第7.5章9話 "始天使"ウリエラ&"終天使"サリエラ(後編)

”おや、ここって……?”


 千夏君たちと挑んだクエストのフィールドには、何だか見覚えがあった。


「あたちたちと初めて対戦した場所そっくりだにゃー」


 空は真っ暗なのに、妙に明るい――きらきらと輝く結晶に覆われたフィールド。『結晶フィールド』が今回のクエストの舞台となるらしい。

 『ゲーム』に言っても仕方ないことだろうけど、現実には到底ありえない神秘的な風景である。

 ……以前、『ゲーム』の舞台はデジタルな世界ではなく、どこかに存在する異世界なんじゃないかって想像をしたことがあったけど、流石にこういう現実離れしすぎた光景を見るとやっぱりデジタルな世界なんじゃないかって思えて来る。

 私の想像力が及ばないだけで、そういう世界があるのかもしれなけどさ。

 ま、それは考えても仕方ない。


”結晶を上手く使えば、ウリエラたちの魔法が活きて来るかもね”


 特にウリエラのビルドで作り上げる《ゴーレム》が強力になるだろう。


「殿様、こっちきて」


 私を抱き上げるジュリエッタ。

 今回はヴィヴィアンもいないし、誰も後方で私を守ることが出来ないのだ。

 ……ウリエラとサリエラが後方支援、と言っても二人の身体だと私を抱き上げることも難しいからね。

 私を胸元まで抱えると――


「メタモル――《大人形態トールマン》」


 身も蓋もない魔法名を使って、ジュリエッタの姿が変わる。

 身長が大きく伸びた大人の姿だ。《狂傀形態ルナティックドール》で変身した姿とほぼ同じだが、あちらとは違って各種のライズは一切かかっていない。

 ムスペルヘイム戦の時にも同じようにして私を抱きかかえ……いや、胸の中にかかえこんで一緒に行動してたっけ。

 また同じような時が来ると見越して、二語魔法を新しく開発したようだ。


「殿様はここ」

”……まぁ、いいけど……”


 元の姿から想像も出来ないほど色々と大きくなったジュリエッタは、私を胸元へと入れる。

 すると、周囲の肉体が勝手に凹んだりして私をすっぽりと納めてしまう。

 ……見た目は微妙にホラーな変形だな……守ってもらう立場の私が文句言っちゃいけないんだろうけど。


「んほーっ!? すっごい……ムチムチのプリンプリンにゃ!?」


 なぜか物凄く興奮しているサリエラ。

 そういえば彼女たちの前でジュリエッタが大人モードになるのって初めてだったかな? 《ルナティックドール》は最近使ってなかったしね。


「……みゃー……わたちたちはおチビのまんまみゃー」

「……」


 チビ天使に絡まれてジュリエッタは微妙に居心地が悪そうだ。


「うーにゃんがおっぱいに埋もれてるにゃ……」

”いや、別にそういうわけじゃないからね?”


 まぁ確かに埋もれてはいるけど。


「おしりも大っきいにゃー……そっかー、バンにゃんの好みって――」

「さりゅー、そろそろ本気で怒られるからやめとくみゃー」


 あ、ジュリエッタが握りこぶし作ってる。

 本気の拳骨を食らう前にウリエラの忠告に従ってサリエラも離れる。


”! みんな、気を付けて! モンスターが来るよ!”


 そんな感じでじゃれあっている内に、モンスターがこちらに気が付いたらしく迫ってくるのがレーダーに映った。

 数は三匹……これは討伐ターゲットの方でも(おそらく)小型の方である『殻竜ディノセス』ってやつかな?


「みゃ、こっちも見えてるみゃー」

「にゃ、ばっちり見えてるにゃー」


 見えてる、と言っても視覚的にではない。

 この二人、実は『使い魔とのレーダー共有』の能力を持っているのだ。アリスたちは揃って『いらない』と言ってたので今まで縁のない機能だったんだけど、ウリエラ・サリエラはピッピに頼んで以前からこの機能を取っていたのだという。

 おそらくは、いやほぼ確実に暴れ馬ガブリエラ対策だろう。ピッピがガブリエラから離れてしまうことも多く、逆にウリエラとサリエラはべったりなわけだから、彼女たちもレーダーを持っていた方がサポートとしての能力がより高まる。

