第7章49話 Exceed 8. 雷吼 ~下される鉄槌

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 自身の身に起きたことを、ジュウベェクラウザーは正確には把握できていない。

 冷静に自身のステータスを確認すれば、この短時間でありえないほど低下していることに気付けただろうが……その暇さえなく、アリスとの最後の激突は始まった。


「があぁぁぁぁぁぁっ!!」


 周囲を取り囲む《神性領域アスガルド》を無視し、《加速剣》で超加速を行う。

 『板』にぶつかり弾かれてしまうが、もはやその程度のことを気にしている余裕はない。


 ――こいつ相手に、何をことを考えていたんだ、俺は……っ!!


 たかだかステータスが高くなったところで、威力の高い魔法剣を使えるようになったところで、離れた位置から攻撃をしたところで、




 のことで、アリスを倒すなんて出来るわけがないのに!!




「抜刀 《操霊剣》、《流星剣》!!」


 ――こいつを倒すのに、『逃げ』も『待ち』もありえねぇ!!


 必要なのは『攻め』のみ。

 アリスは特に防御能力に優れているわけではない。

 ただし、倒しても倒しても立ち上がってくる『不屈』としか言いようのない精神の持ち主だ。

 だから『攻め』で勝つならば、二度と立ち上がってこれなくなるまでひたすらに、徹底的に攻め続けるしかない。

 《エクスカリバー》のような遠距離攻撃をするのであれば、弾幕を張るのが最上であった。チャージ時間のかかる散発的な攻撃では止められないし、刃龍だけでも不足。

 ならばやることはただ一つ。


「死ねぇぇぇぇぇっ!!」


 近距離で刃龍をけしかけ、更に別の魔法剣を呼び出して直接切りかかる。

 『板』にぶつかって反射するのも構わず加速して前へ、前へと――アリスを倒すためにと進み続ける。


「へっ、やっとなってきたじゃねぇか、クラウザー!!」


 こちらも《天狼脚甲スコルハティ》で脚力を強化、更に『板』を蹴って加速してジュウベェへと立ち向かう。

 刃の龍に対して最低限の《ウォール》で防御しつつ、高速移動するジュウベェとすれ違うと同時に蹴りを入れようとする。


「遅ぇぇぇぇぇっ!!! 抜刀 《剛身剣》!」


 高速戦闘では強引に加速しているアリスよりも、《加速剣》を使っているジュウベェの方に分がある。思考そのものが加速しているジュウベェの方が速さについていけているのだ。

 反動で吹き飛んでいるため移動は気にする必要もない。《剛身剣》で体を重く・硬くしてアリスの蹴りをその身で受ける。

 強力な一撃ではあるが、神装の直撃ほどではない。


「抜刀 《雷光剣》!」

「くっ……!?」


 この高速での戦闘においては単純な破壊力よりも、この『速さ』についていける魔法剣の方がいい。

 雷光の速度であれば申し分ない。

 『板』で反発しつつ出鱈目な軌道でアリスへと雷光が襲い掛かり、それに合わせて刃が降り注ぐ。

 速さに任せて強引に振り切ろうとするものの、アリスの意識では認識できない速度で周囲が動いているため振り回されている状態だ。

 辛うじてラビだけは守り抜こうとはしているが、本人へのダメージは細かく積み重なっている。




 ――くそっ、こうなりゃ……っ!!


