第7章40話 暴かれた秘密 ~19時間前

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時は遡り、クラウザーからの対戦依頼が届く前――




*  *  *  *  *




”ジュウベェの不死身の秘密――それは、クラウザー自身がユニットになっていること、だと思うんだ”


 ありす、桃香、そして来てもらったピッピに向けて、私は自分の考えを話す。

 気づいたきっかけは、さっきありすと桃香にお尻叩かれていたのに私が気付けなかった、ということだった――嫌なきっかけだけど。

 どうも使い魔の身体だと、痛みに対して生身の時より鈍くなっているっぽいのだ。昼間にジュウベェに襲われた時も結構痛い思いをしたけれど、やられたことと私との体格差を考えれば、正直もっと痛い思いをしたはずだ。

 そこから更にヴィヴィアンの対戦の時を思い出すと……私自身が魔法の直撃を食らった場面があったというのに、ほとんど痛みは感じなかった。緩く麻酔がかかっている時みたいに、『触られた』っていう感触自体はわかるんだけどそれ以外はわからない……みたいな感じだ。

 ――で、そこから考えて、ジュウベェの不死身のように見えるのは、対戦時の私と同様にそもそもダメージ判定がないんじゃないかって思ったのだ。


「……ジュウベェは、ユニットでもあり、使い魔でもある……?」

”そういうことなんじゃないかな”


 攻撃面ではユニットとして振る舞い、防御面では使い魔として振る舞う。

 だからたとえ本人が攻撃されたとしても、使い魔と判定されているためダメージが通らない――それどころか、痛みさえ感じることはない。

 《ヘラクレス》にボコボコに殴られていた時も、ダメージが通っていないのはともかくまともに当たったというのに何ら痛痒を感じている様子も見えなかった。

 あれは、そもそも攻撃が当たったとさえ判定されていなかったとしたら理解できる。


”それに……ありす、昼間にジュウベェに襲われた時、おかしくなかった?”

「ん、確かに……」

「どういうことですの?」


 襲われたことは話したけど、その他の状況については説明していなかったか。


”えっとね、私たちが星明しょうみょう神社を走り抜けようとした時に襲われたんだけど……”

「あの時、横から急に突き飛ばされた……」

「? えっと……ジュウベェ様が隠れていた、とかではなく?」


 そう思いたいところなんだけど、そうではないのだ。

 ありすが走ろうとしたことからもわかるけど、周囲に障害物となるものがない場所だった――少し離れた場所に木は生えていたけど、そこからジュウベェが近づいて来たのなら流石にわかるはず。

 状況について説明すると、桃香も理解したのだろう、首をひねる。


「う、うーん……それは何というか……不可解ですわね」

「ん。で、ラビさん、それがどうかしたの?」


 もしも私の考えが正しければ、この不可解な状況も説明できてしまうのだ。


”うん、今になって考えればだけど、アレもジュウベェ=クラウザーの正体を示す重要なヒントだったんだ”

”ちょ、ちょっと、もったいつけないでほしいわ。いえ、まぁあなたの仮説にまだ頭がついていけていないんだけど……”

”おっと、ごめんよ。

 ――あの時、私たちの周囲には誰もいなかった……にも関わらず、急に現れたジュウベェにありすが突き飛ばされた。まるで『瞬間移動』してきたみたいに現れたジュウベェだったけど……これも、ジュウベェがクラウザーだとすれば、使で説明できる”

「! わかった、『マイルーム』だ」

”その通り”


 流石ありすは察しが早い。

 私の仮説通り、ジュウベェ=クラウザーであるならば、あの時の謎の瞬間移動は『マイルームから出てきたから』で説明できる。

 ありすたちユニットの場合、マイルームに移動した時には身体はその場に残る。

 でも、私たち使い魔の場合だとマイルームへと移動してしまう。


「ありすさんたちを待ち伏せするために、星明神社内でマイルームへと移動してタイミングを見計らってマイルームから出てきた……ということでしょうか?」

”そういうこと。まぁ、私たちが星明神社を通るかどうかは賭けだったろうし、出現するタイミングをどうやって知ったのか、っていう疑問は残るけど……そこは『協力者』がいたんじゃないかなって気がしてる”


 ジュリエッタの時みたいに、相手がクエストにいるかどうかを知るチートと同じ感じで、マイルーム内から現実世界の様子を見れるようにしていたのかもしれないし、言葉通りクラウザーに協力する第三者がいたとも思える。

 様々な『チート』を得ていることといい、クラウザーには協力者がいた節がある。私としては協力者がありすの監視をしていたんじゃないかって説を推したいけど――まぁこれは確かめようはない。


”それと……今更だけどさ、クラウザーが千夏君の使い魔だった頃のことを考えると、多分あいつずっとマイルームに隠れてたんじゃないかなって気がするんだ”

「ああ、確かに……」


 桃香の元を離れた後、あの巨体をどうやって隠していたのかは少し気になっていた。

 でもこれもマイルーム内に引きこもっていたと考えれば簡単に説明がつく。この辺りはいずれ千夏君にも聞いてみたいところだけど……今更か。


”……ちょっと待って、ラビ。あなたとあーちゃんを襲ったのは、よね!?”


