第7章44話 Exceed 3. 未来への道は過去にはない

 加速に加速を重ねた、総重量数百キロにもなろうかという巨大な鋼鉄の塊の突進――生き物が食らえばまず間違いなく潰れて即死するであろうその突進を、こともあろうにジュウベェは片手で受け止めていた。


「ふふっ、くふふふふふふっ! えぇえぇ、申し上げたはずです――貴女方ではあたくしには勝てないと!!」

『うわっ!?』

「チッ、使い魔殿、ピッピ! オレから離れるな!」


 受け止めたバイクをそのまま片手で振り回して放り投げる。

 私とピッピはアリスの方にしっかりとしがみつく。

 アリスはそのまま無理にジュウベェへと攻撃をしようとはせずに、バイクから放り出されたものの無事に着地。

 クロエラの方は流石に体そのものがバイクになっていては生身のように着地は出来ないのか、地面に叩きつけられていた。


”何て力だ……”

”くっ、これはギフトの能力ね……!”


 あ、そうか。

 すっかりと忘れかけていたけど、ジュウベェのギフト【殺戮者スレイヤー】の効果は倒した相手の能力を奪うことだけじゃない。

 相手を倒せば倒すほど、ステータスを強化するというものがあった。

 ……あれが能力を奪うことを隠すためだけのダミーだったら良かったのだが、クロエラの突進を片手で止めたことから見てダミーではなかったと思った方が正解だろう。


「くふっ、えぇ……えぇえぇ、そもそも貴女方ではあたくしに傷をつけることすらできませんわ」

「……っ!?」


 言われてみれば、今まで攻撃がクリーンヒットしたというわけではないけど、全てを防がれたというわけでもない。

 だというのにジュウベェには傷一つついていない。

 ということ、やつのステータスはアリスたちを圧倒的に上回っていることを意味している。


「ふん、なるほどな……いつも裏でコソコソとやってる貴様が、こうして表立って戦っている理由はそれか」

「…………なんですって……?」


 明確に嘲りの笑みを浮かべ言い放つアリスに、ジュウベェの表情が変わる。

 この言葉が挑発だとわかってはいても、ヤツには到底聞き捨てならないものだろう。

 確かにアリスの言う通り、ジュウベェクラウザーは今まであまり表立って何かをしていたわけではない。

 ヴィヴィアンの時こそチートを使って自分も戦うようにしていたが、ジュリエッタの時は彼女に任せっきりで全く表には出てこなかった――最後の乱入対戦の時くらいか。

 そして今回は自らがユニットとなって戦ってはいたが、それも『不死身』という安全策を取ってのことだ。

 でもこの最終決戦においてはその安全策もなく、ジュウベェクラウザーも命をかけて戦うしかない。

 それでも戦うのを継続しているのは――相手の攻撃をものともしないほどの高ステータスという裏付けがあるためだろう、そうアリスは言っているのだ。


「貴様がいくら頑丈だろうと、無敵でなければ問題ない!」

「へぇ……くふふっ、その強がり――いつまで続きますかねぇっ!?」


 叫び、魔法剣を再度呼び出し始める。

 強がり――というわけでもない。

 アリスは狙っているのだ。神装を使うタイミングを……。

 厄介なのは、ジュウベェは確かに不死身ではなくなったが攻撃を通さないほどの素の防御力が高い。もちろん攻撃力や体力だって高いだろう……特に体力に関しては、ユニットよりも圧倒的に高いらしい使い魔の分まで上乗せされているのだ。大型モンスター並、いやそれ以上あると思っておいた方がいいだろう。