 細かい傷を受けながらもアリスは考えていた。

 ジュウベェの魔法剣の中で、最も厄介で対処が難しいのが《加速剣》だと言うのがアリスの考えである。

 《破壊剣》なども食らったら終わりという点では厄介ではあるが、当たらない限りは脅威ではない。

 だから重点的に対策を考えたのが《加速剣》なのだ。


「ext――」


 だから、対策を考えた。

 一つ目の対策が《神性領域アスガルド》による封じ込めおよびアリス自身の加速による対抗。

 二つ目はそれに加えてクロエラの補助による加速。

 そして三つ目――最終手段が、


「《叡智ノ冠ムニンフギン》!」


 アリスの頭部を覆うように黒い輪が出現――鳥の嘴のような形状のバイザーとなる。

 そのバイザーはただの防具ではない。


「ぐっ……うぐぅっ……!!」


 ギリギリとバイザーの内側から伸びる『釘』が、アリスの頭部へと食い込む。

 生身ならば頭蓋を抉られ、脳へと達する釘の痛みに耐えられるようなものではない――が、その痛みをアリスは『気合』で耐えきる。

 痛みに耐え抜いたところで、視界が急にクリアになる。

 正確には、周囲の加速したスピードに認識がついてこれるように変化したのだ。


 これが三つ目の対抗策。すなわち、《加速剣》の元となったアビゲイルの集中魔法コンセントレーション同様に、アリス自身の思考速度を加速させるという方法である。

 《叡智ノ冠》――オーディンの侍らす二羽のワタリガラスムニンとフギンの名を冠したこの神装の効果は、思考速度の加速というわけではない。

 正しくは神装が周囲の情報を余すところなく取得し、それをアリスへとタイムラグなしで絶えず転送し続けるというものである。

 力技での思考加速。それが、アリスの考えた《加速剣》に対抗するための最終手段だ。


「うあ、あああああああああああっ!!!」


 絶えず送られる情報を、アバターは無理矢理処理しようとしてしまう。

 生身の身体ならば耐えきることの出来ない情報の大渦を強引に処理し切ってしまうことで、疑似的な思考加速を得ているのだ。

 だが物理的・精神的な苦痛が消えるわけではない。

 アリスが悲鳴のような叫びを上げながらも、ジュウベェの動きを見て反撃に移る。


「cl……ッ!!」


 《叡智ノ冠》が最終手段として取っておいたのは、切り札として相手に隠しておくため――ではない。

 単純に、苦痛に耐えられる時間が短いからだ。

 クロエラとの練習でも一応使ってみたのだが、5分と持たなかった。

 つまりは、これを使った以上、耐えられる時間内に決着をつけなければならないということだ。


「《剣雨ソードレイン》!」


 ランダムに弾かれる剣の雨でジュウベェを追い立て、回避しきれないだろうというタイミングで超強化した脚力の蹴りを浴びせかける。


「ぐるぁぁぁぁぁっ!!」


 だが、ジュウベェも獣のような雄たけびを上げてアリスへと刀を振るい、カウンターを仕掛ける。

 多少斬られることは覚悟の上で、尚アリスは強引に攻撃を続けてジュウベェを蹴り飛ばし、ジュウベェは自分がダメージを受けるのを承知の上で吹っ飛ばされながらも刃の龍でアリスを襲う。

 離れたままでの戦いでは不利、そう感じたアリスは刃の龍を強引に突破して迫り――


「mk《ソード》!!」

「く、この……っ!?」


 魔法で作り出した《剣》でジュウベェの腕――『ザ・ロッド』を取り込んだままの《防壁剣》を握る腕を狙う。


「抜刀 《彗星剣》!」


 『杖』を取り戻させるのは拙い、そう判断したジュウベェはここで敢えて《開闢剣》ではなく《彗星剣》を抜刀し、至近距離からの彗星の砲撃を当てようとする。

 いかに《邪竜鎧甲ファヴニール》などで身体強化を重ねているとは言え、この状況で直撃を受けたら致命的な隙を晒すことになる一撃だったが――アリスは右腕一本で彗星を受ける。

 既に両腕を失っていたアリスは、《雷神手甲ヤールングレイプル》という魔法で義手を生やしている状態だ。その義手を一本失うこと覚悟で彗星を受け止め、痛みを堪えながらも魔法を唱える。


「ext《嵐捲く必滅の神槍グングニル》ッ!!」

「なにっ!?」


 対象は『麗装ドレス』……。《防壁剣》に捕らわれたままの『杖』の方だ。

 粘液の楯に捕らわれ、固められているとは言え、完全な封印状態というわけではない。

 アリスが『そこにある』と理解しているのであれば、魔法は距離が離れていようとも必ず届く。

 《防壁剣》の中で『杖』が輝き、回転を始める――が、


「抜刀 《凍結剣》!!」


 ジュウベェはすぐさま《凍結剣》を抜刀し、《防壁剣》ごと『杖』を氷の棺の中へと閉じ込めてしまう。

 アリスの魔法による回転は――凍り付いた粘液の抵抗により完全に停止してしまったのだった……。




 ――これで、こいつの神装は封じた!!


