第7章52話 世界ヲ殺ス黒キ巨人 2. 異世界のあなたへ
* * * * *
――……さん……
「りょうちゃんさんってば!」
「……ん」
私――
「あ、ごめん。寝ちゃってた。
……あれ……? えっと、私……」
うっかり眠ってしまったようだ。隣に座る彼女の肩にがっつりともたれかかっていたことに気付き、姿勢を正す。
えっと……今は、帰りの電車の中だっけ。運良く座れたので二人並んで座って……それで私は眠っちゃったのか。
彼女は私の会社の後輩だ。同じ方向の電車だったので一緒に帰っていたんだった。
……でも、何か違和感があるような……何だったっけ……?
「んふー、別にいいですよー。りょうちゃんさんの寝顔とか、超レアなもの見れましたし」
困惑する私をよそに、どこまで本気かはわからないが彼女はそう言って笑う。
……まだ少し頭がふらふらする。
今日は仕事が終わった後に飲み会があって、そこで飲んだ帰りだったか。
うーん、そのせいだろうか? ……本当に……?
「りょうちゃんさん、大分お疲れのようですね」
「ん、まぁ……ね」
ちょっとどころではなくかなり疲れているんだけど。
……うん、なんか本当に物凄く体も心も疲れているような気がする。はて、確かに仕事は忙しかったけど、今日は早めに終わっての飲み会だったし……なんだろう?
「次、りょうちゃんさんの降りる駅でしたよね?」
「あ、そうだね。ありがとう、起こしてくれて」
……まぁいいか。
「……それじゃ、私は降りるよ。お疲れ様」
鞄を手に席を立つ。
そんな私の服の裾を、彼女がきゅっと握る。
「……ん?」
「あの……りょうちゃんさん……」
どこか躊躇うような表情で言い淀む彼女。
うん? 何かあるのかな? ……って、私もう降りる駅だけど……。
「その、りょうちゃんさん……
「忘れ……物……」
――…………さん……どこ……?
頭の隅に何かが引っかかっているような気がする。
でも……その正体が全くわからない。
忘れ物――なんだ? 鞄は持っているし、他に手荷物は基本的には持たないし……今日雨だったわけでもないから傘を忘れているというわけでもない。
……なのに、なぜだろう。ものすごく大切なものを忘れてしまっているような気がする。
「だ、大丈夫……だと思う……」
引っかかりはするものの心当たりはない。
私はそう言うしかなかった。
「……そうですか」
ほんの一瞬だけ、彼女の表情からあらゆる感情が消えた――と思ったら、にっこりと笑ってそう言う。
「お疲れ様です、りょうちゃんさん。
「うん、お疲れ。それじゃ」
丁度電車が駅に着いた。
さて、今日飲み会だったというのに明日も仕事なんだ。さっさと帰って寝るとしよう。
私は彼女と別れ、電車を降りて行ったのだった。
……なぜかわからないけど、普通に歩いているはずなのに妙に歩きにくいような気がしたけど……? うーん……?
* * * * *
……そして、私は帰り道の途中で車に轢かれた。
あー……これは今度こそ死んだかなぁ……。
まぁ今までの人生、病気や事故で何度も死にかけたことがあったし、「ついに来ちゃったかー」という感じではあるんだけど。
いつかこんな日が来るだろう、どこかで私はそんな覚悟をしていたのかもしれない。
……いや、別にいつ死んでもいいやとか、そんな投げやりなわけではなかったはずだけどさ。
親兄妹には結構迷惑をかけたと思う――そう言うとお兄ちゃんとかには「兄弟の心配するのは当たり前だろう!」って怒られたこともあったっけ。
……あ、思い出した。そういえば、お兄ちゃんと義姉さん――当時は彼女さんだけど――が結婚の報告をする、ってなって家族全員が集まろうとした時に、私事故に巻き込まれて入院しちゃったんだよね……おかげで義姉さんに「ブラコンなのでは……? 兄に結婚して欲しくないからわざと事故にあったのでは……?」なんてしばらく恨まれたんだよなぁ。まぁそんなわけないし、義姉さんの両親にもお兄ちゃんにもこっぴどく怒られて後で謝りに来てくれたんだけど……どっちかというと私の方が謝りたいくらいだったなぁ。
後、あの時は命に別条はなかったんだけど、甥っこたちの運動会の時にも事故に遭ったんだっけ……そのころには義姉さんも義弟君も慣れっこだったから、私たちともども「マジでお祓い行っておく?」なんて笑い話で済んだけどね。……まぁ実は家族に内緒で何度かお祓いには一人で行ってたんだけど……ご利益なかったなぁ。
……ああ、でも
――……ビ…………ん……やだ……!