 その上で油断を全くしていない。

 余裕を見せているのは確かなんだけど、だからと言ってわざと攻撃を受けて自身の能力をアピールしたりは一切していない。


 ……それでも、アリスのあの神装が当たれば倒せる。それは間違いない。

 だがジュウベェがそれを回避も妨害もせずに大人しく食らってくれるとは到底思えない。


「クロエラ、ここからは『パターンB』だ。やれるな?」

「! は、はいっ!」


 クロエラも霊装との融合を解除。アリスの言葉に頷く。

 パターンB――事前に打ち合わせはしていたが、要するにアリスとクロエラが別々に動いてジュウベェを攻撃する、という戦法だ。

 その目的は、あの神装を命中させる隙を作る、この一点である。




 アリスとクロエラが左右に分かれてジュウベェへと攻撃を仕掛けようとする。


「ふふっ、まぁ思惑通り《加速剣》はやめておきましょうか――替わりに、《開闢剣》!」


 《神性領域アスガルド》の『板』が浮かんでいる以上、迂闊に《加速剣》を使うと意図しない弾かれ方をしてしまうかもしれないし、避けようとして無駄な動きをしてしまう。

 抑止力としては充分すぎるほど機能してはいるのだが……抑止力以上の効果は発揮できていない。

 こちらの思惑はわかっていながら、あえてジュウベェは《加速剣》を抜刀することはせずに戦おうとする。

 《開闢剣》で自分に迫ろうとしていたクロエラとの距離を『開き』、反対方向から接近してきたアリスへと向かって抜刀した《彗星剣》の切っ先を向ける。


「当たるか!」

「えぇえぇ、当たらないでしょうとも!」


 猛烈な勢いで射出される刀身をあっさりかわしながら前進するアリス。

 不意打ちでもない限り《彗星剣》は辺りはしまい。そんなことはジュウベェならすぐにわかろうものだが……。


「抜刀 《重圧剣》!」

「! まずい……!」


 刀身に黒い靄のようなものがかかった剣を見てアリスが顔を歪める。

 《重圧剣》を取り出すと共に、アリスの足が止まる。


「くっ……!?」

”うっ、やっぱりこの剣……!”


 昨日のヴィヴィアンとの対戦で《ペガサス》の機動力を封じた魔法剣だ。

 アリスは『上から圧し掛かる力』を予想していたが……実際は微妙に異なることが食らってみてわかった。

 上からどころじゃない。四方八方から押しつぶすような『圧力』がかかり、身体が感じだ。

 それだけで圧し潰されるようなものではないけど、確実に動きを封じることが出来る――くそっ、これも束縛系の魔法か!?


「ディスマントル《ソーサー》!」


 《開闢剣》によって距離を開けられたクロエラだったが、すぐさま近づきつつアリスの援護を。

 分解魔法ディスマントルによって作り出したのは……霊装の『タイヤ』を分解し、チェーンと繋げて作った歪な大きさの鎖槌フレイルだった。

 タイヤがなくなったことでバイクとして動くことは出来なくなってしまったが、その分中距離から攻撃出来る武器と化している。


「アリスさん!」


 タイヤフレイルを振り回してジュウベェに投げつけ、アリスを助けようとするクロエラ。

 しかし、ジュウベェは意にも介さず片手でタイヤを受け止めてしまう。


「えぇ……貴女の力は以前にも見せていただきました。くふっ、はお仲間に隠れて震えているだけで大した魔法は見られませんでしたが――くふふっ、まぁこの程度でしょう」

「……く、くぅ……っ!」


 表情こそ見えないものの、クロエラが悔しそうに呻く声が聞こえて来た。

 ヤツが言っているのは一昨日のガブリエラたちと戦った時のことだろう。

 その時の様子は聞いてはいないけど……ジュウベェの言葉が真実だとするなら、クロエラはきっとあまり上手く戦うことができなかったに違いない。

 ひょっとしたら、それがクロエラが今日アリスと共に戦おうとしている理由なのか――そんな風に思える。

 ……クロエラの元となっている雪彦君について、私はほとんど何も知らない。

 女の子みたいな見た目で、星見座ほしみくら家でもロクに会話もできず姉の後ろに恥ずかしがって隠れていた少年――ということくらいだ。


「あたくしを逃がさないための数合わせで来たのでしょうが――くひっ、ただの足手まといでしたねぇっ!」


 受け止めたタイヤを強引に引っ張り、クロエラの体勢を崩すと、


「抜刀 《金剛剣》――ここであたくしの糧となるのが、貴女にはお似合いですわぁっ!」


 召喚獣さえも削り取る《金剛剣》を抜刀し、クロエラへと向ける。

 拙い、このままではクロエラがやられてしまう……!

 アリスの神装を当てるためにもクロエラの力は絶対に必要だし、今この場でジュウベェにやられる=更にジュウベェが【殺戮者】の効果によって強化されるというのは非常に拙い!

 地面から生えて来る何本もの結晶の杭をクロエラは慌てて回避しようとするものの、その動きには前までみたいな精彩さを欠いている。

 ……ジュウベェの言葉に動揺しているのは明らかだ。


”くっ……拙いわ、クロ! あんなやつの言葉なんか気にしちゃダメよ! リエラたちだってあなたに生き残ってもらいたいから――”

「で、でも……あぐっ!?」


 かわしきれなかった杭が、クロエラの足を掠める。


「チッ……ab《チェーン》!」


 見かねたアリスが、クロエラの近くに浮いていた『板』に対して《鎖》化の魔法を掛ける。

 伸びた鎖がクロエラの腕に巻き付くと、勢いよく放り投げ《金剛剣》の範囲外へと逃がす。


「cl《赤爆巨星ベテルギウス》!!」

「くひひっ! 抜刀 《飛翔剣》!」


 そしてジュウベェへ向けて《ベテルギウス》を放ち攻撃を仕掛けるものの、ジュウベェは《飛翔剣》を使って上昇。爆風に乗って更に上へと逃れてしまう。


「よし、《重圧剣》の範囲からは逃れられたな!」

”まぁそうだけど……”