 ……そうか、レーダーを持っているなら、この間のメガリス500匹討伐の時も数はかぞえやすいと言えばそうか。まぁレーダーがあっても数えるのは普通は無理そうだけど。


「わかった。それじゃ――」


 モンスター接近を聞いてジュリエッタも拳を納め――いや拳をモンスターへと向ける準備を整える。

 殻竜たちとは初めて戦うけど、名前からして結構な大物そうだ。

 アリスほど表には出さないもののジュリエッタも中々の戦闘狂ではある。楽しみなのだろう。

 だが……。


「みゃー、ジュリみぇったはちょっと待ってて欲しいみゃー」

「? なんで……?」

「にゃははっ、たまにはあたちたちもストレス解消したいんだにゃー」

「!? 二人で戦うつもりなの!?」


 驚くジュリエッタの言葉に、二人は揃って頷く。

 どうやらウリエラ・サリエラだけで殻竜たちを相手にするつもりらしい。


「……大丈夫なの……?」


 さっきのセクハラの怒りは置いておいて、心配そうに尋ねる。

 それはそうだろう、前に彼女たちの能力の検証と皆との相性確認の時に、この二人は完全にサポート特化型だと皆が理解したのだ。

 お世辞にも二人のステータスは高いとは言えないし、正直火龍くらいの相手でも厳しいんじゃないかって思える。


「みゃ、このくらいの相手なら大丈夫だみゃ」

「にゃ、まずは前座の三匹はあたちたちだけでやるにゃ」

「……むー、わかった……でも危なくなったら、ジュリエッタもすぐに行く」


 そのあたりが落としどころだろう。

 とりあえずは二人の主張通り、まずは任せてみる。危なくなったらジュリエッタも参戦する――そういうことに決まった。

 未知の相手ではあるけど、まぁ多分ジュリエッタなら問題なく戦えるだろうとは思うし……。


”もうすぐこっちに来るよ!”

「みゃー、さりゅ、いくみゃー」

「にゃー、うりゅ、了解にゃー」


 私たちが今いる場所は結晶に囲まれてはいるものの比較的開けた場所だ。

 ……開けた場所というか、丁度結晶の壁が周囲を取り囲んでいる『結晶のコロシアム』といった感じだろうか。

 周囲の壁には幾つか通路のような隙間が開いていて、そこから殻竜たちがやってくる。


”あれが殻竜か……”


 現れた殻竜はレーダーの反応通り三匹。

 ぱっと見た感じだと、『ティラノサウルス』っぽい感じだ。始めて見るタイプのドラゴンだが、『ドラゴン』というよりは『恐竜ダイナソア』って感じかな。

 大きさは結構ある。高さだけで3メートルほどはあるか、二階建ての家よりは小さいけど、人間よりは遥かに大きい。尻尾まで含めた長さは相当あるだろう、こいつら一匹だけでも火龍並みのランクであることは容易に想像できる。

 特徴的なのは頭部――まるで岩塊がそのまま頭にくっついているかのような、ゴツゴツとした硬そうな固まりが乗っかっている。ハンマーというかトゲトゲの鉄球のような感じか。おそらくは頭突きが得意技であることは疑いようがない。

 そして更にその頭部を含め、背中一面が『結晶』に覆われている。キラキラと輝く結晶は、周囲のフィールドに生えているのと同じように見える。

 ……なるほど、結晶を『殻』として武装したモンスター、ってわけか。

 ボスの取り巻きであろう殻竜でこれだ、ボスである剛殻竜ディノクリスタスも同じ――いやもっと巨大で硬そうな結晶を身に纏っているに違いない。


「みゅー……ま、これならいいかにゃー」

「にゃはは、ボスが来る前にとっとと片づけるにゃー」


 レーダーの端の方に大型の反応が現れた。これがボスの剛殻竜だろう。

 こちらに来るまでまだ時間はあるだろうけど、ボス含めて四匹同時に相手にするのは出来れば避けたいところだ。

 レーダー共有機能を持つ二人もそれはわかっているはず、『とっとと片づける』――それは正しいんだけど……果たして……?


「それじゃ、みゃー」


 と、全然気合の入っているように聞こえない気合の雄たけびを上げてウリエラが殻竜の群れへと突進していく。

 ――む、無茶だ!

 そう思った私だったけど、ウリエラは三匹の中心へと突進、気付いた殻竜たちの攻撃をひょいひょいとかわしていく。


「む、そういえばウリエラもサリエラも、最初の対戦の時ジュリエッタの攻撃をかわしてた」

”そういえばそうだったね……”


 ステータス全般が低いとは言っても、素早さと魔力はそれなりの高さではある。

 その素早さを活かして攻撃をかわしている――だけではないだろう。それだったら殻竜の方はともかくジュリエッタの攻撃を捌き切れるわけがない。


”……あの二人って、武道とかやってるの?”

