第7.5章8話 "始天使"ウリエラ&"終天使"サリエラ(前編)

「うーちゃん助けて!」

”…………一体なにごと……?”


 なっちゃんがお昼寝した後に、楓たちに遠隔通話で連絡。

 こっそりと二人がいる部屋――実はなっちゃんの部屋とはふすまで仕切られているだけの、実質同じ部屋なんだけど――へと連れて来てもらった私だが、開口一番椛がそう私に泣きついて来た。

 部屋の中央の机には、何やら服? らしきものと裁縫道具が見えるけど……。


”んー、家庭科の宿題かなにか? ダメだよ、自分でやらなきゃ”

「ほらハナちゃん、うーちゃんだってこう言ってる」

「ぐぬぬぬ……!」


 まぁ仮に助けるにしたって、私の身体でお裁縫はちょっとね……去年のクリスマスの時に懲りたよ……あれはあれでやって良かったとは思うけど、大変なものは大変だ。


「しゅ、宿題じゃない、けど……」

”いやまぁどっちにしても椛が自分でやらないとダメなんじゃない?”

「くっ……うーちゃんが正論で殴り掛かってくる……!」

「ハナちゃん、いい加減諦めるべき」


 尚も往生際悪くぶつくさと言っていた椛だったけど、ようやく諦めてがっくりと肩を落とす。


”……で、どうしたの、一体?”


 椛ではなく楓の方に聞いてみる。多分、というか間違いなく正確な答えが返ってくるのはこっちの方だろう。


「これは……学校の行事で使う衣装。ハナちゃんは衣装の制作係」

”衣装――劇かなんかやるの?”


 文化祭とかそんな時期でもないだろうに。

 私の疑問はわかっていたのだろう、簡単に楓が説明してくれた。

 中学三年生の卒業式前に、在校生が学年単位で『演劇』を披露する、という伝統行事があるらしい。

 椛はその演劇のための衣装制作係の一人ということなんだとか。


「でも、ハナちゃんは女子力5のゴミ……」


 ひでぇ。


「うぅぅ……フーちゃんなら楽勝なのに……」

「私がやったら意味がない。他の子だって頑張ってるのに、ハナちゃんだけズルはダメ」


 おおう、何かこうして見ると楓の方が確かにお姉さんっぽいな。

 意外と言ったらアレだけど、普段なっちゃんの面倒を見ているのが椛の方らしいから、椛の方が家庭科的なことは得意なんだと思ってたけど、実際には全く逆みたいだ。

 まぁ椛がなっちゃんのお世話をして、その他家事全般を楓がしている――という役割分担であるみたいだし、それはそれで理に適っているとは思う。

 なっちゃんのお世話とか大変だろうしね……そこそこ聞き分けはいい方には思えるけど、元気いっぱいの三歳児だしね……。


”演劇かー。それってやっぱり千夏君も何かやってたりするの?”


 ふとした疑問をぶつけてみる。


「バン君は脚本――のダメ出し」

「編集とか校正やってたにゃ。流石にもうそろそろ脚本系の仕事は終わりみたいだけど」

”へぇ?”


 これも意外と言えば意外な配役だ。

 彼が文武両道な男の子なのは知ってたけど、脚本とかそういう役割をやるとは意外に思える。


「……どうせならバンちゃん、去年みたいに役者やれば良かったのににゃー」

”へぇ!? 千夏君、去年は役者だったんだ?”