 まだ勝ちではない。

 だが、確実に勝利へと近づいていることをジュウベェは感じていた。

 アリスがこの期に及んで『杖』を取り返そうとしている、ということは、それが必要であろうことを意味している。

 《グングニル》にしろ《レーヴァテイン》にしろ、本領を発揮するのは『杖』を核にした時なのはわかっている――『ヴィクトリー・キック』という(ジュウベェ視点では)ふざけた魔法は確かに威力だけ見れば強力だが、投げ槍の時よりもスピードは遅くなるため《剛身剣》で対処することは可能だ。

 下手に『杖』を《破壊剣》で壊してしまうと、魔力を消費して霊装を手元で再生される恐れがあるため、このまま二本の魔法剣を犠牲にしてでも封じ続けるのがベスト。そう判断している。


「クソがっ!! cl《赤・巨神壊星群メテオクラスター》!!」

「抜刀 《開闢剣》!!」


 霊装を奪い返せなかったアリスは《メテオクラスター》で周囲一帯を破壊しようとするが、ジュウベェはそれには流石に付き合わず《開闢剣》でアリスとの空間を開いて脱出する。

 互いに加速しているため条件は一緒だが――距離が開いた状態ではジュウベェの方が有利だ。


「もう一度だ! ヤツを呑み込め!!」


 《操霊剣》で《流星剣》《雷光剣》を操り、刃と雷の龍二匹をアリスへとけしかける。

 そしてとどめの一撃は――


「抜刀 《破壊剣》《投擲剣》……」


 狙った箇所に正確に着弾させる《投擲剣》で《破壊剣》を投げつけて命中させる。

 手足を切り落としたところでアリスは止まらない。

 だったら、頭でも胴体でもどちらでも構わないが、いかにアリスでも『死んだ』と思わせる箇所を《破壊剣》で完膚なきまでに破壊してやればいい。それがジュウベェの結論だ。

 今、刃と雷の龍が戦場を舞い、ジュウベェの姿はアリスからは見えていないだろう――逆にジュウベェからもアリスの姿は見えていないが、それは別に構わない。


「……!? なに……!?」


 《投擲剣》が《破壊剣》を掴み、いつでも投げつけられるとなった瞬間、二匹の龍をどけさせてアリスの位置を確認。

 そこでジュウベェが見たものは……、という光景だった。


 ――……そうか、確かジュリエッタとの時に……!!


 ジュウベェの頭の回転は速かった。

 すぐさまジュリエッタ戦の時に使った魔法|影分身《ドッペルゲンガー》であることを見抜く。

 二人のアリスは左右に分かれて移動する……が、


「くく、くははははははっ!! 、アリス!!」


 迷うことなくジュウベェから見て右側の方のアリスへと狙いを定める。

 なぜならば、そちら側の背にラビが乗っているのを、そしてそのラビが動いているのが見えたからだ。

 もう片方のアリスの背にはラビの姿がない――ラビに似た白い塊を背負っているだけで、明らかに偽物だ。

 ――もしもジュウベェが《加速剣》を使っていなかったとしたら、どちらが本物かすぐには見破れずに、アリスの接近を許したかもしれない。

 だが、思考そのものが加速しているジュウベェにとっては、たった一瞬とはいえ見破るには十分な時間であった。


「これで……終わりだぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 ラビを狙うことに意味はない――最終的にはラビも殺すが、先に殺しても仕方がない。なぜならば、ラビがいなくなったところでアリスが生きていれば対戦は続いてしまうからだ。

 だから当初の目的を違えず、ジュウベェはアリスの胸の中心に狙いを定め《破壊剣》を投擲する……!




 ……《投擲剣》の効果により、狙いを違えず《破壊剣》がアリスの胸を貫き――




「sts《神装解放》!!」




 その声は、偽物と思った左側のアリスから発せられていた。




*  *  *  *  *




 ……長い、あまりにも永い道のりだった。

 私は乗っかっていたアリスの《影分身》が破壊され、地面に投げ出されながらそう思った。

 ――そう、のだ。

 思考を加速させているジュウベェならば、きっと本物の私に気付くはずだと思っていた。

 そして、ジュウベェクラウザーならば、私がいる方が本物のアリスだと思い込むだろうと――と思っていた。

 身体を張って、命を賭けて、全てを取り戻すために戦っているのはアリスだけではないのだ。

 きっとアイツなら……こんな一歩間違えたら使い魔も死んでしまうような作戦を取るとは、想像だにしないだろうと私たちは考えていた。


”行け、アリス!!”