「……ウリエラは確か文芸部、サリエラはバレーかバスケ部だったと思う。どっちも幽霊部員だけど……」


 とりあえず現役で何かやってるってわけではなさそうだ。


「でも、確かに納得、かも」

”そうなの?”

「うん。あの二人、頭がおかしいとしか思えないくらいに頭がいいから」

”…………それは褒め言葉なのだろうか……?”


 メガリス500匹討伐の時にもクロエラが似たようなことを言ってたけど、どうやらウリエラ・サリエラの二人、ちょっと常人では想像できないくらいに頭がいいらしい。

 まさかとは思うけど、相手の動きを『計算』して避けてる……とか、そんな漫画の頭脳派キャラクターみたいなことしているんじゃないだろうか……?


「にゃははー! うりゅ!」

「みゃ、さりゅ、それじゃいくみゃー」


 ウリエラが突進、殻竜を攪乱していたと思ったらとうとう攻撃に移るつもりらしい。

 配置としては離れたところにサリエラが、そしてウリエラを取り囲むように殻竜三匹がいる。そして殻竜はウリエラに翻弄されむきになって追いかけていたせいか、大分密集した位置へと集まっている。


「アニメート!」

「ブラッシュ!」


 殻竜の囲みを上へと飛んで脱出したウリエラがアニメートを使う。

 対象は周囲の結晶そのものだ。

 特に構築魔法ビルドを使わず、結晶そのものを操って殻竜たちへと投擲する。

 それに対してサリエラが洗練魔法ブラッシュを使って強化――ビルドを使っていないので結晶そのものの形が鋭くなったりはせず、純粋なアニメートの強化、投げ飛ばす速度をアップさせたみたいだ。

 物凄い勢いで結晶のつぶてが殻竜たちを襲う。


「クラッシュ!」


 この礫だけでは当然殻竜たちは倒せない。が、バランスを崩すことには成功する。

 その隙にサリエラも突っ込み、地面へとクラッシュを使って破壊――細かい結晶の粒を作り出す。


「ビルド……《ワーム》」


 サリエラの砕いた結晶の粒に対してウリエラがビルドを使う。

 作り出したのはいつもの《ゴーレム》ではなく、細かい粒を繋ぎ合わせた『紐』だった。

 その『紐』へとウリエラがアニメート、サリエラがブラッシュをそれぞれかける。

 『紐』がひとりでに動き出し、殻竜たちへと絡みついていく。


「おお……なるほど」

”そっか、そういう使い方もできるのか”


 横から観戦している私たちは感心した。

 ビルドは材料が必要なものの割と何でも作れるし、作ったものをアニメートで操ることでヴィヴィアンのサモンと似たようなことが可能だ。

 結晶で出来た『紐』が殻竜三匹を纏めて絡み取り動きを封じる。

 ……見た目ティラノサウルスだし、きっと噛みつく力とかは強いんだろうけど……後は頭突きも強力なんだろうけど、そういう相手の得意なことをさせないように、動きを完全に封じ込めてしまっている。


「さりゅ、とどめみゃ」

「ほいにゃ! クラッシュ!」

「ビルド《ペイル》」

「それにブラッシュにゃ!」


 動きの封じられた殻竜たちへと向けて、今度はおおざっぱに砕いた鋭い結晶の破片をペイルへと変えてブラッシュで強化――


「アニメート……」


 それを硬そうな背中側の結晶殻を避け、お腹側から何本も突き刺していく。

 …………エグいけど、効果的な攻撃だ。




「む、なるほど……このくらいの相手なら、二人でも楽勝……みたい」

”だね。これはちょっと二人のことを誤解していたかな……”


 私とジュリエッタは互いにウリエラたちへの認識を改める。

 確かにユニットのスペックとしては私たちのチームの中では最低ではあるんだけど、それを補うように楓・椛のスペックが高い。

 要はジュリエッタと同じ、ユニットの性能よりも本体の実力のおかげでスペック以上の性能を発揮しているタイプだ。

 ジュリエッタの場合は千夏君自身の武道の経験や戦闘に関する『勘』が実力を引き上げ、ウリエラたちの場合だと楓たちの『頭脳』とか『判断力』に依るところが大きいのだろう。

 相手の攻撃を的確に見切り、また攻撃の通るところ・通らないところを判断。弱点へとピンポイントで攻撃を加えることが出来る。

 ……まぁ流石にムスペルヘイムみたいな相手だと辛いかもしれないけど、大概の(ゲームとしては)常識的な範囲のモンスター相手だったら二人揃っていれば無双できるくらいの実力はある。


「そろそろボスが来るみゃー」

「ジュリにゃったも今度は協力して欲しいにゃー」

「うん、わかった。二人に合わせるから、指示をちょうだい」


 おっと、ジュリエッタは完全に切り替えたみたいだ。

 今回のクエストは二人の判断に任せ、指示に従うつもりになったらしい。


”来た! ……って、デカっ!?”