「そうなんだけど……うーん……バン君、それで結構やっかみとか受けたみたいだから……」


 と言って楓は言葉を濁す。

 そっか……当然と言えば当然だけど、彼にも色々あるんだよな……。特に私がこの世界に来る前のことなんて、知らないことばかりだ。それはありすと桃香も同じだけど。


”――ま、まぁとにかく、椛も自分の仕事は自分で頑張りなよ。でないと、なっちゃんや雪彦君にも示しがつかないでしょ”


 っと、これはちょっと卑怯な言い方だったかな。

 でも効いたらしく『ぐぬぬ……』と言った感じの表情で黙り込む。


「い、いいの! あたしはちょっとおバカで愛嬌のある面白可笑しいお姉ちゃんなんだから!」


 ……何か半ばやけくそ気味だけど。

 はぁ、とこちらも半ば呆れた風にため息を吐きつつも、わずかに笑みを浮かべつつ楓は言う。


「それじゃ、お硬くて厳しくて真面目なお姉ちゃんがしっかりと教えてあげるから、がんばりなさい」

「……ぐぬぬ……」


 ほんとに言った……。

 うーん、でもこの二人……何だかんだでやっぱり仲良さそうに見える。いや、実際仲いいんだとは思うけど。

 この間のマイルームの一件と言い、なんというか姉妹間で『役割分担』をしているように感じられるのだ。それこそ、さっき当人たちが口にしたように『おバカで愛嬌のある面白可笑しいお姉ちゃん』と『硬くて厳しくて真面目なお姉ちゃん』っていう風に。

 なっちゃん、それに雪彦君の年少者の面倒を椛が見ていることが多いのもその一環なんじゃないだろうか。

 ま、本人たちがどう考えているのかなんて、私が想像したところで仕方ない。邪推ってもんだろう。


「うー……でもちょっと疲れたにゃー……。

 ! そうだ、うーちゃんが来たんだし、『ゲーム』いかない?」


 疲れているのは本当らしいけど、うーん……。


「……うーちゃん、ハナちゃんはこう言ってるけど……」

”うーん……”


 おそらくは楓も私が唸っている理由はわかっているだろう。というか、椛だってわかっているはずだろうに。


”なっちゃんがいつ起きるかわからないのがなぁ……”

「それは多分大丈夫。お昼寝から起きて、お姉ちゃんたちがいなかったり寝てたりしたら、ハナちゃんの部屋でビデオ見ていい、って言ってあるから」


 なっちゃん的にもそれは結構楽しみらしく、割と大人しく自分でビデオを操作して見ていることは結構あるらしい。

 はー、最近の三歳児はビデオの操作もできるのかー……いや、前世でも確かに自分でスマホやらタブレット操作して動画見ている子供が増えてる、って聞いたことあるような気もするな。


「それに、なっちゃんの部屋のドアは実はお昼寝の間は開かないようにしてるにゃー。こっちの部屋を通らないと、外に出れないようにしてるにゃ」


 …………まぁ閉じ込めてるわけじゃないし、深くは突っ込むまい。


「なっちゃんも、いつも通りならあと一時間以上は起きないと思う、けど――」

”問題はメンツだねー”


 そう、残る問題は誰とクエストに行くかだ。

 なっちゃんはお昼寝中なので当然無理。

 ありすと桃香は一緒にいるけど、『ゲーム』に全く関係のないクラスメートも一緒にいる。流石に無理だろう。


”雪彦君は?”

「雪彦もクラスの友達と遊びに行ってる。あーちゃんたちとは別みたい」


 やっぱりか。

 となると――


”千夏君しかいないか……”

「バンちゃん! バンちゃんと行きたいにゃ!」

「……まぁ、バン君と私たちでなら何とかなる、かな……」


 この間のユニット間の相性確認では、ウリエラサリエラ共に千夏君ジュリエッタとは相性が良くない――というかサポート系である二人の最大の長所が生かせないのでは、という感じではあった。

 でもまぁ短い時間での確認だったし、結論を出すには早計ではある。


”うーん、彼も部活はもう終わってると思うけど――”

『バンちゃーん! 一緒にクエスト行くにゃ~!』

『……はぁ? なんだよいきなり』


 って、もう遠隔通話で呼びかけしてる!?


