第7.5章11話 未知なる演習場に湯気を求めて
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……というわけで
「あらまぁ……うちの子で本当にいいの?」
「むしろ、彼だからこそ、だ。そうだな、あやめ」
「はい、母さん。蛮堂さ……千夏さんであれば桃香お嬢様たちも知り合いですし、何よりも彼は信用に足る人物であると私は思います」
「う、うーん……褒められてるのはわかるけど、あの子も家だとダラダラしてる普通の男の子よ?
「そう謙遜するな。彼も中学で部長をやって後輩の面倒も見ているのだろう? それに、剣心会に来てくれた時も実によく子供たちの面倒を見てくれている、と旦那から聞いている」
「鷹月師範が……」
「へー、鷹月センセー、こっちでも『先生』やってるんだー」
「……美奈子、ちょっと黙っててくれ」
「ちょ、呼んだのそっちっすよね!?」
「――わかりました。親としては心配だけど、これもあの子にとっていい経験になると思いますし、本人に話してみます」
「ああ、ありがとう。大丈夫、私と旦那も着いて行くし、医者の先生もいらっしゃるからそうそう問題は起こらないだろう」
「はい。貴女と師範がいるのであれば……ふふっ、そうですね。問題なんて起きませんね」
「ぅおーい、アザミ先輩もカヤちゃんも……私泣いちゃうぞ? …………あ、泣いていいっすかそうっすか。……ねぇラビちゃん、皆が私に冷たいの……」
”美奈子さん、今真面目な話してるんで静かにしてください”
「…………ぐすん、私の味方は誰もいないのね……」
「うーん、今承諾しておいてなんですが……本当にうちの長男でいいんですか? 桜のお嬢様もいらっしゃることですし……」
「他の男子であれば言語道断ではあるけどな。うちのあやめも旦那も、
「…………それって、母親としては逆に気になるところではあるんですけど……?」
「何、他意はない。……多分」
「ねーねー、あやめちゃんだっけ? お父さんとお母さんの仲ってどうなの? あ、ちなみに私、あなたのお母さんの高校の後輩なのよね」
「え、え? その……」
「美奈子、黙ってろ」
「美奈子さん、そういうの子供に聞くの止めなさい」
”美奈子さん……そろそろ怒られますよ?”
「だから呼んだのそっちっすよねぇっ!?」
* * * * *
「……一体、どんな魔法を使ったんだ、おめーら……?」
マイルーム内で集合すると共に、千夏君が楓と椛に向かって問いかける。
「別に……そんな特別なことはしてない」
「そうにゃ~。ちょーっと『お話』をあちこちに通しただけにゃ~」
「いや、だからそれがなんだって言ってるんだが……」
千夏君も戸惑っているみたいだ。
……まぁ、気持ちはわからないでもない。
「ん? 何の話?」
「あ、もしかしてこの間お姉さまたちにお願いされたことでしょうか?」
ありすはよくわかっていないみたいだけど、桃香にはわかったみたいだ。
というよりも、桃香も一枚噛んでたはずなんだよね――多分本人に自覚はなかっただろうけど。
「あー……お嬢がこの間言ってた泊まりの集まりだけど、俺も行くことになったわ」
「ん、ほんと?」
「に、兄ちゃんも来てくれるの!?」
「にーたん!!」
表情には出さないものの嬉しそうなありす。
表情に滅茶苦茶嬉しそうな笑顔を浮かべる雪彦君。
何だかわからないけど、とにかくぴょんぴょんと飛び跳ねてアピールしてるなっちゃん。
三者三様の喜びを見せつつも、当事者である千夏君はいまいち納得がいってないような、戸惑った顔だ。
”……千夏君、
「あ、いえ。前にも言いましたが俺も参加できるっつーのはマジで嬉しいっす。……ただ、どうやって親を説得するかメチャクチャ悩んでたのに、いきなり親から言われてびっくりしてるっつーか……」
そりゃ、そうだろうね……。
どう親を説得するかを考えてたら、その親の方から話を持って来たわけだし……。
* * * * *
つい昨日の話だ。
私は美奈子さんに連れられて、桃園近くの喫茶店――むかしあやめがバイトしていた店だ――へと来ていた。
