第7章5節 ■■者の暁
第7章51話 世界ヲ殺ス黒キ巨人 1. 新世界の君へ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《
「ぐ、ぐぐぐ……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
アリスの額から二本、捻じれた角が伸びる。
背中が裂けぶよぶよとした被膜の翼が三対六枚伸びる。
「貴様を……殺す……っ!! 殺してやる……っ!!」
アリスが吼える。
殺意と憎しみに満ちた叫びを上げると共に、全身に『赤い』血管のような、あるいは亀裂のような文様が現れる。
そして濁った赤紫の瞳は煌々と燃え盛る炎のような真紅へと変わる。
「う゛ああ……っぐがががぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
――まるで己自身を焼き尽くすかのような激しい怒りと憎悪を
「……チッ、なんですかこれはぁ……!?」
四方八方へと触手のように伸びる『闇』に掴まらないよう、ジュウベェはとどめを刺すのを諦め更に後方へと跳び離れる。
蠢く『闇』はアリスの周囲を這いまわり、そして地面に落ちていた
「…………ラビさん……」
消えかかるラビの身体を愛おしそうにアリスは胸に抱く。
……その一瞬だけ、アリスの目に人間らしい理性の光が見えたが……。
ラビの身体はそのまま飲み込まれるようにしてアリスの中へと吸い込まれ、消えてゆく。
それと同時に、再びアリスの目から光は消え、何もかもを焼き尽くす炎だけがそこに残った。
「――来い、『
自らの霊装『
内臓をこねくり回して作ったような歪な赤い杖――『杖』の先端に戴かれていたハート型のマジックマテリアルは、薄気味悪い『眼球』と化している。
「く、くふふ……くひひひひひひひっ!! あぁ、あぁなんて悍ましい姿! ふふ、えぇえぇ、
素晴らしいですねぇっいいですねぇっ!! 貴女のような
くひひひっ!
アリスの異様を見ても、ジュウベェが気圧されたのはほんのわずかな間だけ。
何が嬉しいのか狂笑を浮かべる。
「さぁ、さぁさぁ!! お互い想定外の延長戦……化物同士、存分に殺し合いましょうかぁっ!!」
「殺し合う……殺す…………貴様は――オレが殺すっ!!」
ジュウベェの叫びにアリスも叫びで応える。
瞬間、『世界』に無数のヒビが入る。
「……こ、これ、は……!?」
離れた場所で事態を見守っていたクロエラの目にも、ヒビは見えた。
それは空も大地も関係なく、空間そのものが割れるかのように、ありとあらゆる場所がひび割れていく。
「くっ……ピッピ!」
状況が全くわからない。
アリスが不可解な状態で復活したのは喜ばしいこと……のように思いたいが、クロエラの目から見て今のアリスはあまりに『異常』だ。
はっきり言って、クロエラからしてみればジュウベェ以上の脅威にしか見えない。
痛みを堪え、残った力を振り絞って自分の使い魔の元へと駆け、その胸に抱く。
――クロエラがピッピを抱きかかえた瞬間、ヒビは弾け、『世界』が割れた。
「くふふ……ここが最終ステージですかぁ。素敵ですねぇ」
空も大地も、アリスたちを除くすべてのものが消失――光も闇さえもない、
足元には確かに『何か』がある。足場としては問題ないが、何も見えない。
視覚的には『闇に覆われている』と言っても差し支えはないが、実態としては見ることのできない状態だ。
全てが消え失せた『虚無』――そこがアリスとジュウベェの最後の戦いの舞台となる。
「あぁ、あぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
アリスが『杖』を振りかざしジュウベェへと殴り掛かる。
「! くっふふふふっ! 抜刀 《金剛剣》!」
魔法も何も使っていない、ただの突撃だ。
一瞬だけ驚き警戒したものの、何の魔法も使っていないことを見抜いたジュウベェは冷静さを取り戻し魔法剣を抜刀、アリスを迎え撃つ。
虚無の空間であっても地面は確かに存在している。
無数の金剛石の杭がアリスへと向かって伸び、身体を刺し貫く――が、
「ふふっ、先程と同じ……ですか」
貫いてもまるで手応えはなく、どろりとアリスの身体が溶けて貫かれた箇所を修復してしまう。