「おう!!」


 地面に投げ出されたからと言って安心なんて出来ない。

 ジュウベェが刃の龍たちを私へと差し向ける可能性は充分にある。

 だから私は、さっきアリスが《メテオクラスター》で空けた穴の中へと潜り込む――流石に私自身の力で刃の龍を回避するなんてことはできないしね。

 穴の中に潜ってしまえば、《操霊剣》で操作されているだけの龍たちは正確な私の位置はわからないだろう。あれはあくまでもジュウベェ自身が魔法剣を使って操作しているだけなんだし。


「くそがぁぁぁぁぁっ!!」


 もう一度 《投擲剣》で《破壊剣》を投げつけて来る、なんていう私たちが恐れる一撃必殺の攻撃をされたら危ないが……一度投げつけた《破壊剣》を再び抜刀する余裕なんて与えない。

 攻撃が途切れたほんの一瞬で、アリスにとっては充分すぎる時間だった。

 アリスに近づかせまいと、龍たちがジュウベェの周囲を取り囲み、突進を防ごうとする。




 ……でも、残念。

 アリスの最後の攻撃は、別に近づく必要なんてなかったのだ。

 アリスが近づいて来ないことに疑念を抱いたかもしれない――が、最善と思える攻撃をするために龍たちで防御を、そして《破壊剣》を抜刀しようとしたジュウベェの意識が『

 《防壁剣》、そして《凍結剣》で二重の封印がされている状態にも関わらず、アリスの魔力を受け取った『杖』が輝き始める。




 アリスがたまに使う『sts』のキーワード……これは別に『神装解放』の名と共に使われるけど、別に全部の神装に必要なキーワードというわけではない。実際、結構使わずに《グングニル》とか普通に放っているしね。

 ただし、唯一このキーワードを絶対に使わないとならない神装が存在する。

 それが今回の切り札であり、ジュウベェを仕留めるために必要だった第三の神装だ。

 『使うのに時間がかかる』――というのが欠点だとは以前にも述べたけど、それは単純にチャージ時間がかかる、という意味ではない。

 色々と前準備が必要だという意味である。


 『sts』のキーワードと共に、封印の中の『杖』と一緒にが雷光を放ち始める。

 今のアリスの両腕は《雷神手甲ヤールングレイプル》という神装を義手としているが……この神装、本来は《力帯パワーベルト》みたいに腕に巻き付けるバンテージみたいなものだ。そして、困ったことに魔力消費量が大きい割には。せいぜい、腕を守る防具代わりにはなるかも? 程度だけど、それにしたって他の魔法を使った方が全然効果は高いくらいだ。

 普通に使う分には全く無意味な神装なんだけど……第三の神装を使うためには、まず《雷神手甲》を使わなければならない、という制約がある。


「……な、何だっ!?」


 ジュウベェが『杖』の異常に気が付いた。

 だが、もう遅い。




 アリスの第三の神装の制約その1。アリスの両腕が《雷神手甲》に覆われていること――これを使う分の時間と魔力消費が結構問題だったんだけど、怪我の功名というべきか……失った両腕の代わりとすることで少なくとも時間の節約は出来た。その上、特に何の効果もない神装を使うという不自然さを隠すことも出来た。

 制約その2。この神装の効果範囲は、『杖』の周囲に限られるということ。そして滅茶苦茶厄介なことに、《グングニル》のような投擲が出来ないということである。

 この問題だけはどうやっても解決することが難しい、と事前に結論付けていた。神装の準備を整えた後、『杖』を持ったままどうにかジュウベェに接近するしかないかとも考えていたのだが……これも、両腕を失ったあの時に、アリスは強引に解決させてしまった。

 あの時の《グングニル》は、ジュウベェに対してダメージを狙ったもの――もちろん命中させられたらそれに越したことはなかったけど――アリスの神装に対しての対抗策を持っているジュウベェに対して敢えて神装を使うことで、わざと『杖』を奪われるように仕向けたものだ。