 ピッピからの反論が来る。

 その気持ちはわからないでもない――むしろ、『ゲーム』がどういうものか知っているのであろう、私以外の使い魔たちからすると『ありえない』発想なんだろうと思う。

 だからこそ逆に、私やありすはその『ありえない』発想が出来たと言える。


”まぁ、ではあったね”

「ん、ラビさんの言いたいこと、わかった。わたしたちの前に出てきたジュウベェ――あれは使だった、ということ」

”なっ――そん、な……!?”


 驚き、否定の声をあげようとしたピッピだったけど、その声は尻すぼみに終わった。

 可能性としてはありえる。そう思い至ってしまったのだろう。


”い、いえ、でも……そんな突拍子もないこと……”


 すぐには納得いかないか。


”ありえないかな? 元々のクラウザーだって、普通ならありえない姿だったと思うけど……ってピッピが知ってるかはわからないけど”


 あの大型の虎のアバターも、他と比べたら十分すぎるほどありえない存在だろう。すべての使い魔を知っているわけではないが、少なくとも私の知る範囲ではあの虎のアバターは異常としか言えない存在だった。

 だったら、もう一つくらい異常なアバターがあったとしてもおかしくはないと思う。というか、あの虎に比べたら人型アバターの方がよっぽど常識の範囲内じゃないかなぁ。


”それに……か、仮に人型のアバターだとしても、現実にいさせるのは――”


 反論しようとしてまた言葉が途切れる。

 ピッピも気付いたのだろう。それも結局、マイルームに引きこもっていれば問題が解決してしまうということに。


”あ……そうよ、でもアバターの姿は、私たちみたいに全部『裸』よ!? それはジュウベェだって例外じゃないと思うわ!”


 おっと、そう来たか……。

 まぁ私みたいに服を後から着るとかは出来るんだから、正直そこは何とでもなると思う。

 でも一応、それについても根拠はあるんだし、話しておいた方がいいだろう。


”うーん、まぁ素っ裸のアバターじゃなくて服付きにした、とか言えないこともないんだけど……それが――実は前兆は確かにあったんだ。私たちに全然関係ないと思ったが、正に今回のクラウザーの布石だった”

”あの事件……?”


 絶対に正しいという保証はもちろんない。

 だけど、同じ時期に『あの事件』が起こったことはちょっと偶然とも無関係とも思いづらい。

 私は推測を話していく。


”ピッピは知らないかな? ちょっと前に北尚武台の方である事件があったんだけど”

”いえ……知らない、わね……”

「もしかして、追剥ぎのことでしょうか?」


 部屋に同席していたあやめは『最近起きた』『北尚武台の事件』でピンと来たようだ。

 ピッピたちと初めて直接会った日、その事件を警戒してありすを千夏君に送ってもらったんだった。その情報源が、そもそもあやめだったのだから知らないわけがない。


”そう、それ。あやめも知ってるかな? 私は千夏君から聞いたんだけど――”


 千夏君から聞いた『噂話』……『UFOから出てきた女に服をはぎ取られた』というものだ。

 あまりに荒唐無稽な内容だけど、もしこれが今回の件に絡んでいるとすると――


「んー……その強盗が、ジュウベェ?」

”じゃないかなって私は思う。ほら、それならジュウベェが服を着ていたことも説明がつく”


 付け加えるならば、服を奪われた被害者は『女子高生』だった。

 そしてジュウベェが着ていたのは、どこかの学校の『制服』――それが、被害者のものだったと考えるのはそこまで荒唐無稽だろうか。


”私の推測はこうだ。クラウザーは新しいアバターとして『ジュウベェの身体』をどうやってか知らないけど、とにかくこの世界へと持って来た。で、そこにたまたま居合わせてしまった被害者の服を奪って、後はマイルームに隠れたりしながら桃園台まで移動して来た――その途中、強制的に対戦をしてユニットの力を奪いながらね”


 ジュウベェ=クラウザー説が根本から間違っていたらダメだけど、今のところそれ以外に不死身の理由に説明のつく仮説はないと思う。


”ついでに別の証拠――というか、もし私の考えが合っていたら説明のつくことがある”

”……それは?”

