第7章41話 決戦前調整 ~4時間前
* * * * *
ピッピがトンコツに『自分からクラウザーに対戦を挑んでみて欲しい』とお願いしたことにより、私の推測に対して補強がなされたと思っていいだろう。
クラウザーが対戦を挑まれたにもかかわらず、ダイレクトアタックありの対戦としなかった――その理由は、おそらくクエストでの乱入対戦をしてこないのと同じだ。
加えて、『自分からクラウザーに対戦を挑む』という相手に対しての警戒もあるだろう。
もしかしたらジュウベェがやられるかもしれない。その不安が拭い去れない以上、いかにクラウザーであっても慎重にならざるを得ない。
……あいつ、チート使いまくりだし卑怯な手だって躊躇わず使うものの、何も考えない粗暴なだけの男ではない。
私たちとの決着をつけるまでは、万が一にも負けるわけにはいかないと考えるだろう。
結果として、トンコツは対戦には負けたものの無事に帰って来た。
ということは予想通りダイレクトアタックありの対戦をクラウザーは選ばなかったこととなる。
もちろんこのことだけからジュウベェ=クラウザーの仮説が完全に正しいとされるわけではない。
だけど、仮説を裏付ける根拠の一つとしてはかなり有力だと言ってもいいだろう。
結局私たちは他の有力な仮説を立てることは出来ず、このままジュウベェ=クラウザーであると仮定して最終決戦までの準備を整えることとした。
* * * * *
クロエラと共に幾つかのクエストに挑んで【
もっと時間があればもう少しステータスを伸ばせたかもしれないが、正直これについてはそこまで期待しているものではない。
本命は、アリスの魔法の強化――正確には、対ジュウベェ戦を意識した新しい魔法や戦い方の『練習』である。
午後になって千夏君も合流、桃香の家まで来てくれた。
直接『ゲーム』内での手助けは出来ないが、マイルームまでは来れるので対戦の様子を見て何かしらのアドバイスは出来るだろう。
……それに、もしかしたら今日が最後の『ゲーム』になる可能性だってある。
だから、今日だけは絶対に桃香も千夏君も立ち会う、と言って聞かなかったのだ。
もちろん最後にするつもりなんてない。私たちが勝って終わらせるつもりだ。
さて、私たちが一旦の目途として考えていた16時半まで残り3時間程度となった。
対戦をするにしても、最大の『無限大』でやると残り時間がわからなくなってしまうし、対戦中の残り時間を見ることが出来なくなり時間オーバーしてしまうかもしれない。
なので、ここは二番目に長い対戦時間である『1時間』を選ぶこととした。
《アルゴス》の録画内容を確認するために最低1回、私とピッピで互いに対戦を申し込み合うことで2回。これで3時間だ――まぁ《アルゴス》に関しては、1時間フルに見ることはないとは思うけど。なので、30分くらいと考えて16時には対戦を切り上げてアリスのステータスアップに費やすことにする。
それでも時間が余り対戦が出来るようなら……最後の復習を兼ねて対戦してみてもいいだろう。
「さて――やるぞ、クロエラ」
「う、うん……」
私たちは最終決戦で使うことに決めた『平原』フィールドにて、まずは対戦を行うこととなった。
当然ダイレクトアタックはなしで、アリスとクロエラの一騎打ちである。
「一回目の対戦は、とにかく貴様は本気でかかってこい。いいな?」
「そ、そ、それは構わないけど……ボク、ジュウベェみたいなこと、出来ない、よ……?」
もちろんクロエラは今回の対戦の趣旨が『対ジュウベェ戦を想定した魔法の練習』だということは知っている。
だから、自分では仮想敵にならないのではないか、そう思っての発言だろう。
まぁジュウベェと同じことが出来ないなんて、そんなことはわかりきってはいるけど。
「ふん、そんなこと言われんでもわかってる。
……というより、ジュウベェの真似なんぞ誰にもできねーだろ」
「うん……」
「だが――」
