第7.5章12話 レッキング・ガール 1. いざ温泉へ

 ――ああ、この夢か……。


 起きたらまた忘れてしまうだろうけど、夢を見るたびに『これが初めてではない』と思い出す……そんな不思議な『夢』……。

 何度も同じ夢を見るっていうだけでも結構不思議な話なんだけど……この夢には何か『メッセージ』が込められている、そんな気がするのだ。

 ……でも、その『メッセージ』を読み取ることが私には出来ない……。




”……また君か……”


 私の目の前に、一人の少女――と思われる影があった。

 姿ははっきりと見えない。

 彼女だけではない、視界全体がまるで壊れたテレビが映しだす砂嵐のような……そんな乱れた映像となっていて、自分がどこにいるのかさえもわからない。

 『彼女』と言っているけど、本当に女の人なのかどうかも曖昧だ。砂嵐の向こう側にわずかに映るシルエットが『着物』を着ているように見えるから、『彼女』と言っているだけだ。


<■■■■■■■■■■■……ッ!!>


 彼女が何かを私に向かって叫んでいる。

 でも……何て言っているのかが全くわからない。

 声も壊れたテレビ……いやラジオのような、ノイズだらけで全く聞き取ることが出来ない。


”ごめん、やっぱり何を言ってるのかわからないよ……”

<■■……■■……■■■■■■■……>


 段々と夢の風景が崩れていく――ああ、また目が覚めたら忘れちゃうんだろうな……。

 でも、この夢は、きっと……私にとって重要な意味を持つ。きっと忘れてはいけないものなんじゃないか――そんな風に思えるのだ……。




”……おっとスリープの時間切れか”


 時刻は朝7時。

 目覚まし時計で起きるのとは全く異なり、すんなりと目覚めることが出来る。

 寝るためにそもそもスリープをセットしなければならないから目覚ましをかけ忘れる心配はないし、電池だっていらない。時刻がズレるかどうかまではわからないけど、スリープを知った時から二か月くらい経つけどズレたことは一度もないから……まぁ大丈夫なのかな。


”……うーん……?”


 はて……何か頭の奥底でもやっとしているものがあるんだけど……それが何なのかわからない。

 …………まぁ、いいか。思い出せないってことは、きっと大したことじゃないんだろう。

 それよりも、今日は色々と忙しくも楽しい日になるだろう。

 今日は、桃香の提案した『お泊り会』当日なのだから。




*  *  *  *  *




 2月の第二週の日曜日、お昼ちょっと前――

 お泊り会初日である。

 予定では日曜、そして一泊して翌日月曜に解散となる。

 土日にやるか、それとも土曜から月曜までの二泊三日にするかは色々と議論があったんだけど……大人組の都合もあってこの日程となった。


「それじゃ、ありす。気を付けていってらっしゃい。お母さんも夕方にはそっちに行くから」

「ん。待ってる」

「あやめちゃん、よろしくお願いね」

「はい。承りました」


 私たちを迎えに来たのは、いつも通りあやめだ。

 美奈子さんは引率役としての参加ではあるものの、やはりどうしても仕事の都合がつかずに本日の夕方に仕事が終わってからの途中参加となる。


「千夏君もよろしくね」

「っす!」


 で、あやめの車に乗り込むのはありすと私だけではなく、千夏君もである。

 まぁ家自体は徒歩圏内だしね。

 ちなみに今回の目的地から一番遠い星見座姉弟は鮮美さんの運転する車での送迎となる――あっちの方が良かったなぁ……いや、まさかとは思うけど鮮美さんの運転もあやめと同類だったりするんだろうか……?


「……?」


 ありすが何か不思議そうな顔をして美奈子さんと千夏君を交互に見ている。

 ……あ、そうか。ありすは千夏君が昔ご近所さんだということを覚えていないんだった。


「ありす様、蛮堂さん」

「っす。行こうぜ、ありん……ありす」

「ん」


 あやめに促され、私たちは車へと乗り込む。

 ありすも特に深追いするほどには疑問に思っていなかったのだろう、それ以上は詮索しようとはしなかった。

 ……いや、まぁ別に詮索されて困るようなことではないんだけど……話すタイミングを失ってしまった話題だしなぁ……。ま、バレたらバレたでその時だ。

 ともあれ私たちはあやめの車で目的地――『桃園演習場』へと向かうこととなった。




”そういえば、桃香は?”


