第7章57話 エピローグ ~Nightmare has gone
「うーたん、にゃー!」
”うんうん、にゃー”
学校も終わって夕方。
中学生組も部活が終わり、千夏君が塾へと行くまでの短い間に、私たちはマイルームに集合していた。
……流石に子供とは言え七人が揃うと大分手狭に感じるなぁ……。
「ん、そーかん」
”壮観……かなぁ?”
満足気に頷くありすだけど、壮観かと言われると若干疑問だ。
「……にしても、まさかユニットの数が限界突破するとは思わなかったっすね」
「ですわねぇ……ぐへへ」
……楓と椛を見て涎を垂らす桃香。もうすっかりいつもの調子だ――喜ばしいやらお説教すべきやら悩む。
千夏君の言うことももっともだ。
元々一人の使い魔が持てるユニットの数は最大で『4』だったはず。
なのに私はそれを飛び越して一気に『7』まで持ってしまったのだ。その上で元々の余り枠があるから、理屈の上では『8』まで持てちゃう。
まぁまず間違いなくピッピと『融合』した影響だとは思う。
……三日ほど様子を見て、特に『運営』からも警告とか来ないし、普通にクエストに行けたりもしているので悪影響はない……はず。
「うーたんうーたん!」
”むぎゅ……なっちゃん、ちょっと待っててね”
私をぎゅうぎゅうに抱きしめるなっちゃん。可愛いけど、ちょっとお話するのに抱きしめられたままだと話しづらい。
「ん、ナデシコも元気になって良かった」
「うー? なっちゃん、げんきだよー?」
「ん」
不思議そうな顔をするなっちゃんを、ありすはいつも通りのぼんやり顔のままナデナデしてあげる。
……この三日間、単に様子を見ていたというわけではない。
ジュウベェの残した傷跡がどの程度まで影響を及ぼしているのかわからないため、それを探り探りしていたのだ。
「ま、何にしても丸く収まったにゃー」
「……そうね、ハナちゃん」
結論から言うと、私たちの心配は杞憂に終わった。
まずなっちゃんだけど、ジュウベェを倒した直後のマイルームで既に元気だったことからわかるように、謎の体調不良はもう無くなっている。
それでも少し不安だったので様子見をしていたんだけど、翌日は念のため保育園をお休みしたものの昨日からは復帰――特に後遺症もなく、可愛さを振りまきつつ元気いっぱいの様子だ。
そしてジュウベェに能力を吸収され、変身が出来なくなっていた桃香たちだったけど――これも大丈夫だということがわかった。
トンコツと連絡を取って聞いてみたが、やっぱり
念のためトンコツの知り合いに声を掛けてもらって、ジュウベェに襲われたと思しき人には脅威は去ったことを伝えてもらっている。私たちが知る範囲だと、多分バトーとタマサブローが襲われているんだけど……他にもきっと何人も被害者がいることだろう。
……タマサブローには連絡が取れないので、とりあえずあやめから
後は……まぁ知り合いから知り合いへと話が伝わって行くのを待つしかない。
……で、実は一番心配だったのは、なっちゃんのことなのだ。
何が心配だったかというと――ピッピがいなくなってしまったことを彼女に理解させるのをどうしたものか、と。
ピッピの最初のユニットがなっちゃんだったらしく、結構付き合いは長い。
そんなピッピが急にいなくなってしまうことで、なっちゃんがどれだけショックを受けるか……。
情けない話だけど、この点については楓たちに任せきりとなってしまった。
向こうも予想はしていたらしく、「しばらくはそっとしておいてあげよう」と言っていたが……。
何か、よくわからないけどなっちゃんは意外と平気だったみたいだ。
……薄情、とは流石に思わない。まだ理解が及んでないだけなのかもしれない。
けれども三日経っても平然としているのは……うーん、不可解と言えば不可解だ。言葉は悪いけど手間が省けたとも言えるんだけど……。
まぁともあれ、諸々の心配事は上手く片付いてくれたみたいだった。
一応、『心配事』そのものはまだあるんだけど――例のジュウベェだった少女だ――それはひとまず置いておくとしよう。少なくとも私たちの『ゲーム』進行については特に影響のない話だ。
”えっと、じゃあ――初めて七人全員が揃ったということで、改めて自己紹介でもしておこうか”
一応雪彦君を除くメンバーは顔を合わせたことがあるんだけどね。こういう区切りというか節目というかは大事にしたい。
「ん……恋墨ありす……」
「桜桃香ですわ♡ よろしくお願いいたしますわ、お姉さま方♡」
「あー……蛮堂千夏だ」
うちの子たち三人がそれぞれ自己紹介する。
……桃香だけなんかちょっとアレだけど……まぁいいか。
「なっちゃんはねー、なっちゃん!!」
「
「椛だよ。よろしくにゃー」
