第7.5章7話 星見座撫子 ~人類至高の宝にして最後の謎
「ふんふんふふんふん、ふにゃんにゃにゃ~ん♪」
今日は冬にしてはちょっと暖かく、池に氷は張っていない。
その池のほとりで、ご機嫌で何か歌っているなっちゃん。
「ふにゃったたーん、にゃにゃにゃにゃ~ん」
”なっちゃん、お歌上手だねぇ”
「うへへぇ~、なっちゃんおうたじょーず?」
”うんうん、すっごく上手だよ”
私に褒められて本当に嬉しそうになっちゃんは笑う。
でもお世辞ではない。ガチでなっちゃん歌上手いんだよね。
歌詞とかもなく、適当に思いついたメロディを『にゃんにゃん』と歌っているだけなんだけど、リズムも音程もしっかり取れていてとても三歳児とは思えないくらいだ。
「なっちゃんねー、おうたすきー!」
”そっかー”
ああ、ほっこりするなぁ……小さい子っていいなぁ……。
なんて呑気なことを思いながら、なっちゃんと共に日向ぼっこする日曜日なのであった。
桃香の『お泊り会』の提案があった翌日の日曜日。
私は一人で星見座家へとやってきて、なっちゃんと一緒に遊んでいた――まぁ実質、なっちゃんが遊んでいるのを横で見ているだけだけど。
昨日、なっちゃんが私と遊びたいと言いだした時に宥めるために椛が適当に言ったことだったけど、早々に実現してしまったなぁ。
『うーちゃん、今日撫子と一緒に遊んでくれない? ちょっとあたし、今日手が離せなくて……』
午前中にそんな連絡が椛の方からやってきた。
今日は千夏君は午前部活で不在、ありすたちは午後に遊びに行くと言っていたので私自身は暇ではあった。
『ゲーム』に挑むにしても集まれるメンバーの時間がバラバラなので、夕方か夜に行くかどうかという感じだったし、椛にも用事があるというのならば構わない。
ちょっと不安だったのは、元の人間の身体ならともかく使い魔の身体で一人でなっちゃんの面倒を見れるかというところだったんだけど……。
『大丈夫。手が離せないと言っても、あたしもフーちゃんも家にはいるから』
とのことだった。
どうやら家の中で完結する用事っぽいし、『危ないことしようとしたら止めてくれればいいから』ということだったし、それくらいならまぁ私の身体でも出来るだろう。
というわけで、午後になってから私は一人で星見座家へとやってきて、なっちゃんと遊んでいるというわけだ。
……ちなみに午前中はありす、桃香、雪彦君、そしてなっちゃんと四人で『ゲーム』へと挑戦していた。
ピッピからクリアのために必要な条件を聞くことが出来なくなってしまったので、私たちはひたすらクエストに挑んでいくしか今のところやれることがない。
お昼までは『ゲーム』をやって、午後から私は一人で星見座家へ。ありすたちは遊びに出かけて行った――雪彦君もありすたちとは別行動だけど、やはり出かけているみたいである。
”なっちゃん、今日はくまさんかな?”
お昼過ぎから楓たちと合流。なっちゃんを託された私である。
とはいっても、なっちゃんのお昼寝の時間まででいいと言われているので、そう長い時間ではない。
そのなっちゃんだけど、今日はクマの着ぐるみフード付きの服を着ている。やっぱり可愛い。
「うんー、くまたん!」
初めて会った時にはウサギだったけど、この動物の着ぐるみシリーズがお気に入りらしい。
さて、なっちゃんと遊ぶと言ったわけだが……正直やることはあんまりない。
なっちゃんはご機嫌そうに歌を歌いつつ、棒切れで池をちゃぷちゃぷと突っついている。
時々突っつく角度を変えたり、両手に棒切れを持ってドラムをたたくみたいにしたりしているということは……水面の波紋が色々と形を変えるのを見ているってことなのかな?
で、私はと言うと、時々なっちゃんがぎゅーって抱きしめてきたりするの以外は、彼女が池に落ちないように見張っているくらいしかやることがない。
流石に子供が落ちたところで溺れるような深さではないけど、この季節にずぶぬれになったら風邪を引いてしまうだろうし、落っこち方によっては頭を打ってしまってそのまま……ということもあり得ない話ではない。
……割と気の抜けない時間を過ごすことになってしまった。
「……うゅ?」
”ん? どうしたのなっちゃん?”