 いつもだったらあやめの車に乗ってありすのところへと来るであろう桃香が今日はいない。


「桃香は若様が美藤さんたちと一緒に送っております」

「若様?」

”桃香のお兄さんのことね。あー、あの兄ちゃん今日は家にいるんだ……”

「ええ。とは言っても、桃香たちを送った後、若様はそのままお出かけになるそうですが」


 桃香のお兄さん――桃也とうや君、いつも何やってるのか知らないけど大体家にいないんだよね……平日は仕事しているんだろうけど、休みの日は出かけていることが多い。年末年始にお世話になっていた時も、ほとんど家にいなかったし……。

 美々香たちも今日は参加するということで、桃也君が桃香と一緒に送って行くこととなったのだろう。


「……あら? でも美藤さんたちのお宅なら、演習場までは歩いても行ける距離だったような……?」


 ……お気づきになられましたか……。

 美々香の家は桃園と演習場の中間の住宅街にある。確かに徒歩でも余裕の距離だ――まぁ着替えとか荷物トンコツあるし車の方が楽っちゃ楽だけどね。

 で、あやめの車なんだけど……当然のことながら乗っているのは運転手のあやめを除けば、ありすと千夏君しかいない。

 そしてありすと千夏君は揃って後部座席に座っている――つまり助手席が空いているのでもう一人……桃香もあやめの車に乗れたはずなのだ。


「…………まぁ桃香も今日は美藤さんと一緒に行く気分だったのでしょう」


 ……お気づきになられてない? なられてないなぁ、これ……。


「……トーカの気持ちはわかる……」

「……お嬢のヤツめ……」


 死んだ表情で思い思いに呟くありすたちであった……。

 一体いつになったら運転上手くなるのかなぁ……まぁまだ免許取って二~三か月ってところだから長い目で見る必要があるんだろうけどさ。


「さぁ、行きますよ!」

”ちょっ!? 安全運転どこいった!?”


 一方のあやめはというと、なぜかノリノリなのだった……。

 あやめも結構今日のお泊り会でテンションがあがっているのかもしれない。

 ……それは別にいいけど、運転だけは安全確実にして欲しいもんだ……。




*  *  *  *  *




「…………何でお前の方が遅く着くんだ、あやめ……?」


 演習場入口の駐車場にて、星見座姉弟を乗せてきた鮮美さんと合流。


「母さんの運転が荒すぎて、私を追い越しただけです」

”いや、絶対に違うからね?”


 安全運転ですらなくなった上に滅茶苦茶遅いとか……もうどうすればいいのか……。

 それはともかく――


「んー! 広い!」

「ああ、久しぶりに来たけど、やっぱここは広くて気持ちいいな!」


 演習場入口だというのに、ありすたちの言葉通りかなり広い。

 内部には当然のこととして、周囲にも背の高い建物が一切ないため視界はかなりクリアで遥か遠くまでが良く見渡せる。

 天気も快晴で非常に気分のいい眺めだ。

 一応演習場の外側の方には道路が通っている――もちろん一般の車両が走っていい場所ではないが――が、基本的にはここから先は車で走れるような場所ではない。まぁ実際の軍の『演習』に使う場所なんだから、何もかもが整地された場所ってわけでなくて当然ではあるけど。


「こんちゃー!」

”なっちゃん、こんにちわ”


 先に着いていた鮮美さんの車から、なっちゃんたちも降りて来る。

 ミニバス、とでも言うのだろうか。明らかに普通の車よりも大きな車両に乗ったのは初めてなのだろう、いつにもましてなっちゃんは大興奮のご様子だ。それか、皆でお泊りするので興奮しているのか。


「よし、それじゃお前ら荷物は持ったな?」


 鮮美さんが確認。まぁ荷物とは言っても、一泊だけだしそんな大荷物ってわけではないんだけど。


「ここからは歩きだ。一応道は通っているとは言え、普通の道路とは違うから足元には気を付けてな。後、はぐれないようにしっかり着いてきな」


 ……事前に皆説明は聞いているだろうが、念のため鮮美さんがそう言う。

 この演習場、何度も言うけど街中にあるとはいえその内部はかなり広く、また特に整備もされていない原っぱや森、中には川すらもある――言わば『別世界』であると言っても過言ではないのだ。

 もしはぐれたりしたら本当に命の危機に陥る可能性だってありうるのだ。その点だけは、このお泊り会の怖いところではあるんだけど……。


「それでは、母さんに続いて皆さん行ってください。私が最後尾にいますので」

「なっちゃんはあたしたちがしっかり見ておくにゃー」


 一番怖いのはやっぱりなっちゃんだろう。とはいえ、まだまだ小さい子だし、長時間目を離さなければすぐに椛たちが捕まえられるとは思うけど。


「行くぞ、着いてきな」


 みんなの準備が完了したのを見て鮮美さんが先頭に立って出発する。

 続いてなっちゃんを抱きかかえた椛、私を抱きかかえたありす、楓、雪彦君。

 最後尾で皆がはぐれないように様子を見つつ、千夏君とあやめが着いてくる。


”桃香と美々香たちは?”