 ようやく現れた剛殻竜ディノクリスタスは、さっきまで戦っていた殻竜を二倍くらいに大きくした感じのモンスターだった。

 ただ、大きさが倍になっているだけで身体的な特徴については大きな変化はない。頭部のハンマー状の塊や背中の結晶殻がより鋭くなっているかというくらいだ。


「あ、ジュリみぇったは別に動かなくても大丈夫みゃ」

「……そうなの?」


 さぁ暴れるか、と臨戦態勢に入ったジュリエッタだったが、ウリエラに止められてしまう。


「にゃはは、あんなのと殴り合いに付き合う必要はないにゃー」

「みゃ、楽して勝つのが一番みゃ」

「…………それは、そうだけど……」


 性格の違いが出てるなー。ウリエラたちの考えはどちらかというと私に近い。

 対してジュリエッタ、それに今はいないけどアリスやガブリエラはというと、『強敵との殴り合い』を楽しむタイプだ。

 まぁ『ゲーム』に対するスタンスの違いだろう。ジュリエッタたちは言うなれば『アクションゲーム』とかで強敵を撃破することを楽しむ、というようなスタンスで『ゲーム』のモンスターと戦っているのだと言える。

 ウリエラたちの場合は……正しい表現かはわからないけど、『シミュレーションゲーム』とかでいかに効率よく目標を達成するか、というスタンスなんだろう。

 ……その意味だと私ともちょっと違ってはいるんだけどね。私の場合はいかに安全にやり過ごすか、という考え方だし。


「『ゲーム』のラスボスも、こういう手合いなら楽なんだけどみゃー」

「ま、それじゃ『ゲーム』として面白くないから仕方ないにゃー」


 周囲に轟く恐ろし気な剛殻竜の咆哮の中、ウリエラとサリエラは呑気な会話を繰り広げている。


「それじゃ、こっちも片づけるみゃ。ビルド《ペイル》」

「ほいほいっと、ブラッシュにゃ」

「……あー……そういうこと……?」


 ジュリエッタの周囲に幾つもの結晶の杭が作られる。

 どれもブラッシュで強化された、杭というか……巨大な槍? いや、先端の鋭い砲弾……だろうか。

 それを見てジュリエッタは自分が何をすればいいのかすぐに理解したようだ。私にもわかった。

 ウリエラとサリエラは剛殻竜に対して接近、殻竜の時と同じように素早い動きで翻弄する。

 剛殻竜の意識は完全に二人の方へと向けられている。


「ライズ……《ストレングス》、《スローイング》」


 若干消化不良めいた感は否めないが、指示に従うと言った手前逆らうことも出来ず、ジュリエッタは自身に腕力強化、投擲力強化のライズをかけると――遠距離から結晶砲弾を剛殻竜へと投げつけるのであった……。




*  *  *  *  *




「いや、おめーらエグいわ、色々と」


 マイルームに戻ってきて開口一番、千夏君はそう言う。

 ――あの後、結晶砲弾を投げつけ、砲弾が無くなったらウリエラたちがまた作り出し……剛殻竜がジュリエッタの方に意識を向けるとそれを邪魔するように直接クラッシュをぶつけたり、殻竜たちにやったみたいに結晶紐で動きを妨害したりと……剛殻竜にほとんど何もさせないまま決着はついた。

 ……あの剛殻竜、モンスター図鑑によればレベル7らしいんだけど……相性の問題もあったとはいえ、三人だけであんなにあっさり勝っちゃうとは……。


「そう?」

「にゃはは、まー楽して安全に勝てるならそれが一番いいにゃー」


 二人は全く堪えた様子はない。

 でもまぁ……エグいのは確かだ。相手との相性次第ではあるけど、ほぼ一方的な展開で戦える能力だと思う。それも二人自身の能力あってのものではあるけど。


「おまえら、実はガブリエラとリュニオンしない方が強いんじゃねーか?」


 それは少し思った。

 二人だけであれだけやれるのであれば、確かに個別に動いていた方が自由度は高いように思える。


「……どうだろう?」

「んー、でもあたしたち体力ないからなっちゃんと一緒にいた方が、安全に戦えるといえばそうなんだけどにゃー」

「ああ、まぁ……それもそうか」


 これはこれで納得いく理由ではある。

 ウリエラたちの最大の弱点は、一撃食らったらほぼ終わりという耐久力の低さだ。それを素早さと本人たちの『見切り』で補っているのだ。

 となると、ガブリエラとリュニオンした方が安全という面では万全だろう。リュニオンしても二人の魔法は並行して使うことは可能だし、何よりも制御不能なガブリエラを直接制御できるようになるのは大きなメリットだ。


