第7.5章3話 アリスと四天使

 さて、本日のお品書きは――


「よーし、じゃあルールはわかったな、ガブリエラ」

「ええ、大丈夫ですよ、アーちゃん」


 互いに笑みを浮かべ――アリスは戦闘中のような獰猛な笑みを、ガブリエラはにこにこと満面の笑みを――向き合っている。

 どちらも元の年齢に比べたらかなり年上になっている。10代後半の女子高生くらいかな? 雰囲気的にはガブリエラの方が落ち着いて見えるため、ちょっとだけ年上には見えるけど。

 背もやっぱり同じくらい。身体付きだって、元からでは想像も出来ないほど女性的な魅力に満ち満ちている。


「んほー、あの間に挟まれたいにゃー」

「……挟まれたら死にそうだけどみゃー」


 まぁ、胸よりもプレッシャーに押しつぶされそうだけどね。


「えっと、ボクはボスを守ってるから」

”うん、お願いね、クロエラ。で、アリスたちは回復が欲しかったら呼んでね”

「ボクがボスを連れて近くまで移動するよ」


 今回、私はクロエラと共に後方待機――そして回復を請われたらクロエラの機動力でアリスたちの近くまで運んでもらい、アイテムを使って回復するという感じだ。

 ……『ラビさんデリバリーサービス』とかありすなら呼びそうだ……。




 私たちは今とあるクエストに来ている。

 メンバーは、アリス、ガブリエラ、ウリエラ、サリエラ、クロエラの五人。

 ヴィヴィアンとジュリエッタはそれぞれ現実の方での都合で不参加である。

 本日既に何度かクエストには挑んでいて、これを最後にしようかといったところで『普通にクエスト行くだけではなく、ちょっと変わったことをしようぜ』とアリスが提案。ガブリエラがそれを受け入れて今に至る。

 アリスが提案した『ちょっと変わったこと』とは――


「よし、行くぞウリエラ!」

「行くみゃー、アーみゃん」

「ふふっ、こちらも負けられませんわ、サリュ」

「はいにゃー、りえら様」


 アリスとウリエラ、ガブリエラとサリエラがそれぞれコンビになってこのクエストのモンスターと戦う。

 で、どっちが多くのモンスターを倒せるかを勝負する、ということになっている。

 普段だったらこういうのを止めるんだろうけど、まぁ今回はいいかなーと。

 理由としては、単純にクエストの難易度の割には出て来るモンスターの強さが大したことない、というのがある。




 高難易度クエスト:メガリス討伐

 クリア条件:メガリスを最低500匹討伐

 特記事項:メガリスは無限に現れる




 これが今回のクエストの内容だ。

 普通に考えたら、いくら弱いと言ってもメガリスをでも500匹倒さないとクリアできないクエストとなったらかなり厳しい。『高難易度クエスト』となっているのもうなずける。

 でもまぁ……正直アリスにしてみれば、弱い相手がどれほど大量に出て来ても一掃できるし、ガブリエラに至っては魔法を使わないでも霊装を振り回しているだけでいくらでも薙ぎ払えてしまうという、実に簡単なクエストではある。

 だから二人で手分けして250匹ずつ倒してクリアするという意味でも、今回はいいかなと思ったのだ。

 一応、サポートとしてウリエラとサリエラがそれぞれにつくし、いざという時のためのクロエラもいる――まぁクロエラの場合は積極的に戦おうという気がないって理由から後ろに下がっているだけなのもあるけど。

 ちょっと揉めたのは、アリスとガブリエラのどっちにウリエラ・サリエラがつくかというところだった。

 相性的にはアリスとはサリエラの方がいいといえばいいんだけど、ウリエラの能力的にはアリスと組んでも問題はない。

 結局はじゃんけんで決めたんだけどね。


『じゃんけん、ってなんですか?』


 とガブリエラに聞かれたのは流石にびっくりした……いや、三歳児くらいならもしかして知らないこともあるかもしれない? 保育園に通っているとは言ってたけど、うーんどうなんだろう?


