楓と雪彦君のお手伝いを受け入れるのであった。

 ……千夏君は物凄く複雑そうな顔をしていたけど……まぁ荷物を持つにしても、複数人いた方がはかどることははかどるだろう。


「……そっか、スバルとふー姉、行ってらっしゃい」

「う、うん。行ってくる!」


 ふんす、と張り切る雪彦君を生暖かい視線で見送るありすたち。


「ハナちゃん、なっちゃんたちをよろしく」

「ほいよー」

「なっちゃんね! アレ欲しい!!」

「……はいはい」


 なっちゃんは着いて行こうとはしないみたいだ。まぁ広い場所で遊び回りたいという気持ちの方が上回っているのだろう。


「なつ兄、スバル、ふー姉」

「おう」

「……幸運をごっどすぴーど

「……あいよ」

「???」


 にゅっと親指を突き出してサムズアップエールを送るありす。

 どこでそんなの覚えて来るんだ……?

 千夏君も千夏君で、まるで一人で最後の戦いに挑むかのような悲壮感にじませてるし……。

 雪彦君と楓は意味がわかっていないのだろう、首を傾げているが――まぁすぐに理由はわかるだろう。忠告しておいてあげた方がいいのだろうか……? いや、しても無駄かなぁ……。




 そうして、あやめに連れられて千夏君たちは買い出しへと出かけて行った。

 残った子供たちは再びなっちゃんを中心に遊びへと戻り、


「さて……それじゃ、晩飯の準備でもするかね」

「あ、あの、お手伝いしますっ」


 鮮美さんと手伝いを申し出た和芽ちゃんが晩御飯の準備を進める。

 私も手伝おうかとも思ったけど、まぁあやめじゃないんだし大丈夫か……手伝うにしても口を出すくらいしかやれることがないので、鮮美さんにははっきり言って不要だろう。

 女子力5のゴ……じゃなくて椛はなっちゃんを始めとした年少者たちに混じって遊ぶ側へと回っている。


”……平和だねぇ……”


 去年末から先月の半ばにかけて、『冥界』での戦い、ムスペルヘイム戦、そしてジュウベェ戦と苦しい戦いが連続していた。

 ジュウベェとの戦いが終わってから半月以上が経ったが、今のところ大きな動きはない。

 もちろん、ピッピの言う『ゲーム』のタイムリミットも迫ってきている。何もしていないわけではない……が、現状どうすれば『クリア』となるのかもわからない状態だ。これについては今までと変わらずクエストに挑み続けていくしか私たちにはやれることがない。

 それに……本当だったらピッピと協力してヘパイストスと戦うという展開もあった。

 ピッピがリタイアしてしまったためその話は立ち消えになってしまったのだけれど……細かい事情こそわからないが、ピッピは切羽詰まっていたように今なら思える。出来ることなら協力してあげたかったけど、ピッピがいなければ正直これもどうすることもできない。


”……ま、今は『ゲーム』のことは忘れよう”


 考えてわかる問題でもないしね。

 もちろんだからと言って何も考えないのはそれはそれで間違っているとは思うけど、考えるためのとっかかりすらない状態だ。

 下手に考えて、間違ったことを『思いついて』しまって、それが正しいと勘違いしたまま進んでしまうことだけは避けたい。そういう時って、大体後でとんでもないしっぺ返しが来るもんだと経験上わかっているし……。

 とまぁ、『ゲーム』の期限が迫ってきているのは理解しつつも、私は今日一日くらいは『ゲーム』のことは忘れようとするのであった。

 ありすたちも『ゲーム』じゃなくて外で遊ぶのに夢中みたいだし。




 そんなこんなで瞬く間に時間は過ぎていく。

 遊んでいる最中、いきなりなっちゃんがぱたっと倒れてそのまま寝ちゃったりしたのには流石に驚いたけど――比喩ではなく本当に『電池が切れたように』眠っちゃったのでありすたちもびっくりしたみたいだ。

 慣れている椛がお部屋で寝かせる、と言って眠ったままのなっちゃんを連れて行ってくれたので助かった……もし椛がいなかったら、皆してパニックになっていたかもしれない。

 その後くらいにあやめたちが買い出しから戻って来た。

 …………予想通り、雪彦君たちの顔色は悪かったけど……。


「く、車の中にあった変なお札がね、びりって破けた……」


 ありすがムーのお土産で渡した呪いのお札風交通安全のお守りか……いや、まぁただの偶然だと思うけど。


「僕、『ゲーム』の中では絶対に安全運転する……!」


 とまぁ雪彦君に新たな決意をさせるという結果になった。

 ……安全運転するに越したことはないけど、『ゲーム』の中だとなぁ……ちょっとくらい派手な運転をしないと逆にモンスターに追いつかれたりで危険かもしれないなぁ。

 で、戻ってきた千夏君たちも含めて皆で色々と遊んでたりしていたら、あっという間に日が傾き始めてきた。


「おまえら、そろそろ中に入れ。街灯なんてないから、真っ暗で何も見えなくなるぞ」


 とご飯の支度が一段落した鮮美さんに声を掛けられ、一同はロッジの中へと戻った。

 そうなんだよね。演習場内部だから当然と言えば当然なんだけど、明かりなんて何にもないから金網の内側でも物凄く暗くなる――ロッジの近くならまだちょっとは見えるかもしれないけど、少し離れただけで真っ暗闇だ。

 後から合流する美奈子さん、大丈夫かなとちょっと心配になる。まぁ豪先生か鮮美さんがついているから道に迷ったりはないとは思うけど……暗くて足を取られて転んだりとかしてしまいそうだ。


「ん、夏なら肝試しとか面白そう」

「き、きききき肝試し!?」


 確かに……お墓とかよりも真っ暗でよっぽど怖いかもしれない。


「あー……まぁ確かにそうなんだが、やぶ蚊とかひでーぞ、ここ」

「んー……蚊は……やだ……」


 夏場で、しかもほとんど人の手の入っていないような森に囲まれてるしね。

 蚊もそうだけど、他にも虫とか凄そうだ……それを想像したか、虫が苦手な桃香、割とまともな女子の感性をしている楓が震えあがる。

 ……いや、別にありすとか美々香の感性がおかしいという話でもなく。もうちょっと年齢が上になったら、虫見ただけできゃーきゃー騒ぐようになるかもしれないし。それがいいことかはともかくとして。

 そういえば、私って蚊とかに刺されるのかしら? ……その心配するの、まだ半年以上先だし、半年後に私がこの世界にこの身体のまま残っているのかどうかもわからないか。


「よし、チビ共は揃ったな」


 ロッジへと戻った後、お昼寝から起きていたなっちゃんも含めて全員が集合した。


「うちの旦那と、美奈子――恋墨のお母さんももうしばらくしたら着くそうだ。それで全員集合となるな」


 おっと、そうだ。大人組まで揃って全員集合か。

 それはそうとして、美奈子さんたちもちゃんと来れるようで何よりだ。


「全員揃ったらメシにしよう。でだ、メシの前に――」


 一旦言葉を切り全員の顔を見回してから、にやっと笑って鮮美さんは言う。


「折角このロッジに来たんだ。お前ら、先に風呂いってきな」


 ――ある意味で今回のメインイベントであるお風呂……桃園演習場、というか桜家別荘名物の『露天風呂』の時間である。

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