アリスの言葉を『期待されていない』という意味で受け取ったか、クロエラがわずかに肩を落とすが、アリスは構わず続ける。
「
「……!」
そう、さっきのレイドクエストとかである程度クロエラの能力も見せてもらったけど……彼女の最大の特徴は、やはり何と言ってもバイク型霊装の『霊機メルカバ』にあると言える。
バイクの見た目通り、とにかく機動力が物凄い。特に強化魔法とか使っているわけでもないのに、
その上、逆にバイクの見た目にそぐわず、二輪車ではありえない動きをすることも出来る。
「それに加えて、貴様の魔法――なかなか面白い。遠慮しねーでガンガン攻めてこい。もちろん、オレもただでやられるつもりなんてねー。全力で貴様を迎え撃つ」
「…………わ、わかった……」
お、何かアリスに微妙に褒められたらやる気が出てきたみたいだ。
……褒めてた、とは思うんだけど……なんかこの期に及んで、クロエラとの対戦を楽しみたいって思っているような気がしないでもない。
まぁ、暗い雰囲気でいるよりは、楽しんでくれる方が心の健康のためにはいいだろう。
”よし、じゃあピッピ、私たちは今回は離れて見ていよう”
”そうね。……クロ、がんばって”
「うん!」
私とピッピが離れた位置まで移動するのを確認して、二人が互いの霊装を呼び出し戦闘態勢を整えると、対戦が始まる。
「アリスさん……行くよ!」
「おう、来いクロエラ!!」
メルカバへと跨り、エンジン起動。
テュランスネイルの時同様、大型バイクの姿をしているものの異様なくらい静かだ――聞いてみたところ、霊装の機能で消音が出来るためらしい。出そうと思えば暴走族ばりに爆音を轟かせることもできるのだとか。
「ドライブ《グラスランナー》」
クロエラの能力は霊装に依存していると言える。
攻撃能力、魔法全てが霊装に直結していたアビゲイル、霊装にしか攻撃能力がないが霊装自体を増やすことが出来るキャプテン・オーキッド。私が知る霊装特化型の二人と比べると、クロエラはその中間……ややアビゲイル寄りと言えるだろうか。
今使った魔法は、バイクを走る道に合わせてモード変更する魔法だ。
『平原』フィールドはそこまで背が高くはないとは言え、地面が草に覆われている場所だ。私はあんまり詳しくないけど、本当ならオフロードバイク? みたいなバイクじゃないと走り辛いはずだ。
でも道に対応した
「――よし、行くぞ……っ!」
無音で平原を駆けまわるクロエラに対し、アリスは動かずに迎え撃とうとする。
クロエラのスピードは確かに速いが、まだ着いて行けないほどではないはず――となると敢えて動かずに待っている、ということか。
「mk《
何やら新しい魔法を作ろうとしていたアリスだったが、その間を待ってくれるほどクロエラは悠長ではない。
周囲をぐるぐると回って様子を見ていたと思ったら、アリスが魔法を使い始める気配を察知し急加速、直前でウィリーをして前輪で叩き潰そうとする。
――これがクロエラのギフト【
彼女が『乗り物』だと判断し、実際に乗っているのであれば自由自在に操ることが出来る。『操る』は単純にバイクの操作の話だけではなく、重さを無視して持ち上げたりすることも出来るようになる……というわけだ。
重さ数百kg――いや、もしかしたらtまでいってるかもしれない鋼鉄の塊が、うなりを上げてアリスを押しつぶそうとする。
「ちぃっ!?」
ドライブ《グラスランナー》によって草地の上も滑らずに走れるようになるためだろう、車輪に細かい刃が生えそろっている。
しかも霊装は前輪まで回るようになっているみたいで、もはやタイヤというより超重量の電鋸だ。
アリスは間一髪その場を跳んで回避したものの、さっきまで立っていた箇所は無残にも抉れている。
……さっきのレイドクエストでテュランスネイルの触腕を再生スピードを上回る速さでゴリゴリと削って行くくらいの威力だ。まともに食らったら危ない。
一撃かわしたからと言って終わりではない。
