第7章48話 Exceed 7. 誘導 ~少女たちの罠
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「え、《エクスカリバー》って……確かスゲーやべーやつじゃなかったか!?」
千夏は直接 《エクスカリバー》を見たことはない。
ただ、《アングルボザ》と共に封印している魔法、ということだけは聞いている――アリスの魔法については名ばかりの封印で何度も目にしてはいるのだが……。
それはともかく、とにかく高威力の『ヤバい』召喚獣であることは知っている。
「……ここまでは、わたくしの狙い通り……!」
「は?」
桃香の言葉の意味がわからず、思わず千夏は聞き返す。
聞こえたものが正しければ、桃香は
二人の目に、虹色の光が平原を薙ぎ払う光景が映る。
「お嬢、おまえ何考えて!?」
光が晴れた後、何とかアリスたちが無事に生き残っていることを目にし胸をなでおろすも状況は何も解決していない。
すぐさま桃香に詰め寄る千夏。
「お、落ち着いてくださいまし! あ、後近い……近いですわ!?」
両肩を掴まれガクガクと揺さぶられる桃香。
痛いというよりは千夏の顔が近づいていることに慌てている。
「! 千夏さん、どうやらアリスさんたちも気付いたようですわ」
「気づく? 何に……?」
画面の向こう側のラビたちは小声で話しているので、何を言っているのかは聞き取りづらかったものの、アリスとラビがそれぞれ一度ジュウベェ――の手に持つ《エクスカリバー》を見て、ニヤリと笑って頷き合うのを見て、自分の意図が正しく伝わったことを桃香は理解した。
千夏は相変わらず桃香の言うことが理解できていないが……。
「なら……後は、
「だから、何がどうなってるんだって!? それに『彼』って誰のことだ……?」
「あ!」
「え!?」
「第二波が来ますわ!」
「なにぃっ!?」
モニターの向こう側で、ジュウベェの持つ《エクスカリバー》が虹色の輝きを強く放つのが見えた。
同時に、アリスが霊装と融合したクロエラに跨り、最後の攻撃に移ろうとする。
最初の一撃目を距離を取って避けようとしたために、彼我の距離はかなり開いている。いかにクロエラの機動力が高くとも、《エクスカリバー》発射前に間合いを詰めるのは不可能だ。
そんなことはアリスたちが――何よりもクロエラ自身が理解している。
『cl《赤・
『はははははははっ!! その程度で止められるかよぉっ!!』
光の奔流に対してアリスは《メテオクラスター》をぶつける。
だが、ジュウベェの言う通り、その程度で聖剣の力を推しとどめることなど出来るわけがない。
だから、アリスが狙ったのはジュウベェ本人ではない。その前にある
『飛べ、クロエラ!!』
『ドライブ《エア・レイド》!!』
《メテオクラスター》の爆風に乗って、クロエラが空高く舞い上がる。
爆風の勢いも使って一気に《エクスカリバー》の光波を飛び越える二人。
『cl《
今度こそ眼下のジュウベェへと向けて《赤色巨星》を放つ――が、
『くははっ、今更この程度の魔法が通じるかよぉっ!!』
魔法剣を抜刀することもなく、片手で《赤色巨星》を受け止めるジュウベェ。
ステータスの高さに物を言わせた強引な止め方――というよりも、言葉通り今更通常の魔法では傷一つつけることは出来ないだろう、という自信の表れか。
……あるいは、アリスの霊装を《防壁剣》で捕らえたままなので防御用の魔法剣を使えないからかもしれない。
どちらにせよ、たとえアリスの魔法であっても今のジュウベェにダメージを与えるには神装を使うか、それとも防御も受け身も取れない状態で至近距離から当てるかしかないだろう。
『抜刀 《流星剣》!』
『チッ、離れろクロエラ!』
三発目の《エクスカリバー》のチャージが終わる前に接近する魂胆だったのだろうが、《流星剣》によって妨害され諦めて再び離れて行く。
この行動の『不自然』さに気付いたのはアリスとラビを除けば桃香ただ一人だけであった。
「……やっぱり!」
「だから何がだって!?」
「わたくしの読みが正しければ、そして
「後二回って……そんなにかわし続けるのは……」
正直厳しい。少なくとも無傷では――そう千夏は思ったが言葉を呑み込んだ。
《エクスカリバー》の広範囲攻撃を回避し続けるのが難しいことは、元の持ち主である桃香もよくわかっているはずだ。
しかし、わかっていたとしても、そうすることが必要……そう考えているのだ。
――何を狙ってるんだ、こいつら……!?