と、池をちゃぷちゃぷする手を止めたなっちゃんが視線を別の場所に向ける。
家と外を仕切る壁――の上に、一羽の鳥が止まっている。
”カラス!?”
思わず緊張してしまう。
前世でもそうだったけど、この世界でもカラスの害は最近結構多い。
ゴミ捨て場を漁るのもそうだが、人にまで襲い掛かって来ることが多々ある。
……実家に暮らしていた頃、ゴミを捨てに行こうとしたお母さんとかが襲われたことがあったっけ。
カラスってかなり頭のいい生き物だし、襲う相手を見計らっているんじゃないだろうか。小さな子とかが襲われたらかなり危ない。
「かーたん」
”なっちゃん、待って! 危ないよ!”
カラスは襲い掛かって来る様子はないが、顔はまっすぐになっちゃん――私たちの方を向いている。
いつ襲ってくるかもわからない。迂闊に近づくべきではない……いや、むしろなっちゃんを家の中に避難させた方が……?
などと考える私であったが、なっちゃんはカラスに向かってぶんぶんと手を振る。
「あーね、ピッピがね、かーたんに『ばいばい』ってゆってたよ?」
……!?
なっちゃんの言葉を聞いて、心なしかカラスががっくりと肩――鳥に肩ってないと思うけど――を落とす。
そして、一声くわっと鳴き声を上げると、そのまま飛び去っていってしまった。
「ばいばーい」
……お、おう? 何だ、今の……? まさかとは思うけど、カラスと会話したっていうのか……?
私の困惑をよそに、なっちゃんは再び枝で池をちゃぷちゃぷし始める……。
”ね、ねぇなっちゃん? 今のカラスさんって……?”
不思議なこともあるもんだなぁ、で流すことは私には出来なかった。
「んー? かーたん?」
”そ、そうそう、かーたん”
カラスだから『カーちゃん』……とかだろうか。
「かーたんはねー、ピッピのことがね、しゅきだったんだよー」
”へ、へー”
「! あ、これ『しーっ』だよってかーたんにゆわれてた!」
”だ、大丈夫! 私も『しーっ』ってするから!”
ぴ、ピッピ……カラスにマジ恋されてたのか……いや笑っちゃいけないとは思うんだけど。
……いや、他人事じゃないな。私だって他の猫とか兎に絡まれないとも限らないし……。トンコツとか明らかにぬいぐるみっぽいのは大丈夫かもだけど……。
それはともかく、カーちゃんに恋のお悩み相談されてたのか、なっちゃん……。
”なっちゃんはカーちゃんが何言ってるのかわかるんだ?”
「うゅ? かーたんだけじゃないよ? にゃーたんとかげこたんとか……あと、おばーたんともしゃべってゆよ?」
にゃーたんは……猫、げこたん……は、うーんもしかしてカエル、かな?
……おばーたんは……んー? 何だろう……? おばーちゃん??
「それでね、ピッピがね、うーたんにはやくあいたいってゆってた」
”ピッピが……? っていうか、なっちゃん、ピッピに会ってるの!?”
「??」
え、どういうことなんだ……?
ピッピは既に『ゲーム』からリタイアしていなくなっているはず。なっちゃんと話せるはずがないのだ。
それとも……以前ピッピとなっちゃんがそんな会話をしていて、そのことを言ってるだけなのか……? 時系列がめちゃくちゃ、というかなっちゃんの中でも整理しきれていないだけ……?