一体何の用事なのかがさっぱりわからなかったけど、ありすたちが学校に行っている間は暇だし、まぁいいかと抵抗せずに着いて行ったんだけど……。
そこで待っていたのはあやめとその母親の
彼女の名は
「あら、カヤちゃん?」
「美奈子さん!?」
「……何だ、お前ら知り合いだったのか?」
色々と驚くポイントがありすぎて、一体どういうことなのやら……って感じだけど、纏めるとこういうことらしかった。
まず、鮮美さんと美奈子さん――この二人、高校の時の先輩後輩の間柄だったようだ。
以前二人が知り合いっぽいことは別の事情で知ってはいたんだけど……。
「アザミ先輩、お久しぶりっす!」
「おう、久しぶりだ、美奈子」
まるで舎弟のように腰を深く折って挨拶する美奈子さん。心なしか……っていうか間違いなく言葉遣いも変わっている。
この二人、地元は桃園台ではなく全然別の地方らしいんだけど、何の因果かここ桃園台で再会することになったみたいだ。
「へー、美奈子さんと鷹月さん、お知り合いだったんですねぇ」
で、もう一人の佳夜さんはというと……。
「ああ、私もまさかここで会うとは思わなかったから驚いた」
「アザミ先輩、卒業した後ソッコーで結婚して行方不明になりましたからねー」
「行方不明って……手紙送ったのに返事もこねーし、むしろお前の方が行方不明だったんだけどな……」
「あー……それは――ま、まぁいいじゃないっすか!
で、カヤちゃんはアザミ先輩とどういう知り合いなわけ?」
「あたし? あたしは子供のクラブの繋がりよ」
千夏君が通っていた桃園の剣道場『剣心会』、その講師としてあやめの両親は参加している。まぁ剣道については主に旦那の豪先生が担当しているみたいだけど。
で、こういうクラブにありがちな話だけど、子供だけでなく親同士でも仲の良い人同士で固まる傾向がある。
佳夜さんはその縁で鮮美さんと知り合い、今も『剣心会』以外で付き合いがあるみたいだ。
「そういうお前らは? まさか知り合いとは思っていなかったが」
「私とカヤちゃんは元ご近所様で」
「今は同じパート先に努めている同僚です」
というわけだった。
そりゃね、引っ越した後もそれなりに近い距離だし、主婦が家の近くでパート先に選ぶとしたら被る可能性は高いよね。
「……そうか、意外なところで縁が繋がっているものだな」
鮮美さんは『そういうものか』とあっさりと納得してしまった。話が早くて助かるけど……。
で、今日ここに美奈子さんと佳夜さんが呼ばれたのは、
「――さて、今日諸君に集まってもらったのは他でもない。美奈子にはこの前話しておいたが……」
桃香が提案した例の『お泊り会』についての話なのだ。
実は美奈子さんには事前に話が通っていたらしい。なので、本日のメインはどちらかというと佳夜さんへの話になるみたいだ。
「桜のお嬢様の提案で、ご友人たちを集めてキャンプをやることになっているんだが……」
「キャンプ? この時期に?」
「ああ、キャンプと言ってもアウトドアというわけではない。佳夜も知っているだろう? 演習場のロッジを使う」
「あそこですか。なら、まぁこの季節でも安心ですね」
「でだな、参加者の数がそれなりに増えてうちのあやめだけでは手が回らないというのと、男子もいることだし引率者として年長者に来て欲しいと思っている」
「……はぁ」
「……というわけで佳夜、お宅の長男を貸して欲しい」
そういう感じにあやめは鮮美さんに話を通していたみたいだ。
その後、さほど『説得』という感じではなかったけど、鮮美さんと佳夜さんとで色々と話して目出度く千夏君の参加が決まったというわけだ。
……ま、この時点では佳夜さんから千夏君に提案をするというだけで、後は千夏君の意志次第ではあるんだけど。
結構強引な理屈だったけど、千夏君同様『頼られる』というのに弱いのか――いやまっとうな人間としては割と当たり前な感情だと思うけど――思ったよりあっさりと親御さんの承諾が得られた。
なお、やさぐれていた美奈子さんだったけど、この後引率の大人として加わるということが佳夜さんに明かされ、それも千夏君を参加させてもいいかと思う後押しとなってくれたようだった。
* * * * *
”そういやさ、楓たちは結局何をしたの?”