 ……まぁジュウベェが『杖』を封印できる魔法剣を持っているかどうかは賭けではあったけど、以前のヴィヴィアン戦で《アングルボザ》を使った時に『杖』を取り込むことで封じて来たことがあった。ジュウベェが余程物忘れが激しくない限りは、その時と同じことをしてくるんじゃないかとは思ってはいたけど。

 更に布石として、さっきアリスは『杖』を取り戻そうとするをしてみせた。

 更に更に、封印されている状態からでも『杖』に対して魔法を使うことが出来るかどうかも試してみた――もしあの時に《グングニル》が発動しないのであれば、意地でも『杖』を取り返す方法を考える必要はあっただろうけど……幸いにもアリスの魔力は届いていた。




 ――ヴンッ!!


 と、鈍く、重い、弦を撥ねたような音が響く。

 音の発生源は……ジュウベェが手にした《防壁剣》――の中に封じられた『杖』からだ。


「こ、これは……クソっ!?」


 慌ててジュウベェが《防壁剣》ごと『杖』を手放そうとするが……もうこの時点で神装は発動している。


「がっ……? あぁっ!?」


 《防壁剣》に封印されたまま、杖が回転を始める。

 《グングニル》の時のように横回転、ではない。『杖』そのものが球を描くようにグルグルと回転しているのだ。

 わずか一瞬の間に『杖』の軌跡が描く球が実体化――『黒い塊』となって現れる。


「な、なに……!? ぐぅ……吸い込まれる……!?」


 ゆっくりと、まるであらゆるものを――時間さえも吸い込むような暗黒の球体へと、魔法剣ごとジュウベェが吸い寄せられていく。

 まるで……というより、実際に時間ごと吸い込んでいるんじゃないだろうか、あれ。

 科学とかに詳しくない私なんかが想像する『ブラックホール』――それがあの神装の正体だ。


「ぐあっ!? く、くそがっ……こんな、もので……!?」


 必死に抵抗するジュウベェだが、じりじりとブラックホールへと引き寄せられ、またブラックホール自身も次第に大きくなっていく。


「終わりだ、クラウザー!! 全て破壊しろデストロイ・ゼム・オール――!!」




 ――最後に、この神装の『名前』についてだ。

 アリスの神装の名前は、私の世界で言ういわゆる『北欧神話』に関連したものばかりだ。《グングニル》然り、《レーヴァテイン》然り。《スレイプニル》や《ファヴニール》なんかも皆それは変わらない。

 だから本来ならばこの神装の名は、同じように北欧神話に登場する神々の武具などの名を冠しているのが正しいのだろう。

 ……実際、そこそこ神話とかを知っている千夏君なんかは、第三の神装について『』じゃないか、って推測していたこともある。モチーフ自体は正解なんだけど。


 それは、北欧神話最強の神、雷神トールの持つ巨人殺しのハンマー『ミョルニル』。

 ひとたび振るえば、どんな巨人であっても一撃で頭をかち割られたという、神話中でも最強の武具の一つだ。

 だが、このハンマーの真価はそのものの能力だけではないのだろう。

 ミョルニルそのものの威力もさることながら、それを振るうトール神の強靭さと偉大さを称えるためなのか、第三の神装はこう名付けられた――




「《万雷轟かせ剛神の激槌トール・ハンマー》!!!!!」




 アリスが両手の掌を開き、合わせる。

 それに連動してブラックホール――《トール・ハンマー》が雷光を発しながら膨れ上がり、周囲の空間ごとジュウベェを呑み込もうとする。


「ぐ、おお……こ、こんな……こんなもの……ッ!?」


 吸い込まれまいと抵抗するジュウベェだが、《トール・ハンマー》の吸引力の方が遥かに強い。

 そしてついにバランスを崩し倒れ、足先が黒い球体へと吸い込まれてしまう。


「!? ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ジュウベェが身の毛もよだつ苦痛の叫び声を上げる。

 ……それはそうだろう。《トール・ハンマー》の黒い球体に捕らわれたら最後、ブラックホールに吸い込まれた物質と同じ……無限に圧縮され続けるという結末に追い込まれてしまうのだ。