「……ねぇ、ボス」

”うん? どうしたの、クロエラ”

「…………あのさ、どっちが多く倒すかっていうのはいいんだけど……数、かぞえられるかなぁ……?」


 ……確かに。

 流石にアリスは四桁の数字だって理解しているだろうけど、だからと言って戦闘中に倒した相手の数をカウントしきれるかというと……話は全く別のものだ。

 それに得意の広範囲爆撃魔法を使ったとしたら、ますます倒した数なんて数えられるもんじゃないだろう。

 ガブリエラに至っては……そっか、三歳児だったか……うん……。


”んー、まぁ二人もそこまで勝ち負けにこだわりはないだろうし、思いっきり暴れられればそれでいいんじゃないかなぁ”

「……そうかもね……」


 アリスだってそこまで勝ち負けにはこだわらないだろう、多分。ガブリエラの方は……まぁ仮に負けて駄々こねたとしても、サリエラ辺りが宥めてくれるだろうし。

 私たちは投げっぱなしにして二人の『勝負』を見守ることにしたのだった。




*  *  *  *  *




 で、クエスト開始後のことだけど……。


”うーん、流石アリスって感じだなぁ”


 ジュウベェみたいな強敵相手の一対一タイマン――実際ジュウベェ戦はクロエラと共闘したけど――でも十分すぎるほど強いけど、やはり本領を発揮するのは大群・超大型モンスター戦なのだとあらためて実感させられる。

 とにかく神装を使わずとも、巨星系魔法でまとめて吹き飛ばしたり、《剣雨ソードレイン》のような威力はそこそこだけど消費が少なく連発可能な範囲攻撃がとにかく豊富だ。


「ウリエラ様の魔法とも、意外に相性いいね」

”そうだね。徹底的な攻撃強化ならサリエラ、アリス自身のサポートならウリエラって感じかな”


 サリエラの場合だと【贋作者カウンターフェイター】による魔法のコピーや洗練魔法ブラッシュによる単純な強化によって、アリスの攻撃能力が飛躍的に上昇する。

 反面、サリエラ自身の魔力消費も物凄く高くなってしまうので、経戦能力というところにはやや課題が残るといった感じだ。

 でもウリエラの場合だと、アリスの魔法をサポートすることが出来る。

 たとえば操霊魔法アニメートを使って放った魔法をコントロールして本来なら一発撃ち込んで終わりとなる射撃系魔法を、マジックマテリアルが消えるまで延々と操作し続けてより攻撃範囲を増したり、相手にかわされたとしても誘導弾のように扱うことも可能だ。

 また、これは今回のクエストでわかったことだけど、アリスのマジックマテリアルについてはウリエラの構築魔法ビルドの対象とすることが出来るようだ。


「……うわぁ、アリスさんの魔法を《ゴーレム》にしてるよ……」

”これはひどい”


 《赤色巨星アンタレス》に《剣雨》を組み合わせた『燃え盛るトゲトゲ巨星』をビルドで作り出して、それを更にアニメートで操ってメガリスの群れを蹂躙していたりする……。

 うーむ、これは本当に意外とウリエラとの相性の良さは見直さないといけないかな。多分、同じようにヴィヴィアンの召喚獣に対してもビルドやアニメートは有効だろう――まぁ召喚獣はどっちかというとそのまま使った方が強そうだから、やっぱりサリエラと合わせた方が良さそうではあるけど。


”ガブリエラとウリエラは……まぁいつも通り、なのかな?”

「うん、大体いつも通り」

”これもひどい”


 で、対するガブリエラたちの方はというと、こちらもアリスたちに負けず劣らずの暴れっぷりである。

 ガブリエラの最大の欠点は『言うことを聞かない』ということなんだけど、これについてはウリエラ・サリエラならば制御することはわかっている。

 アリスのような広範囲魔法こそ持っていないものの……ガブリエラは施錠魔法クローズを使って空間を閉じてメガリスを一か所に集め、それをパワーで打ち砕いてゆく。

 あるいはサリエラがひと塊になった敵に破壊魔法クラッシュを撃ち込んで一気に撃破したり……とにかく二人は全く止まることなくメガリスを薙ぎ払って行く。


”サリエラのクラッシュ、やっぱり凶悪だね”

「うん。でも、あの魔法……実は攻撃力自体はあんまりないみたい」

”そうなの?”