「お嬢様たちは先にロッジに行っているはずだ。ぼんからも無事送り届けたと連絡があったしな」


 私の疑問に鮮美さんが答えてくれる。

 駐車場には桃也君の車が見当たらなかったし、桃香たちを送り届けた後すぐにどこかに行ってしまったのだろう。

 まぁ子供たちだけとは言え、ロッジの中にいれば別に危険はないだろうけど……。


”そういえば豪先生はどうしたんですか?”


 今日の保護者役として、鮮美さんと美奈子さんの他に豪先生も来ると言っていたはずだ。今のところ姿は見えないけど……。


「うちの旦那も先にロッジに行っているよ。ただ、あたしと入れ替わりに一度仕事に戻ることになっているけどな」

”そうなんですか……”


 豪先生の本業は桃香パパの護衛兼秘書のような役割だ。桃香パパは今日も仕事みたいだし、きっと忙しいんだろう。

 それなのに私たちの遊びに付き合わせてしまって申し訳ないという気持ちがある。


「ラビ公、余計なこと考えてんじゃねーぞ? むしろ、うちの旦那も、もちろん旦那様と奥様たちも今回の集まりは大歓迎しているんだからな。

 ……大歓迎しすぎて、仕事サボってこっちに合流しようとしてたのを止める方が大変だったわ……」

”お、おう……”


 年末年始にお世話になった時に色々と話したりして、私としても桃香パパたちがありすたちを歓迎しているのが建前ではなく本音だろうというのは実感できている。

 色々な要因が重なってなかなか『仲の良い友達』というのが出来ずらく、また出来たとしても気軽に遊びに誘えない桃香にとって、ありすたちの存在は本当に喜ばしいものなのだろう――酒に酔った勢いで桃香パパたちがえらい勢いで感激していたのを私は目にしている。

 ともあれ、心配していたようにロッジに子供だけという事態は避けられているようだ。

 豪先生がいてくれるなら安心だろう。


「師範行っちゃうんすか? ちょっと残念っすね」

「ん? そうか、蛮堂の長男坊はうちの旦那の教え子だったな」

「っす。『剣心会』で教わってるっす」

「一応夜にはこちらにまた戻ってくることになっている。晩飯を一緒に食えるかは……少し怪しいが。

 …………夜は夜で、大人組はな……」

「?」


 微妙に言葉を濁す鮮美さん。

 千夏君にはその理由がよくわからなかったみたいだけど、何となく想像がつく私とあやめは苦笑いを浮かべる。

 ……うん、どうせ大人たちは子供が寝た後に酒盛りだろう。

 お正月の時に豪先生も結構お酒を飲むことを知った。美奈子さんは言わずもがな。

 となると、鮮美さんが一人素面でお世話をすることになるんじゃないかな……鮮美さんも飲めないってわけじゃないみたいなんだけど、なぜか飲まない。

 …………わ、私も飲めるかも? なんて期待してないんだからねっ。


「……ふぉー……しゅごい……ひろーい!!」


 私たちは演習場周囲の道路から離れ、内部へと向かう道を歩き始めている。

 道……というか、原っぱを突っ切っているところだ。

 なっちゃんはこんな広い原っぱを見たことがないのだろう、椛の腕の中でわちゃわちゃとなぜかもがきながら感動しているみたいだ。


「ん、初めて入ったけど、すごい広い……」

「う、うん、僕も中は初めて来た……こんな広いところが町中にあるなんて……」


 私たちが今いる場所は、学校の校庭の何倍もあろうかという一面の原っぱだ。サッカーと野球が同時に出来そうな広さである。

 遠くの方を見るとちょっと低めの土手のようなものが囲っており、そこから先は木が生い茂っている。常緑樹なのだろう、2月に入ったというのに葉が茂っていて中に入ったらかなり視界が悪そうだ。