まー……仕方ないよね。
特に走馬灯のようなものも見えないし、天使とか悪魔とかが迎えに来る幻影も見えないし、奪衣婆が迫ってくる感じもしない――んん? なんで奪衣婆なんてもん思い浮かべたんだろ? ……まぁいいや。
ともあれ、今度という今度は私は死ぬだろう――何度も死にかけて生き延びてきた私だからこそわかる。
何というか……『気配』が違うのだ。
…………いや、待て。私、今何を思った?
――…………さん……じゃやだ……!
ああ……子供の泣き声が聞こえる……。
でもそんなのは幻聴だ。私の周りには誰もいない。
……それでも聞こえて来るのは、きっとさっき甥姪たちのことを考えていたからに違いない。
…………違いない……んだけど……。
――…………さん、
……でも、
私のことを『さん』付けで呼ぶ子供なんて、知り合いには――
――……ビさん、
私の知り合いには……。
――
――ああ……。
――ああ、そうだ……そうだった……!
まったく、何てとんでもない『忘れ物』だ……!
――諦めが良すぎるんだ、君は。
かつて
――いいじゃん、別に。どうしようもないことでジタバタしたって、疲れるだけだし。
その時、
ジタバタ足掻いたってどうにもならないことはさっさと諦めるに限る。その方が疲れないし、時間も無駄にならない。
生きるも死ぬも、所詮人間の意志とか気合とか、そんなのでどうにかなるものじゃない――そうでなければ、この世に『死』による悲しみなんてないはずだ。
だから
”ふざ、けるな……!!”
でも、
”こん、な……ところ、で……
私には、大人しく死んでるほど余裕はないのだ。
死んでる暇があるなら、その時間を一秒でもいい……生きるために使わなきゃならない。
* * * * *
意識が覚醒した。
私の身体は記憶の中の『冠城りょう』ではなく、よく知る『ラビ』のものに戻っていた。
ただし、その有様は思わず笑ってしまうほどひどいものだった。笑ってる場合じゃないけど、もう笑うしかないくらい、本当にひどい状態だ。
”げっ……ぐぇっ……!?”
アリスに呼びかけようとして、全身に激痛が走って上手く喋ることも出来ない。
あー、くそ……ジュウベェに襲われた時の比じゃないな……前世で車に轢かれた時よりも酷いかもしれない。
……大人しく死んでた方が苦しまなくて済んだかもしれない。そんな弱音を吐きたくなるのをぐっと堪えて、私は必死に体を動かそうとする。
――アリス……!!
私が今いる場所は、何も無い――光も闇もない、『虚無』の世界だった。
ここが死後の世界なのかどうかはわからないけど、身体が痛みを感じているということはきっとまだ現実……あるいは『ゲーム』内のどこかなのだと信じよう。
そして、私なんかが辛うじて生きているということは、きっとアリスもまだ無事なはずだ。
そして、アリスが無事であるならば――まだ戦うことを諦めてなんかいないはずなんだ。あの子はそういう子だ。
――助けなきゃ……。
だったら、私がさっさと諦めて死ぬなんてこと、絶対にできるわけがない。
私が先に諦めてしまったら、折角のアリスの頑張りが全部無駄になってしまう。
そんなこと、絶対に許されない。
――
……前世で死んで、ありすたちの世界に生まれ変わって……深く考えずとも、私はありすに――ありすたちに助けられてきた。
彼女たちがいなければ、私はきっと生きてはいられなかっただろう……使い魔の身体が現実世界において『不死』だというのであれば、あるいは発狂して自分を失っていたかもしれない。
そうならなかったのも全部ありすたちのおかげだ。
現実世界においても、『ゲーム』の中においても、私は皆に守られてばかりだ。
何の力も持たない小動物の姿だから、なんて言い訳はしたくない。
いつも守られてばかりいるんだ……ならばせめて、この程度の、
”ぐ、うぐぅぅ……!”
ああ、でもちくしょう。声も出せない。前足も……多分切れてなくなっている。
手の代わりに動かせた耳もどうやら片方は千切れてしまっているみたいだ。
でも、片耳だけは何とか動かせる……動かすだけで全身がバラバラになりそうな痛みが走るけど、
――アリス……行け……!!
言葉にならない想いを乗せて、私は私にやれる『最善』を尽くす――
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