第7章42話 Exceed 1. 月下の死闘
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして、最終決戦時――
* * * * *
初手からの神装二連発による奇襲は不発に終わってしまった。
すぐさま魔力を回復させる。
「ふふっ、えぇえぇ……《
「チッ……!」
以前、ジュリエッタと戦った時に、確かにメタモルを使うことで《レーヴァテイン》は回避されてしまった。
あの時は咄嗟に見破ったジュリエッタがギリギリで回避したものの、今回はそもそもジュウベェが食らう前に回避されてしまったのだ。まぁ《防壁剣》を使われる前にジュウベェ本体に当てることさえ出来れば、同じ回避は出来ないとは思うけど……。
「もちろん、《
ヴィヴィアン戦、ジュリエッタ戦、そして一昨日の対戦――
神装だってほとんどが見られているのだ。対策されていると考えていいだろう。
……昨日、ヴィヴィアンが犠牲となってジュウベェの魔法剣を見る機会を作ってくれたけど、それは純粋にアドバンテージとは言えなかった。
アリスの魔法を向こうが知っている以上、少しでも不利な要素を減らす、という意味合いにしかならなかったのだ。
とはいえ、ヴィヴィアンのやったことは全くの無駄ではない。
「ふん、貴様が知っているからと言って、それだけでオレに勝てるつもりか?」
「くふふふふふっ、
「っ……貴様……!!」
ジュウベェの挑発にアリスの頭に血が上りかけるが、
”アリス、落ち着いて。一昨日の戦いはヤツのチートのせいだよ”
そういう時のために私がいる。
言うまでもなく、一昨日の対戦ではアリスの神装が破られたせいで負けたわけではない。ジュウベェ=クラウザーという不死身のせいでダメージを与えられなかっただけの話だ。
「ふふ……」
向こうもわかってはいるのだろう。
むぅ、中身がクラウザーではあるものの、今までのヤツとは違って冷静だ。
おそらく、それは向こうが今まで勝ち続けており余裕があるから、だとは思う。
……実際、不死身だったのを差し引いても一昨日の内容は私たちの完全敗北と言えるのだ。ジュウベェの余裕も根拠がないわけではない。
「あら? あらあらぁ? でも、それだけで貴女方が敗北したとでも?」
……ジュウベェの言う通り、敗因はそれだけではない。。
前までは予想外の攻撃を食らったのは確かだろうが、不死身であるが故に防御が甘かっただけ、とも言えないこともない。
結局のところ、ジュウベェの苛烈で多彩な攻撃の前に押し切られたというのが直接の敗因だろう。
本人にも攻撃が当たるようになっているこの戦いでは、防御が甘くなるとかそういう油断はないと思った方がいいだろう。
「さて――対戦時間は無限とは言え、そう長くは付き合いませんよ? どうせ小賢しい小細工でも仕掛けてらっしゃるんでしょう?」
”……さてね”
ヴィヴィアンの時のことを根に持ってるな……。
まぁ今回はお互い『ゲーム』での生き残りをかけた戦いなのだ。賭けるジェムなんて割とどうでもいいと言えばどうでもいい。
あまり小細工を仕掛けるつもりもないんだけど、向こうが無駄な警戒をしてくれるというのであればそれはそれで好都合だ。
「手早く決着をつけてしまいましょうかぁ。ふふっ、そちらももっと必死にならないと――
抜刀 《獣魔剣》、《破壊剣》、《加速剣》、《金剛剣》、《焦熱剣》、《重撃剣》!!」
! いきなりか!?
《
更に召喚獣をも削ることのできる《金剛剣》、炎の渦を発生させる《焦熱剣》を追加で抜刀。
おそらくヤツが出来る最大の攻撃力を持つ魔法剣の六刀流だ。
……やはり向こうも不死身でなくなったことにより、今までみたいに力を見せつけて相手を嬲るなんてつもりはなく、最大火力で対戦を短時間で終わらせる目論見みたいだ。
「くふっ、それでは――いきますわよぉっ!!」
《加速剣》によって次元の違うスピードを得たジュウベェの姿が視界から消え失せる。
昨日の対戦ではヴィヴィアンは《ヒュドラ》の全方位防御で回避することは出来たが、あの時は《破壊剣》とかは使っていなかったから防げただけだ。
《破壊剣》を同時に振るわれたとしたら、いくら召喚獣で防御しようとしても、諸共に切り裂かれて終わりだろう。
「cl――」
だが、アリスは何もせずに今日この場に来たわけではない。
特に一番厄介な《加速剣》への対策は、クロエラ相手に練ってきている。
「――《
魔法の発動と共に、アリスの周囲に幾つもの虹色に輝く『板』が浮かび上がる。
これが《アスガルド》――対ジュウベェ戦に向けてアリスが新しく作った魔法だ。
浮かび上がる『板』の数は、合計30枚。数は多いが、一つ一つの大きさはそれほどでもなく、子供の足の裏と同じくらいしかない。
「しっかり掴まってろよ、使い魔殿!!」
”うん!”