 ちょっと意外だった。

 どうやらクラッシュは『破壊する』という効果こそ物凄いものの、それがイコール『相手へのダメージ』にはならないみたいなのだ。

 ユニットやモンスターに直接クラッシュを使った場合、『肉体破壊』という効果はあるがその規模は大分小さくなるようだ――考えてみれば当たり前か、一撃でどんな相手も倒せちゃう魔法になちゃうわけだし。

 なので、障害物以外に使った場合だと『肉体破壊』の規模によって魔力消費がかなり変わってくるようだ。相手を動けなくするくらい破壊しようとすると、一気に魔力を使い果たしてしまいかねないくらいの消費になってしまう。

 まぁ破壊した時点で結構なダメージにはなるんだけど……魔力消費に見合った威力か、と言われると若干釣り合いは取れていないかもしれない。

 ちなみにこれは推測だけど、ジュウベェがクラッシュを『破壊剣』として使っていた時は、サリエラの魔力を奪って使っていたと思われる。だからあんな一撃必殺の凶悪な魔法になっていたんじゃないかな。

 それはともかく、今もメガリスへとクラッシュを使っているのは、それだけでメガリスを倒すためではない。

 クラッシュで付けた傷――メガリスそのものだけではない、『空間そのもの』への傷を、ガブリエラの開錠魔法オープンで広げるためである。これはジュウベェがジュリエッタに使ったのと同じ戦法だ。どうやら私から話を聞いたサリエラが、同じことが出来るかどうか実験しているみたいだ。


”うーん、今のところは範囲魔法が使えるアリスの方が優勢って感じかな?”

「でもリエラ様たちの方は消費が少ないから……」

”そうだね、回復の頻度はアリスの方がきっと高くなるから、その間もガブリエラたちは止まらず戦える、って流れになりそう”


 おそらくはそれを見越してアリスは神装を使わずに戦っているのだろう。

 サリエラも同じく理解しているので、焦らず、ガブリエラをコントロールして着実に討伐数を稼いでいく。


『使い魔殿! 回復頼む!』

『”はいはい、今行くよ……。クロエラ、お願い”』

『うん、了解』


 そうこうしているうちにアリスの魔力が尽きかけ、私たちに回復のお願いがやってくる。

 この間、完全にアリスの攻撃は止まってしまい、ガブリエラたちは止まることなくメガリスの討伐を続けて来る。

 やはりアリスの魔力消費をどうするか、が課題となってくるな……。

 ともあれ、私とクロエラはメガリスの群れを避けてアリスの元へと回復のため向かって行くのであった。




 ……そして、クエスト開始からわずか5分後。


”あ、クエストクリアみたい”


 目標のメガリス500匹を討伐したためクエストクリアの表示が見えた。

 思った以上に早かったなぁ……。


『”はーい、二人ともクエストクリアだよ。戻ってきて”』

『お? もう終わりか?』

『えー? まだ遊び足りないですー』

『り・え・ら・様?』

『…………はい、戻ります……』


 おおぅ、ほんとにサリエラたちならガブリエラのコントロールが出来るんだな……。

 流石に現実世界で姉たちに怒られるのは嫌なのだろう、素直にガブリエラもメガリスの群れから抜け出してアリスと共に戻ってくる。


「で、結果はどうなったんだ?」


 私に聞かれても……。

 まぁ引き分けでいいんじゃないって適当に答えようとした私だったが、


「みゃー、アーみゃんは250匹ジャストだったみゃー」

「にゃー、りえら様も250匹ジャストだったにゃー」

”数えてたの!?”


 どちらも250匹ちょうどというのに作為を感じざるをえないが。


「みゃ。ラビみゃんから終わりって言われるちょっと前――クエストクリアの通知が来る直前まで会わせると、263匹みゃー」

「こっちは259匹にゃ。でも、500匹倒すまでの数はぴったしだったにゃー」

”……マジで?”