『”ご、ごめんね千夏君。実はさ――”』


 声をかけてしまった以上仕方ない。

 私の方から簡単に事情を説明する。


『――なるほど。うーん、まぁ俺もちょっと後で出かけるんで、長くても一時間くらいしか付き合えないっすけど、それで良ければ』

『十分すぎる。大丈夫、ハナちゃんにそんな長い間サボらせないから』

『サボるわけじゃないにゃ!?』


 いや、サボりでしょうに……。

 とりあえず千夏君もオーケーしてくれたし、私たちとしても(椛のサボり云々は置いておいて)いくら大人しく昼寝してくれているとは言っても、なっちゃんを長時間放置しておくのは流石に怖い。

 軽く一回、様子を見て二回くらい、コンビネーションの確認も兼ねて行ってみようということで話はついた。


『あ、出来たらでいいんすけど、強さはどうでもいいんで大物がいるか、数が多いクエストがいいっす』


 との千夏君からのリクエストがあったので楓たちとも相談の結果、行くクエストは決まった。

 そっか、この間のジュウベェ戦で千夏君ジュリエッタはまた『肉』を使い果たしかけてたからな……お正月からこっち、強敵との連戦が続いていて補充が追い付かない状態だ。

 ……アリスとガブリエラが討伐数を競い合ったメガリス500匹のクエスト……あれに行けたらかなり『肉』の補充も出来るんだけどなぁ。残念ながら今日は出て来ていない。

 ちなみにだけど、千夏君だけでなく桃香の方も実はちょっとクエストなり対戦なりをこなしたいという事情がある。

 桃香の方は《エクスカリバー》(それといつの間にか使えるようになっていた《キング・アーサー》)以外の召喚獣を一度消してしまったため、また呼びなおさなければならないのだ。

 まぁ千夏君とは違って、ぶっつけ本番でも前の召喚獣を思い出して呼べばいいだけなんだけど、突発でいきなり思い出せないこともありえる。安全のため、霊装に記録しておいた方がいいだろうとの判断だ。こちらはちょこちょことクエストに行く度に増やしているし、《ペガサス》等の主要な召喚獣は大体揃え終わったのでそこまで急ぎではなくなったけど。




”このクエストでどうかな?”


 マイルームへと移動した私たち。

 ……椛が千夏君にぐいぐいと迫ってそれを楓が引きはがしたりしているのを横に、私は良さそうなクエストを探してみた。




 討伐任務:剛殻竜ディノクリスタスの討伐

  ・討伐対象:剛殻竜ディノクリスタス 1匹、殻竜ディノセス 3匹

  ・報酬  :70,000ジェム

  ・特記事項:なし




 ……冷静に考えると、7万ジェムって結構な額の報酬なんだよね……。

 何だかジェムの額に見合わないような超強敵とばかり最近戦い続けてたような気もするし、感覚麻痺ってきてる感はあるなぁ。

 モンスター名が明らかになっているクエストだけど、戦ったことのないやつだな……強さがわからないのは不安ではあるけど、千夏君たち三人でどうにもならない相手だったら脱出できるようにアイテムの準備だけはしておこう。


「ふむ、いいんじゃないっすか。『竜』ってついてるヤツって、結構大型ですし」

「私はおっけー。数が1匹じゃないのが尚良し」

「にゃはは。それじゃー行くにゃー」


 ……? 千夏君はともかく、何か微妙に楓の物言いが気にかかるけど……。


”私はどうしようか? 離れたところにいた方がいいかな?”

「いや、何が起こるかわかんないっすから、俺がしっかり守りますよ!」


 と、思わぬ勢いで私に詰め寄る千夏君。


「うーちゃん……自覚ないかもだけど、この前、本当に大変だったんだから」

「そうそう。もしあーちゃんたちがいないところでうーちゃんを危険な目に遭わせた、なんて知られたら……流石にあたしたちも怒られるかにゃー?」


 そ、そうか……あんまり自覚がなかったからついいつもの調子で言っちゃったけど、千夏君たちにしてみれば私は一度死にかけているんだ。

 もしまた同じことが起きたら――そう考えたら千夏君の勢いも頷ける。


”そ、そうだね。ごめん。じゃあ千夏君、お願いしていい?”