結局、アリスたちが《エクスカリバー》をその後合計で五回回避することとなった。
ただやはり千夏が予想した通り、無傷で切り抜けたというわけではなかった。
クロエラの機動力を活かして光波の範囲外まで駆け抜けたり、二回目の時同様に飛び越えようとしたり、あるいはアリスの魔法で威力を減衰させつつ耐えたり……。
ジュウベェも《エクスカリバー》の扱いに慣れて来たのか、チャージが不十分な状態からも光波を様々な形態で放ってきていた。
一番恐れる《加速剣》を使いつつ《エクスカリバー》を放たれるというのは、アリスが《
『くっ、はぁ、はぁっ……』
『うぅ……』
辛うじて攻撃を回避し続け致命傷だけは避けていたアリスたちであったが、ダメージ自体は避けられていない。
特にクロエラのダメージが酷い。
霊装と
融合時に受けたダメージはじわじわとクロエラへとフィードバックされてしまうのだ。
元々の《粒星剣》で受けたダメージもあって、クロエラの体力は限界を迎えようとしていた。
『……
桃香の予想よりも三回分も多かったが、何とかアリスたちは生き残ることが出来た。
次の攻撃はかわせるかもわからない――ここが勝負所と決断したのだろう。
『クロエラ、貴様はもう下がれ』
『え? で、でも……』
『最後の勝負に移る。巻き込まれるぞ』
『! わ、わかった……』
アリスはクロエラから飛び降りると、距離の離れたジュウベェへと視線を向ける。
向こうは《エクスカリバー》の威力に絶対の自信を持っているのだろう。その場から動かずに余裕の表情でチャージの完了を待っている。
もちろん、アリスが接近しようものならば他の魔法剣を使っての迎撃も行うつもりだろう。
『使い魔殿、アイテムの残りは?』
『”……完全回復できるのは、あと3回くらいってところかな? アリスの方は――”』
『ギリギリ1回ってところか。余裕はないが、仕方ない』
流石に今回の戦いはアイテムの消費が激しかった。
連続で魔法を使わなければならない場面も多かったため、アリス自身が持っているアイテムも消費してしまっている。ラビ側の方は立て続けに使った神装の消耗を回復するために優先的に使っていたため、こちらも間もなく底を尽きてしまうだろう。
都合4回分程度――魔力が尽きた時が、アリスの敗北が確定する時だ。
『さぁて……それじゃ、行くか』
『”うん、行こう!”』
しかし、もう後がないという悲壮感など微塵も感じさせず、いつものようにアリスとラビは頷き合いジュウベェへと向かう。
『くはははははっ! そろそろ終わりかぁっ!?』
『ああ。終わらせよう――cl《黒・
チャージ完了まで待つことなど当然しない。
アリスは駆けながら《
特に属性を持たない、物理攻撃力重視の魔法――微妙に矛盾した表現ではあるが――だ。本来ならば《防壁剣》であっさりと防がれてしまうものだろう。
ただ今は《防壁剣》はアリスの霊装を捕らえるために使っているために迂闊には解放できない。
それでも、属性を持たない魔法であればたとえ三連射であっても《
一つ目は動いて回避、二つ目を《エクスカリバー》を振るって――チャージ攻撃でなくても通常の武器として振るっても強力なのだ――弾き、最後の三つ目を《赤色巨星》のように素手で受け止めようとする。
三つ目を受け止めた辺りでチャージが完了するだろう。
その時にはまだアリスは接近しきっていないはず。
仮に想定よりも接近してきたとしても、《エクスカリバー》の攻撃範囲であればかわすことなど出来はしない位置だし、何なら《流星剣》などを併用しても構わない。
『くははははははははっ!!!! 終わりだぜ、アリスッ!!』
ジュウベェの想像通り、一つ目をかわし二つ目に《エクスカリバー》を振るいながら、自身の勝利を確信し叫ぶ。
――はずだった。
『なっ……に……!?』
二つ目の《黒色巨星》が
《エクスカリバー》となっているため、元の霊装に備えられた【
それでも《エクスカリバー》自体の切れ味ならば、《黒色巨星》程度ならば切り裂けるはずだった。
『ぐっ、がぁっ!?』
正確には切れてはいる。だが、途中で刃が止まってしまっている。
それに気づいた時には二つ目、そしてその後からやってききた三つ目の《黒色巨星》がジュウベェへと命中。押し潰さんとしていた。
『な、なにが……!?』
即死こそしなかったものの、大幅に体力が削られている。
自分の身に何が起こったかわからず戸惑うジュウベェだったが、その理由を考える余裕もなかった。
『ext《