少し問い詰めてみたけどなっちゃんも上手く説明できないみたいで困っていた――あまり強く問い詰めるわけにもいかず、真相はわからずじまいとなってしまった……。
その後、なっちゃんは私をぎゅーってするのに夢中になってほとんど話をすることは出来ず……そのうち、お昼寝の時間が来た、と椛が呼びに来て私たちは家の中へと入っていった。
「うーたん、ぎゅーっ!」
”むぎゅ……”
なっちゃんは布団に入った後も私を離そうとはせず……まぁ仕方ない。眠るまでの辛抱だ。
ちなみにだけど、なっちゃんの部屋は実は二つある。
一つは、前に私がありすと共に来た時――ジュウベェに能力を奪われてなっちゃんが衰弱していた時に寝ていた部屋だ。
こちらの部屋は二階にあり、まだ階段とか上り下りさせるには不安があるなっちゃんが使うには不適切だとは思っていたんだけど……どうやら日中に親がいない時、つまり椛たちが面倒をみている時に使う部屋のようだ。
もう一つは私は入ったことがないけど一階にある、両親と一緒の寝室である。こっちは主に夜に寝る時用だ。
今は二階の方の部屋で、私も布団に連れ込まれている。
「うーたんふかふかー……」
自分で言うのも何だけど、私を同じ布団に入れちゃったらなっちゃん興奮して眠らないんじゃ……という心配は杞憂に終わった。
しばらくの間私をぎゅーってしながら、きゃっきゃと話していたなっちゃんだったけど、しばらくすると大人しくなって――やがてすーすーと寝息を立てて眠ってしまった。
”……ふぃー”
思った以上に寝つきが良くて助かった。
これでしばらくは一安心かなー。
まだ眠ったばかりだし、起こさないように抜け出すのはもうちょっとしてからにしよう。
……まぁなっちゃんが起きるまで一緒にお昼寝してもいいっちゃいいんだけど、折角星見座家に来たのだ。邪魔でなければ楓たちとも話してみたいところだしね。
――さて……じゃあなっちゃんを起きないくらいに深く眠るまで、考え事でもして時間潰すかな。
『なっちゃん』こと星見座撫子。三歳の女の子。星見座姉弟の末妹。
幼児特有の可愛らしさ、というのを差し引いてもものすごく可愛らしい子だ。
あと、三歳とは思えないほど歌が上手い。比較対象がないからもしかしたら私が贔屓目で見ているだけかもしれないけど、もう数年もしたらすごいことになるんじゃないかなーって気はする。もちろんいい意味で。
ちらっと聞いただけしか私は知らないけど、どうも不思議な力を持っているっぽい。
……私がさっき目にしたカラスと会話っぽいことをしていたのもそうだし、ありすがジュウベェに襲われた時も事前に何かしら察知していたようなことを楓たちは言っていた。
そういえば、ありすと初めて会った時に、アリスだということも見抜いていたっけ……割と本当に『見えないもの』が見えているのかもしれない。私たちからは確かめようがないけど……。
変身後の姿は、元の姿からは似ても似つかない天使のような姿の『ガブリエラ』。
可憐な天使の見た目とは裏腹に、どういうわけか異様にステータスが高く、魔法を使わないでゴリ押しでも大概のモンスターを叩きのめせるほどの強さを持つ。
中身が中身なだけに細かい作戦とか考えるのは苦手――というかそういう概念自体がまだないっぽい。危なっかしいことこの上ないけど……まぁ前述の通りスペックだけはすさまじく高いので、よっぽどのことがない限りはどうにかなってしまう。それがいいことなのか悪いことなのか微妙なところだ。
変身前後のギャップという意味では、性別そのものが変わってしまう千夏君たち以上にギャップがある。
…………あれ? よく考えたら、変身後の性別って本当に『女』でいいんだろうか……? 身体的には確かに女性に見えるんだけど……。それに今更だけど、何で変身後は皆女性っぽい姿なんだろうなぁ……。これも考えてわかる問題じゃないけどさ……。
「……うーたん……しゅきー……」
”……?”
寝言、かな? ほんと可愛らしいなぁ……。
と、私を抱きしめる腕から力が抜けていることに気が付く。
さて、それじゃなっちゃんはこのまま寝かせておいて、楓たちの方に行ってみようかな。もし邪魔になるようだったら大人しくスリープでもしてよう。
なっちゃんを起こさないように注意しながらベッドから降りる。
”……あれ?”
そういえば――今更ながらふと気になったけど、なんでなっちゃんって私のことを『うーちゃん』って呼ぶんだろう?
ウサギだから『うーちゃん』かっても思ったけど、その割には私への挨拶は『にゃー』だし……。
私の名前は『ラビ』だから、全く『うーちゃん』にはなりえないはずなんだけど……。
”…………ま、まさか……?”
『りょ
……考えすぎか。
…………考えすぎ、だよなぁ……?
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