既に顔見知りでもある三姉妹。
……今に始まったことじゃないけど、楓は微妙にキャラが掴みにくい。椛は「にゃー」がついたりつかなかったり……普通に喋ることも出来るはずなんだけど。
それはともかくとして――
「ぅ……」
全員の視線が、楓たちの後ろに隠れてる人物――雪彦君へと注がれる。
この中で完全に初対面なのは……千夏君だけかな? 一応、ジュウベェとの最後の対戦前にチャットで同席はしてたんだけど、あの時は自己紹介は省いちゃったんだよね。
「ゆっきー?」
「雪彦、ほら」
「にゃはは。ここまで来て今更恥ずかしがってもしょうがないにゃー」
「うぅ……」
うーむ、ほんとに恥ずかしがり屋さんだなぁ……。
とはいえ、姉妹に促され、意を決し顔を上げて――やっぱり恥ずかしそうに伏せてしまうものの、
「す、
ちゃんと自己紹介することが出来た。
「雪彦? ああ、男なのか、おまえ」
「うぅ……う、うん……」
意外そうに千夏君が言う。
まぁ見た目は完全に女の子だしねぇ、雪彦君。しかも、彼のことを『雪彦』って呼ぶのが私と楓しかいない――その上、基本後ろに隠れちゃってて名前自体あんまり呼ばれる機会ないしね。
ちゃんと自己紹介するまでは「ん?」って思いつつも千夏君は女の子だと思っていたのかもしれない……。
「おお、そっか。男か。そっかそっか」
と、若干失礼なことを言った自覚があるのかないのかわからないけど、千夏君は嬉しそうに笑う。
”……嬉しそうだね、千夏君”
「え? あー、まぁ……ほら、男女比が……」
まぁ確かに。
七人のうち五人が女子、男子は二人……これでもし雪彦君が女子だったら(失礼)千夏君一人だけ男子だったわけだしね。
「あら? ご不満ですか?」
「不満っつーか、やっぱ女ばっかのところに男一人ってのはちょっとな……」
人によっては嬉しいかもしれないけど、まぁ普通の感覚だったら――特に中学生くらいの男の子だったら――自分以外全員女子、ってちょっと嫌だろうね。疎外感とかあるだろうし。
「千夏さんは贅沢ですわ!」
「なにがだよ!? っつーか、お嬢……おめー、逆の立場でもの考えてみろ」
「逆……」
……桃香一人が女子で、後男子ばかり……。
想像したのだろう、桃香は物凄く真剣な表情で千夏君に頷き返す。
「……心中お察しいたしますわ」
「ご理解いただけたようで何よりですわ、お嬢様」
特に桃香はねぇ……千夏君には普通に話せるようになってるけど、基本男性が苦手みたいだしねぇ……。
それにしても、桃香と千夏君の間でこんな感じの軽口を叩き合える、ってのはいい傾向ではあると思う。桃香も、家の中でのあやめに対する態度みたいに、千夏君に接している――あやめに比べると遠慮があるようなないような感じだけど――と思えるし。
「ま、ともかくよろしくな、ユキ」
「!! う、うん! よろしくね、兄ちゃん!」
千夏君が雪彦君へと右手を差し出すと、ものすごくうれしそうに雪彦君が握り返す。
「…………お姉ちゃん、たまにちょっと雪彦のことが心配になる」
「にゃはは……」
あきれ顔の楓と椛。
……まぁ、わからんでもない。
さっきまで恥ずかしがって俯いていたのが嘘のように、キラキラと輝く笑顔を千夏君に向けている雪彦君。
…………なんか、完全に表情が『乙女』だもんねぇ……顔の作りが女の子っぽいから仕方ないのかもしれないけど。
「ん、スバルもよろしく。ジュウベェとの戦い、良かった」
「こ、恋墨さん……えへへ、僕頑張った」
んで、ありすに対してもやっぱり同じような感じの表情を見せるんだよなぁ……この子もこの子で、何というか……。
「うゅ? にーたん! なっちゃんも!! なっちゃんも!!」
「おお? ほれ、チビ助」
雪彦君が握手しているのを見て自分もしたくなったか、なっちゃんがぴょんぴょんと足元で飛び跳ねてアピールしてくる。
千夏君も別に小さい子は苦手ではないのだろう、しゃがみこんでなっちゃんと握手をしている。
そういや、握手がマイブームなんだっけ。
「それで――わたくしたちはともかく、ラビ様の方は大丈夫なんですの?」
「そうにゃ! うーちゃんは平気なの?」
”あー、そうだねぇ……”
そうそう、桃香たちだけではない。私自身についても色々とあるのだ。
なにせ記憶にはないけど死にかけた――いや、もしかしたら死んだのかもしれない――のを、ピッピとの『融合』で乗り切ったわけだし、後遺症とかあるんじゃないかってちょっと心配ではあった。
”とりあえず体におかしな点はないよ”
「ん、いつも通りのラビさんだった……」
ありすも頷く。
……この三日間、ガチで私を手放そうとせず、トイレにまで連れていかれたの忘れてないからな? いや、心配かけて悪かったとは思うけど。