 普通なら――足を磨り潰されていく時点で体力が尽きて消滅するはずだ。

 けれどジュウベェは違う。ユニットであり使い魔でもある……そして使い魔の体力はユニットよりもかなり高めに設定されていると聞いている。

 自業自得とは言え、ヤツは全身が潰されるまで《トール・ハンマー》から解放されることはない……。


「潰れろ……潰れちまえ……っ!!」


 この神装の制約その3――それは、《トール・ハンマー》発動後にアリスはその場から動けなくなってしまう、というものだ。

 魔力の回復も自分ではできなくなってしまうが、《グングニル》とかと同じで魔力は減り続けていく。


”よ、よし……今なら……!”


 《トール・ハンマー》発動後、ジュウベェの放っていた魔法もそちらに吸い込まれて行っている。

 今なら安全にアリスの元に私が行くことが出来る。

 魔力の回復を私の方でやらないと、ジュウベェを倒し切る前に魔力切れになってしまいかねない。


”アリス、回復を!!”

「おう……頼む……!!」


 くっ……私の方での回復も残り2回――1回は《叡智ノ冠》と《グングニル》で使ってしまっているからだ――その間で倒しきれないと……!


「がああああああっ!! 抜刀 《開闢剣》ッ!!」

”! しまった、その手があったか!?”


 拙い! ジュウベェは《開闢剣》を抜刀すると、飲み込まれた自分の足に突き立てて『開く』――自分で自分の足を引き千切って《トール・ハンマー》の圏内から逃れようとする。

 ヤツに失った肉体を戻す手段は――あ、ダメだ! 《獣魔剣》がある!


「くく、くははははははっ!!」


 向こうだってそれには気付いているだろう、両足の膝から先が無くなりつつも立ち上がろうとし、笑みを浮かべる。


「どうやら、最後に勝つのは俺のようだなぁっ!! 抜刀 《獣――!?」

「こ、のぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

”クロエラ!?”


 離れた位置にいたクロエラが、傷をおしてバイクに乗って突進――ジュウベェへと体当たりをする。

 別に逃げていたわけではない。バトルロイヤル対戦である今、《トール・ハンマー》はクロエラに対しても牙を剥いてしまうからだ。


「ど、ドライブ……《ロケット・ストライド》!!」


 ――それは、ただひたすらに直線を駆け抜けるための走行魔法ドライブだった。

 排気筒から爆炎が噴き出し、ジュウベェを《トール・ハンマー》へと押し戻す!


「が、て、てめぇぇぇぇぇっ!!」

「落ち、ろ……! 皆の仇だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

”く、クロエラ! このままじゃキミまで!”


 でもこのままは拙い! クロエラまでも《トール・ハンマー》に飲み込まれてしまう!

 ……それも覚悟の上、なんだろうか……。

 い、いや……?


「たぁっ!!」


 最後にアクセルを全開にしてダメ押しをして、クロエラはバイクを蹴って後方へと逃れる。

 彼女のジャンプ力は《トール・ハンマー》の吸引力を振り切り距離を取れた。

 ……が、まだ安心できる状況ではない。離れたクロエラもじわじわと引き寄せられはじめ、もう後ろに跳んで逃げることも出来ない状況だ。


「ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 だが、ついにジュウベェが《トール・ハンマー》へと叩きつけられ――足側から完全に飲み込まれはじめていった。


「ば、抜刀……ぐうぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 先程のように抜刀で逃げようとするが、もはやそれすら出来ない。

 いや、仮に抜刀できたとしても、もう既に腰付近まで飲み込まれてしまっている……《開闢剣》であっても逃れることは不可能だ。


「くそが、くそがくそがくそがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! 俺が……俺、がぁぁぁぁぁぁっ!?」


 地面に爪を立てて引きずり込まれまいと足掻く。

 ……敵ながら痛々しく生々しい爪痕が地面に刻まれていく。


「終わりだ、クラウザー!!」


 アリスが両手の掌を閉じようとする。

 それと同時に《トール・ハンマー》の吸引力が増し、地面を、空間を、全てを吸い込んで収縮していく。


「ああぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁ――」


 両手が獲物を捕らえた顎の如く閉じられるのと同時に、《トール・ハンマー》の黒い球体が消え失せ、プツリとジュウベェの声が途切れた。




”お、終わった……の?”