「あーそっか……うん、ウリエラ様とサリエラ様が言うんなら間違いないよ……この二人なら、絶対に数えてたよ」


 すごいな。

 しかも、どうやらお互い、自分たちが倒した分だけではなく相手の倒した数までしっかりと数えていて、それで合計500匹になった瞬間まできっちりとカウントしていたらしい。

 私から終了の合図が来るまで多少のタイムラグは出て来てしまう。それを見越して、数えていたみたいだ。


「むぅ……引き分けか」

「ちぇー、でもうりゅとさりゅがそう言うなら仕方ないですね」


 心配していたアリスとガブリエラも、ウリエラたちの言葉を聞いて納得したみたいだ。


「…………ボスはまだ知らないかもしれないけど、あの二人……ちょっとおかしいレベルで頭いいから……」

”…………それは褒め言葉なんだろうか……?”


 そういや、ずっと前に美鈴から聞いた『ライバル』ってサリエラのことだったな。

 その時にも学年トップの成績だって聞いてたし、千夏君みたいに塾にも通ってないみたいだ。それでいて学年トップっていうんだから、相当頭はいいんだろう。

 学校の成績イコール頭の良さとは一概には言えないだろうけど……。


「しかし、ウリエラ。貴様すごいな。思った以上に戦いやすかったぞ」

「みゃ……アーみゃんの魔法がすごかったからみゃ。それに、素直に言うこと聞いてくれて、わたちも助かったみゃー」


 どうやらさっきの戦いの最中、ウリエラはアリスに対して的確な指示を出していたようだ。

 魔法を撃つタイミングや位置を調整して、より効率よく敵を巻き込んで倒していくようにウリエラが指示し、アリスがそれに従った結果が、途中回復のためのブランクを挟みつつもガブリエラたちと討伐数が同じになったということらしい。


「ふむ、こうなると次はサリエラともやってみたくもあるが……」

「にゃはは。あたちもアーにゃんと組んでみたいんにゃけど、もう時間にゃー」

「ま、仕方ないか」


 なにせガブリエラはもうそろそろご飯を食べてお風呂入って寝ないとだしね。

 小学生よりも更に早い時間に寝ちゃうんだし、かといってガブリエラが寝た後に……っていうのも気が引ける。

 現実世界では親が不在の間は楓と椛がなっちゃんのお世話をしているようだし、なっちゃんが寝た後のプライベートタイムだって二人には必要だろう。

 アリスがそこまで理解しているかはともかく、意外とガブリエラなっちゃんのことは気にかけているようで、我儘は口にしない――頭の中では思っているかもしれないけど。


「えー? うーん、もうちょっと遊びたいですー」

「「り・え・ら・様?」」

「…………はい」


 さっきに引き続き、今度はウリエラ・サリエラのダブルで圧を加えられてしまうのだった。

 元気いっぱいなのは結構なことなんだけど、こういうことはなぁなぁにはしたくないかな。『冥界』の時みたいな緊急事態はしょうがないと諦めるにしてもね。

 ともあれ、今日の『ゲーム』挑戦はこれにて終了だ。

 実戦でのアリスとガブリエラたちの組み合わせも試せたし、その結果も上々だったし悪い結果ではなかったかな。

 皆も得るものはあったのだろう、ゲートへと戻る最中もやいのやいのと口々に感想を語り合っている。

 ……うん、なしくずしに私のユニットになったガブリエラたちのことは心配だったけど、これなら上手くやっていけそうかな。

 そんなことを私は思うのであった。




*  *  *  *  *




『……撫子がじゃんけんを覚えてしまった……』

『にゃー……あのあと、帰ってからずっとじゃんけんさせられて、流石に疲れた……』

『”……おつかれ、二人とも”』


 尚、その日の夜……。

 初めて『じゃんけん』をしたなっちゃんは、今度はじゃんけんがマイブームとなったのか、延々と楓たちとじゃんけんをしていたそうな。

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