「うーん、でもなぁ」


 それでも千夏君はまだ難色を示している。


「あの戦い方だと、おめーらも危ねーだろ? 見ててハラハラするぜ……今回くらいの相手ならいいんだろうけど……」


 今回くらい、と言いつつもレベル7っていう相当な強敵のはずなんだけどね……。

 千夏君の言葉を聞いて、二人は顔を見合わせ――そして揃って照れたような笑みを浮かべる。


「……ふふっ、バン君心配してくれてるんだ」

「にゃはは! だからバンちゃん好きにゃ!」

「……だから絡みつくんじゃねぇっての!」


 絡みつくのは椛の方だけだけどね。

 ああ、まぁ千夏君の言ってることはわからないでもない。

 どんなに本人たちが注意したところで、一撃食らったらそれが致命傷となりかねないのには変わりないのだ。

 相手がムスペルヘイムのような回避の難しい超広範囲攻撃を繰り出して来るような場合だと、二人のあんな戦い方は自殺行為にしかならない。


”私から言わせてもらえば、千夏君も結構アレだからね?”

「……そうっすか?」

「そうだと思う」

「あたしたちよりは頑丈だけどにゃー」


 まー、それ言ったらぶっちゃけアリスもガブリエラも皆同じなんだけどね。

 ……私が心配症すぎるってのもあるんだろうけど。


「そういえば、バン君はもう泊まりのことは話したの?」

「あー、いや、まだだ。……うーむ、流石に俺は厳しいかもな……」


 確かに……集まるメンツのことを考えると、千夏君は結構難しいかもしれない。

 『ゲーム』での知り合い、だなんて親には説明できないしね……こればかりは仮に私が出て行ったところでどうしようもないだろう。


「……そっか、わかったにゃ」

「?」


 意外にもあっさりと椛は納得してみせる。

 はて、こういう時に『バンちゃんも一緒に行くにゃ~!』と言いそうな感じだったのに……?


「バンちゃんって、確か桃園の剣道教室に通ってたにゃ?」

「あ? ああ、今もたまに顔出すけど……」

「! そういうこと……バン君、念のため聞くけど、親の許可が降りたら……行きたい?」

「ん? まぁ、そうだな……別に泊まりである必要はねーとは思うけど、なんか一人だけ行かないってのもやだなーとは思う」


 ……い、意外に仲間外れにされたら拗ねちゃうタイプなのか……当然と言えば当然だけど。

 ともあれ千夏君的には行けるのであれば行きたい、という感じみたいだ。

 その意思を確認すると、楓と椛は頷き合う。


「わかった。親に説明するのはちょっとだけ待って」

「多分、そんなに待たせることはないと思うにゃー」

「??? ま、まぁそれは構わねーけど……おまえら何するつもりだ?」

「「内緒|(にゃ)」」


 何だろう……何をする気なのか、ものすごく気になる……。

 とはいえ、ここで詰め寄っても二人は答えてはくれないだろう。

 微妙に不安があるとはいえ、任せるしかない――それで結果的に上手く行って千夏君もお泊り会に参加できるとなれば、それはそれで喜ばしいことだとは思うし。




 その後、しばらくはマイルーム内で話していたけど、そろそろなっちゃんの様子を見たいということで一旦解散することとなった。

 千夏君も出かけるまで微妙な時間しか残っていないということだったし、今回はここまでだろう。

 また夕方以降、ありすたちが帰って来た後に集まれたら集まるという感じで、千夏君と別れて私たちは現実世界へと戻って来たのであった。


「――さ、息抜きも終わったことだし、ハナちゃん」

「…………はいにゃ……」

”ま、まぁがんばって……”


 なっちゃんはまだぐっすりとお昼寝中であることを確認し、楓は冷徹に椛へと作業の続きを促す。

 もう千夏君も『ゲーム』に参加できない以上、また息抜きにクエストへと逃げることも出来ず、虚ろな目で椛は頷くしかなかったのだった……。




 ――楓と椛が千夏君をお泊り会に参加させるために一体何を企んだのか……。

 その答えがわかるのはもう少し先なのであった。

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