「あー、『剣心会』で青空剣道教室とかやったっすねぇ……」

「ええ。流石にこの時期では辛いですが、今も夏から秋にレクリエーションで使っていますよ」


 なるほど、確かに今の時期に外で剣道やるのは辛いだろうけど、秋くらいなら丁度いいかもしれない。

 前に聞いた話だとレクリエーションで『キャンプ』とかもやってたらしいし、この原っぱでやっていたのかもしれないね。


「さて、ここから少し森の中を歩くぞ。道が細いし、足元には気を付けろ」

「はーい」


 特になっちゃんを抱えている椛に向けての注意だろう。

 私たちは原っぱを真っすぐに突っ切り、土手の切れ目から緩やかな坂道を登って森の中へと入って行く。

 結構背の高い木に囲まれているためかなり薄暗く、そして日が当たらないのでさっきよりも肌寒く感じるみたいだ。まぁ私はあんまり外の気温とか関係ないんだけど。

 鮮美さんの言葉通り、一応道はあるといえばあるんだけどきちんと整備されたわけではない、獣道よりはちょっとマシな程度の土の道だ。ここで走ったりすると転んだりしそうで危ない。

 少し進むペースを落として私たちは森の中を進んで行く。


「もう少し暖かい季節なら、木の実とかが拾えたんだがな」

「きのみー? あまいー?」

「ああ、甘いのもあるぞ」

「なっちゃんねー、りんごしゅき!」

「おおそうか。美味しいよな、リンゴ」


 先頭を行く鮮美さんとなっちゃん(と椛)は何やら仲が良さそうだ。

 なっちゃんも妙に鮮美さんに懐いているし、鮮美さんもぶっきらぼうないつもの口調はそのままなんだけど何やら普段よりは優し気に見える。

 ……意外と言ったら失礼かもだけど、よく考えなくても彼女だって一児の母親だしね。あやめ自身もそうだし、桃香の小さい時だってお世話をしていたことだろう。




 そうこうしている内に、私たちは森を抜けて少し開けた場所に出てきた。

 周囲は金網で囲われており、金網の内側と外側を隔絶しているようだ。

 まぁそうやって安全を確保した場所……ということなのだろう。


「着いたぞ」

「ん、ここが今日お泊りする場所……」

”へぇ……これはまた……”


 金網で囲まれた敷地はかなり広く、ここも原っぱのように平らなだだっ広い敷地が広がっている。

 その中にやや大きめの三階建ての建物があった。

 あれが『ロッジ』――今日の宿泊場所となる。

 ロッジの裏側の方はまた木で囲まれており、おそらくはそこが噂の『温泉』なのだろう。


「皆様、お待ちしておりましたわ♡」

「やっほー! 皆!」

「そ、そ、その……こんにちわ……」


 ロッジの前で遊んでいた三人――桃香、美々香、そして和芽ちゃんが私たちに気付き手を振ってくる。

 トンコツの姿は……あ、玄関脇でスリープしてる。


「皆様、ようこそ」


 桃香たちの声で気付いたのだろう、ロッジの中から老紳士が出てくる。

 年齢そのものはかなり年上なんだけど、そんなことを微塵も感じさせない堂々たる偉丈夫――鷹月豪さんだ。


「桃香お嬢様のご友人方、どうか楽しんでいってください」

「ん、お世話になります」

「よ、よろしくお願いします……!」


 あ、雪彦君が千夏君に向けるのと同じような表情になってる……まぁ豪先生、男らしさの極致みたいな人だからね……。


「鮮美君、それでは夜までお願いしますよ」

「ああ、任せてくれ。あんたも仕事しっかりな」

「わかっていますよ……」


 鷹月夫妻はこれからのことを軽くその場で打ち合わせし、


「それでは皆様、どうぞごゆっくりと」


 豪先生は一礼するとその場から去っていった。これからまた桃園に戻って仕事か……私が言えた義理じゃないけど、やっぱり大変そうだな……。


「よし、全員揃ったところで――」


 と、私たち全員の顔を見回して鮮美さんが言った。


「まずは部屋割りからだな」


 ……確かにそれはそうだ。


「部屋割りを決めて荷物を置いたら、昼食にしよう」

「ん、お腹空いた」


 そうなんだよね。ありすたち、実は昼ご飯まだ食べてないんだよね。

 それというのも、現地――つまり『ここ』だ――に着いてから食べよう、っていうことになっていたからなんだけど。

 ともあれ、こうして私たちのお泊り会は始まったのだ。

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