 クロエラからは離れていたのだろう、ピッピが恐る恐る、といった様子でやってくる。


”うん……終わった”

「ああ。《トール・ハンマー》は完全に決まった。逃げられた様子もない」


 言って、《トール・ハンマー》の爆心地を見やる。

 ……クロエラとの練習の時と同じ、熱や衝撃ではなく、空間そのものが球状に周囲を抉り取ったかのような跡が残されているのみだ。

 これに巻き込まれて生きていられるとは到底思えない……それに、ステータス自体が高かったならともかく、《エクスカリバー》を使ったせいで大分低下していたこともあるし。


「くっ……rl《叡智ノ冠》」


 そこでようやくアリスが《叡智ノ冠》を外す。

 この神装、頭部に結構な負荷がかかるらしくて、アリスでさえ使うのは最終手段だと言ってたくらいだ。

 能力は思考加速――そうか、それを使って《トール・ハンマー》からジュウベェが抜け出さないかを見張ってもいたのか。


「ピッピ……アリスさん……」

「おう、クロエラ。貴様のおかげで助かったぞ」

「う……うんっ!」


 表面だけでなく、心の底からの言葉だろう。

 確かにクロエラの最後の捨て身の突進がなければ、もしかしたらジュウベェに逃げられたかもしれない。

 とどめを刺したのはアリスの魔法だけど、クロエラがいなかったらこの戦いに勝てることはなかっただろう。


”ふぅ……後は、私とピッピの間で対戦を終わらせればいいのかな?”

”そうね。……これ結構不便ね”

”まぁしょうがないよ”


 私とクラウザー間だけの対戦なら、もうこれで終わっているのだろうけど、ピッピも含めたバトルロイヤル対戦ではね。

 この後更にピッピと――というよりアリスとクロエラで一戦交えて勝敗を決めるという手もあるけど、まぁやる理由も意味もない。


「終わったんだね……良かった……これでリエラ様たちも――」


 ほっとしたようにクロエラが呟き、


「ああ……ヴィヴィアンもジュリエッタも、取り返したぞ」


 アリスも頷き、クロエラとハイタッチをしようと手を掲げ――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「や、やりましたー!!」

「ああ、やりやがった、あいつら!!」


 マイルーム内で戦いの様子を見守っていた桃香と千夏の二人も、我を忘れ抱き合って飛び上がって勝利を喜ぶ。

 一時はどうなることかと思ったが、《エクスカリバー》の猛攻を凌ぎ、最後の殴り合いも制したことでアリスたちは勝利することが出来た。

 紛れもなく、過去最強の敵だったと言えるだろう。クロエラの協力があったとはいえ、勝てたのが不思議なくらいだ。


「しっかし、なんだあの神装……反則だろあんなん」

「ふふ、もしお正月の時アリスさんがいらしたら、ムスペルヘイムも恐るるに足らず、でしたわね」


 二人も安心して気が抜けたのだろう。先程目にした《トール・ハンマー》を見て正直な感想をもらす。

 クロエラとの練習の時は久しぶりに使うので『慣らし』程度で放っただけだったが、ジュウベェ戦では間違いなく全力で使っている。

 確かに桃香の言う通り、もしもムスペルヘイム戦でアリスが《トール・ハンマー》を使ったとしたら……ジュリエッタたちが行った最後の特攻は不要のまま終わった可能性が高いだろう。


「ですが、良かったです……」

「ああ。後は対戦を終わらせて戻ってくるだけだな。ははっ、ありんこのやつめ……こんなに強くなってやがるなんてな……」

「うふふっ、千夏さんも負けてられませんわね」

「そういうお嬢もな」


 これからの予定はまだ決まってはいないが、おそらくはピッピの『目的』――ヘパイストスとの戦いを視野に入れたものとなるだろうとは予想している。

 その戦いにおいて、今回のように蚊帳の外に置かれるわけにはいかない。

 千夏にしろ桃香にしろ、全てをアリス一人に任せて良しとする子供たちではない。

 ヘパイストスの戦い、そしてその後に待つであろう『ゲームクリア』を目指しての戦い……そのいずれも、アリスと共に戦うだけの力を得なければならない。二人は改めてそう思うのだった。