そのままクロエラはバイクを滑らせるようにその場で回転、今度は後輪で追撃。
「うぉっ!? くそっ!」
新魔法を試すどころではない。《
でも、アリスは《スレイプニル》を使おうとはしない。
……使う隙がない、というわけじゃない。
「くっ……mp……っ!!」
「ふんっ!!」
魔法を続行しようとするアリス。
対してクロエラは後輪での攻撃を回避されると同時にバイクから飛び降り――ハンドルを掴んだ片手一本で持ち上げ、まるでこん棒のように振り回して叩きつけようとしてくる。
初対面の時の印象とは全く異なり、クロエラは完全な攻撃型であり、そして速度特化のユニットだ。
「ディスマントル――《ブレード》!」
叩きつけると同時に次の魔法――
すると、握ったままのハンドルがすぽっと抜けてしまう。
だが壊れたわけではない。握ったハンドル部分――バイクと繋がっていた部分から、緑色の光の刃が出現する。
クロエラがアビゲイルとオーキッドの中間あたりと思った理由がこれだ。
魔法ディスマントルは、彼女の霊装を『分解』して、分解したパーツを新しい武器へと変える魔法なのだ。
分解している間は当然バイクとしての機能を発揮することは出来ないけれど、単純な鈍器としては十分すぎるほどの威力を持っているし、何よりも新しい武器を次々と出して行けるのは攻撃に幅を持たせられるため強いと思う。
「ダメか……cl《
クロエラ本人も機動力のステータスがかなり高めらしい。
レーザーブレードを適当に振り回しているだけだが、攻撃範囲も広く速度もある。
アリスは最初にやろうとしていた魔法を諦め、《赤色巨星》で反撃。距離を取ろうとする。
「ディスマントル《シールド》」
アリスが《赤色巨星》を放とうとするのと同時に、クロエラも新たな武器を作り出す。
バイクの車輪が外れ、円形の『楯』となる。
それだけでは流石に《赤色巨星》の衝撃は防げまい――威力自体は霊装の楯で防ぐことは出来るだろうけど――クロエラ自身も体勢を低くして《赤色巨星》を潜り抜けるようにし、楯を斜めに構えて受け流しつつ前進しようとする。
「ははっ! なんだ、貴様……やればできるんじゃねーか!」
最初のころの自信なさそうな態度は一体何だったのか、と問い詰めたい気分だ。
《赤色巨星》を潜り抜けたクロエラが再びアリスへと迫り、レーザーブレードを振るい、シールドを円盤のように投げつけて連続攻撃を繰り出す。
アリスはそれを回避、あるいは迎撃しつつ『対ジュウベェ戦用の魔法』を使おうとし――となかなかいい勝負となっている。
”……へぇ、クロエラ、かなり強いんじゃない?”
若干上から目線になってしまうけど、それが偽らざる感想だ。
単独での戦闘力もそれなりにあるし、機動力を生かした攪乱やサポートでも活躍できるだろう。
”まぁ……正直スペックだけなら、リエラの次くらいには高いはずなのよね……”
ため息交じりにピッピは答える。
スペックの話をするなら、ガブリエラはちょっと異次元すぎるけどね。
ふむ……格闘戦に強く、超スペックでのゴリ押しも魔法を使ったテクニカルな戦いも出来る前衛のガブリエラに、サポート能力に特化したウリエラ・サリエラ。そしてその両者に対しての援護が可能かつ単独での戦闘も可能なクロエラ……ユニット本体が姉弟というだけあってお互いの意思疎通もやりやすいだろうし、ピッピたちはかなりバランスの取れたチームだったみたいだ。
……それでも、ジュウベェには敗北してしまったが……いや、それは私たちも同じか。
”うーん……クロも、もうちょっと、その……アーちゃんの半分でもいいから覇気というか闘志というか……そういうの出してくれるといいんだけど……”
”ま、まぁそこは……ほら個人差もあるしね”
こればっかりは性格によるだろう。
男の子が全員バトル大好きなわけではないし、逆に女の子でもありすみたいな子もいる。
それでも
”そうだわ。ねぇラビ”
”なに?”