「もちろんっす!」


 頼もしい。

 実際、お正月の時は千夏君ジュリエッタと共に行動して、しかもムスペルヘイムとも戦ったっけ。

 ……そう考えると、ムスペルヘイムクラスの相手でもない限りは安心と言えるだろう。


”それじゃ行こうか”

「うん――ハナちゃん」

「ほいよーフーちゃん」

”??”


 私の号令に二人は頷くと共に、目線をかわしあい――


「ステンバーイ……」

「レディィィィ……」

「「エクス――トランス!」」

「んなっ!?」


 二人は息ぴったりに鏡合わせの変身ポーズを決めたのだった!

 し、しかも今の変身ポーズ……『マスカレイダー VVヴィーズ』のやつだ!


「みゃー……上手くできたみゃー」

「にゃはは、練習した甲斐があったにゃー」

”練習したんだ……”


 双子ゆえなのか、本当にぴったりとした動きで実に様になっていた。『VV』だと、海斗かいと君が一人で二重録りしてて、それでも結構な回数を重ねてようやくぴったりの変身ポーズになったんだよね……。

 それはともかくとして、だ。


「な、な、なんでおめーらが……!?」


 千夏君は驚きすぎだと思う。いや、私の驚いたけど。


「みゃ? ゆきみゃーがやるって言ってから、みゃーたちも練習したみゃー」

「にゃ。うーにゃんたちの子は皆やるって聞いたにゃ」

「……いつの間にそんな話を……」


 愕然とする千夏君。ほんと驚きすぎだ。


「て、抵抗ねーのか……?」

「にゃはは、幼児の妹持ちなめんにゃー」

「お望みとあらば、プリスタのダンスだって踊れるみゃー」

「それに、ゆきにゃーがちっちゃい頃は、レイダーごっこにだって付き合ってたにゃー」

「レイダーも怪人もプリスタのアイドルも……何だってやれるみゃー」


 そういうことか……確かに小さな弟妹と遊ぶって時に、いちいち恥ずかしがってられないよねー。

 思い出すなぁ。そういや私も前世で甥っ子と姪っ子と遊ぶ時もそうだったっけ。


「そ、そうか……」


 何の抵抗もなく変身ポーズを(しかも滅茶苦茶再現度高く)こなした二人に対して一体何を思うのか……。


「……? バンみゃんはやらないみゃー?」

「バンにゃんの変身もみたいにゃー」


 煽っているのかいないのか、二人のチビ天使に纏わりつかれて変身をねだられる。

 むむ、個人の自由に任せたいとは思ってたけど……このままだともしかしたら千夏君が変身ハラスメントトラハラを受けて精神を病んでしまうかも……?

 無理にやらなくてもいいんじゃない、と助け船を出そうとした私だったが……。


「…………そうか……恥ずかしがる必要なんてないんだよな……」

”ち、千夏君……?”

「よく考えたら、この歳になっても思いっきりレイダーごっこ出来るいい機会っちゃそうなんだよな」

「「そうみゃー/にゃー」」


 だ、騙されないで千夏君! このチビ天使たち、君に見えない位置で悪魔みたいな笑みを浮かべてるよ!?

 ぱん、と掌で自分の頬を叩いてすっきりした表情となった千夏君――


「よし! やるぞ!」


 ……まぁ……本人が吹っ切れ、いや納得したならいいか……。




 こうして私のユニットの子たちは、ついに全員が変身ポーズを決めるというアリスの流儀に染まってしまったのだった。なっちゃんは……まぁきっとノリノリでやるんじゃないかな……。

 ともあれ、ひと悶着はあったものの私たちはクエストへとようやく挑むのであった。

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