 どうやらあの《重圧剣》、刃を向けている相手に対してのみ有効らしい。回避するのは楽と言えば楽だけど、逆に言えば一度囚われてしまうと抜け出すのは結構難しい。動こうと思えば動けるので、身体強化系の魔法を重ね掛けすればいいかもしれないが……既にアリスは《邪竜鎧甲ファヴニール》を使っている状態だ。これ以上の強化となると《滅界・無慈悲な終焉ラグナレク》を使うくらいしかない。

 ともあれ一旦は窮地を脱したか――なんて油断はしない。


「おい、クロエラ!」

「……っ」


 再度『板』を周囲にばら撒いて上空からの攻撃に備えつつ、アリスがクロエラへと呼びかける。

 びくりとクロエラは身を竦ませるが……。


「貴様のパートナーはこのオレだ。貴様をここへと呼び寄せたのは数合わせなどではない、貴様の力が必要だからだ!」

「……」

「過去なんぞ振り返るな! 敵をしっかりと見ろ!

 ……ガブリエラたちの仇を取るんだろう?」

「っ! ……うん……」


 俯いていたクロエラが前を向き、頷いた。

 それを見てアリスはにやっと笑う。


「よし! ……頼りにしてるんだぜ、クロエラ」

「!! は、はいっ!」


 ……おう……この子雪彦君、どういう感情をアリスありすに対して抱いているのかいまいちつかめないところはあるんだけど、アリスに『頼りにしている』と言われて即復活する辺り、色々とアレだな……いや、いいけど。

 復帰したクロエラはすぐさま分解したパーツを霊装に戻す。


「抜刀 《流星剣》、《投擲剣》!」


 上空へと逃れたジュウベェも同じタイミングで復帰。

 《アスガルド》の中に飛び込んでくることは流石にしなかったが、上から《流星剣》を投げ込んでくる。

 あ、これも拙い!


「使い魔殿! クロエラ、ピッピを守れ!!」


 地面に突き立った《流星剣》の柄に向けて、上空から無数の刃が降り注ぐ。

 この狙いは――アリスたちユニットへのダメージだけじゃない。私とピッピ、使い魔を狙った攻撃だ!

 アリスは回避しようとしつつ《剛神力帯メギンギョルズ》で頭部、および背負った私を庇い、クロエラもピッピを胸に抱いて避けようとする。

 《流星剣》……攻撃範囲は広いが、さえわかっていれば回避するのはそう難しくはない。

 特にジュウベェが手に持って振り回しているのであれば脅威ではあるが、地面に固定されているのであれば猶更だ。

 とはいえ、だからと言って油断していい攻撃ではないのも間違いないのだが……。


「!? ヤツは……!?」

”まだ上にいる!”


 降り注ぐ刃に混じって降りて来ると思いきや、ジュウベェは相変わらず《飛翔剣》で浮かんだままだ。

 制空権を取って頭上から一方的に攻撃するつもり? でも、アリスにも《神馬脚甲スレイプニル》で空中を移動する術はあるし、何よりもアリスも飛んで空中に《アスガルド》をいっぱいばら撒いたとしたら動きづらくなるのは向こうのはず……。

 意図の読みづらいジュウベェの行動――その理由はすぐにわかった。

 離れた位置にいる上に、こちらは回避行動をとっていたためジュウベェの姿が視界から消えることが度々あった。

 あるいは、こちらの視覚を惑わす効果の魔法剣とかがあってそれを使っていたのかもしれない。


「ぐがぁぁぁぁっ!?」

”アリス!?”


 突如、アリスが吹っ飛び地面に倒れる。

 な、なにが起こった!?

 全く意識していなかった方向から弾き飛ばされたようにしか思えない。


「! アリスさん、防御を!!」


 刃の雨を霊装を楯にして防いでいたクロエラが警告するものの、アリスは地面にうずくまったまま動けない。

 傍らには――《彗星剣》の刃が落ちていた。

 ……そういうことか!?

 ジュウベェは空中にいたまま、地上へと向けて私たちに気付かれないように新たに抜刀した《彗星剣》を《流星剣》同様に投げつけていたのだ。

 そして、それが死角からアリスの胴体へと直撃した――ということか!


”くっ、拙い……!”


 私自身は《メギンギョルズ》で守ってもらっているとは言え、この状態で攻撃を受け続けたら当然アリスの身が持たない。

 とにかく体力を回復させ、アリスに動いてもらわないと……!


「くひひひひひひひっ!!」

”ジュ、ジュウベェ!?”


 だが、そんな隙は与えないとばかりに、上空から《破壊剣》を手にジュウベェがアリスに向かって飛び降りて来たのだった……。

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