『ちぃぃぃぃっ!?』
まだ距離は離れていたものの、アリスの
《剛身剣》で受けるか一瞬だけ迷うものの、動けなくなったところで再度 《
……なにせ、アリスは足を切り落としたところで止まらないのだ。
《エクスカリバー》で迎撃――ダメだ、まだチャージは終わっていない。
『抜刀 《開闢剣》!!』
ジュウベェが取ったのは、《開闢剣》による『距離開け』だった。
《グングニル》は使用中は常に魔力消費をするタイプの魔法だ。《開闢剣》で距離を開けてしまえば、その分だけ消費魔力は多くなりジュウベェへと到達する前に魔力が切れる――アイテムで回復し続けることは出来るが、距離を詰めるためだけに使うには燃費が悪すぎる上に、近づく前に《エクスカリバー》のチャージが完了するだろう。
ジュウベェの狙い通り、距離が開いたことでアリスの魔力が切れ、《グングニル》の射程からは外れる。
『pl《
しかしアリスは《グングニル》を解除、《
『せ、え、のぉぉぉぉっ!!!』
着地したアリスが大きく膝を曲げ――そして地面を蹴った次の瞬間、ジュウベェの目の前へと文字通り『跳んで』来た。
蹴った地面が抉れる程の、爆発的な加速で一気に距離を詰めたのだ。
『てめぇっ!!』
チャージ完了までほんの一瞬足りない。
その一瞬の間にアリスは接近、ジュウベェの腹へと渾身の回し蹴りを放つ。
『ごああああああっ!?』
《剛身剣》で受け止めた時の比ではない。
攻撃など通すはずもないほど高い防御力を突き抜け、アリスの蹴りがジュウベェを捉える。
『な、なんだ……何が起きている!?』
それでもまだジュウベェは倒れない。
倒れないが、ありえないほどのダメージを受けている――もし普通のユニットであったならば、今のアリスの蹴り一発で体力は消し飛んでいただろう。
『ああ、
『”うん、予想通りだったね”』
『な、に……?』
こうなることを予想していたかのようなアリスたちの言葉。
……ここに至って、ジュウベェはようやく自分が『罠』に嵌められていたのだと気づく。
『調子に乗って《エクスカリバー》を使いすぎたんだよ、貴様は』
『……あぁ!?』
『ま、これ以上は教える義理もねぇ』
宣言通り、アリスはそれ以上は語らずジュウベェへと接近。至近距離での格闘戦を挑む。
『く、そがっ!!』
チャージは完了したが距離が近すぎて《エクスカリバー》は逆に使いづらい。不意を突いて光波を放ったとしても、今のアリスのスピードでは懐に入り込まれるなり後ろに回り込まれるなりしてかわされる可能性が高い。
『抜刀 《加速剣》!』
ジュウベェはすぐさま《エクスカリバー》に見切りをつけ、《アスガルド》の妨害も気にすることなく《加速剣》を使ってアリスのスピードに対抗しようとする。
「……ど、どうなってるんだ……?」
アリスが何かを仕掛けたわけでもなく、ジュウベェが弱体化した、そのようにしか千夏には思えなかった。
《スコルハティ》による脚力強化は確かにすさまじくはあるが、だからと言ってジュウベェが《黒色巨星》を受け止められなくなったり、蹴りを食らって大ダメージを受けることの原因ではあるまい。
「や、やった……! ありがとうございます、
桃香はこうなることを予想――いや期待していたのだろう。
となれば理由もわかっているはずだ。
「お嬢、一体どういうことだ?」
「千夏さんにもお伝えしたと思いますが……」
微笑み、桃香は自分の仕掛けた『罠』について説明する。
簡単な話だ。
《エクスカリバー》は強力な範囲攻撃が出来る反面、使えば使う程ステータスを減少させるというデメリットを持った諸刃の兵器である。
ただそれだけのことなのだ。
昨日のジュウベェとの対戦に挑むにあたって、桃香は『次』のことを既に頭に入れて行動していた。
――自分が負ければおそらくはサモンが魔法剣となってジュウベェに奪われる。
――魔法剣となったサモンがどのような効果で現れるかは想像するしかないが、もし元のサモンと同じようなことが出来るのだとしたらアリスにとって恐るべき障害となるだろう。
《召喚剣》が例えば《ペガサス》などを呼び出せるのだとしたら、ただでさえ厄介なジュウベェに加えて、並大抵の攻撃では傷一つつけられない召喚獣まで同時に相手にすることになってしまう。
そうなれば、たとえクロエラと協力……あるいはシャルロットなりが加わったとしても敗北は避けられない。そう言い切れるほどの脅威と化すだろう。
だから、最悪の事態を避けるために桃香はあの対戦中、二つの『小細工』を仕掛けることにした。