それだけ見れば不死身ではあるが、それでもジュウベェに焦りはなかった。
貫かれても前へと突き進むアリスから再度距離を取りつつ、ジュウベェは嗤う。
「えぇえぇ、奇妙な魔法ですが――くふふっ、どうやら
――そう、アリスにはもはや魔力は残っていない。
《スルト・ラグナレク》を使う際に残っていたキャンディも使い果たしてしまったのだ。
故に、アリスは無限とも思える再生力を盾にひたすら前へと突進することしか出来ていない。
それを見抜いたジュウベェにとって、今のアリスは恐れるに値しない。
確かに攻撃しても倒せない不死身ぶりは脅威ではあるが――彼女自身の言葉通り、だったら何度でも殺せるだけの攻撃を叩き込んでやればいいだけのことだ。
異様な姿、異様な空間には驚かされたが、そんなものはこけおどしにすぎない。
「抜刀 《獣魔剣》《感覚剣》《加速剣》《重撃剣》!!」
魔法剣は一本だけ残し、攻撃用には《金剛剣》を、残りは補助・強化用のものを抜刀する。
アリスが魔法を使えない以上、攻撃用の剣を増やすよりもサポートに重点を置いた方が効率が良い。そういう判断だ――そしてそれは間違っていない。
「くふふふふ!!! 死ぬまで切り刻んで差し上げましょうかぁっ!!」
《加速剣》による高速移動、そして《金剛剣》による攻撃を《重撃剣》で倍化。
「がぁっ!!」
アリスが杖を振るい、鋭い爪を生やした腕でジュウベェを薙ごうとするが、それを《感覚剣》で感知――何の苦もなく回避。次々と杭をアリスへと突き刺していく。
一方でアリスは無限とも思える再生力で杭を耐えるが……相手に対して有効な攻撃は一切行えていない。
果たして再生力に限界があるのかどうか、それはわからないが――このままではアリスはジュウベェには絶対に勝てない。それは確実なことだった。
そして仮に無限だとしてもジュウベェにとっては特に大きな問題ではない。
なぜならば、そう時間はかからずにラビが完全に■ぬからだ。
そうなれば後はもう一人の■に損ないのピッピを倒しさえすれば、バトルロイヤル対戦は終了――
「くっひひひひひっ!! 少々予定は狂いましたが、あたくしの勝ちは揺らぎませんよぉっ!」
「ぐるぅぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ひひひひひひひひひっ!!」
忌々し気に顔を歪め、耳障りな笑い声を上げるジュウベェを捉えようとするアリスだったが、全く《加速剣》の速さにはついていけていない。
いかにスピードがあろうとも攻撃の瞬間にカウンターを仕掛けることは出来る。
アリスがそう考えているかはわからないが、自分に対して攻撃が加えられる瞬間に的確に反撃に移ってはいる。
しかしジュウベェもそれは予測済だ。素早い動きで攪乱しながら《金剛剣》を振るうものの、決してアリスには近づかずに遠距離からの杭を発生させることでの攻撃にのみ集中している。
他の魔法が使えない以上、《
謎の復活と再生能力には驚かされたが、それだけの話だ。
――結局、《スルト・ラグナレク》を使ったとしても勝てない。
――『世界を殺す』と言っても、所詮はただの一個人。この程度なのだろう。
……そんなはずが、あるわけがなかった。
「ぐ、う……ぎぃぃぃぃぃぃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
アリスが咆哮する。
それは苦痛からの叫びではない。
怒りの咆哮だ。
「――なっ!?」
アリスの叫びと共に、全身に浮かんでいた文様がより赤く強く発光。
光は血液が流れるように六枚の翼へと流れ込み――翼に現れた『眼』のような形の文様へと集中する。
そこまでほんの一瞬。
ジュウベェが異変に気付いた時にはもう遅かった。
「ぐあっ!? こ、こんな……っ!?」
翼の『眼』が光った瞬間、無数の
回避しようのない『面』制圧のレーザーがジュウベェを穿つ。
間一髪、直前で気付いたジュウベェは『面』から逃れようと横へと逃げたために致命傷は負わなかったが、右足の足首から先が千切れ飛んでいる。
もしも『面』から逃れようとせず、速さに頼って突っ切ろうとしたら――文字通り蜂の巣となって果てていたことだろう。
「まだこんな力を……!?」