”昨夜、クラウザーに逃げられるかもしれないって心配していたわよね?”
”ああ、うん……結局、一撃必殺に賭けるしかないかなって感じになっちゃったけど……”
一晩考えてみたけど、やっぱり他にいいアイデアは浮かばなかった。
なので、アリスの今の課題としては『新魔法を使いこなす』ことと、『戦闘をこなしつつ第三の神装のチャージ時間』をどうにかすることの二つがある。
まだ最初の課題の時点で、クロエラの猛攻に邪魔されて躓いているんだけど……。
”絶対確実、というわけではないけど、一つ提案があるわ”
”提案? それは?”
”ええ。今日の最後の対戦なんだけれど――”
ピッピの提案――それを聞いて、私は頷いた。
なるほど。確かに絶対確実に逃亡を阻止できるとは限らないけど、試してみる価値はある。
問題は――
”アリスとクロエラが『いい』って言うかどうかかな……”
”クロの方は問題ないわ。実はここに来る前に相談しておいたの”
”あ、そうなんだ。じゃあアリスの方だけか……まぁぶっちゃけ、ピッピたちの方さえ良ければ、その案を実行してくれるのは助かるよ”
”大丈夫。私たちにとっても、ジュウベェに勝つこと――クラウザーを倒すことは他人事ではないもの。やれるだけのことはやらないとね。あの子たちのためにも……それに、ラビに協力をお願いしている身としても、任せっぱなしにはできないわ”
あ、忘れてなかったのか。
とにかく今回の件を無事に片づけて、奪われた魔法を取り戻さないことにはピッピのお願いを叶えることも出来ない。
ピッピにとっても今回は他人事ではない。確かにその通りだ。
彼女も危険は承知でジュウベェとの決戦に挑もうとしてくれている――私たちの戦いは、クラウザーとの因縁だけではない。色々な人たちの『これから』を取り戻すための戦いなのだ。
”……わかった。よろしく頼むよ、ピッピ”
”ええ。私の目的のためにも――それに、撫子たちのためにも……ここで逃げてなんていられないわ”
なっちゃんたちの命を守るためにユニットを解除する、という手もないわけではない――それで助かる保証もないんだけど。
でもそうするとピッピは自分の目的を諦めることになってしまうだろう。今から新しいユニットを探したとしても、成長させるだけの時間はないし、なによりもガブリエラたちほど強力なユニットである保証もない。
――と、辺りにすさまじい轟音が響き渡る。
”な、なに!?”
”あー……アリス、新魔法の前にこっち使っちゃったかー……”
私たちが話し込んでいる間に、どうやらアリスは『第三の神装』を使う実験をしたみたいだ。
そっかー……クロエラ相手に使っちゃったかー……。
”ちょ、えっ……!? うそでしょ……何この魔法……!?”
あまりの威力に、ピッピは自分の目で見たものが信じられない、といった風に呟いた。
私も見るのは二度目だけど……うん、やっぱりちょっとありえない威力の魔法だ。
穏やかな平原が、ある一点で『消滅』していた。
ちょうどアリスたちが戦っていた付近なんだけど……そこにぽっかりと『穴』が開いている。
クレーター、ともちょっと違う。
まるでアイスをスクイーザーでくりぬいたみたいに、大地が抉り取られているのだ。
「う、うぅ……ひっ……な、なに、これぇ……」
その抉り取られた地面の淵付近で、自分の霊装にしがみついていたクロエラが怯え切った声を上げる。
……そうか、クロエラならば――ギリギリかわせるかもしれない、か。もしかしたら事前にアリスが警告したのかもしれないし。
「むぅ……やはり、どうやって当てるかが課題か……どうにかして敵の動きを止めないとな……」
一方でアリスは思案顔だ。
第三の神装――実はもう一つ欠点があり、《
……うーん、
”……う、どうしよう……早まったかしら……?”
ピッピは惨状を目の当たりにし、そう呟いていた……。
”い、いや、まぁ……本番ではきっと大丈夫……だと思う”
流石に大丈夫だとは思うよ? 多分……。
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