”クラウザーが使理由だね”


 ジュリエッタがユニットだった時、クラウザーは乱入対戦で相手を倒すという方法をとっていた。それで実際にプリンという使い魔を倒している。

 正直、対戦で相手を何とかするよりもこっちの乱入対戦での勝利を狙った方が効率は圧倒的にいいはずだ。

 でも今回クラウザーはそれをしていない。

 その理由として考えられるのが、乱入対戦をしてしまうと強制的にダイレクトアタックありとなってしまい、ジュウベェが危険に晒されるから、そしてクラウザーの不在がバレるから――だと私は考えている。

 まぁこれは現在は『魔法剣を集めること』に集中しているから、という理由も考えられないことはないが……魔法剣がユニット解除で消えてしまう可能性を鑑みると、そこまでのんびりできる状況ではないと思うんだよね。


”……そんな……”


 私が語った内容は根拠に乏しい。はっきり言って、状況証拠を私の都合のいいように並び替えただけ、とも言える。

 でも、状況証拠から導き出される内容と、ジュウベェの不死身っぷりを結び付けること自体はそこまで荒唐無稽ではないと思う。


”私がピッピに確認したいのは、倫理的にとか常識的にとか、そういうのを全部うっちゃって――? ってところなんだけど”


 もし可能なのであれば、賭けではあるが、私の予想した解答に沿って今後の予定を決めようと思う。

 ただ、状況証拠から見てもそこまで分の悪い賭けではないと私は思う。


”…………く、クラウザー一人じゃ絶対に無理……でも――ああ……そんな……ここでもヘパイストスが絡んでいるとしたら……”

”――不可能ではない?”


 ああ、またヘパイストスか……まぁ何となくそんな気はしたんだけどね……。

 しばらくして、ピッピは力なく頷き、私の推測を肯定するのであった。


”そう……そうね……現状、他に思い当たる理由はない……わね……。でも……そんな……もしそうだとしたら、噂通りプロメテウス様は、もう……”


 微妙にまだ納得がいっていないのか後半は聞き取り辛い声でぶつぶつと呟いていたが、否定材料というか他に有力な仮説も挙げることが出来ないみたいだ。

 まぁ私としても他にいい仮説があれば取り下げるのは吝かではないんだけど、『チート』を使うことを躊躇わないクラウザーの性格と、『ゲーム』を知る側の者では思いもよらない盲点を突くであろうこの仮説は、細かいところで現実とは差異はあるとしてもほぼ正解なんじゃないかと思っている。


「ん……じゃあ、次にクラウザーに対戦を挑まれたら、ダイレクトアタックありにすれば……いい?」

”そうだね。そうすれば、『不死身の謎』と『ジュウベェをユニット解除させる』の両方が同時に満たせるだろうと思う”


 ユニット解除したら奪われた魔法が戻るのかどうかまではわからない。それはやってみないと何とも言えないしね……。


「それでは、残る問題は――」

「ん、わたしがジュウベェを倒せば全部解決」


 それこそが最後にして最大の難関だと思うんだけどね……こればっかりは100%勝てると言い切れない限り、どう転ぶかはわからない。


「大丈夫、任せて」


 自信たっぷりにありすはそう言うと、何やら打ちひしがれたような様子のピッピの方へと向き直る。


「ピッピ、スバルと対戦したい」

”雪彦……クロエラと?”

「ん。ジュウベェ相手に使う新しい魔法の練習がしたい」


 私の推測が確かならば、クエストで乱入対戦される可能性はかなり低い。

 ただ、それも絶対というわけではないし、何よりもジュウベェ相手に使う魔法の練習なのだ、できればモンスターよりの姿形の似たユニット相手の方が望ましいだろう。


”わかったわ。今日――はもう遅いし、明日やりましょう”

「ん、お願い」


 ピッピにも明日の対戦が夕方以降になりそうだということは伝えてある。

 それまでの間に、ピッピとの対戦――ありすの魔法の練習を行う予定となった。


”うーん、あとは……いざダイレクトアタックありの対戦になったとして、あいつに逃げられたらどうしようってところか……”