”変わったところと言えば、まぁまずはなっちゃんたちもユニットになったっていうところだね”
一番大きくわかりやすいところだろう。
ちなみに、クエストに挑む時も七人全員を連れて行くことが出来るみたいだ。
ぶっちゃけ大半の相手には過剰戦力だろうけど、今後『ラスボス』、あるいはその前座となる敵と戦うだろう時には非常に頼もしいと言える。
……まぁ、人数が増えた分、アイテムの補充や成長に使う分、それとリスポーン代が倍増するというデメリットはあるっちゃあるけどね。
”そうそう、ピッピが持ってたアイテムやジェム、どうも全部私に引き継ぎされているみたい”
「ん、わたしもアイテムボックス確認した……」
「……わたくしたち、ジェム全部使っちゃいましたからねぇ……」
しみじみと言う桃香。
ま、稼ごうと思えば稼げはするんだけど、流石に素寒貧というのはね……。
言葉通り、ピッピが持っていたジェムも引き継がれているので、無一文継続ということにはならなかった。
加えてアリスの成長は幸か不幸か今回の件でほぼ終わったために、成長に回すジェムは他六人に集中は出来る。
流石に今回みたいに急成長をさせないと……ってことにならない限りは余裕はあるだろう。
”後は……実は
「? こんなこと?」
疑問符を浮かべる楓たち。
これはやってみせた方が早い。
私は両耳を大きく横に広げ、羽のように耳を羽ばたかせる。
”ふんがががが!”
こ、これ……結構キツイんだよね……。
ともあれ、必死に耳を羽ばたかせていると、私の身体がふわりと持ち上がった。
「! 飛んだ……!?」
「おおー、すごいにゃー」
そう、何でかよくわからないけど、私は自力で飛べるようになったのだ。
……とは言っても、浮かび上がるのにもえらいパワー使うし、これで移動するくらいなら歩いた方が圧倒的に早いし疲れない。
「うーたんすごい!」
”あ、ちょっ!? なっちゃんダメ!?”
パタパタと耳を羽替わりにして浮かび上がる私を見て、興奮したなっちゃんがジャンプして私の足を掴む。
さ、流石に幼児にぶら下がられたら飛んでいられない……。
なっちゃんごと私は床へと落っこちてしまう。
「ふぇ……いたい……」
そんな高くは飛んでいなかったのが幸いだった。
なっちゃんは涙目になっているものの、そこまで痛くはなかったのだろう、わんわんと大泣きはしなかった。
”なっちゃん大丈夫!? 頭とか打ってない!?”
「うゅ……おしりいたい……」
「もー、なっちゃんだめにゃー! ピッピにも同じことして怒られたにゃ?」
「ぅぅ……うーたんごめんなさい……」
ぴ、ピッピにも同じことしたのか……いくら鳥の姿をしているとは言っても、ピッピの体格じゃなっちゃんをぶら下げて飛ぶのは出来ないだろう。
”……はぁ。なっちゃんが怪我してなくて良かったよ”
まぁ、マイルーム内だから平気と言えば平気だけどさ。
これに懲りて現実世界で同じことをやらなければそれでいい。そういう意味では、マイルーム内で痛い目を見て良かったと言えるかもしれない。
「飛べるようになったのはびっくりっすけど……」
物凄く言いにくそうに言葉を切る。
……いや、言わんとしてることはわかるけど。
「んー、何の役にも立たない?」
”た、高いところの物を取ったり……?”
取ったはいいけど降りれなくなりそうだな……。
使い道は確かに微妙だ。クエスト中で高所から落下した時に必死に羽ばたけば……まぁ地面に激突するのは避けられる、かもしれない。ダメかな、やっぱり……。
”ま、まぁとにかく! 私も特に異常はないし大丈夫だよ。
じゃあ改めて――なっちゃんたちもこれからよろしくね”
「ん。一気に人数増えたし、色々とフォーメーション試したい……」
早速ありすの脳内では色々と考えているみたいだ。
――これからはこの七人(と私)で『ゲーム』に挑んでいくことになる。
ピッピが以前語ったことによれば、残り期間は後二か月ちょっと……ここで楓たち四人が加わってくれたことは、きっと『ゲーム』クリアを目指す私たちにとっては大きなプラスとなるだろう。
気になるのは、ピッピが私に協力を要請していたあの『お願い』の件だけど……楓と椛も詳細は聞かされてないということで、仕方ないけど放置するしかなさそうだ。
ただ……本当に私たちにとって無関係を貫いていいのかどうかはわからない。
何よりもピッピのおかげで、私は今こうしてありすたちと共にいられるのだ。その恩にはできるかぎり報いたいと思う。
こうして私たちは新たな仲間を迎え――『ゲーム』の終わりへと向けて進んでゆくのだった。
第7章『殺戮少女』編 完
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