「!? おまえ、まさか……!?」
ヴィヴィアンの魔法の性質については千夏も知っている。
一体何をあの対戦の時にしたのか、想像がついた。
千夏の想像が正しいことを、桃香は微笑み肯定した。
「はい。あの対戦の最後――わたくしは
ヴィヴィアンの霊装、巨大な辞典型霊装『全知全能万能魔導書』――この霊装の持つ特性は、『召喚獣の記録、
通常ならばヴィヴィアンの想像力によって生み出された召喚獣がそのまま記録されるだけだが、消費魔力量を変えることを引き換えに召喚獣の持つ能力をある程度は編集することができるようになっているのだ。
そして、不要となった召喚獣を霊装から
「とはいっても、実は二つほど消せない召喚獣がありましたの……それが、《エクスカリバー》と《キング・アーサー》」
「キング・アーサーって、確か《エクスカリバー》を始めて使った時に出てきた、変なおっさんだよな……? あれ、一応召喚獣ではあるのか」
「ええ。いつの間にか使えるようになってましたの。
それで、その二つだけは消したり編集したりは出来ませんでしたので、それ以外を全て消して、ジュウベェ様が使える召喚獣を誘導しました」
ジュウベェが自分の発想で新たな召喚獣を作れる、というのではあれば桃香の狙いは上手くいかなかっただろう。ただし、その場合は《エクスカリバー》を使われないのでアリスにとってはマシな状況になったかもしれないが。
とはいえ、ジュウベェが《召喚剣》を使った時に《エクスカリバー》を使う可能性は高いと踏んでいた。
そのためにわざわざ対戦の最後で《エクスカリバー》を
「だ、だが、ステータスが下がるっていうデメリットがヴィヴィアン――お嬢の方に来る可能性だって……!」
「ええ……そこだけは正直賭けでした。なので、上手く行くかわからないので、誰にもお伝えしませんでしたの。
ただ――わたくしの知る
桃香の狙いは、『ジュウベェに《エクスカリバー》を使わせてステータスをダウンさせる』ということに集約される。
その時の最大の問題は、果たして《エクスカリバー》のデメリットがジュウベェに対して作用するのかどうか、という点だった。
自身のギフト【
「あの方は《エクスカリバー》の本当の持ち主です。わたくしはキング・アーサー様から《エクスカリバー》をお借りしているだけですわ。
ですので、最初に《エクスカリバー》を使った時に、それを手にする資格があるのかどうかを試されたわけですし」
「ああ……そういやそんな予想してたんだっけ……」
「わたくしとアリスさんはキング・アーサー様に認められ、《エクスカリバー》を使うことを許されました――まぁステータスは減ってしまうんですけど……。
けれど、ジュウベェ様は違いますわ。《エクスカリバー》自体は使われたとしても……そのデメリットを避ける、なんてことを許すとは思えませんでした」
そもそも、《エクスカリバー》を使った時のデメリットについても、桃香は『自分がキング・アーサーを倒していないから』ではないかと推測してはいた。
本当のところはキング・アーサーと対話しなければわからないが……少なくともかつて戦った時、そしてアリスが倒した時の様子から見て、彼が認めていない相手に対して《エクスカリバー》を使わせることを良しとしないだろうとは思っていた。
そして――桃香はその可能性に賭けた。
もしも賭けに負け、デメリット無しでジュウベェが《エクスカリバー》を連発できてしまうようならば、アリスたちは窮地へと追い込まれることとなっただろうが……。
キング・アーサーに対する信頼を更に【祈祷者】が後押ししてくれたことにより、あの対戦の土壇場で自らの敗北を受け入れつつ『罠』を仕掛けることを決行したのだった。
「後は……アリスさんにお任せするしかありません」
「……だな」
少なくとも魔法が通じるレベルにまではジュウベェのステータスは下がった。
その原因が《エクスカリバー》にあるとまでは気づいていないかもしれないが、アリスに至近距離まで迫られた今 《エクスカリバー》に頼った戦い方はできまい。
対してアリスは霊装を《防壁剣》に捕らえられたままだ。《グングニル》も《レーヴァテイン》もほぼ封じられたと思っていいだろう。
この戦い、後は至近距離での
決着の時はそう遠くないはず――桃香も千夏もそれを予感していた。
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