千夏君も気にしてたけど、これだけがわからない。
タイミング的に楓たちが何かしたんだろうというのは間違いないと思うんだけど……。
「私たちはそこまで何もしていない」
「そうにゃー。どっちかというとお姫ちゃんに色々お願いしただけにゃー」
”桃香に?”
と桃香の方へと視線を向けると、にっこりと微笑みを返して来る。
「わたくしも大したことはしていませんわ。お姉さま方にあやめお姉ちゃんとの取次をお願いされただけですので」
”あやめに……? ああ、そういうことか……”
なるほど、キーとなるのはあやめの存在か。
あやめは『ゲーム』に参加はしているものの私のユニットではない。でも、使い魔からも放置されているため『ゲーム』に対する認識はある。
ちなみに彼女にも星見座姉弟が私のユニットとなった事情は話してある。
でも、楓たちとあやめが直接連絡を取るルートはない――現実世界では関わりのない人間同士なのだ、それは当然と言えば当然であろう。
そこで楓たちは桃香を通じてあやめとコンタクトを取ったようだ。
「あのお姉さん、どこかで見たことあると思ったけど……雪彦のスイミングスクールで会ったことがあった」
「そうにゃ。そこから、あのお姉さんとその両親が桃園絡みのクラブとかに関わっていることを知ったんにゃ」
”ああ、なるほど。そこから千夏君が元『剣心会』だから、講師――あやめの両親を巻き込んで説得させたってわけか”
もちろん、鮮美さんたちを説得するためにはその前にあやめに話を通しておく必要がある。
そこは桃香伝いでは難しいので、桃香を仲立ちにして直接かあるいは電話で話したんだろうな……すごい行動力だ。
事情を理解したあやめは、千夏君が参加できるように色々とストーリーを考えて鮮美さんを説得。そこから更に佳夜さんまで話を通した――もしかしたら、佳夜さんと美奈子さんが知り合いってことまで事前に調べておいて、あの場で同席させたのかもしれない。顔見知りである美奈子さんも泊まりに参加する、となれば佳夜さんも折れやすくなるだろう。
…………楓たちもそうだけど、あやめも結構こういうことに関しては頼りになる。
「んー、よくわからないけど、なつ兄が来れるんなら……うちは全員これる?」
「ああ。まぁそうなるな」
「それでは、後はみーちゃんたちの予定さえ合えば、全員揃いますわね♡」
美々香とトンコツはまぁ問題ないとして、和芽ちゃんくらいか。
流石に今回は知り合いとは言えヨームやバトー、それにタマサブローたちは呼べないかな。まぁタマサブローについては誰も連絡つけられないから仕方ないけど。
私たちのチームとトンコツたちだけっていうのは、リアルでの知り合い――建前上は『桃香の友達』ということになっていることが原因だ。流石に
唯一の懸念だった千夏君についても、『男子の引率者』という名目で何とかクリアできたくらいだ。これ以上は同性とは言え中学・高校生は参加させづらい。
……楓たちは女子の引率者、兼なっちゃんの保護者として。和芽ちゃんはまぁ幼馴染という言い訳はたつだろう。
うーむ、折角の縁が出来た子供同士で親交を深め合うのもいいとは思うけど……根本の動機が桃香の欲望駄々洩れってのがちょっと気にはなるところだ。
”まぁ何にしても、これでうちは全員参加か……やっぱりなっちゃんはちょっと心配だけど……”
「そこは大丈夫。私かハナちゃんが付きっ切りになるから」
「にゃはは。まー、父様と母様も心配とは言ってたけど、親戚の家に泊まるようなもん、って言ったら納得してくれたにゃ」
それは納得していいものなのだろうか……? いや、まぁ両親からも許可が降りているなら、私からあれこれ言う必要はないか。
「それじゃ、後はいつにするか決めるだけ……」
「ですわね♡ 前に申し上げた通り、再来週の三連休の間でしたらいつでも大丈夫ですわ」
「ふーむ、まぁ普通に考えるなら土日か日月かってところか」
まぁこれについては子供たちの予定もそうだけど、どっちかというと引率の大人側の都合にもよるだろうね。
何はともあれ、こうして無事に私たちのチームは全員『お泊り会』に参加することができるようになったのだった。
うん。色々と心配なことはあるけど、やっぱり楽しんでくれればいいかな、って思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます