第7章47話 Exceed 6. 極光 ~吹き荒れる暗黒の渦

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「ぐ、ぐぐ……ぐひっ、ぐひひひひひひひっ!!」


 吹っ飛ばされたジュウベェは起き上がると、より一層狂気を増した笑みを浮かべ、哄笑を上げる。




 ――だが、ジュウベェの哄笑はすぐに消えることになる。


「ふ、ふふ……本当に、貴女は……」


 ひきつった笑みを浮かべるジュウベェ。

 その視線が自分の後ろ――倒れたアリスに向けられていることをクロエラはすぐに理解した。


「――っ!?」


 戦闘中に敵から視線を逸らす愚かしさなど言われるまでもないことだが、それでもクロエラは振り返った――そして見た。


「く、くくくく……」


 両手片足を失ったはずのアリスが、壮絶な笑みを浮かべながらもいた。

 切断された足は、きちんと治ったわけではない――千切れた部分を《芯針ステイプラー》で強引に繋げているだけだ。

 腕に至っては拾いに行く余裕すらないのだろう、《雷神手甲ヤールングレイプル》という魔法で代わりの腕を生やしている有様だ。もっとも、それでもこの『ゲーム』中であれば腕を動かすのに支障はないが。

 ただし、『杖』はジュウベェの魔法に捕らわれたままだ。以前、ヴィヴィアンとの戦いの時に《アングルボザ》が同じように《グングニル》を受けた後に『杖』を捕らえたことがあったが、こうなると手元に呼び出すことが出来なくなってしまうようだ。


「あぁ……あぁあぁ、愉しいですねぇ、本当に」


 それでもまだ致命傷には程遠い。

 今度こそ、本当に楽しそうな――今までのような相手をいたぶることを楽しむような笑みではなく、対等の相手と戦えることを悦ぶような、本当の意味での笑顔を浮かべるジュウベェ。

 それに対してアリスもまた笑みを浮かべてはいるが、こちらは楽しそうというよりはどこか挑発するかのような、不敵な笑みであった。


「楽しい? ふっ、くくく……」


 互いに呼吸を整え向き合う。

 ――どちらにもクロエラの姿は映っていない。

 真っすぐに相手だけを見ている。


「オレは全く楽しくないがな」

「あら? あらあらぁ? くふふふっ、それは残念ですねぇ……まぁ敗北が確定した戦いなど――」

「貴様、このままだと確実にぞ」


 確信をもったアリスの言葉に、ジュウベェの言葉が途切れる。

 何の確証もなくそんなセリフを吐く少女ではないことは、ジュウベェにはよくわかっているだろう。


「何を――」

「前にも言ったが、貴様なんぞ怖くもなんともない」


 そう言うと共に、アリスは前へと出る。


「cl《神性領域》!!」

「チィッ、抜刀 《重圧剣》!」


 いち早くアリスの動きを止めるための《重圧剣》だったが、それよりもアリスの行動の方が早かった。

 切っ先が向いている方向の動きだけを鈍らせる効果、というのは先のことでバレている。

 『板』を蹴ってその勢いでジュウベェの死角へと回り込んで《重圧剣》を回避――というジュウベェの思い込みを逆手に取り、


「cl《剣雨ソードレイン》!!」


 アリスは真っすぐに――《重圧剣》で動きを抑えられつつも、『板』を蹴った反動で強引に押し切りながらも前進。

 《剣雨》を使い、四方八方へと『剣』をばら撒く。


「くっ……!?」


 たとえアリス自身の魔法であっても『板』は反発する。

 反射された無数の剣がジュウベェへと襲い掛かり――その隙に接近したアリスが『杖』を取り込んだ《防壁剣》を奪い取ろうとする。

 が、すんでのところで気付いたジュウベェが後退して無刀取りを回避。


「ab《爆発エクスプロージョン》!!」

「っ!?」


 『杖』の奪還に失敗したと見るや、アリスは周囲の『板』に対して《爆発》の属性を付与。

 ――自分ごとジュウベェを巻き込んで辺り一帯を吹き飛ばす。


「う、ぐっ……」


 既に《防壁剣》を『杖』の奪取のために使ってしまっているジュウベェには爆発を防ぐ手段はなく、成す術もなく吹き飛ばされていった。

 一方でアリスはというと、自分の魔法でダメージ自体は食らわないものの、爆風に煽られ地面に叩きつけられてしまっている。


「くっ……」


 既に結構なダメージを受けているアリスにとって、叩きつけられた痛みは効くだろう。

 少しだけ辛そうに顔を歪めつつも、それでも立ち上がりジュウベェを睨みつける。


「cl……《赤爆巨星ベテルギウス》!!」


 あの程度でジュウベェを倒すことなど出来るわけがない。

 それがわかっているアリスは追撃の《赤爆巨星》を放つ……。




「く……う……」


 至近距離からの爆発を立て続けに食らったジュウベェが、よろめきながら立ち上がる。

 『杖』を奪い返されることは防げたものの、替わりに受けたダメージは決して少なくない。

 アリスの考えは二択だったのだろう。

 『杖』を奪い返せればそれでよし、ダメであっても自爆気味の攻撃でジュウベェにダメージを与えられればよし。

 自分の魔法で直接ダメージを受けることはないとわかっていても、普通ならば選択することのない危険な攻撃である。それをすることを、ジュウベェは読み切れていなかった。


「ふん……やはり詰まらねぇな」

「な、にを……!?」


 いち早く立ち直ったアリスが膝をつくジュウベェを傲然と見下し、言い放つ。


「ああ詰まらねぇ、詰まらねぇなぁ!!」

”あ、アリス……?”


 戦いは決してアリス優勢というわけではない。

 今やっとジュウベェにそれなりのダメージを与えられたところだ――そしてそのダメージもアイテムで容易に回復できる程度でしかない。

 対してアリス、そしてクロエラの方はというと、使い魔からのアイテムがあるため回復回数には余裕はあれど、既にかなりの数を消費してしまっている。それに、ジュウベェの魔法剣は油断すれば一撃必殺となりかねないのには変わりない。

 依然としてこの戦い、アリスたちの方が劣勢のままなのだ。

 だというのにアリスのこの態度――ジュウベェだけでなく、使い魔のラビですら困惑している。


「なぁ、おい――」


 戸惑うジュウベェに向けて、敢えてクラウザーと呼びかける。

 そしてアリスは、明確に相手を挑発する意思をもって、嘲りの笑みを浮かべる。


「貴様なぁにいつまでも感情押し殺してやがるんだ? 違うだろう? 貴様はじゃないだろう? 前に言ってた『殺す』って言葉はただの勢いか?

 それとも何か? ――貴様、その入れ物ジュウベェに引きずられて頭ん中まで女になったってのか、!」

「く、く……くく……」

「殺す殺すと言ってた割には随分と温い攻撃じゃねぇか、お優しいこって。どうした? オレも、使い魔殿も、クロエラたちも余裕で立ってるぞ?」

「くふ、くくっ……」

「ふん……これならばまだの方がマシだったな。気合もねぇ、覇気もねぇ、他人の力でイキってるだけのめ」


 挑発、どころではない。完全な嘲りだ。

 むしろ劣勢であるアリスが今挑発する意味など何もない。それは『負け犬の遠吠え』にも等しきものにすぎないだろう。

 だが――


「くく……くふふふふっ、くひっ、いーひひひひひひひひひひっ!!!!!」


 ジュウベェが狂ったように笑い声をあげる。


「――『フィルター解除』」


 そう呟いた瞬間、ジュウベェの発する声が変わった。

 声音自体は今までのジュウベェと何も変わりはない。変わったのは口調だけだ。

 ユニットの発言には『フィルター』がかかっている――発言内容自体はフィルターによって変わるが、ニュアンス自体は何も変わりない。そうであることをラビたちは知っている。

 だが、アリスの考えは少々異なる。

 口調に引きずられてやや考え方も変わる――そう思っていたのだ。


「あぁ……全く、本当に、苛つかせてくれるガキだぜ……!!」


 ギラリと、今までとは全く異なる殺意を込めた視線を仮面の奥から向けるジュウベェ。

 その口調は正にクラウザーのものであった。


「くくくっ、何を俺はお上品にやろうとしてたんだ……? ああ、全くその通りだ――てめぇをブチ殺すのに、じゃあダメだよなぁっ!!」


 立ち上がり、ついに腰に佩いたままの霊装を抜き放つ。


「殺す! てめぇはここで必ず俺がブチ殺す! ああ、殺してやるぞアリス!!

 くくっ、くはははははははっ!!!」

「ふん、それはこちらのセリフだ!」


 ニヤリ、とアリスはいつもの笑みを浮かべ、ジュウベェの狂笑に応える。


「……悪ぃな、使い魔殿。あいつは心の底から全部吐き出させてからブチのめしたかったんだ」

”……はぁ……わかったよ、アリス”


 小声でひそひそと交わし合うアリスとラビ。

 ただ倒すだけではダメだ――いや、本来の目的を考えればまず倒すことが重要なのだが――とアリスは思っていた。

 完璧に、完膚なきまでに、徹底的に、言い訳のしようもなく、完全にジュウベェクラウザーの心ごと叩き潰さない限り、この戦いの勝利とは言えない。そういう考えだ。

 ため息を吐きながらもラビもアリスの考えを認める。


「じゃあそろそろ終わりにしようぜぇっ!! 抜刀――《剣》!!」


 そうして、ジュウベェは最後の魔法剣を解き放つ。

 ラビたちが知ることはないが、ジュウベェの霊装――漆黒の刀『羅刹王』の特性は二つある。

 一つは、チートを使った本来ならばありえない特性。霊装自身に疑似的ではあるがギフトを持たせるというものだ。『羅刹王』に付与されたギフトの名は【切断者カッター】……生き物以外であれば、たとえ魔法であろうとも切断するという効果だ。ただし、切断できると言ってもそれは破壊力を意味しない。切断されたとしても痛みは全く感じず、切断面同士を合わせればまたくっつくという奇妙な効果を持っている。

 もう一つは元々の霊装の機能である、『魔法剣の威力増幅』だ。


”そ、その剣……!”

「ヴィヴィアンの魔法――しかも、そいつは……!」


 ラビとアリスが共に驚愕の声を上げる。

 『羅刹王』に対して抜刀した魔法剣は《召喚剣》――その名の魔法剣になるのは、ヴィヴィアンの『サモン』をおいて他にはあるまい。

 だが二人が驚いたのはそれだけではない。


「くくく……くはははははははっ!! あの愚図ヴィヴィアンの割にはいい魔法持ってるじゃねぇか、えぇ!?」


 《召喚剣》が呼び出したものが『羅刹王』と融合――漆黒の片刃の太刀が、虹色の光を放つ長剣へと姿を変える。


”え、《エクスカリバー》!?”


 それは、ヴィヴィアンの召喚獣において《アングルボザ》とは異なる意味で危険な、ある意味では『最強』『最悪』の召喚獣――伝説の聖剣 《エクスカリバー》だった。

 かつてのように《キング・アーサー》が妨害に現れる様子は見られない――出てこられても困るのだが。


「チィッ!? クロエラ、範囲攻撃が来るぞ! かわせ!!」

「えっ!? は、はいっ!!」

「くはははははっ!! 逃げられるものなら逃げてみせなぁっ!!」


 もはや他の魔法剣は不要――圧倒的広範囲に高威力の攻撃を行える《エクスカリバー》さえあれば、アリスたちを纏めて葬ることも容易い。

 ジュウベェが《エクスカリバー》を振り払い、虹色の光が月光平原を薙ぎ払って行った……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「くははははっ! そうこなくっちゃなぁっ!!」


 一面の焼け野原となった月光平原を見て――そして、その先に立つ二つの人影を見て、ジュウベェは嗤う。


「はぁっ……危なかったぜ……」

”う、うん……クロエラがいてくれてほんと助かったよ……”


 《エクスカリバー》の光が薙ぎ払われる直前、再び霊装と融合ユニオンしたクロエラと共に、アリスたちは退避。

 もちろんそれだけでどうにかなるほど《エクスカリバー》は甘くはない。幾つもの《ウォール》を出し、減衰に減衰を重ねて、それでも尚光を推しとどめることは出来なかったので《剛神力帯メギンギョルズ》を再び出して体を包み込んでようやく生き残れたのだ。

 一撃で全滅すること自体は避けられたが、魔力を大量に使ってようやく生き残れたといったところだ。


『こ、こんな攻撃何度もかわせないよ……!?』


 一撃だけで終わり、とはクロエラも思わない。

 実際に《エクスカリバー》は《ケラウノス》のように一撃限りという制約はない。エネルギーがチャージするまでは撃てないが、何度でも使うことが可能だ。

 既にジュウベェの手の《エクスカリバー》は再度虹色の光を放ち始めている。二撃目まではそう間もないだろう。


「……?」

”……アリスも気付いた?”

「ああ……ふん、ヴィヴィアンめ。か」

”うん、多分ね――ああ、だから昨日を……”

”?? ちょっと、二人とも!? 何ニヤついてんのよ!?”


 何やらひそひそと話しあい、何かを納得したのかニヤリと笑うアリスとラビに対し、思わず突っ込みをいれてしまうピッピ。

 状況は最悪と言ってもいいものだ。今までも十分最悪だったが、《エクスカリバー》は最悪の底を割っている。


「ああ、すまんな。

 ……ついでにもう一つ謝っておくぞ。クロエラ」

『はい?』

「すまんが、このまま《エクスカリバー》をかわし続けてくれ。オレ一人じゃ流石に限度がある」


 それはつまり、クロエラの機動力を当てにした戦術をこの後行う、という意味に他ならない。

 もちろんアリスも魔法で可能な限り防ごうとはするが、《エクスカリバー》から逃れるには絶対的な防御力か機動力のどちらかが必須だ。

 防御力はどうにもできないので、必然、機動力に頼らざるをえなくなる。


「やれるな?」


 ここでクロエラがNOを突きつける可能性はあっただろう。

 ジュウベェを倒すことこそ出来なかったものの、既に十分すぎるほど戦った。

 この《エクスカリバー》の桁外れの威力を、マイルーム内から姉たちは見ているはずだ――ならば、『もう十分クロエラ雪彦は頑張った』と言ってくれるかもしれない。無論、このまま敗北すれば全員『ゲーム』の記憶を無くすのでそんな話をすることはないのだが。


 ――で、でも……っ! ボクはまだ……。


 クロエラが嫌だと言えば、アリスはそれ以上は無理強いはしないだろう。そして、おそらく彼女一人でも何とかするはずだ。

 決して責められることはないだろう。

 それでも、


『大丈夫、やれる!』


 クロエラはYESと答えた。


”クロ……”


 心配そうなピッピの声が聞こえる。

 彼女の目的がこの戦いよりも先にあることを考えるならば、安全策を取ってクロエラだけでも退避する……というのはありだろう。ただ、ジュウベェがこの対戦から逃がしてくれるとは思えないが。

 《エクスカリバー》の範囲外まで一人で逃げてしまえば安全だ。《エクスカリバー》が魔力切れなりで使えなくなってから、また戦えばいい……そうも思う。

 それでもクロエラはここで退くことはしたくないと思った。


『……ピッピ、大丈夫。キミは傷つけさせないから』

”……全くもう……なんでこの土壇場でそんなかっこつけるのよ……”


 ピッピもクロエラも腹を括る。


「よし――では行くぞ。おそらく、ここが正念場だ」

『はい!』


 《エクスカリバー》をここで使ったということは、おそらくはこれ以上の強力な魔法剣をジュウベェは持っていない。

 接近後の《破壊剣》等気を付けなければならないものはあるものの、それらは全てアリスが今までに打ち破っているためどうとでもなるはずだ。

 となれば、アリスの言葉通りここが正念場だろう。


「ははははははっ!! さぁ行くぞぉっ!!!」


 ジュウベェの手の聖剣が輝きを増す。

 相談している間にチャージが終わってしまったらしい――が、向こうもチャージを待っていたため都合が良かったのだろう。

 どちらにしろ、これが最後の攻防となる。


「行くぞ、クロエラ!! 使い魔殿もピッピも、最後まで頼むぞ!」

『はい! 全速力で行きます!』

”うん、終わらせよう、アリス!!”

”ええ、全て貴女に委ねるわ、アーちゃん!”


 吹き荒れる虹色の光――アリスたちにとっての死を告げる暗黒の渦が再び迫る……。

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