「……あら?」

「どうした? ……っていうか、何をグズグズしてるんだ……?」


 戦いはもう終わったのだ。

 バトルロイヤル対戦を中断すること自体初めてなのでそこで手間取るのは仕方ないにしても、そろそろ終わらせて戻ってきてもいいはず。

 そう二人が思った時だった。


「!? あ、アリスさん!!」

「アリス!? ……あ、アニキ!!」


 画面の向こう側で、クロエラとハイタッチしようと掲げたアリスの右手が切断され宙を舞い――

 続いて降り注ぐ無数の刃が、無防備な四人へと襲い掛かっていった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「ぐ、ぁ……一体、なに、が……」


 辛うじて意識は失わなかったものの、降り注いだ刃に貫かれアリスは地に伏していた。


「……」


 目の前には見慣れない黒髪の女性――フルフェイスメットが破損し、素顔が露わになったクロエラが同じように倒れている。

 クロエラの背中や肩には、アリスと同様に刃が何本も突き立てられていた。


「まさ、か――」

「くくく……」


 ジュウベェとの戦いの中、何度も見た刃――《流星剣》と同じものだ。

 そして、聞き覚えのある笑い声と共に……ざり、と土を踏みしめる足音が聞こえて来る。


「くふふ……くひひひひ…………ひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!!!」

「ジュウベェ……貴様……!?」

「あぁあぁ……残念ざぁんねんでしたねぇっ!! ひひひひひっ!!」

「馬鹿な……! 確かに《トール・ハンマー》は貴様を潰したはず……!!」


 痛みを堪え、立ち上がりジュウベェを睨みつけるアリス。

 目の前に立つジュウベェは――今までの戦闘のダメージなど微塵も感じさせない、戦闘開始時そのままの姿をしていた。

 仮に《トール・ハンマー》から脱出できたとしても、到底ありえない姿だ。


「えぇ、えぇえぇ、えぇえぇえぇえぇ!! さっきまでのあたくしは確かに磨り潰されましたとも。

 くふふっ、でも――あたくしの身体が一つだけ、なんて……いえ。使なんて、どうして思ったんです?」

「――……そういう、ことか……クソがっ!!」


 ジュウベェの言葉でアリスは理解した。

 使い魔が持てるユニットの数は最大で4人。そして、数か月前に使ことは周知の事実だ。

 つまり――『ジュウベェ』というユニットは1つではない。2つだった、ということだ。

 中身がクラウザーである以上、同時に動かすことは当然できない。

 だから、片方がやられたらもう片方へとクラウザーは乗り移り、そちらを使う――そういうつもりだったのだろう。


「くふふ、まさかあたくしがやられるとは想像もしていませんでしたわぁ。けれども……ふふ、もはや打つ手はないようですね?」

「ふん、ほざけ……新しい貴様が出てきたとして、前の貴様と同じようにまた潰してやるだけだ!」


 絶対的に不利な状況にあって、尚もアリスは戦意を失っていない。

 そんなアリスの様子を見てくすくすとおかしそうにジュウベェは嗤い――そしてアリスの背後を指さす。


「あら? あらあらぁ? くふふふふっ、ですが――、もうダメなんじゃないですかぁ?」

「な、に……を……?」


 ――アリスも心の奥底で気付いてしまったのだろう。

 彼女らしからぬ、震えた声で反論しようとし――出来ず、恐る恐る背後を振り返る。




「…………使い魔、殿……?」

”…………――”


 クリスマスにありすたちがプレゼントした帽子が、血にまみれて転がっている。

 同じくプレゼントのチョッキは無残に切り裂かれ、泥まみれの切れ端と化している。


「うそ、だろ……」


 そして――特徴だった長い耳が半ばから切断され、左前脚は千切れ、胴体に深々と刃が刺さっている白い物体……。




「えぇ、えぇえぇ! 最後に勝つのはあたくし! その事実は何も変わりませんわぁっ!! くふ、くふふふふふふふっ! くひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!」


 ジュウベェの哄笑が響き渡り、地に伏したラビ――は、動くことはなかった。

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