言うなりアリスは浮かび上がった『板』を蹴る。
すると――
「!? あら?」
さっきまでアリスがいた位置へ、ジュウベェが刀を振り下ろしていた――が、既にそこにアリスの姿はなかった。
「ext《
ジュウベェからしてみれば謎の動きだろう。
続くアリスの魔法の発声は、彼女の頭上から聞こえて来たのだから。
「いつの間に……!?」
加速していたはずのジュウベェですらついていけていないスピード――というわけでもない。
多分だけど、《加速剣》の元となったアビゲイルの魔法は『体感時間の圧縮』が本来の効果だったはずだ。まぁ私たちからしてみれば、ジュウベェが超加速したように見え、ジュウベェからは周りが止まって見えるようになった……はずだ。
アリスが使った《アスガルド》――clで使ったことからわかるように、これ自体は神装ではない。名前は紛らわしいが。
効果は非常に単純で、周囲に浮かんだ『板』に触れると、トランポリンのように弾む……というだけの魔法だ。
だが、その弾む力は普通のトランポリンなんかとは比較にならない。
クロエラとの対戦で何度も実験を繰り返して魔法の精度を調整し、一瞬ではあるものの速度特化のクロエラですら追い付くことの出来ない速さで弾くまでになっているのだ。
それだけのスピードであれば、加速したジュウベェであろうとも見切れるような動きではない。
「cl《
ジュウベェが上を見上げると同時に、アリスも続いて攻撃魔法を使う。
神装でも、巨星系の魔法でもなく、消費は少ないが威力も低めの《剣雨》だ。
無数の光の剣が発生――だが、いつものアリスの魔法とは異なり、アリスの周囲に浮かぶ金色の球体から《剣雨》が発動する。
自動で『マジックマテリアル』の塊を生成し続ける、ちょっと特殊な神装だ。魔力消費は神装なのを差し引いても自動生成分かかるので多めだけど、その分全部の魔法が普段よりも高速で発動することが出来る。
「……ふふっ」
瞬間移動したようにしか見えないアリスの動きに驚いたのは一瞬。
向かってくるのが《剣雨》だとわかったジュウベェは再び《加速剣》で加速、地面を駆けて降り注ぐ《剣雨》を回避しようとする。
――
「こ、これは……っ!?」
超加速でその場から離れ、アリスを追撃しようとしたジュウベェがあらぬ方向に弾き飛ばされしまう。
それを追うように《剣雨》も不自然な軌道で曲がり、殺到する。
「っ! なるほど……!」
驚きは一瞬。《剣雨》を魔法剣で叩き落しながら、ジュウベェは自分を弾き飛ばしたものの正体をすぐさま掴んだ。
それはアリスのばら撒いた《アスガルド》の『板』だった。
この魔法、弾き飛ばすのはアリスだけではない。触れたものならば敵味方関係なく、それどころか魔法ですら弾き飛ばすことが可能なのだ――流石に『板』を一撃で破壊しちゃうようなものはダメだろうけど。
「っらあぁぁぁぁぁっ!!」
上へと跳んでいたアリスが、ジュウベェが弾かれるのと同時に今度は地面へと向けて『板』を蹴り跳ねる。
まだ最初に作り出した《
「抜刀 《防壁剣》!」
『板』の反動の勢いに加えて攻撃力強化の《メギンギョルズ》の拳をまともに食らえば、不死身ではなくなったジュウベェではただでは済まない。
辛うじて《防壁剣》を呼び出して直撃は防ぐものの、勢いは殺せずにまた吹っ飛ばされ――更に『板』にぶつかりあらぬ方向へと弾き飛ばされてしまう。
「っ!? くっ……」
弾かれる途中で、《獣魔剣》の作った腕に持たせていた魔法剣が取り落とされてしまう。
どうやら《獣魔剣》の腕は見た目の割にはジュウベェ本体程の腕力はないみたいだ。あるいは、本来体に存在しない部位を上手く扱えないためか……。
取り落としたのは《加速剣》《金剛剣》《防壁剣》《重撃剣》の四本――最初に呼び出した《焦熱剣》はさっき放り捨てて《防壁剣》に持ち替えていた。《破壊剣》《獣魔剣》は両手に持ったままだ。
《加速剣》を手放させたのは大きい。
「cl《
「《焦熱剣》よ!」
追撃の《炎星雨》に対して、ジュウベェは放り捨てた《焦熱剣》を開放。迎え撃つように地面から火柱が上がる。
『板』にぶつかり乱反射――不規則な軌道で襲い掛かる《炎星雨》だったが、その大半は《焦熱剣》によって飲み込まれ相殺。飲み込まれなかったものは態勢を立て直したジュウベェによって回避されてしまう。
「チッ、流石にそう簡単にはいかねーか」
「ふ、ふふっ……」
両者、距離を取ったところで仕切り直しだ。