足首を切断されたのは痛手ではあるが、《獣魔剣》を使えるジュウベェにとっては致命傷には程遠い。
すぐさま《獣魔剣》で再生し、距離を取って《金剛剣》での反撃をしようとするが、
「喰らえ、『仇なす魔の杖』!」
離れた位置からアリスが『杖』――『仇なす魔の杖』を振るう。
先端部分の『眼球』がぎょろりとジュウベェの方を見た瞬間、ジュウベェの周囲から『闇』の触手が現れ襲い掛かる。
触手先端には『歯』のようなものが見える……悍ましい闇の『口』が幾つも襲い掛かっていく。
「くふっ、いよいよもってバケモノ染みてきましたねぇっ!!」
迫る『口』をかわし続けながら、それでもジュウベェは愉しそうに笑う。
魔法――ではなさそうだ。どういう攻撃なのかはわからないが、それでもまだジュウベェの対処できないような攻撃ではない。
恐れるべきは、先程の翼からの一斉射撃のみ。後は近づかれさえしなければ『時間切れ』まで簡単に粘れる――そう考えていた。
だが――
『口』のうち、回避しきれない位置からやってきたものを手にした魔法剣で無造作に切り捨てる。
見た目こそ不気味だが、実態は黒い粘液の塊のようなものなのだろう、攻撃用ではない《加速剣》であっても簡単に潰すことが出来る程度の強度しか持っていない。
この程度ならば、無理に回避しないでも迎撃していくだけでも十分。そう考えたジュウベェであったが、すぐさま異変に気付いた。
「なに……!?」
闇の触手を斬った《加速剣》だったが、その刀身に黒い粘液が張り付いていた。
その粘液は瞬く間に《加速剣》全体へと広がろうとする。
「――拙い、ですねぇっ!?」
その光景には見覚えがある。《粉砕剣》が飲み込まれた時と同じだ。
《加速剣》を手にしていたらジュウベェ本体まで『闇』は侵蝕してくるかもしれない。
ジュウベェの判断は早かった。
すぐさま《加速剣》を手放し、触手に触れられぬように離れようとする。
《加速剣》はあっという間に飲み込まれ消えてしまったが……またすぐに呼び出せばよい。
「くふふっ、抜刀 《加速剣》――!?」
呼び出したはずの《加速剣》が
《加速剣》のスピードで回避しようとしていたため、迫る触手を回避しきれない。
「チッ……!?」
仕方なく手にした魔法剣で再度触手を斬ろうとする。
ただし、使うのは《金剛剣》のみ――杭で迎撃、迎撃しきれないもののみを剣で直接切り伏せる。
「くっ、やはり……ですか」
《金剛剣》にも黒い粘液が付着、刀身を侵蝕していく。
手放し、今度こそ距離を取り触手から逃れようとする――その最中、《金剛剣》を抜刀しようとするが、《加速剣》同様に抜刀することが出来ない。
「く、くふふふ……そういうこと、ですかぁ。奇妙な力をお持ちですねぇっ!!」
更に《粉砕剣》も呼び出そうとして呼び出せないことを確認。ジュウベェは確信した。
この『闇』そのものがおそらくはアリスの能力――そして、それに捕らわれたものはいかなる力を以ってかは不明だが、いわゆる『封印』状態にされてしまうということを。
『
もしもジュウベェの身体自体をあの『闇』に飲み込まれたとしたら……。
「ふ、ふひひひひっ!! 愉しいですねぇ、えぇえぇ!!」
一撃で終わり、だろう。
だというのにジュウベェは笑みを崩さない。
それは本当に『戦うのが楽しい』というのもあるだろうが、それでも『時間切れ』まで逃げ切ることは充分可能――つまり、勝利が揺るがないのを確信しているからだ。
「抜刀 《流星剣》!」
『闇』の性質はわかった。
そしておそらくは魔法剣の『本体』を喰われたら封印されるというものだ。
であるならば、《流星剣》や《雷光剣》などの本体とは別に攻撃用の刃を飛ばすような魔法剣ならば問題ない。
予想通り、降り注ぐ刃の雨は『闇』に飲み込まれて行くが、《流星剣》本体は変わらず使うことが出来る。
やはり何の問題もない――たとえアリス自身が今は不死身の再生力を持っていたとしても、このまま押し切ることは出来る。
「さぁ、もうそろそろでしょうかねぇっ!? くふふっ、あの忌々しい使い魔、消えてしまうんじゃないですかぁっ!?」
「貴様……あぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