 ヴィヴィアンとの対戦の時も、サドンデスだったにも関わらずチートを使って逃げられてしまった。

 あの時はヴィヴィアンの救出が目的だったし、向こうもユニットを解除してくれたので別に逃げられても良かったと言えばそうなんだけど、今回は拙い。

 ジュウベェ=クラウザーなのであれば、ユニット解除せずにそのまま逃げられてしまうからだ。

 そうなったら、皆の奪われた魔法を取り返すことも出来ず……私たちの今回の目的は達成できないだろう。


「それは……ん、難しい」

「ですわね。逃げられる前に倒すしかないのでは?」


 あるいは向こうが逃げたいと思えない状況に持ち込むか――自分で考えてどういう状況か想像もつかないけど。


”まぁ……チートを封じる方法が何かない限り、どうしようもないかな……速攻で倒す、しかやっぱり今のところはない”

「……んー……ラビさん、、使っていい?」

”うん? ――あっ、……!? うー……結構諸刃の剣だけど……使わざるをえないかなぁ……? でも、ありす的にはいいの?”

「……今回ばかりは、しかたないと思う……」


 ありすの言う『あれ』とは――《嵐捲く必滅の神槍グングニル》《終焉剣・終わる神世界レーヴァテイン》と並ぶ第三の神装のことだ。

 まだ美鈴と一緒にプレイしていた頃に作った神装であるにもかかわらず、開発した時以降一回も使っていない。

 なぜならば――使だ。


「え? え!? もしかして、ありすさんが使いたがらない神装……なんですの?」

”うん……まぁ色々と理由はあるんだけど――”


 桃香の中のありす像が一体どんなものなのか聞きたいところだけど……いやいいや。大体想像つくし……。


”まぁまずは手間というか『時間がかかる』んだよね、あれ”


 他の神装もチャージ時間が必要なものはある。たとえば《グングニル》なんかは『杖』にかけて使う場合だと、数秒程度だけどチャージ時間がかかる。《レーヴァテイン》とかだと、すぐに使えるんだけど。

 で、問題の神装はというと……諸々の準備を合わせて実に1分近くは余裕でかかる。あまりに時間がかかりすぎて実戦的ではない、というのが使うのを躊躇う理由の一つ。


”それと、ものすごく相手に当てづらい”

「ん……使うにしても、どうやって当てるか考えないといけない……」

”《天魔禁鎖グラウプニル》と合わせたいところだけど……ダメなんだよねぇ……”


 鎖で捕らえさえすれば、相手をほぼ完全に封じ込めることのできる《グラウプニル》だけど、封じている間は今度は鎖が邪魔で攻撃が通り辛くなってしまうのだ。

 とにかく、第三の神装は当てづらい。命中率が低いとかいう話じゃなくて――いや、まぁ細かいところは実際に使った時にでも説明するとしよう。


「あと…………ちょっと、威力がえげつない」

”だねぇ……”

「……え? ほんとにどんな魔法なんですか、それ……?」


 ありすでさえドン引きする威力を発揮する、と聞いて桃香は震えあがる。

 ……まぁ、色々な要因が上手く絡み合ったとしたら、ヴィヴィアンとの対戦の時に使われたかもしれないのだ。恐れる理由はわかる。


”ただ、まぁ……発動して当てさえすれば、まず間違いなく一撃必殺だよ。それは間違いない”

「ん。クラウザーを逃がさず、一撃で倒すなら……使うしかない…………あまり使いたくない、けど……」

「ほ、ほんとにどれだけヤバい魔法なんでしょう……」


 マジでヤバい威力なんだよね……。

 もしもこの前のムスペルヘイム戦の時にアリスが参加できていたとしたら、多分あの神装一発で決着がつけられたんじゃないかなーと思う。まぁチャージ時間の問題とか解決しなきゃいけないことは幾らでもあるし、そうそう都合よくはいかなかったとも思うけどさ。


”使おうとするとしばらく隙ができちゃうし、ちょっと気を付けないといけないけどね”

「ん。それも含めて練習してみたい」

”そうだね。ピッピ、悪いけど明日よろしくね”


 流石に雪彦君クロエラ相手にあの神装を使うのは気が引けるから、タイミングを計る練習にはなると思うけど。


”……もう一押し、確認したい……でも……”

”ピッピ?”

”え!? あ、ああ、明日ね。わかってるわ、雪彦も大丈夫だと思う”

”そう? ならいいんだけど……”


 何やら考え事をしていたみたいだけど……本当に大丈夫なんだろうか?




 ――この時ピッピが何を考えていたのかは、翌日わかることとなる。

 ジュウベェ=クラウザーの説がどれだけ正しいのか、それを確認する方法をピッピは考え――そして、トンコツにあえて自分から対戦を挑むようにお願いしたのだろう……。

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