最初の攻防は一応は引き分け……といったところだろうか。
だが、《アスガルド》は既に使ってしまい、その効果はジュウベェも理解したことだろう。
《アスガルド》の効果は、アリスの周囲に『板』を浮かび上がらせる。そしてその『板』は触れたものを『はじき返す』という性質がある――触れた時の勢いには全く関係なく、軽く触れただけでも物凄い勢いではじき返してしまう。
これが、アリスが対ジュウベェ用に編み出した新魔法の一つだ。
《加速剣》の超スピードに対抗するための策は幾つかある。
一つはヴィヴィアンがやったみたいに、全方向に対して防御を固める方法だ。
ただ、これはジュウベェが《破壊剣》みたいな防御を貫く攻撃をしてきた場合には、逆に逃げ場がなくなってしまうため危険もある。そもそもアリスの魔法では召喚獣ほどの強度は出しづらい。
そこでアリスが取った方法はヴィヴィアンとは異なる発想――回避を主軸とした『封じ込め』を行おうとしたのだ。
広がった《アスガルド》はアリスの移動補助を行う『足場』になると同時に、ジュウベェの加速による移動を制限する『枷』となる。
何度か見た《加速剣》の動き……そして私たちの推測通り、元がアビゲイルの魔法コンセントレーションであるならば、あれはジュリエッタのようなスピード強化とは少々異なるはずだ。
周りのスピードが相対的に遅くなるように見え、ジュウベェ自身の認識では自分の動きは別に早くはなっていない。
だから、浮かんでいる『板』をかわそうと思えばかわせるはずだ。
問題は、『板』に少しでも触れると大きく弾かれてしまうため、動きを制限されざるをえない。
『板』に触れたらどう弾かれるかは、ジュウベェにはわからないだろう――いずれ気付くかもしれないが、戦闘中にどこまで観察できるかはわからない。
だから迂闊に手を出すわけにはいかず、避けて移動するより他ないはずだ。
破壊は可能だが、破壊と同時に結局は弾かれることとなる。
完全にとまではいかないと思うけど、これで向こうも《加速剣》は使いづらくなったはずだ。
「……ふぅ……なるほどなるほど。少々見せすぎたようですわね?」
流石に向こうも自分の失策に気付いたようだ。
そもそも、本来ジュウベェの『相手の能力を奪う』という能力自体、何度も相手に見せて良い物じゃない。まぁそれは誰の能力であっても同じことではあるけど。
『奪われた能力』だということがわかっていれば、予測を立てることは不可能じゃない。
たとえ初見の魔法剣であっても、何となく効果がわかったりもするし、一回見ただけでも大体の効果は読める。
ましてや、それを『視』ていたのはありすなのだ。
私でさえ幾つかの魔法剣については正体は看破できた。いわんやありすをや、だ。
とはいえこちらが完全に優勢というわけではもちろんない。
「ふん。で? どうするよ、
もちろん逆に向こうが不利というわけでもない。
だが能力が割れてしまっている以上、ジュウベェ=クラウザーも安泰とは言えない。
安全を取るならここで一旦逃げるというのもありと言えばありだ。
……まぁ、逃げられるとこちらも困るんだけど……。
「……ふふっ、面白いですねぇ~。それだけで勝ったつもりだなんて」
アリスのあからさまな挑発には乗らず、そしてやはり逃げるつもりもないようだ。
――こちらにとっては
『”アリス、そろそろ
私の言葉に、アリスは口には出さずに小さく頷く。
「当然、
それに――逃げようとしても、逃がさねぇけどな!」
「くふふっ……本当に、面白いですねぇぇぇぇ! なぜあたくしが逃げなくてはいけないので? くひっ、あなたはあたくしに勝てないことを教えて差し上げましょうかぁっ!!」
手放してしまった魔法剣を全て納刀、改めて新しい魔法剣を抜刀しようとするジュウベェ。
このまままた激突すれば、もしかしたらアリスは無事では済まないかもしれない――《アスガルド》の枷は絶対ではない。
けれども――
<
新たな対戦者が現れました
>
「!?」
「来たか!」
『新たな対戦者』――その見慣れない言葉にジュウベェは明らかに動揺し、反対にアリスはニヤリと笑みを浮かべる。
空間が裂けるかのように、空中に亀裂が走りそこから現れたのは――
”ラビ! 良かった、まだ無事ね!”
「……約束通り、来たよ。アリスさん」
漆黒のバイクに跨った
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