闇の触手と合わせてアリス自身も翼からレーザーを放ち、更に接近して直接『杖』で攻撃しようとする。
《加速剣》がなくなった以上、十分アリスのスピードで追いつける程度ではあるが、それでもステータスの高いジュウベェの方が有利なのは変わりない。
《流星剣》の刃、それに新たに呼び出した《雷光剣》の雷を《操霊剣》で『龍』と化し、触手ごとアリスを薙ぎ払う。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……戦いは依然としてジュウベェの方が有利であった。
横で見ているクロエラにもそれはわかっている。
しかし、下手に手を出すこともできない。
「アリスさん……どうすれば……」
バトルロイヤル対戦である以上、アリスの攻撃はクロエラにもあたってしまう。
迂闊に飛び込んで援護しようとしたら、巻き込まれてクロエラ自身が倒されてしまいかねない。
また、アリスに理性が残っていたとして、クロエラに攻撃を当てないように気を遣ってしまったならば、致命的な隙を晒すことになってしまうだろう。
……元より、もはやクロエラには戦う力など残っていないのだが……。
”……クロ……”
弱々しいピッピの声。
ピッピももはや限界だろう。
体力自体は残っていたとしても、身体そのものがもはや『死に体』だ。ユニットと異なり、流血している以上、怪我を放置していたらそのまま消えてしまいかねない。
そして、使い魔の傷を癒す方法も体力を回復する方法も
――ダメね、これはもう……
辛うじて残った意識で、ピッピはそう結論付けた。
自分のダメージは自分でよくわかっている。これはもはや致命傷だ――今まだ意識を保っていられるのが不思議なくらいの、本来ならばもう命が尽きていてもおかしくないほどの傷だ。
ラビの方はというと、ピッピよりも遥かに深刻なダメージを受けていた。あちらは意識を失っているように思えた。
対してジュウベェの方は『新しいジュウベェ』になったことで、先の対戦でのダメージを完全にリセットしている状態だ。
――……仮に今ジュウベェを斃せたとしても、もう……。
バトルロイヤル対戦を終わらせるためには、ジュウベェを倒した後にラビとピッピとで対戦を終わらせる必要がある。
しかし、ラビは今アリスに取り込まれ――これ自体はアリスの意志で再び分けられるだろうが――しかも意識を失った状態だ。
そうなると、決着をつけるためにはラビかピッピのどちらか一方が『ゲーム』からリタイアしなければならないだろう。
……そもそも、ジュウベェを倒すことが出来るかどうかも怪しい。
――アーちゃんの回復が出来れば……っ!
アリスが今押し負けているように見えるのは、まず間違いなく『魔力不足』によるものだろう。
《スルト・ラグナレク》を使った時点でアリス自身による魔力回復は出来なくなっているはず――《スルト・ラグナレク》を使うための魔力を回復してしまっているためだ。
あの翼のレーザーや闇の触手の正体はわからないが、少なくとも魔法の発声が聞こえていない以上は魔法ではない。魔力の消費は不要なのだろう。
普通の相手であればアレでも十分すぎる脅威ではあるが、ジュウベェ相手には不足もいいところだ。
そして、ジュウベェも気付いているであろうが、このままアリスの攻撃を防ぎ続けているだけで勝利出来てしまう。
……今ピッピとクロエラに対してジュウベェが攻撃を仕掛けてこないのは、もうこちらには脅威はなく、アリスさえ抑えておけば時間が来れば勝利できると確信しているからだろう。
”うっ……ラビ…………”
この状況を覆す術を、ピッピは持っていない。
『ゲーム』の開発者である故にそれがよくわかる。
アリスの変貌は流石に予想外ではあるが、それでも『ゲーム』のシステムに縛られているのには変わりはない――つまり、魔力がなければ何も出来ないも同然であるということだ。
ジュウベェのチート自体はもう打ち止めであろうが、もはやそれに頼らずとも勝ち切ることは不可能ではない。
”後は…………あなた、が……お願い…………”
故に――ピッピは『祈る』ことしかできない。
奇跡が起きることを。
人の意志で変わるはずのない運命を変えることを。
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